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9.1943年2月8日~東京

 2月1日に鈴木貫太郎を首班とする新内閣が発足した。新内閣で陸軍大臣と軍需大臣に留任した東條英機陸軍大将は、先週の拡大御前会議のことを思い返していた。お上は宣われた。

「私は、今月の紀元節で全国民に対して、詔勅を下したい。ラジオ放送が良いと思う。国民学校では、紀元節に、校長が教育勅語を奉読することになっていると聞くが、今年はそれをとりやめ、私の詔勅を聞くようにしてもらいたい。また、そのほかの国民にも広くきいてもらいたい。外地へは音盤を配布して、当日は無理でもなるべく早く聞いてもらいたい。先月から、我々は【彼】の提言に従って、ソロモン諸島、ニューギニア、アリューシャン列島からの撤兵を行っているが、【彼】のいう通り、敵の妨害はないようだ。しかし、軍内部では、予想通り反発の声が蔓延していると聞く。今、我々が行っていることは全て私の責任において行っているということ。我々はアジアを欧米の植民地から解放するために闘っているということ。日本は、その責務を果たすため、国土を強靭化しなければならないこと。そして日本は国民のための日本であり、私は神ではなく人間であることを言いたい。私に忠誠を誓うのであれば、敵と戦って死ぬことよりも日本に戻って国土の強靭化に力を尽くすことを望みたい。」


「恐れながら陛下。そのような詔勅が下されますと、憲法改正を急がねばなりません。」

 鈴木貫太郎首相が言った。

「憲法は早急に改正しなければならんな。【彼】の言うには2年でことを為さねばならん。統帥権を総理大臣に委任する臨時法はどうなっているのか。」

「現憲法では難しいというのが憲法学者の意見ですが、戦時です。統帥権や陸海軍の編制及常備兵額の決定権を総理に委任するという臨時法を早急に作りましょう。憲法につきましては、イギリス法を下敷きに草案の検討に入りました。」松坂司法大臣が発言した。


「うむ。【彼】は国土の強靭化についていくつか注文があったと思うが、そこはどうか。」

 何人かの閣僚が発言しかけたが、それを制して鈴木首相が答えた。

「多省庁にわたっておりますので、簡単にわたくしのほうからご説明いたします。まず、地主から農地を買い上げ、小作農に譲渡する件ですが、小作させている農地を地租価額で買い上げ、小作に譲渡する方向で検討が進んでいます。地主への買上代金は10年分割払いの方向です。小作には、農業組合をつくらせて、その組合に土地を譲渡し、土地代金については20年分割で返済させる。小作は組合から給料をもらう。そうすることで、より規模の大きい農地の活用が可能になるのではないかと。4月から実施の方向で検討中です。

 東京、大阪など大都市の改造についてですが、戦時ですので、空襲対策の名目で、道路網の拡大、大型公園の設置、鉄道と道路の立体交差化を計画しています。しかし、このためには立ち退きを迫られる住民の住まいをまず作る必要がありますので、実行は1年はかかるものかと。


 【彼】から提示のあったいくつかの技術は専門家に検討させています。工業規格の統一はかなり早期に草案ができると思われます。高純度のシリコンビレットの製造は、相当に難しいようですが、検討させています。同時に提示された、高性能通信機、電気式計算機、太陽電池は、【彼】の示した規格書を参考に検討させていますが、【彼】のいう半導体はすぐには製造できそうにないので、真空管で代用して試作中です。また、医療用抗生物質についてですが、製造方法の指示書もありましたので、大学関係者に検討させています。鎮痛解熱剤や副作用が小さいという麻酔剤については、試作中です。また、食料自給率の向上につきましては、農地改革とあわせての農作物の大規模化、漁業への人員の投入と、特に北方での農地開発、缶詰増産などを検討しています。いずれにしても相当な人手が必要ですので、兵の復員が待たれます。軍関係については、陸軍大臣および海軍大臣よりご説明いたします。」


