17.1943年4月30日~上海
山本五十六連合艦隊司令長官は、大和の艦橋から上海港の岸壁に群がる群衆を眺めていた。
「俺はとっくにブーゲンビルで死んでいたはずなのだな。」
海軍暗号は解読されていることがわかっているので、トラックやラバウル、サイパンなどの基地の通信士たちが、とんでもない暗号文をやり取りしていた。いわく、空母4隻を主体とする艦隊がポートモレスビーを空襲し、そのあと強襲上陸する予定だの、戦艦部隊が、夜陰に乗じて2度目のヘンダーソン砲撃のため現地に急行中だの、パールハーバー目指して機動部隊が移動中だの。統合参謀本部の参謀が、各地の通信士に、敵をかく乱するような電文をやり取りせよと指示したらしいが、もうバレバレの通信内容なのでそろそろやめさせる必要がある。ラバウルもあとひと月で撤退の予定だ。
山本が直卒するのが、第一機動艦隊である。旗艦は戦艦大和。従う戦艦は長門。空母は翔鶴と瑞鶴で、艦載機は160機。これに重巡高雄と愛宕、軽巡阿賀野と能代、月型駆逐艦8隻と補給艦工作艦が続く。この圧倒的大艦隊を上海の民衆に見せつけている。中には各国のスパイもいるだろう。
戦艦、空母、巡洋艦は、横須賀での改造を受けた。その結果、大和は30ノットでの運動も可能となった。しかも乗員はわずか1200名で、主な仕事は巨体の掃除である。第一機動艦隊は1週間前、東京湾を一周した後、横浜港、名古屋港、大阪湾により、台北に寄港し、今、上海にいる。これから、香港、サイゴン、シンガポール、ジャカルタに寄港して、トラック泊地で一息入れる予定だ。なにしろ燃料を気にしなくていいのがありがたい。巡航速度は、駆逐艦の快適性および補助艦の能力に配慮し、22ノットとしている。それでも1日1000キロ移動できる。
艦載機160機の内訳は、【彼】が配備していたゼロ戦99型が50機、完成なった誉を積んだ紫電改が60機、流星が40機、そして偵察機彩雲が10機である。ゼロ戦99型はぱっと見、ゼロ戦52型に似ているが、まったく違うものだ。まず複座式である。そして、エンジン部が飛燕のように絞られていて、操縦席が、主翼前縁近くまで、前に出ている。そのため、視界が極めて良い。
訓練で試乗した赤松中尉は、こいつならたとえ敵が10機でも落として見せると豪語した。6000メートルまで5分の強烈な上昇能力。最高速度は650キロメートル以上、降下制限は900キロメートル以上、空戦フラップで機動能力は52型以上。おまけに携行弾数は20ミリが300発、13.2ミリが500発となっている。実はこの99型の銃弾は、弾頭のみで薬きょうがない。従って、倍以上の球数も余裕をもって乗せられる。操作手順書には、水蒸気爆発を連続させて加速させるとあるが理屈はどうでもいい。延伸性も従来以上だ。自動操縦装置もついており、極めて良好な通話ができる電話付きだ。そして、この機も3式連絡機同様、燃料の追加を必要としない。唯一の欠点、というより不満は、専守防衛を厳守するようにいわれていることだ。
第二機動艦隊は、武蔵を旗艦とし、陸奥を従えている。空母は大鳳、雲龍、天城の3隻で艦載機は150機。重巡鳥海、摩耶、軽巡矢矧、酒匂、駆逐艦8隻他補助艦を従えている。艦載機は、ゼロ戦99型が60機、紫電改が36機、流星が45機、偵察機彩雲が9機である。第二機動艦隊は、東京湾を出港した後、仙台港、青森港、樺太大泊により、オホーツクを一周、千島列島沿いに本土に帰還する予定である。
【彼】いわく、この2つの機動艦隊の役割は、日本国内、友邦に日本艦隊の健在ぶりを見せつけること、敵に、巨大戦艦の存在を見せつけ、対抗策を考えさせることにある。それこそが、大和、武蔵の役割である。しかし、2年以内にアメリカ機動部隊との決戦があり得るかもしれない。
もはや、連合艦隊のほかの艦船は、続々貨客船改造され、軽巡以下は日本と南方の海上通商路警備に専念しており、決戦戦力と呼べるのはこの二つの艦隊だけである。
電探室で、300キロ先の航空機の機数や高度がわかる航空レーダーや、40キロ以内なら潜望鏡でも感知する海上レーダーの画面を眺めながら、これがあったらミッドウェイの敗北はなかったな。兵たちの命を軽んじるつもりはないが、かなうことなら、この大和と武蔵にひと暴れさせてやりたいな。山本は思った。