51.1944年1月1日未明
東条英機は、ふと目を覚ました。陛下は早朝から四方拝に臨まれ、そのあと正月の祝賀の儀となる。自分も早く起きなければならない。しかし、これは…
丁度1年前と同じ光景ではないか。自分は、内閣の閣僚たちと並んで座っている。国会の主要メンバーや、軍部の幹部たち。遠い外地の総軍の幹部たち。陛下も内大臣や侍従長、宮様方を従えて臨席されている。この1年で顔ぶれは少し変わった。しかし、皆、突然のことに驚き、周りを見回すものの、声が出せないのも以前と同じである。その時、聞き覚えのある声がした。
「皆さん、お待たせしました。故郷で少し手間取りましたが、数日前に戻ることができました。不在中の状況はおおむね把握しました。」
「同乗者の方の身内の具合はいかがでしょうか。」
陛下が心配そうに言った。【彼】が発言者を選んでいる。
「はい。ご心配をおかけしました。残念ながら同乗者の父親は亡くなりました。同乗者は妊娠もしているので、母親のそばに残してきました。」
「あなたのいる世界でも、治療できないことがあるのでしょうか。」
「私たちの世界では、ほとんどの病気は治療法が確立していますし、けがなどは早期に治癒する方法があります。ただし、やはり回復不能な病気やダメージというものはあります。延命の方法はいくらでもありますが、当てのない延命はしないことになっています。」
「皆さんは、1年前の私からの要請に応じて、日本の向かう方向を変えてくださいました。史実で亡くなったであろう数千万人が救われました。改めてありがとうございます。しかし、以前述べたように、私の目的は人命救助ではありません。早期の化石燃料依存社会からの脱却です。当面、エネルギー源を石油・石炭に頼るのは仕方ありません。今後、50年以内にそこから脱却していただきたいのです。日本の安全保障にも大いに貢献することになります。石油資源を握る国の支配から脱却できるのです。
平和になると、社会はどんどん変わってゆきます。例えば、今はほとんど未整備ですが、衛生面から下水道を整備する必要が出てきます。下水は、無毒化処理して放出しないと環境破壊の原因になります。その下水処理に役に立つバクテリアの情報をお渡ししたいと思います。うまく処理すれば、肥料などとして活用することも可能です。
また、農業の効率化を求めて、化学肥料や合成農薬が広く使われます。これらは当面の増産に貢献しますが、自然環境を破壊し、自然の持つ回復力を失わせます。影響を評価して、販売を許可するようにお願いしたい。また、同乗者が研究していた病気に強い農産物のサンプルをお渡ししたいと思います。
そして、現時点ではほとんど問題になっていないでしょうが、家庭からのゴミの排出量が増加します。各家庭から排出するゴミを収集し、処理する必要が出てきます。信じられないでしょうが、50年後には、毎日南京袋一つ分のゴミが一つの家庭から排出されるようになるのです。
ゴミの内容は、皆さんなら生ゴミを想像されるでしょうが違うのです。食品などの包装や容器が大量に出るようになるのです。これから合成樹脂、プラスチックの時代がやってきます。これは、軽量・安価で、密閉性に優れ、食品の流通におおいに役に立ちます。
現在は、飲料の容器はガラス瓶で、回収・再利用されていますね。しかし、プラスチックの時代には、安価がゆえに回収が困難になります。新たな包装素材が登場したら、回収・再利用が見込めないものは認可しないでいただきたい。
おそらく、産業界からは非難され、海外からは非関税障壁とののしられるでしょうが、頑として譲らないでいただきたい。これが日本のやり方であると。障壁があれば業者は知恵を絞ります。そして蓄積された知識と経験がやがては世界を救います。
いろいろお願いばかりしてすみません。これからひと月ほどかけて皆さんに貸していたものを回収していきたいと思います。また、横須賀の工廠を貸していただけますか。」
「待ってください。大和を元に戻すのですか。ゼロ戦99型や三式連絡機も…」
東条国防相は、つい口走った。わかっていたことだが…
「そうです。その約束です。無くなるわけではありません。ゼロ戦は紫電改に置き換えればいいでしょうし、三式連絡機は、中島さんが、連山の旅客機型を完成させたようです。」
「連合艦隊の推進機関の置き換えについては、現在、あなたのヒントに基づいてより熱効率の高いタービンが完成に近づいているので、それに置き換えてもらってもよいでしょうか。」
米内軍需相が発言した。
「もちろんです。その新型タービンをより効率の良いものにする助言ができると思います。大和や武蔵はその存在だけで抑止力になります。アメリカ海軍に、もう一度大和に挑む勇気は今はない。
長々と付き合っていただきありがとうございます。また、定期会合を持ちましょう。では、よいお年を。」