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いつのマニカ前世、二人ツナグ来世。~時超えの石~  作者: すみ いちろ
第一章 来世編。

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21.仮初めの世界。



「どちらにせよ、ツナグ。僕らが今ここに居る〝時の揺らぎの世界〟──それを維持する〝器〟……『鼎石』が限界を迎えてしまったからね。僕が消えたら現実世界と、この世界が共食いを始める。それは、君も望まないことだろ?」


 寂しげだった(かなえ)さんが、フッ……と笑う。依り代にした葉月の顔で。

 その言葉を聞いたマニカの霊体の身体が黙ったまま、一瞬揺らいだ。この〝時の揺らぎの世界〟の暗闇を照らす炎の様に。


「葉月の命だって、もってあと七十年から八十年ってとこだろ? 僕は、せめてこの時の揺らぐ不安定な世界を終わらせて……。父上と母上には今会っておきたいんだ。輪廻周期は、そう度々重なるものでもないからね。それに、この世での魂の滞在期間は限られてる。僕が留まれるのも残り後僅かってことさ」


 霊体の僕の身体もマニカと同じ様に……一瞬揺らいだ。黙ったまま、俯くしかなかった。

 マニカの中の鼎さんのお母さんの様に、僕の中にも鼎さんのお父さんが居るんだろうか?

 ……頭をよぎる。皆が助かる手立ては、本当に無いのだろうか──。

 僕とマニカと鼎さんの居るこの場所──暗闇と灯火の空間。……僕の霊体が、深く吸い込まれてしまいそうな風の勢いを感じた。洞窟の様なこの場所よりも、もっともっと更に深い奥行きを感じる。一体、何処まで広がっているんだろう……。


(──オオオォォォ……)


 その時──。その奥から、人の声の様な風の音が響くのを感じた。まるで、意識の無い朧気な影が漂う様な。


「こ、この声は……」

「人だよ。ツナグくん。さっきまで境内に居た人たちの」

「え?」

「ご名答。マニカの言う通りだよ。〝願い〟を叶えるには〝想い〟が要る。それも、傷ついた世界や時間の修復ともなると、尚更ね?」


 何か、風の様な呻き声が、次第に明確な言葉として耳に響いた。


(助けて……。死にたくない……)


 時間が無い──。僕の心が、焦りと不安に駆られる。


「厄災や不幸を無かったことにして、元の世界と時間に戻すには、現実世界(リアル)の身体が〝生きてる〟ことが必要さ。皆の意識を帰しても、元の身体が生きてないとね?」


 「ククク……」と、葉月の顔をした鼎さんが笑う。僕は違和感を感じた。人の生き死にが関わっているのに。普通なら、笑ってなんて居られないはずだ。


「何が、おかしいの……?」


 怪訝そうな顔をしたマニカの表情が、強張る。マニカの透き通った霊体の身体から、不信感と憤りに震えているのが、僕にも伝わった。


「そうだ。何がおかしい? やはり、君の言葉は信用出来ない」


 僕の感情も、さっきまでとは打って変わって──。鼎さんの言動に身を委ねようとしていた自分に、危機感を感じていた。


「いやね? 時間が無いとは言え、ここに居る人たち皆が、僕の居る牢獄の様なこの場所に囚われてしまったのなら……どうなると想う? 耐えられないよね? 僕と同じ苦しみを味わってみるのも、どうなのかなって」


 明らかに、さっきまでの雰囲気とは違う。鼎さんのその様子に、再び戦慄が走る。何とも言い難い……悪寒の様なものを背中に感じた。


「鼎さんは、お父さんとお母さんに、会えなくなっても良いの?」


 マニカの透き通る様な声が、真っ直ぐに響く。その霊体の身体は、風の中で揺れる青白い炎の様だった。マニカの突き刺す様な視線が、ジッと……葉月の姿をした鼎さんを見つめている。


「会ってるじゃないか。今も。あ、そうだ。いっそのこと、〝時の揺らぎの世界〟に現実世界(リアル)を喰わせてみるのはどうだい? なら、死ぬまで皆一緒に、ここに居られるからさ? 世界中の魂でこの場所が満たされたなら、ずっと今より賑やかになるよ?」


