30.1943年9月7日~東京
ドイツ臨時政府全権大使であるフォン・ハッセル外相とオルブリヒト国防相を迎えて、日本政府は、臨時秘密会議を開いていた。日本側からは鈴木首相、東郷外相、東條国防相などが出席している。
「まず、【彼】からの申し出について確認したいと思います。」
フォン・ハッセル外相が話し始めた。
「【彼】曰く、彼らの故郷で、彼の同乗者の肉親に不幸が起こった。かつ、同乗者は妊娠していることもわかった。そのため、至急、故郷に戻りたい。」
「そういう話を聞くと、【彼】も人間なのだとホッとしますな。我々としては、帰るなとは言えないでしょう。」
鈴木首相が、口をはさんだ。フォン・ハッセル外相は、頷きながら続けた。
「あと数日で、【彼】は帰ることになる。そして、戻ってくるつもりではあるが、いろいろ手続きがあるので、早くても3か月後、手間取れば半年後になる可能性もある。」
「時空を移動するのに、膨大なエネルギーを集中しなければならず、彼の故郷の様々な生産活動を一時中断する必要があるらしい。そのほか、役所関係の手続きもあるとか。役所の手続きに多少の時間がかかるのは、致し方ないでしょう。」
東郷外相が言った。フォン・ハッセル外相は続けた。
「帰った時点の直後に戻れないのか聞いたところ、それをやると史実の1943年9月に戻ってくることになり、また一からやり直しになってしまう。帰るときに、この時空に目印となる機械を置いていき、それを目指して戻ることになるので、向こうで経過した時間だけ、こちらでも時間が経過することになるらしい。」
「まあ、理屈は我々の頭ではどうせわからない。とにかく、3から6か月の間、【彼】は不在になるということです。」
鈴木首相は、言いながらうつむいて眼鏡をふいた。
「連合国が、【彼】の不在に気づくのがいつになるか、わかりませんが、仮に1か月後だと仮定して、我々はどうすべきかを議論したいのです。」
フォン・ハッセル外相は、こう言うと、オルブリヒト国防相を見た。
オルブリヒト国防相が話し始めた。
「今月中にも、英米軍によるシチリア上陸作戦が決行されそうです。しかしこれは、我々の手駒としてはアフリカ軍団がそっくり残っています。英米側には、戦艦、重巡がないので、たいした艦砲射撃もできないはずだし、重爆もないので、戦略爆撃の心配もない。何とかなりそうです。
一方、ロシアのほうですが、6月のクルスクでの打撃、【彼】による予備兵力への打撃およびウラルの兵器工場への打撃により、ここ2か月は、ほとんど動きを見せていません。おかげで、わが軍も、兵力補充や軍の再配置ができました。しかし、7月末から、小規模ながら北氷洋経由での英米の船団による補充が再開されたこと、また、8月末から、どうやらウラルの工場も操業を始めたようで、徐々にですが、兵力の増強を進めているようです。そこで、敵の戦力が整う前に、もう一度ロシアをたたき、スターリンをあきらめさせたいと考えるに至りました。我々も、ソ連を制圧できるだけの戦力は残っていないことは自覚しています。しかし、我々が西から、そして、日本が東から攻撃をしかけるなら、降伏よりはましとして講和を求めてくるのではないでしょうか。」
「我々に、対ソ参戦しろとおっしゃるか。」
鈴木首相はうめいた。
「ソ連が脱落してくれれば、英米とも講和できる可能性は大きくなります。日本が参戦すれば、極東ロシア軍は動けない。しかも、我々がいるので、ヨーロッパから極東に増援することも不可能です。」
「わが軍に、ソ連戦車とやりあえるまともな機甲師団はありません。」
東条国防相は、ノモンハンのことを思い出しながら、言った。技術交流団の持ち帰ったT34の写真や、概要仕様書は、恐るべきもので、日本の小口径の対戦車砲では太刀打ちできないだろう。
「しかし、強力な空軍と海軍をお持ちと聞いています。北樺太、沿海州が戦場であればなんとかなりませんか。我々の得た情報では、パナマ運河の再開は最速でも11月末ごろです。つまり、アメリカ海軍が太平洋に姿を現すのははやくても12月半ば。それまでにソ連を片づけたい。我々は、9月末には作戦を開始しますので、可能であれば、10月前半にも参戦していただきたい。」
しばらくの沈黙の後、おもむろに鈴木首相は答えた。
「ふむ。至急検討して、なるべく早くご回答いたしましょう。」