14.本番当日。
あれから、また──。
幾つもの日々が通り過ぎていった。目まぐるしかった。もしかしたら、今までの僕の人生の中で一番濃厚な時間だったのかも知れない。
毎日がマニカと過ぎてゆく。奇跡の様な……。葉月が口うるさいのも、間を取り持ってくれる空也とも。四人で居たのが自然に想える日々だった。
そして──。
迎えた本番当日。今日まで、あまりに早く時間が流れていった気がする。
何もなければ良いんだけれど。だからこそ、逆に、何かと不安が残る。
僕は、ひたすら無事を祈り続けていた。お神楽舞いの演奏が、何事も無く……終わります様にって。それと、葉月や空也、マニカのことも……。
──……僕の家の前。
鼎神社へと真っ直ぐに伸びる参道。上り坂。
その両端には──フランクフルト、綿アメ、りんご飴、タコ焼き、金魚すくい、ヨーヨー、ベビーカステラなど……。たくさんの出店が所狭しと並んでいる。
更に、神社境内をぐるりと囲む様に……それと同じ様な出店がたくさん並んでいた。
『鼎神社星夜祭り』は、結構有名みたいで。
地元の人たちはもちろん、御利益のある『鼎札』や『鼎守り』をこぞって買い求める県外からの参拝客が、たくさん詣出ていて。まるで、お正月の初詣の様な賑わい。ざわめきの様な声が、絶え間なくそこかしこに聞こえていた。
「へぇ。やっぱ、凄ぇ賑わいだよな。毎年見てるけどよ」
「確かに。この『鼎神社星夜祭り』の雰囲気は、地元民としてもかなり好きだけど。……今年は」
「大丈夫だよ、ツナグくん。ほら、そこかしこに設置されてる機材。お神楽舞いの演奏がエンドレスに流れてるでしょ? 本番でも、エア篳篥で大丈夫だから」
「ハハ! 確かに! 繋がエア篳篥なら、俺はエア鞨鼓だな!」
「いや……そう言う訳には」
「終わったら、出店回ろうぜ!」
「いいね! それ! あ、今から行く?」
「ちょ、ま、マニカ……」
僕らが学校の体操服姿で話していると──。
同じ体操服姿に、頭だけ巫女仕様の髪型にセットした葉月が、出店に群がる人混みを掻き分けながら現れた。
「ちょっと、アンタたち! 気を引き締めなさいよね! 本番当日のお神楽舞いの最中に、巫女が倒れたとか、神隠しにあったとか、鼎さんは畏れ多い神様なんだからね! 気合い入れなさいよね!」
発破をかけた葉月の言葉の後。
僕が「あ、あぁ」と言ってから、空也が「へーい」と、うな垂れて気のない返事をした。けれども、その後……マニカが。
「アッハ! なに、その頭ー! 体操服とのギャップ! あー、可笑し!」
「はぁ? アンタだって、私と同じ頭になるんだからねっ! 早く着替えて来なさいよね!」
葉月に言われても……。まだ、お腹を抱えて笑っているマニカ。こんなで大丈夫だろうか? 僕は、少しマニカのことが心配になって来た。
そんな風に想いながら二人を見ていると。葉月がマニカに近づき、コソコソと何かを耳打ちした。
「随分と余裕ね? 本家だからって、分家の鼎さんナメてない? こっちだって、もしもの時は、アンタのこと心配して色々と準備してるんだからね」
「ありがと。でも、その心配はないよ」
怪訝そうな顔をした葉月が、溜め息をついた。マニカは一人、鼎さんの居る境内を見つめている。
そんなマニカと葉月を他所に。
空也がお祭りの催しごとの一つでもある、地元の高校のチアガールたちの踊りを釘付けになりながら見入っていた。だんだん緊張感が増してきた僕は、それどころじゃなかったけど。
「空也は、こっち!」
「イテテ! 痛っ! 耳! 引っ張るなよ、葉月!」
