12.合同練習。
「ちょ、その呼び方、やめてよ……」
「いーや! あんたは、影男! 学級でも影が薄いじゃん! それを空也が、いつも心配してくれてんだからね!」
「まぁまぁ、葉月……。繋も嫌がってるじゃねぇか」
「空也は、いつも繋のことばっかり! 私なんて……」
「いや、あの、その……泣くなよ?」
「ハァ……。もう良い? 私たちは関係無いから。行こ、ツナグくん」
「え? いや、あの。うん……」
保健室の廊下。学校は四限目を終えて昼休みに入っていた。
葉月は、小さい頃からそうだけど、いつも僕と空也との間に割って入る。
いや。もしかしたら、僕が空也と葉月との間に割って入ったのかもしれない──。
なぜなら、空也のお爺ちゃんが町会議員で。鼎神社先代の当主である葉月のお爺ちゃんと仲が良かったから。昔から葉月と空也も、お互いの家を往き来して。何かと家ぐるみでの付き合いで仲が良かった。
「ちょ、待ちなさいよ! 月女ぁ!」
「……行こ。ほっといていいよ」
「え、あ、あぁ……」
その葉月が、マニカに対してもキツい呼び方をしている。それにしても、さっきから『月女』って一体何だろう……。
「今日から、巫女としての練習! 鼎神社の星夜祭り! そのために、転校して来たんでしょ! 忘れないでよね!」
葉月が叫ぶ、言葉の理由──。
『鼎神社星夜祭り』。いつも、空也と見てた。小さい時から。葉月が巫女の衣裳を着て、お神楽を舞うのを。
昔……。葉月が小学生くらいまでは、葉月のお母さんと一緒に舞っていた。それが──。
そう言えば、中学になった頃から、葉月は知らない女の子とペアになって……。まさか。
既視感──。
僕は見ていた。空也も。見覚えのある長い黒髪。満月の様な瞳。それこそ、葉月が月女って呼ぶように……まるで、月の精霊そのままを人間の女の子にした様な。
「練習って、毎年こんな早かったか? 『星夜祭り』は、もうちょっと後なんじゃ……」
「は? 今年は十年に一度の大祭よ!? 空也も、太鼓叩いてよね!」
「げっ!? お、俺が太鼓……」
「そうよ? あ、影男! あんたは『笛』だからね!」
「えっ!? えぇ……聞いてないよ」
また、胸の鼓動が高鳴り始めていた。僕が『笛』? 正式には、『篳篥』。空也のは、おそらく『鞨鼓』と呼ばれるものだ。篳篥は主旋律を奏で、鞨鼓は指揮者の様な役割。どちらも、気が抜けない。それにしても……。マニカが、巫女?
「大丈夫だよ、ツナグくん。演奏は、本番でもエンドレスで機材使うんだろうし」
「いや、初耳なんですけど……」
「ハハ。……言ってなかったね」
「アハハ……」
それにしても。保健室での出来事と言い、マニカが突然現れたことと言い……。何だか足もとが、おぼつかない。現実なのに、醒めない夢の中に居るかの様だ。それに毎日、稽古──は、緊張するけど、マニカと放課後を過ごせるなんて。尚更、帰宅時間を急がなくちゃだ。たぶん、葉月の家か、鼎神社か、近くの公民館で練習するんだろう……。
♢
公民館──。高台にある公園の直ぐ隣。日が沈み、辺りは暗闇に包まれている。
見上げると、窓ガラスに明かりが灯っていた。太鼓の音が聞こえる──。
……どうやら、葉月と空也の方が先に来ていたみたいだ。早速、練習に取り組んでいる。
僕は、公民館に登る階段の手前で偶然、マニカと出会った。お神楽舞いの練習ともあって、マニカは学校の体操服を着ていた。僕も家に帰ってから……鞄から体操服を取り出し、そのまま着替えていた。
「ハァ……。あの子、苦手なんだよね。昔から。ライバル意識剥き出しにしちゃってさ?」
「ライバル意識? なんかあったの?」
「『鼎さん』。私のが本家で、あの子のが分家みたいなもんだからさー。嫌んなっちゃう」
「そうなんだ……」
「あ。神社の規模は、こっちのが大きいよ? 街だから。……私のとこは、小さな孤島だから」
「孤島? マニカって、孤島から転校して来たの?」
