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0.ある日の夢。

 


 夢か現実か分からない出来事──。

 それは、誰もが一度くらいは体験するんじゃないだろうか。

 そうは言っても、誰も信じてはくれないだろう。けれど、親友の空也(ソラヤ)なら、もしかしたら。……信じてくれるのかも知れない。

 そんな話を空也に打ち明けようか迷う内に、だんだんと眠くなる。布団の中で瞼をこする──。

 

 ──それは、ある日の夜の出来事だった。

 課題を終えた二十三時。眠たい目を擦りながら、僕はふと、二階の勉強部屋の窓ガラスから外を見降ろした。

 薄暗い夜道を照らす外灯。その中に人影を見つけた。目を疑った。

 ──かなえ神社。所謂(いわゆる)、縁結びの神様。旧参道に面した僕の家。

 三日月の晩に詣出ると恋愛成就する言い伝え。たまに人を見かけても、まさかと思った。

 こんな寒空に、どんどん夜の神社に吸い込まれる様に歩いてく人影。気がつくと参道の登り坂の先を、僕は見つめていた。


 ──女の人だった。それも、何処か見覚えのある。


 僕は、どうにも気になり学校の体操服のまま外に出た。恋愛成就を口実に参拝するフリをして。

 長い黒髪の揺れる後ろ姿。身体の輪郭。僕と同じ学校の体操服。少し安心する。けど、バレやしないかと後をつけている後ろめたさにドキドキした。その後ろ姿から目が離せなかった。





 夜の神社に設置されたセンサーライト。点灯した境内の明かりに、目を閉じて祈るその素顔。高鳴る鼓動。倒れそうだった。まさか……。

 息を呑む。呼吸が止まる。声にならない。決して近づいてはイケない。けど、動けない。

 言い伝えでは願った直後、〝キス顔〟をする決まり。見てはイケなかった。けど、見てしまった。


(──カーン……)


 夜の神社に響いた音。誰が捨てたのか、動揺した僕の足元から、空き缶が神社の石段に落ちた。

 反応したセンサーライトが、僕の影を石段に映した。目が合ってしまった。

 しばらく、凍りついた。何も言えないまま三日月と雲を見るしかなかった。


「ツナグくん?」

「マニカ?」


 ……聴き取れなかった言葉。けれど、僕は何故か、想わずその子のことを『マニカ』って呼んでいた。

 センサーライトが点灯した境内から、マニカが僕に近づいて来た。マニカなんて子は知らない。クラスではもちろん、学校でも見かけたことが無い。


「見てたの?」

「え?」

「キス顔」


 会って直ぐ初めての会話。夜の神社の冷たい空気。僕ら以外誰も居ない気配。

 夜空に輝く三日月のずっと手前で、マニカの瞳が迫る。


「ツナグくんも見せてよ」


 三日月みたいなマニカの唇が笑う。誰も返事しない夜空にマニカの長い髪が揺れた。


「そ、それは……」

「出来ないの?」


 僕を見つめた万華鏡みたいなマニカの瞳。僕は観念して目を閉じた。


「好きな子。誰?」

「え、いや、あの……」


 蜘蛛の巣に掛かった蝶のように、僕の頭の中がシビれる。名前を告げて楽になりたかった。


「秘密。だよね? 神様が見てる」


 目を開けた僕に、満月みたいなマニカの瞳が見ていた。


「私の事。秘密にして」


 センサーライトが石段とマニカの後ろ姿を照らしてる。

 その背中に揺れる髪や身体の輪郭が、僕を置き去りにして。

 マニカの好きな人の名前は聞けないまま。僕は、そのままずっと、マニカから目が離せなかった。


 ……マニカって、誰なんだろう。





 ……また、夢でも見ていたんだろうか。いや。確かに、あの後、僕は自分の足で家に帰って。親にもバレずに、布団の中へと潜って目を閉じたはずなんだけど──。


 ──二十三時。真夜中。僕が今立ってる場所。かなえ神社。徒歩三分。

 動く度、反応する境内のセンサーライト。眩しくて。暗闇の格子の奥には神様がいる。それが本当なら。


「マニカと付き合えますように」


 どうしてだろう。なぜか、そう呟いていた……。あの子の名前。学校でもクラスでも、そんな子は居ないはずなのに。


 ──〝キス顔〟。僕は言い伝え通りに……した。参拝の後。

 クリスマスイヴにも三日月は昇る。けれど、あの時見たマニカの満月の様な瞳は、三日月よりも特別だった。


「ひとりごと?」


 ……声がした。まさかって想う。そこにマニカが? いや、幻聴? 後ろを振り返る。気にしすぎ……?

