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1.東条英機の夢

 陸軍大将、内閣総理大臣兼陸軍大臣の東条英機は、昭和17年(1942年)の大晦日の夜、愛猫を撫でながら明日の年賀の手順など予定を再確認して眠りについた。お上からはどのように戦を収めるつもりなのか常々聞かれている。たとえ口にしなくても、それを聞きたがっていることはわかっている。しかしながらどうしたものか、昭和17年は当初驚くほどに勝ったが、海軍がミッドウェイでしくじり、ソロモン方面も思わしくない。全く、海軍の連中は考えなしで困る。ドイツもスターリングラードに攻め込んで以降進展がないようだ。中国を何とかするならもっと戦力を集中すべきだろうが、南方でことを起こした今となってはまず無理だろう。いろいろ考えているうちいつの間にか眠ってしまった。


 ふと目を覚ますと、全体に白く広い会議室のようなところに座っていた。ここはどこだろう。見たことのない部屋だ。随分広いようで、広さがよくわからない。立ち上がろうとしても立ち上がれない。椅子に座り、両手は両腿のうえに置かれていて、手を動かそうとしたができない。しかし、首は動く。周りを見回して、はっとした。内閣の各大臣、国会両院の議長、陸海軍の中央の次長以上の幹部、そして日本にいるはずのない支那派遣軍、関東軍、南方軍の幹部までそろっている。そしてあろうことかお上が、各宮様や木戸内大臣や侍従長を従えて、中央に座っておられる。隣に座っている嶋田海軍大臣に声をかけようとして、声が出ないことに気が付いた。


 そうこうしているうちに声が聞こえた。なにか頭の中で直接響く感じがした。

「皆さん。私は今から約380年後の世界から来たものです。私の名前はアキラと申します。これからこの戦争がどういう経緯をたどるのかお見せします。それをお見せした後、お願いがあります。もうお分かりかもしれませんが、見たくない聞きたくないことであっても拒否することはできません。では、始めましょう。」


「まず、2週間後の14日、カサブランカでチャーチル、ルーズベルトが会談し、対イタリア上陸作戦の方針確認と、枢軸国に対しては無条件降伏まで闘う旨を確認します。」という言葉と同時に、両首脳が握手する場面が映画の画像のように見えた。しかも天然色である。驚いていると、「昨年11月にはソ連により逆包囲されていたスターリングラードのドイツ第6軍は1月31日降伏します。ここに投入されたドイツ軍および同盟国軍あわせて70万以上が戦死するか捕虜となります。」この言葉のときは、破壊されつくした都市の残骸の中に、点々ところがる兵士の死体、戦車の残骸、パウルス将軍らしい人物が恐らく降伏文書に署名する有様。降伏したドイツ兵らしき疲れ切った人々が歩かされているさまが映し出された。


「2月の初め、ようやくガダルカナルからの撤兵が始まり、米軍が制空権、制海権を持つ中で奇跡的に成功します。しかし、この地に投入された3万以上の兵員のうち撤退できたのは1万人余りでした。戦闘で戦死した者の3倍の餓死者、病死者を出した作戦は明らかに失敗でしたが、だれも責任をとることはありませんでした。」

 だから私は反対だったのだ。東條は、異様にやせこけた半裸の日本兵が点々と横たわる有様を見ながら、思った。しかし確かに兵力の逐次投入で失敗したのは明らかだ。と思っているうちに次の場面が現れる。一式陸攻が深緑の森の上空を飛んでいる。


「アメリカ軍は海軍はじめ日本の暗号をあらかた解読していました。そして、4月16日、前線視察にソロモン方面を訪れていた山本連合艦隊司令長官搭乗の一式陸攻は、待ち伏せ攻撃に会い、撃墜されます。」

 海軍の幹部連中が身じろぎした。山本もその中にいて目を見開いている。そこからは、次々と場面を変えながら、日本とドイツが負け続け、後退し続ける様が続いた。5月、アッツ島守備隊全滅。7月、ドイツ軍クルスク奪取失敗。同月、米英軍シチリア島占領。11月、マキン島、タラワ島守備隊全滅。同月、カイロにてルーズヴェルト、チャーチル、蒋介石が会談を行い、日本を無条件降伏に追い込むまで闘うことを確認。


「昭和19年になるとますます事態は悪くなります。フィリピン、台湾、千島列島付近にまで米軍潜水艦が跳梁跋扈するため、商船、輸送船は次々撃沈され、本土と南方の資源地帯との連絡は絶たれます。6月には、ドイツ西部戦線ではフランスに連合軍が上陸。東部戦線では、ドイツ中央軍集団が壊滅します。」ノルマンディーに群がる無数の軍艦、輸送船。空を覆いつくすような、爆撃機、戦闘機の群れを見ては、さすがのドイツも勝てないだろうと思う。同時期から、米英の重爆部隊による無差別爆撃によりドイツの国土は荒廃する。


