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第四章1 残酷な現実

 国営シェルターと外部の通信が途絶してから、ディランはその原因を探っていた。


 結果として、例の噂が真実であると確信せざるを得なかった。

 完全管理社会――閉じられた完璧な箱庭の実現。

 いつの間にか政府の実権を握った連中は、本気でそれを成し遂げるつもりらしい。


 もちろん、メリットだってあるだろう。

 管理の行き届いた社会であれば、トラブルは起きない。

 約束されるのは永久の平穏。


「でも、それで全人類の半数を見捨てるなんて狂ってる――」


 ディランは思わずそうこぼす。

 人類は増えすぎた、なんて考えがあるのも知っている。

 だが、だからと言ってそれを間引くなんて人間に許されることじゃないはずだ。


「本当に、人間じゃないのかもな――」


 そんな噂すら流れている。

 人間を管理しようとする、超人間的存在。それが裏から糸を引いてる、なんて。


「フィーバスが聞いたら、鼻で笑うだろうな」


 フィーバス。フィーバス・ガーデン。

 彼は優秀な研究者だ。彼と出会い、いっしょに研究をしていることがディランには誇らしい。

 しかしそれが、今の彼にとって一番の悩みの種だった。


「どう言えばいいんだよ……この暴挙の一因が、アイツの研究成果だなんて」


 もともとディランは、噂の真偽をそこまで重要視してはいなかった。

 どっちにしろ、国営シェルターにも限界があったから。


 今までのシェルターは、そのエネルギー供給を原子力発電で賄う想定だった。

 そうなると当然核燃料が要るわけで、それは有限の物質だ。


 しかし、そこへフィーバスがとんでもない発明をしてしまった。


 光さえあれば無限に増えるブラックコーナー。そこから電力を取り出せるようになれば、実質永久機関の完成だ。

 後は消費に追いつく効率さえ出せてしまえば、原子力に頼る必要すらなくなる。


 つまり、シェルターは外の世界に何かを求める必要がなくなってしまったのだ。


 皮肉、なんてものではない。

 フィーバスは家族を救うために、救うための時間を稼ぐために、あの研究を進めていた。

 民営シェルターはよりシビアにエネルギー問題を抱えていたから、それを解消することでタイムリミットを引き延ばそうと。


 それが結果として、逆に外を見捨てるという選択肢を政府に与えることになってしまった。

 こんなこと、アイツが知ったら――いや。


「アイツは、すぐに気づいちゃうか」


 そのことを思うと、ディランは肩を落とさずにはいられなかった。


****************


 それからのフィーバスは鬼気迫るものがあった。

 家族に連絡は取れず、外へ調査に出ようにも許可が出ない。 

 政府からはブラックコーナーのエネルギー化効率を上げるようにと命令が下り、研究にかかりきりになった。


 もっとも、フィーバスは政府のために研究に没頭したわけではない。


「よし。目標の1.2倍まで達成してやったぞ。ディラン、これで行けるか?」

「――うん。よくできてる。後は任せてくれ」


 研究成果を盾に政府と交渉し、外を調査する許可をもぎ取る――それがフィーバスとディランの立てた作戦だった。


 結果として、ディランの半ば脅しのような強引な交渉により作戦は成功――したのだが。

 外に出ることが叶ったのは、通信遮断から半年が経過した後だった。


****************


 厳めしい車の中で、フィーバスはイライラと貧乏ゆすりをしていた。

 一秒でも早く目的地に辿り着きたい。しかし、外の景色はゆっくりとしか進まない。


 いや、正確には外の景色ですらない。モニターに映る、ソナーによる探査結果の図だ。

 それを睨みつけて、フィーバスは険しい表情を崩さなかった。


「そろそろ、第六シェルターに着くね」

「ああ」


 ディランが話しかけても、ぶっきらぼうにそう返すだけだ。


 ステラとルナが避難したシェルター。

 そこで待っているのは二人か、あるいは。


「……出入り口が開いています」

「……!」


 運転手が告げたのは、絶望的な一言だった。