 「ハハハ!」と、葉月の顔をした鼎さんが笑う。僕とマニカの視界に広がる暗闇──その中で。……朧気に灯る炎の幾つかが揺らぐ。オォォ……と、奥から響く人の声の様な音。風が吹いていた。再び見開いた鼎さんの金の満月の様な瞳が、僕とマニカを睨む。……常軌を逸していた。


「泣いてるよ……。鼎さんのお母さん……。自分の母親を悲しませて平気なの?」


 ──一歩。鼎さんへと近づくマニカ。悲しげなマニカ。それは、まるでマニカに宿る鼎さんのお母さんを見ている様だった。


「母上は泣き虫だからね。じゃあ、マニカと母上。どうすれば良い? どの道、『鼎石』は崩壊してる。誰かが犠牲にならなきゃいけない。人間たちの所業と責任と事の顛末を、また僕一人に押しつける気かい?」


 グッ……と、唇を噛んだマニカ。俯いたまま、何かを言い出そうとしたマニカに、心臓の鼓動が高鳴る。言わせてはならない気がした。〝大丈夫だよ。心配ないよ〟──マニカのあの時の言葉がよぎる。霊体のはずの僕の身体から、心臓が飛び出そうなほど。居ても立っても居られなかった。


「誰も、傷つかないで済む方法は、本当に無いのかっ!?」


「誰も傷つかない……か。いや、ツナグ。〝時の揺らぎの世界〟の人柱になるのは、何も僕と葉月じゃなくても良い様な気がして来てね? 母上や父上は、マニカとツナグを依り代にしても、呼び醒ますにはとても時間の掛かることなんだ。そして、目覚めさせた直後──魂の記憶を何処まで復元出来るのかなんて、本当は分からないからさ? なら、いっそのこと……」


 そこまで言いかけて、突然──。鼎さんが、膝をついた。まるで、何かに抵抗するように身体を震わせている。目の前の鼎さん……急変した事態。予期しなかった出来事に、僕もマニカも目を見張らせていた。


「グググ……。カハッ!! ハァハァ……。邪魔……するな! ウッ!!」


 ──一瞬。身体の震えが止まり、ダラン……と、鼎さんが人形の様に俯いた。ピクリと、身体が動く。再び意識が戻ったのか、鼎さんが顔を上げた。葉月と同じ顔をして。


「……逃げて!!」

「え?」

「まさか……」


 声が──、葉月だった。まるで、暗闇のこの世界に……光が走った様だった。僕とマニカは、その声に目を見開いて驚いた。


「葉月……ちゃん?」

「葉月っ!!」


 再び……葉月の顔をした鼎さんの顔が、歪む。葉月の身体の中で、葉月と鼎さんの意識が、せめぎ合っているんだろうか。

 激しい動悸と息切れを繰り返す様に……。僕とマニカの目の前に居る、鼎さんと葉月が苦しみ藻掻く。その散らばる様な白金の髪には黒色が混じり、まだら模様になって行く。そして、鼎さんの金の満月の様な瞳が、葉月の黒の瞳に染まっていった。


「……葉月!!」

「葉月ちゃん!!」


 名前を呼ぶ。マニカと僕とで。名前を呼べば、葉月が帰って来る。キス顔は、空也(ソラヤ)に頼んであるだろうから出来ないけど……、信じていた。そう想わずには居られなかった。


「鼎さんは、私とマニカ、(ツナグ)と心中するつもりよ!! この〝時の揺らぎの世界〟とともに!!」


 ビクン!──と、精一杯の力を振り絞って、口を開いた葉月。その言葉の後……。再び糸の切れた操り人形の様に、葉月の身体が脱力して倒れた。

 その直後。

 すぐに意識を取り戻したのか、額に手を当てがい……ゆっくりと、再び立ち上がって行く。葉月か鼎さんのどちらが意識を支配しているのか……。分からない姿が、「ククク……」と笑った。


「ハハ! 父上と母上と僕! それに、依り代の葉月とマニカとツナグも手に入った訳だしさ? 親子三人水入らずってことだね! ハハハ!!」


 葉月と鼎さんの意識が、明と暗……。二転三転と繰り返す──。まるで、陰と陽。鼎さんに、呑み込まれて欲しくなかった。葉月には、目を覚まして欲しかった。再び、鼎さんに意識を支配された葉月を……僕もマニカも見つめる事しか出来なかった。