 辺りが暗く沈む。足元の玉砂利が響く境内。僕は何してるんだろうって想う。知らない誰か──〝マニカ〟に想いを寄せるなんて。

 けど、幻聴に想えたマニカの声が、もう一度。僕の耳に、現実(リアル)に聴こえた。

 

「ツナグくん、教えて」


 今、この神社には誰も居ないはずなのに。

 石段の上から一望出来る街並み。まだ眠らない宝石箱の様な夜の景色。そこに居ないはずの人影が、視界の端で揺れた。いつかの声が響いてた。

 

 ──マニカだった。

 

 マニカの瞳が、身震いするほど綺麗で。まるで、マニカに吸い込まれるみたいに……。目が合ってしまった。

 

 ……冷たい空気に昇る夜空の三日月。

 マニカの後ろで三日月が輝いている。光ってるのが眩しいくらいに。学校じゃ、影の薄い僕は目を閉じる。クラスじゃ、存在感なんて無いだろうから。話し掛けて来てくれるのは、同じ中学だった親友の空也(ソラヤ)くらい。

 そう想うと……。僕とマニカの心が合わさるのかなんて気が重い。……僕は影が薄いから。


「言えない?」


 嘘だろ? まさか──。

 満月の様に輝くマニカの瞳が、石段を照らすセンサーライトに揺れていた。目の前まで歩み寄るマニカの瞳と、再び目が合う。マニカも、僕と同じ様に学校の体操服を着ていた。けど、どうして?


「ツナグくん?」

「マニカ……」


 そこから声が出せない。念じれば現れるのか──? 

 僕一人だけだったはずの神社。……じゃなくて? 願いが通じることなんて、あるんだろうか。

 不思議な感覚がした。

 神社の石段から一望出来る夜の街並み。その中に映るマニカの身体の輪郭。あり得ないくらいに、眩しく見えた。


「……聞いて良いかな?」


 石段から駆け上がって来たのか、マニカが白く息を吐いていた。朱色の鳥居をくぐったマニカが、神社の石畳から玉砂利の上を歩く音が響く。センサーライトが僕とマニカを照らしている。境内にマニカが近づく音が聴こえた。僕とマニカ以外、誰も居ない。心臓がマニカにギュッと握りしめられた様に鼓動していた。


「今日も?」

「マニカは?」


 言葉の後に笑顔。あり得なくて。マニカと喋ってる現実リアル。三日月より眩しい。


「冬休み……」

「……一人だね」


 謎掛けのようなマニカの言葉に、僕はマニカと目を合わせたまま答えた。シーンとしている境内と暗闇。センサーライトが、僕とマニカの動きに反応して、点いたり消えたりを繰り返している。気にしないフリをした。学校じゃ、クラスメートにさえ話し掛けるのを躊躇うのに。どうしてだろう……。


「まだ居る?」

「え?」

「参拝……」


 神社のキス顔の習わし。誰がマニカの想い人なのか。知らないフリをして、三日月が雲間に隠れるのを僕は見つめていた。気持ちが一瞬、三日月を隠した夜空みたいに曇る。

 ……マニカのキス顔を、僕は見れなかった。


「ごめん」

「え?」


 視線を戻して振り返った僕は、参拝を終えたマニカの後ろ姿を見ていた。暗闇にポツリと浮かぶ、マニカの後ろ姿。ずっと、マニカと会っていたいのに。そこから、動けなかった。立ち尽くしたまま、僕は家に帰ろうとはしなかった。けど。


「マニカ、僕は」

「明日も来るから」


 マニカと一瞬。交差する様にすれ違った後、マニカが暗闇の中を足早に駆けて行く。神社の境内に散らばる玉砂利の音が響いていた。マニカの言葉が僕を置いていく。神社の石段の傍で、再び点灯したセンサーライトが、一人になった僕を照らしていた。

 マニカの匂いがフワリ……。目をつむった僕の鼻先で消えた。


 それから──。僕は微睡みの中。そんな夢を確かに見た気がして。

 カーテン越しに光る朝の眩しさに、僕は目を開いた。

 


 




 



 








 

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[良い点] >鼎……あれ、どこかで? 私もなぞの既視感(-ω-) と、前回の感想欄で書いたと思いますが、そうそうそうなんですよ、いちさんの純文学の短編作品で見たな~と。 …あ、もしやその純文学とこの…
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