「……とりあえず、奥へ進んでみよう。もしかしたら、たまたま出入りの途中なのかもしれない」


 ディランが提案するが、それは薄い望みだとわかりきっていた。

 車はゆっくりと、シェルターの奥へと進んで行く。


「内扉も、開いています……」


 シェルターの出入り口は、フィーバス宅と同じで巨大な風除室のような構造だ。

 つまり、外と面する扉、内と面する扉が一枚ずつあり、そこで有害物質――この場合はブラックコーナーを――除去する仕組みになっている。


 その内扉が開いている、ということは。


「ブラックコーナーは」

「内部に侵入、しています……」


 わかりきった問に、わかりっきた答が返った。


「……ソナーの反応を見る限り、人の気配はない。ひとまず管理棟へ向かおう。何か手がかりが残っているかもしれない」


 再びディランが提案し、車はさらに奥へと進む。

 図面は事前に入手していたため、ものの5分程度で管理棟へ辿り着いた。

 二人は外へ出るため、ソナー結果をマスクの内側に投影する特殊な防護服を着込む。


「じゃあ、行ってくる。留守番は頼んだよ」

「かしこまりました。お気をつけて」


 ディランが運転手に告げると、車の後ろ側の扉が開く。

 ここもシェルターと同じ仕組みだ。ディランが内扉を閉め、フィーバスが外への扉を押し開ける。


「……行くか。まずは通信室だな」

「あぁ。もしかしたら、他のシェルターと連絡が取れるかもしれないしね」


 フィーバスとディランはそれだけ言葉を交わすと、後は無言で歩みを進める。


 防護服のソナーの性能は知れている。

 不明瞭な画像を元に、ゆっくりと慎重に進むしかなかった。


 エレベーターは当然の如く動かない。

 階段で通信室がある5階まで上りきるのに、およそ15分かかった。


 通信室に辿り着くと、二人はまず通信設備を調べる。

 だが――


「……やっぱり、電気が止まってるか」


 ディランが落胆の声を上げる。

 通信設備は、まったく動かなかった。


「住民がいなくなってから、それなりに時間が経っているんだろうな。おそらく、浄化システムの機能低下でブラックコーナーが除去しきれず、別のシェルターに避難した……というところか」


 フィーバスの推測はもっともらしい。

 が、それが事実だとして、この状況ではどこのシェルターに避難したのかもわからない。


「何か、メッセージは残ってないのかな?」

「……探すぞ」


 短く返事をして、フィーバスはあちらこちらを手探りし始めた。

 ディランも同じようにするが、不明瞭な視界に防護服越しの触覚――何か見つけられるかは怪しい。


 それでも、フィーバスは手を動かし続けた。

 何か、何でもいい。今の推測を裏付けるような何か。住民の――ステラとルナの行き先がわかる何か。それさえあれば。


 ――カツン。


 何かが跳ねるような音が足元から聞こえた。

 防護服越しだから、ほんの微かな音だ。

 聞き間違いの可能性だってある。


 だが藁にもすがる思いで、フィーバスはガバッと四つん這いになって手を動かした。


「ステラ……ルナ……!」


 恥も外聞もかなぐり捨て、うわごとのように二人の名前を繰り返しながら。


 ――半年かけて、ようやく辿り着いたんだ。

 何も見つけられずに帰るなんて、そんな真似ができるか。

 一心不乱に「何か」を探すフィーバス。


 ――だが。


「……フィー、残念だけど時間だ。そろそろ戻らないと酸素がもたない」


 ディランが残酷な現実を告げた。

 言われて目線を右下に向けると、マスクの内側に表示された時間が見えた。

 気がつけば、外に出てからもう1時間が経過していた。


「…………クソ」


 ぽつりと呟くフィーバス。


 胸の内から、沸々と怒りが込み上げてくる。

 何も見つけられないこの状況。外の世界を見捨てると決めた政府の連中。理不尽極まりないブラックコーナー。

 何より、自分自身に対して。


 フィーバスは、ただその怒りを吐き出すことしかできなかった。


「クソッ!」


 床に拳を叩きつける音が、虚しく響いた。

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