 東條陸相がたちあがった。

「戦車製造工場を整地機械製造工場に転換する件は、【彼】から提示のあった油圧装置の製造指示書、およびその制御方法の製造指示書をいくつかの会社に見せたところ、やる気を見せるものが複数ありました。4月には立ち上げられるものと思います。また、彼の提示した高効率の1000ccのガソリンエンジンと2000ccの過給機付きディーゼルエンジンは現在試作にとりかかっております。なにしろ製造条件書付きの現物部品までいただいておりますので、立ち上げは早いものと思われます。満州、朝鮮北部の国境、および樺太、千島に砲台を建設する件ですが、予定地は既に【彼】によって簡易な整地がなされており、相当早期に準備できそうです。外地の駐在軍の内地への召喚は、抵抗が大きいと考えられますので、陛下の詔勅を待って指示すべく、配置計画を作成中です。そして、陛下が詔勅を出されるのに合わせて、わたくしも戦陣訓を見直したいと思っております。」

「それは良い。兵には何があっても生きて戻って内地の改革に取り組んでほしい。」


 続いて返り咲きとなった米内海軍大臣が立ち上がった。

「艦船の改造のために大型ドックを提供せよとの件ですが、横須賀を2週間前から提供しております。現在、陸奥の改造中です。【彼】のロボットが20数体入って働いており、信頼できるベテランの工員200名弱がクレーン操作等で協力しています。工員たちは、初めこそ怖がっていましたが、すぐにロボットは100人力の上に細かい作業も丁寧でしかもよく働くとほめたたえるようになりました。最近は、ロボットが24時間働き詰めでかわいそうだと言い出す始末です。陸奥の改造はあと数日で終了予定で、今後、長門、武蔵、大和を改造し、3月には空母の改造に取り掛かる予定です。そして、陸軍の砲台建設が完了しましたら、金剛、榛名、扶桑、山城、伊勢、日向の砲台移設に入る予定です。いまだに方法が想像できないのですが、戦艦の砲塔を陸上の砲台に移設するのは、やはり3月後半を予定しています。砲塔移設後の戦艦は、装甲などを取り払い、4月以降予定通り貨客船に改造し、南方資材、外地からの邦人帰還、食料等の買い付けに回る予定です。信濃は早々にタンカー改造され、現在、南方に向かっております。また、誉エンジンの冷却フィン、クランクピン、コンロッド軸受、クランクケース、吸気路および点火プラグの過熱の対策案をいただきましたので、金属材料の一部提供も受けて、新型合金を現在試作中ですが、相当な成果が期待できそうです。」


 最後に重光外務大臣が立ち上がった。

「占領地の自立ですが、予定としてはインドネシア、ベトナム、マレーシア、カンボジア、ラオス、ビルマそして、満州、朝鮮、台湾を独立させます。しかし、それぞれ、自治組織も不十分で、行政、警察、国防組織もありません、それ以前に、教育、医療体制も不十分です。2年でそれらをどれだけ育成できるかにかかっています。インドの独立組織は当面我々が保護しなければなりません。それと、朝鮮、台湾についてはそれなりに自治できる体制が整いつつありますが、分離独立をせまった場合、相当の反発が予想されます。中国の蒋介石については、特使として私が行くつもりですが、停戦してくれるかどうか。」


「うむ。皆よくやってくれている。蒋介石については【彼】が説得すると言っていた。結果を待とう。」

「陛下の詔勅を紀元節に放送する件は異論なしでよろしいですな。内容については改めて閣議で確認いたします。」

 鈴木総理大臣の言葉で、御前会議は終了した。


 東条英機陸相は、御前会議後、陛下に呼ばれた時のことを思い出した。

「東條。【彼】の言葉によれば、お前は戦後、裁判にかけられ死刑になるという。私は、お前たちを戦争の罪で死刑になどさせぬ。戦争の罪は私がかぶれば十分だ。取り組む仕事は困難であろうが頼むぞ。」


 東条英機は頬が濡れているのに気が付いた。身命を賭して任務を全うせねばならぬ。

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