 絶望を覆す希望……。祈りや願いは──神様の居なくなったこの暗闇の〝時の揺らぎの世界〟の中で……誰が一体、聞くって言うのだろうか。


「ぐっ! じゃあ、外の現実世界はっ!?」


「等価交換だよ。ツナグ。厄災とか不幸とか……。現実世界(リアル)で沢山の人たちが傷ついた時間を、一瞬で修復するなんて事、出来ると思う? 普通、無理だよね? けど、この〝時の揺らぎの世界〟の存在自体を(にえ)にするなら、出来ないことも無い。それは、僕なりの現実世界(リアル)へのお礼さ。ま、失敗すれば、どっちの世界も滅びちゃうけどね?」


「させないよ。鼎さんは、私と心中するの。この〝時の揺らぎの世界〟とともにね。鼎さんは私の中で、鼎さんのお母さんとともに生きれば良い。だから、葉月ちゃんを帰して!!」


「……等価交換だね。マニカ。そもそも、〝鼎石〟なんてもの……〝神様を創った〟人間の『業』。君たちには何の関係も無いけれど、背負ってもらうよ? 恨むのなら、千年前の欲にまみれた人間たちを恨むが良いよ。じゃあ、ツナグ。マニカも葉月も居ることだしさ、この世界とともに僕と心中しようよ!!」

 

 ……狂気だった。何もかもが、鼎さんの狂気に呑まれようとしていた。

 鼎さんに依り代にされて、意識を奪われた葉月。

 自らを依り代にして……鼎さん親子と〝時の揺らぐ世界〟で心中を覚悟したマニカ。

 そして──。何も出来ずに震えている……今ここに居る僕。

 空也(ソラヤ)なら、なんて言っただろうか。空也(ソラヤ)なら……空也なら……。


(……空也(ソラヤ)。空也……)


 ──一瞬。僕じゃない葉月の声が、頭の中に……聞こえた気がした。


「やめろ! 僕が鼎さんを救うから!」

「言ったね? じゃあ、時間をあげよう。期待して待ってるよ。ツナグ。僕の父上……」

「え?」


 僕が、葉月の姿をした鼎さんに飛びついた瞬間──。

 ……僕の瞳の中に、何もかもが吸い込まれて行った。

 

「うわぁぁぁっ!!」

 

 既視感──。再び発動した。まるで、宙に浮く様な感覚が僕を襲う。世界とか時間が、何もかもが、僕に呑まれて行く。葉月、鼎さん、マニカ……。この世界が、時間が……。目に視える全てが揺らいでいた。

 

(一体、僕に……何が?)

 

 その一瞬の光景が、走馬灯の様に光る。全ての時間が巻き戻される様な感覚。世界さえも。

 俯瞰して視えた……。振り向いたマニカの後ろ姿と僕の視線。マニカと目が合う。マニカと僕の身体が交錯した。


「ツナグ……くん」

「マニ……カ」

 

 ……そして、すれ違った後には──何もかもが、残らなかった。

 

「え?」


 気がつくと──。

 僕は、鼎神社の境内。しかも、真夜中の……誰一人居ない暗闇の中で、倒れていた。

 見上げた視界。静かに夜空には、幾つもの星々と満月が輝く。

 センサーライトが、点いたり消えたり……点滅を繰り返していた。

 神社本殿の格子扉が開け放たれたまま、黒の『鼎石』──〝鼎さん〟が、元どおりの荒々しい原石の姿で──幾つもの白い鼎札の貼られた結界に祀られていた。


「葉月っ!! マニカーっ!!」


 夜の鼎神社の境内に、僕の声が木霊して響き渡った。

 ……その後には、僕の声以外──何も残らなかった。











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― 新着の感想 ―
[良い点] 加筆修正しているとのことでしたし、取り敢えず最初からここまで再読させていただきました。 私が鼎さんを女の子と思い込んでいたのは、葉月の姿を借りてた鼎さんが記憶の端に残っていたからかもしれな…
[良い点] >葉月と鼎さんの意識が、せめぎ合っているんだろうか。 苦しげな2人(でいいのかな?)の姿が激しく入れ替りを繰り返している画がよく見えます。 ツナグくんはどこに来ちゃったのか?マニカと葉月…
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