「そうだよ。それに、ちょくちょく、こっちにも来てて」
「もしかして」
「憶えて……ない?」
「いや。確か、空也と……」
「そうだね。君は、あの子といたね。知らないフリしようかと思ったけど」
「やっぱり、あの時の子は」
「そう。私も見てたよ。ツナグくんのこと」
……幼い日のことを急に想い出した。ちょくちょく、マニカは、僕らの街に遊びに来てたんだ。いや。鼎神社のお祭りのために──。
そう言えば、本格的に葉月とマニカがペアになってお神楽舞いを披露してたのは、中学の頃だったけど。葉月のお母さんと、もう一人。年齢の近い女の人が、小さいマニカを連れて一緒にお神楽を舞っていた様な……。
「懐かしいね。この公園。四人で一緒に遊んだよね?」
公民館の隣にある高台の公園を見上げるマニカ。マニカの瞳が、夜道に灯る外灯の明かりに反射している。一瞬、風が吹いて……艶のあるマニカの長い黒髪が、風に揺れた。寒さは気にならなかった。
「うん。僕ら四人とも仲良かったよね。一緒に……遊んだよね」
未だに、当時の想い出のまま残るブランコやシーソー。砂場、滑り台。ジャングルジム。……よく、鬼ごっことかしてたっけ。
公園の外灯が、僕らがかつて遊んでた遊具を照らしている。懐かしい想い出に浸りたかった。このまま、マニカとこの公園で……。
「さ、行こっか。たぶん、鬼みたいな顔したお姉さんが待ってるよ? まだかー! とか、遅いー! ……って。あの時は、仲良かったのにねー」
「ハハ。そうだね……。思春期特有のってヤツなのかな」
なんだか、色んなことが頭の中をよぎっていく。幼い日々のこと。マニカと短い期間だけど、一緒に遊んでたこと。それから、僕だけじゃない……マニカも僕を見ていてくれたこと。そして、空也もマニカのことを見ていたこと。あ……。だからか。葉月がマニカに対抗心を燃やすのも。多分、葉月は、ずっと空也のこと見てたから……空也の気持ちにも気づいてた。だから、あんなにもマニカのこと──。それが、思春期の中学に入ってからは、空也への葉月自身の気持ちが鮮明になって……。
(──ガラガラ……)
玄関に明かりが灯る公民館に入って直ぐ。和室の障子から太鼓の鳴る音と灯りが零れている。
スリッパに履き替えたマニカと僕は、開始予定時刻ギリギリに間に合ったのを腕時計で確認した。障子を開けて、靴下のままマニカと敷居をまたぐ。そして、い草の香りが真新しい畳に足先が触れた瞬間──。
「遅いっ! 公民館借りれる時間、限られてんだからね!」
「ほらね」
「そうだね」
「……な、何が可笑しいのよ」
「まあまあ。宮月も繋も時間どおり来たんだしさ。早速、合同練習始めようぜ?」
やっぱり。案の定と言うか、何というか。
葉月は、バッチバチのマニカとの対抗心のせいか、本番そのものと言った巫女衣裳で。化粧まで本番と変わらないくらいに力が入っていた。
けれども、空也まで本番さながらと言った衣裳で。
葉月の予想通りの反応に加えて、それを見たマニカと僕は、思わず吹き出してしまった。
「アハ! アハハ!!」
「ご、ごめん。空也……。バッチリだね?」
「あ? お前らも、この衣裳着て練習するんだぜ? ……って、葉月のヤツがうるさくてな」
「え?」
「嘘?」
「なによ? アンタたち気合い入ってないの? ナメんじゃないわよ」
これから訪れるであろう猛練習の一瞬の合間だった。
だけど、そのせいか、マニカが消えたこととか、空也に抱えてたワダカマリとか……気にならないくらいに忘れていた。
『鼎神社星夜祭り』──大勢の人たちが集まる本気のお祭り。それも、今年は十年に一度の大祭。その本番を想うと、急激な緊張感が胸に突き刺さった。……葉月が言う様に気合い入れなきゃだ。果たして僕は、本番を乗り切れるんだろうか。
合同練習もさることながら。家に帰ってからも、僕は笛──『篳篥』の個人練習に暇が無かった。