絵に描いた様な光景。耳を引っ張られながら、葉月に連れられてゆく空也……。
夕刻──。
日が沈み、鼎神社境内に、針葉樹の影が落ちる。
僕とマニカも、そろそろお神楽舞いの衣装の着付けや、準備に取り掛からなくちゃいけない。
チアガールたちの踊りの後、今度は吹奏楽部の演奏が境内に鳴り響く。トランペットやトロンボーンの音色が夕日に重なり、何とも言えない気持ちになった。
「私たちも、そろそろ。……行こっか、ツナグくん。お神楽舞いの準備」
「うん。……いよいよだね」
緊張感が高鳴る。僕の心臓もだ。
あれから、練習に練習を重ねた篳篥の演奏。だんだん扱い方に慣れてくると、その神秘的な音色に、心を奪われたりもした。
まるで、待ち人や想い人を変わらず待ち続ける様な。そんな切なさ。僕は、もちろん、マニカのことを想いながら練習していたけど。
──繰り返される日常と学校生活。
日々は淡々と。マニカは学校にも慣れ、クラスメートたちとも打ち解け始めていた。空也は、マニカのことを気にしていたんだろうか。けれども、目立った素振りもなく。葉月に相変わらず振り回されていた印象だった。
「どうしたの? 考えごと?」
「いや。マニカと出会ってから、色々とあったな……って」
「ふーん。感傷的になってんだ?」
「……まぁね」
「心配しなくても大丈夫だよ。これからも、日常は続いてく。ずっと、ずっと。変わらない」
「そうだね。けど、マニカと出会ってから僕は……」
「ハハ! ごめん。さっき言ったことと同じ。ツナグくん、ループしてない?」
ループ──。マニカの言葉が、引っ掛かった。
目の前で笑っているマニカが大事に想える。けど、最近は、既視感の様なデジャブは繰り返していない。あの保健室での出来事で最後だ。あれから、何も起こってない。だから、逆に──。今になって焦燥感の様な得体の知れない感情が沸き起こる。
……吹奏楽部の演奏が鳴り終わり。僕らの居る神社の境内が、一瞬の静寂に襲われた。少し合間を置いて、見守っていた人たちの拍手が鳴り響いた。
その時、風が吹いてハッとした。
お神楽舞いの練習では、篳篥の個人練習もそうだったけど、空也と葉月……マニカとの合同練習の日々に明け暮れていて。
〝巫女が倒れたとか、神隠しにあったとか〟
葉月が言った言葉が、突然、重くのし掛かった。
そして、今さらになって、事の重大さに気づく。
いや。考えないようにしていたのかもしれない。マニカを二度も失う恐怖から逃げようとしていたんだ。
〝私、『鼎さん』に呑まれちゃうかも知れないから〟
あの日。高台の夜の公園でマニカが言った言葉。それが、本当なら。もしもの時は──。
……見上げると、鼎神社のずっと上空に、黄昏の空が広がっている。
ふと、マニカのことが気になった僕は、視線を隣に向けた。……マニカが、居る。マニカも僕と同じ様に、鼎さんの上空に広がる黄昏の空を見上げていた。
〝大丈夫だよ〟
〝私、ここの鼎さんには負けないよ?〟
あの時と、そして今も。
長い黒髪を風に……フッと靡かせて。隣に居るマニカの声が一瞬、聞こえた気がした。マニカは、黙ってはいたけれど、笑っている様にも見えた。
あの時のマニカの「大丈夫だよ」と「負けない」の言葉が……今ここに居る現実へと、僕を連れ戻してくれた。
そして──。
僕らの目の前が、夕闇に包まれ。
神社の境内の端々には、松明が組まれ……炎が明々と灯され始めていた。
パチパチと音を立てる火花が、夕闇の空に散っては消えていく。
……お神楽舞いが始まる時間が、僕らに刻々と迫っていた。




