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いつのマニカ前世、二人ツナグ来世。~時超えの石~  作者: すみ いちろ
第二章 前世編。

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32.〝隔離世〟。




〝父上……。母上……〟


「ぐっ! ……な、何であろうか。真繋マヅナよ、こ、この薄気味の悪い声は」

「……〝隔離世〟との境界が近いのであろうよ。空昉くうぼう。……ハァハァ」


 〝隔離世〟──。果てのない暗闇の中を歩く内に聞こえる不気味な声。この空間に飛び交っていた蛍の如き光の粒が、目の前より遠く……。ある一点に集まり、渦のような光を放っている。

 〝コン〟のみの姿となり、浮遊しているはずの自分の脚が肉体同然に重く感じられた。それに、進むにつれて〝レイ〟が激しく消耗し疲弊した。


「やはり。身にこたえるな……。葉由利。大丈夫か?」

「姉様……。ウッ!」


 未だ肉体を保持し、歩く摩尼伽マニカ。そして、私と空昉くうぼう葉由利ハユリの三人の幽霊。

 〝隔離世〟の渦の中心から放たれる朧気な光に、私たち四人の姿が誰の目にも映る。暗闇のこの空間に、透けるような葉由利の表情が苦痛に歪んでいた。美しく切りそろえられた髪の先端が揺れ、額から鼻先を伝い……葉由利から玉のような光がこぼれ落ちた。


「大丈夫であるか?! 葉由利殿っ!!」

「うっ……。ハァハァ。すみません、空昉くうぼう様。……よもや、これまででしょうか」

「何を弱気をっ!!」


 幽霊となった巨躯の空昉が葉由利に駆け寄り、咄嗟に葉由利を抱きかかえた。空昉の身体からは〝法力〟であろうか、蒸気の様な〝レイ〟が立ち込めている。しばらくすると、空昉の腕の中で安堵したのか、葉由利の表情が和らいでいた。


「あ、ありがとう御座います。空昉……様。何故か、呼吸が楽に……」

「良かったのである。気にせずとも良い。このまま我の……う、腕に。や、休んで居るが良い」

「空昉……様。優しい人……」


 幽霊である身体から沸騰した様に湧き出る蒸気。その空昉の〝レイ〟が、抱きかかえた葉由利を包む。四人の内、〝この世ならざるもの〟に唯一取り憑かれて居ない空昉が、最も気丈に視えた。鼎石かなえいしに入る前までは、空昉が最も心配であったが。嬉しい誤算であった。


「……空昉。すまぬ。葉由利のことを頼む。真繋マヅナは……どうなのだ?」

「あぁ。大丈夫だよ。摩尼伽は……」

「そうではない。真繋は……其方そなたは、私を……愛しているのか?」

「摩……尼伽?」


 耳を疑った。が、〝隔離世〟──渦の様な光に近づくにつれ……。不思議な光景が、不気味な声とともに脳裏を掠めていた。それは、唐の木造船が大破し……私が海を彷徨っていた間に見た夢。ツナグ青年から視た未来の……夢。そして、未来に辿り着く前の──過去世の私と摩尼伽と……一人の〝子ども〟とが出会う夢。


 その影響なのだろうか。おそらく、私と会う以前よりずっと。この鼎石の中で、長きに渡り……摩尼伽は視ていたのであろうか。その、夢を──。〝鼎石〟の〝時の力〟を受けて。私と摩尼伽が出会う過去と、未来で出会うツナグとマニカの夢を。


 が、一瞬──。突然であった。

 〝隔離世〟と思しき渦の中心から、目も開けられぬほどの強烈な光が……私たちを襲った。


「ぐっ!! あ、あぁ……」

真繋マヅナっ!!」

「摩尼……伽」


 そして、その光に消え入る様な──誰かの姿が視えた。それは、未来の……ツナグとマニカと。いや、私と摩尼伽と……。ここに居る誰もの姿が、そこにはあった。







 ──私は、倒れていた。……暗闇の中の空間。

 周囲を見渡してみても、同じ様な蛍の如き光が飛び交い──。辺り一帯が朧気に照らされていた。

 が、そこから見えた光景は。私が来た方向とは真逆。前方にあったはずの光の渦が、私の足もとより遥か後方で鈍い光を放ち続けていた。


 そして、更に驚いた事に──。

 私たち四人の他に。夢の中の者たちが居た。それは未来の──ツナグとマニカ……。それに、空昉くうぼうや葉由利の……未来での生まれ変わりの姿が。……倒れていた。正気を取り戻したのは、私が最初であった。

 ……記憶が、淀みなく流れ込んで来る。今と成り果てては、ハッキリと分かる。

 私が過去世に残した、ある後悔の念とともに──。一人の子どもが倒れている姿を、目の当たりにした。信じられなかった……。


「……かなえ。鼎っ!! しっかりするのだっ!!」

「父……上。会いとう御座いました。よ、ようやく……ここへ。辿り着かれたのですね」

「すまぬ。鼎……。其方が病にて死なぬよう、石の中で生き長らえさせた私の罪だ……」

「父上の罪だなんて……。その様なことは、ありません」

「寂しかったであろう……」

「はい」

「すまぬ……」


 気がつくと──。私は、過去世の姿のまま。息子である〝かなえ〟を抱いていた。年齢としは、十二。あの頃のままの。……幼き我が息子。病から死を遠ざける為、鼎石の人柱にされた愛しき我が子。私の犯した罪……。

