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第一章2 黒の進攻

「それじゃ、お邪魔しましたー!」


 元気な挨拶と共に、ミーナはガーデン宅を出ていった。

 ルナとステラは玄関でそれを見送り、リビングに戻る。


「……え?」


 ルナが違和感を覚えたのは、それから数分後のことだ。


「どうかした?」


 食洗器に昼食の食器を入れていたステラはまだ気づいておらず、そう問いかける。

 が、すぐにその答えを知ることになった。


「……何、あれ」


 二人が見つめるのは窓の外。

 今どき珍しい大きな窓から見える風景は、広めの庭(これも今どき珍しい)とそれを囲む塀。

 その向こうにビルがあって、そのさらに向こうには――空。


 その空が、


「なんで暗く……?」


 まだ昼食を食べたばかり、真っ昼間も真っ昼間だ。

 二人が揃ってうたた寝してしまったというのは、さすがに考えられない。


 にも関わらず、空がどんどん暗くなっていく。


 しかも、夜が更けるようにではなく。

 まるで何かに飲み込まれるかのように。

 遠くから真っ黒な何かの群れが、こちらへ向かって来ているかのように。


 黒が迫ってくる。

 空を、ビルを飲み込んで。


「お母さんっ……」

「ルナ!」


 思わず声を上げたルナを、ステラがぎゅっと抱きしめた。

 しかしそれだけだ。

 二人は為す術なく、窓を睨みつけるしかなかった。


 一番近くのビルが見えなくなった。

 家の塀が見えなくなった。

 庭が端から見えなくなって、黒は窓までやってきて、そして――


「……!」


 そこで、黒の進攻は止まった。

 窓の外は真っ暗で、真っ黒だ。まるで墨で塗ったように。


 ただ、家の中にまで入ってくることはなかった。

 二人はどちらともなく離れ、ふーっと長いため息が重なる。


「な、なにこれ……」

「わかんないよ、そんなの……」


 こんなもの、当然今まで一度も見たことがない。

 見える範囲の他の窓からも、暗闇以外のものが何も見えない。


 二人は、おそるおそる一番大きな窓に近寄る。


「本当に何も見えないね……」


 窓を真っ黒に塗りつぶされた、と言われれば納得してしまいそうだった。

 試しにウェアラブル端末でライトを点けて外に向けてみるが、暗闇は全く晴れなかった。

 光が吸い込まれているかのようだった。


「ニュース……は、さすがにまだか。SNSは……ダメ。『外が真っ暗』って書き込みはいっぱいあるけど、それしかない」


 いろいろ調べてみるルナだが、これといった情報はない。

 と、その横でステラは電話を始めた。


「あ、もしもし?」

『ステラ、無事か? ルナもいっしょか?』


 電話越しに聞こえてきたのは父・フィーバスの声だ。


「うん、二人とも家にいる。そっちは大丈夫なの?」

『あぁ、今のところシェルター内は何ともない』

「そっか、よかった……」


 ひとまずお互いの無事が確認できたところで、「で、どうなってるのこれ?」とステラが尋ねる。

 が、回答は期待したようなものではなかった。


『それはこっちが聞きたいところだな。衛星の録画データからは、世界中がものの数分で暗闇に飲み込まれたってことしかわからない。Webカメラで屋内には影響がないことも確認できているが……本当に何ともないか?』


 逆に問われ、ステラはルナと目を合わせる。

 まぁ何ともないよね、とルナは肩を竦めるしかない。

 そうだよね、と同じように肩を竦め、ステラは会話に戻る。


「とりあえずは。あの黒いの、家には入ってこないんだよね?」

『とりあえずは。仮に隙間から入り込むような物だったとしても、うちは浄化システムで他所よりもつはずだ。ただ、ずっと大丈夫だという保証はない』

「ちょっと、そういうときは嘘でも『大丈夫だ安心しろ』とか言ってよ」

『……俺にそういうのは』

「あーわかってます期待してません」


 拗ねるステラに『すまん』と声が返り、「いいよ」と彼女は笑う。


「で、それ以上の情報はないんだよね?」

『すまん、今のところは。家の中で続報を待ってもらうしかないな。その暗闇が人体に有害でないという保証もない』

「もう、だから怖いこと言わないでよ……でも、ありがと。声聞けてちょっと安心した」

『俺もだ……悪いがこれから緊急会議でな。また連絡する』

「うん、待ってる」


 うっかり漏れ出たような『俺もだ』に相好を崩し、ステラは通話を終えた。

 だってさ――と振り返った先、ルナが唐突にハッと息を呑んだ。


「ミーナ!」

「え? ……あ!」


 言われてステラも気がつく。

 ミーナが家を出てから暗闇が襲ってくるまでの間は、数分しかなかった。


「ミーナちゃんの家って……」

「5分では着かないけど、10分あれば……でも」


 10分は経っていなかったし、真っすぐに帰ったとも限らない。

 つまり、ミーナは外にいた可能性が高い。

 今度はルナが電話をする番だった。


 コール音が鳴る。

 お願い、出て――ルナの祈るような気持ちを尻目に、


『あ、もしもし?』


 あっけないほどすぐにミーナは電話に出た。


「ミーナ! 大丈夫!?」

『うん、何ともないよー』


 緊迫したルナの声に対し、ミーナの声はいつもどおりだった。

 あぁもう家に着いてたんだ、と安堵しかけて、


『ただ、これはちょっと帰れないねー』


 アハハと笑うミーナの声が、ルナの耳を冷たく刺した。

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