5.モルディブ大英帝国東洋艦隊本部
1月29日、インド洋の日は暮れた。東洋艦隊司令長官サマーヴィル提督は、執務室で報告書を読んでいた。理解しがたいことだが、わずか1週間ほどで太平洋のアメリカ艦隊は壊滅状態になったらしい。オーストラリアのダーウィンを基地とする潜水艦隊も二日前に8隻を喪失し、ほぼ戦力を失っていた。潜水艦は、通商破壊を目的として、フィリピン近海や台湾沖などに進出していたのだが、夜間、浮上し水上を航行しているところを、いきなり船尾を破壊されたのだ。船尾の損傷をなんとかふさいで浮いていたとしても、敵の勢力範囲内なので、救援の艦艇を送ることができない。フィリピンに潜入している魚雷艇や協力してくれる現地漁船を使って乗組員を救助したあとは、機密保持のため自沈するしかなかった。なかには日本海軍に発見され、乗組員は大急ぎでボートに移乗して、自沈した例もあるようだ。
昨夜は、インド北部の空軍基地が攻撃を受け、150機以上を失っている。現在、イギリス陸軍の主力は北アフリカで闘っており、アジア方面はなかなか補給を受けられる状況でもないのにどうすればよいのか。上空からの攻撃であることには間違いないが、どうやって攻撃しているのかまったくわからないため、対策のしようがない。駐機している航空機は偽装を徹底するぐらいしかない。しかし、先日の攻撃では完全に偽装していた戦闘機も格納庫内の爆撃機も破壊されてしまった。今まででわかったことは、航空機などにつかわれている弾丸は、直径1インチほどのタングステン合金弾であり、艦船に用いられているのは、直径8インチほどのタングステン合金弾であるらしいということだ。唯一の慰めは、日本陸軍のビルマ方面での活動は不活発であり、日本海軍の機動部隊が再びインド洋に出てくる気配も、今のところないことだ。
「提督。環礁内の戦艦、護衛空母、潜水艦が攻撃を受けました。戦艦は沈没を免れましたが、他は沈没。なお、人的損害は軽微とのことです。」
なんてことだ。戦艦や護衛空母は旧式かつ鈍足すぎて実戦の役にはたたないものだが、潜水艦は唯一、索敵やいやがらせに使える存在だった。大英帝国の東洋艦隊は、有名無実な存在となった。
「損害を報告書にまとめろ。本国に連絡する。」
これで喜望峰まわりによる中東地域への補給路も危険にさらされる。チュニジアに追い詰めたドイツ軍をアフリカから追い出す作戦にも支障が出るおそれがある。太平洋のこともあわせて戦略を練り直す必要があるだろうな。今はとにかくシンガポールや、香港のスパイ網からの情報収集に努めるしかなさそうだ。