13.約束。
「ツナグくん? 少しだけ。……話があるんだけど」
「え? お神楽舞いのこと?」
「それもあるんだけど。……もっと、踏み込んだ話」
公民館での『鼎神社星夜祭り』のお神楽舞いの合同練習──。
それが、中盤に差し掛かったある日の晩。
その日の練習を終えた僕とマニカは、空也と葉月と別れた後。少しだけ話があるからって切り出したマニカと、僕は高台の公園にいた。
ここから見えるこの街の夜景……。小さな街だけど、まるで宝石箱に散りばめられた様に、家々の明かりが小さく灯る。
──幼い頃の様に。
二人でブランコを漕ぎながら、星空を見たり地面を見て俯いたりして……。しばらく、マニカとの間に沈黙の時間が流れた。
時間にして五分くらいだろうか。
だんだん冷え込んで来た夜の冷たい空気もあって、黙ったままのマニカに僕は思い切って尋ねてみることにした。
「……話って、なに?」
「そのことなんだけど……」
マニカの話す口ぶりが重い。あまり良くないことなんだって、肌で感じる。もしかしたら、マニカに嫌われてしまった……とか? だんだん気が重くなって来た。
マニカの返事にドキドキしながら、遠い目でこの高台の公園から見える夜景を見つめる。今度は、夜の寒さよりも手に汗をかくほど、身体全体が熱くなって来た。
「『呼び子』って、知ってる?」
「聞いたことあるような。無いような……?」
「本来は、笛の音の合図のことなんだけど。それとは別に」
「別に?」
「お神楽舞いの最中にね。もし、私が倒れたり、消えちゃったりしたら」
「消え……?」
「あの子は知らないみたいだけど。十年に一度の周期より、更に大きな百年に一度の周期が近づいてて……。私、『鼎さん』に呑まれちゃうかも知れないから」
「えぇっ?!」
「大丈夫だよ。あの時みたいに、私の名前……『宮月マニカ』って呼んでくれるだけで良いから」
「それが……『呼び子』?」
「そう。大事な役割。それともう一つ」
「あ、あぁ……。れ、例のヤツ?」
「うん……。あの子も、空也くんに頼んでるはずだよ」
「え、えぇっ?! き、キス顔!? そ、空也が、葉月にっ!?」
「……声が大きいよ。ツナグくん」
「……ごめん。あ! も、もしかして、前にマニカが消えたのって!?」
「そうだね。鼎さんの影響。ほら、あの子も鼎さんから聞いたって言ってたでしょ? 『影男』に『月女』。ご指名に預かってるってワケ」
「じゃ、じゃあ僕も? 消えて……」
「ツナグくんは心配ないよ。あの子たちもね。本命は私。本家の『鼎さん』が、ここの『鼎さん』のお母さんみたいなもんだから。子どもが甘えているような感じ。私を通してお母さんに触れたいだけ」
大事な話を僕にしてくれたマニカ。信じられない様な嘘みたいな本当の話。神隠し。マニカの言うことなら、僕は信じる。
けど……。僕にもまだ、マニカに言ってない事があった。
縁結びの神様──『鼎さん』。
僕の居る上坂家に代々伝わる『鼎神社』とのちょっとした……禁忌になるのかな? そんな話。それと、葉月の居る金森家との。
家柄で、葉月が僕を邪険に扱ってる訳じゃないと思うけど。いや、やっぱり、空也とのことかな。
それは、そうと……。
昔、金森家の直系の血筋は途絶えかけたことがあったらしい。
そのせいか、金森家の当主──当時の宮司さんと妾さんとの間に出来た子が、どうも僕の先祖らしくて。
そこで、分家として同じ姓を名乗る別の『金森家』が、今の『鼎神社』を引き継ぐことになって。ややこしい話だけど、それを『鼎さん本家』のマニカが知っているのかは、知らないんだけど……。
「離れ離れになった親子の神様。御慰みと人の業ってヤツなのかな? その為に私たち宮月家が、分家の金森家と一緒に『鼎神社星夜祭り』の神事を毎年執り行うんだよ」
ピョン……と。夜の赤いブランコから飛び降りたマニカ。マニカが、冷たい夜風に当たる様にして背伸びをしている。背中の艶のあるマニカの長い黒髪が、風に揺れていた。この高台の公園から見える小さな宝石箱の様な夜景の真ん中で。
そして、一つ分かったことがある。
それは、マニカと葉月とが遠縁での親戚に当たるってこと。鼎神社は、凄く歴史が古そうだから、物凄い遠縁なんだろうけど。あ、そうか。当然、僕と葉月も遠い親戚に当たるってワケだ。
──夜風に揺れるマニカの背中の黒髪。後ろ手に組んだマニカの白い手。
公園の外灯の明かりに反射して……マニカがそのまま。フッと僕に振り返り、満月の様な瞳と三日月の様な唇で笑顔を見せた。
「私、ここの鼎さんには負けないよ? それに、本家の『お母さん鼎さん』に守られてるから。時の揺らぎに消えても、ツナグくんとは繋がれる。保健室の時みたいにね」
「うん。名前……必ず呼ぶよ、マニカ。それと……」
「ふふ。そうだね、ありがと。それは、そうと。ツナグくん、私に言ってないことあるでしょ?」
「ど、どうしてそれを」
「あの子と同じ。私も鼎さんから聞いてるよ? お母さんの方だけど。……君には不思議な力がある。だから、止まった時の中でも私が視えた。でしょ?」
「え? そうなの? 初耳……なんだけど」
「え? 違った? じゃあ何なに? 教えてよ」
「あー。うん。えと……それはね」
僕も座ってたブランコから立ち上がり、外灯の明かりに照らされたマニカに、かくかくしかじかと耳打ちをした。
そして、僕の言葉の後──。
肺の中に吸い込んだ冷たい空気が一瞬。身体全体を凍らせた様に、マニカの動きを固まらせていた。
遅れて、驚いたマニカの叫び声が、静まり返った夜の辺り一帯に響いていた。
「あ……、愛人っ?!」
「シッ! 声が大きいよ、マニカ! 公園の近くの家まで聞こえちゃうよ」
「いや、妾さんって! いわゆる愛人だよねっ?!」
「だから、声が大きいって、マニカ!」
「ふーん。ご先祖様がねー。ツナグくん家も色々と訳ありなんだね? 複雑ーっ」
「ハァ。今となっては昔のことなんだけどね。そのせいか、葉月からも敬遠されてるって言うか。まぁ、他に理由がありそうだけど」
「あの子ってさ。空也くんに、ベタ惚れなんじゃない? それが理由でしょ。隠しきれない恋心ってヤツ? まる分かりなんだけど」
「ハハ。なんか、空也と葉月に悪いよ。そっとしといた方が……」
チラついて来た雪が頰に触れた。さっきまで背伸びをしていたマニカが、「ひゃっ!」と声を上げて急に縮こまった。
最後の雪だろうか──。
季節は三月に変わり、先月降り積もったほど雪は降らなかった。
この高台の公園にまばらに降る雪が、外灯の明かりに白く反射している。
──白い粒。小さな点々……。僕の視界に灯る家々の明かりが、より一層耀いて見えた。
「そろそろ帰ろっか。体操服のままじゃ寒いし。ツナグくんからも沢山お話聴けたし。私も……言えたから」
「そうだね。家まで送るよ、マニカ」
「ん? ツナグくん、逆方向じゃ……。どっちかって言うと、鼎神社のあるあの子の家の方角じゃない?」
「良いから、いいから! 気にしないでよ。もう少し、マニカと……」
「え?」
「……いや、なんでもないよ」