 私は想い出していた。これから起こる未来の出来事の全てを。未だ体験していなかった未来が、私に記憶として流れ込んでいたのは──。私がツナグ青年として生まれ変わり、既に過去を生きた魂であったからだ。


「父上……。それでも、寂しくなったのは最近の事です。それまでは、母上が居ましたから……」

「ぐっ!! か、かなえ……。摩尼マニ……

  

 我が頰に伝う涙を振り払う。──振り返ると。私と同じ〝隔離世〟の光の向こう側へ辿り着いた、摩尼伽マニカの姿を……目にした。摩尼伽が、泣いていた。


真繋マヅナ……。かなえ……。また、会えたね……」

摩尼伽マニカ……」

「母……上。お久しゅう御座います。父上と三人。懐かしゅう御座いますね」

「百年ぶり……。寂しくさせて、ごめんね」

「母上。……泣かないでください。母上とお話が出来て、かなえは嬉しゅう御座います」

「私が鼎石の中で尽き果てて百年。……かなえには、寂しい想いをさせたね」


 ……泣いていた過去世の摩尼伽マニカの姿に、未来のマニカ──。その姿が、重なり合う様にして私の目に映った。

 摩尼伽とマニカとが、重なり合う瞬間。摩尼伽が私とかなえとを抱き寄せるその腕の中で……。私は摩尼伽マニカかなえの温もりを感じていた。それは、遠い過去に忘れた置き去りにしていた感覚……だった。

 私と摩尼伽に抱きかかえられたかなえ。その短く切り揃えられた前髪が、摩尼伽マニカの息に、ふっ……と揺れた。目を細めるかなえの瞳を、私はいつまでも見つめていた。


「……良かったですね。真繋マヅナさん。それに、かなえさんも。マニカも……」


 重なり合う過去世の摩尼伽と未来のマニカの姿を目の前に──。

 未来の私……ツナグが、私の肩に手を置いた。温もりを感じた。すると、見る見る内にツナグ青年と私との魂が繋がり──。まるで、一つになったかのような感覚を、この身に覚えた。


「マニ……カ?」

「……うん」

「鼎……さん?」

「ありがとう。ツナグ。よく耐えて……。いや、父上……」

「ありがとう。……かなえ。いや、鼎さん。今日は、最後に君に会えて……良かった」

「……ツナグ。父上。ありがとう。母上……も。生まれ変わって、僕を見つけてくれて……ありがとう」

「ずっと、感じていたよ。私の中の摩尼伽さんも。鼎石の中の君──かなえさんも……」

「ありがとう。マニカ。……今日は、良い日だ。ツナグとマニカと。父上と母上。二人の〝キス顔〟。……最期に見たいかな」

「え?」

「……最期?」


 ──辺りを見渡すと。

 過去世とは反対方向から、渦の様な〝隔離世〟の光が、僕とマニカを照らしていた。

 その中に……。

 葉由利ハユリさんと重なり合う葉月ハヅキと。空昉くうぼうさんと重なり合う空也ソラヤが居た。


「病院で、葉月の名前呼んで。葉月にしがみついてたら、ここに辿り着けたぜ? ……視てたよ、ツナグ」

「早く〝キス顔〟。見せてあげなよ? かなえさん……消えちゃう前にさ」


 無言の内に。見つめ合う僕とマニカ──。マニカの瞳に、まるで摩尼伽さんの満月の様な瞳が、重なり合って視えた……。

 既視感──。

 その正体は。僕の魂に刻まれた過去世の真繋マヅナさんの記憶。それと、きっと〝霊術〟の。陰陽師としての片鱗が、僕に残っていたのかも知れない。もしかしたらだけど……。そして、〝時の力〟。マニカにも摩尼伽さんの記憶や体験は過去世から魂に、未来に受け継がれて──。僕がマニカを見つけるより早く。マニカが、僕を未来で見つけてくれたのかも知れない。

 

 もう直ぐ、鼎さんが消えてしまう──。なのに、そんなことを考えて。次第に鼎さんの身体が、蛍の光みたいに散り散りになって消えて行くのを……僕もマニカも見ていた。それから──。


「……ふふ。二人とも。父上と母上と同じ表情かおするんだね。……父上。……母上。二人の姿が、目の前に──視える……よ」


 なぜだか、悲しい気持ちとか寂しい気持ちにはならなかった。僕は鼎さんと、これでお別れじゃない気がして……。マニカと向き合う様に〝キス顔〟をした。

 鼎さんとは、きっと──。もう一度、会える様な気がしていた。また、何処かで……。






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― 新着の感想 ―
[一言] 鼎さんて「息子」だったんですね。 何故か女の子と勝手に思い込んでました(笑)
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