「そして、6月末には、日本とアメリカの機動部隊同志の決戦が、マリアナ沖で行なわれ、日本は空母3隻、艦載機400機を失い、完敗します。」なんたることか。あと1年半で日本は手足をもがれてしまう。「7月には、サイパン島などマリアナ諸島を失い、9月にはペリリュー島守備隊が全滅します。10月、フィリピン防衛のため、日本海軍は総力をレイテ島に派遣しますが、機動部隊をもたない戦艦部隊は、撤退するほかなく、戦艦武蔵は撃沈されます。」不沈戦艦のはずではなかったのか。あれほどの予算をかけたのは何のためだったのか。武蔵が黒煙に包まれながら沈んでゆく様をみながら、東條は悪態をつきたくなった。


「陸軍は、状況打開のため3月からビルマでインパールを目指す作戦を開始します。総兵力9万以上を投入しますが、兵站を全く無視した無謀な作戦で、食うに糧なく、撃つに弾なしというひどい状況で7月初めに作戦終了したとき、得たものは何もなく、帰還できた兵は1万あまりしかいないという大失敗でした。しかし、このときも誰も責任をとらなかった。」そんな作戦を許したのは、まさか自分ではあるまいな。東條はそっとお上を伺った。お上は目を閉じておられる。目を閉じても、まるで骸骨のような兵士が道の脇に点々と倒れている状況は見えておられる。


「マリアナ諸島を得たアメリカ軍は、サイパン、テニアンの空軍基地に、B29爆撃機を配置します。これは全長30メートル、全幅43メートルの4発の巨人機で、1万ートルの高空を時速600km以上で飛ぶことができる。しかも長大な航続距離のため、本州全域に往復可能。最大9トンもの爆弾を搭載可能で、対空機銃を12基も備え、編隊を組んで密集した弾幕をはられては、戦闘機が近づくことも困難です。彼らはこれを数百機単位で運用します。」


「日本は、爆弾を搭載した戦闘機を敵艦に体当たりさせる特別攻撃を始めます。最初はともかく、爆弾搭載で動きの鈍い戦闘機は、敵機や対空砲火のいい的になります。大勢の優秀な若者が、敵の射撃の的として命を落すことになります。」次々と火を噴きつつ海面に叩きつけられる日の丸をつけた機体を苦々しげに見つめ、こんなことしか思いつかなかったことを情けなく思う。


「昭和20年にはいると、ドイツは、東からソ連軍に、西から米英軍に挟まれ打つ手なしの状況となり、4月末にはソ連軍がベルリンに突入して、ヒトラーは自殺し、ドイツは無条件降伏します。ルーズヴェルト、チャーチル、スターリンは、2月にクリミヤのヤルタで戦後処理について会議を行ない、その中で、ソ連が対日参戦し、南樺太、千島を領有することを了承します。一方、太平洋では、2月に硫黄島が攻撃されます。」戦艦群の恐ろしいほどの砲撃、1000機はいそうな航空機の銃爆撃、1000隻はいそうな艦船から、次々と上陸用舟艇が吐き出され、硫黄島に殺到する。「硫黄島守備隊は、徹底抗戦し、2万のほとんどが戦死します。彼らの奮戦は1か月以上の時間を日本に与えますが、その時間は何ももたらしませんでした。3月10日、B29の大群が東京を空襲し、26万戸が焼失し、都民10万が死ぬことになります。以後、主要都市はほとんど空襲され、大勢が命を落とし、財産を失います。」焼け野が原となった都市が次々と映し出される。これでは、戦争どころではない。それにしてもやはりソ連は裏切るのか。


「3月末から、沖縄が攻撃されます。海軍は、戦艦はそれなりに数が残っていましたが、それらを動かす重油がありませんでした。そこで、大和に片道分の燃料を与えて出撃させますが、九州沖で敵艦載機によって撃沈されます。沖縄守備隊も奮戦しますが、本土からの援護はほとんどなく、6月には全滅します。その際、一般の沖縄県民も12万もの犠牲を出します。7月には、日本の無条件降伏を勧告するポツダム宣言が出されます。」


「降伏するしかない状況でしたが、徹底抗戦を叫ぶ勢力のため、態度を決められません。彼らは、国土が灰になり、最後の一人になるまで闘うべしと言うのですが、本当に日本のことを考えていたのでしょうか。8月6日、広島に一発の原子爆弾が投下され、一瞬にして広島市は吹き飛ばされ、10万の市民が亡くなります。9日には長崎にも投下され、これも一瞬にして7万以上の市民の命を奪います。」東條は、巨大なきのこ雲が立ち上る様子を呆然と眺めていた。


「同じ9日にはソ連が日ソ中立条約を破棄して参戦してきます。既にまともな戦力を失っていた関東軍は潰走し、1週間でソ連は満州全域を占領します。さらにソ連は南樺太、千島列島へも進攻し、日本は15日にポツダム宣言を受け入れ、無条件降伏します。しかし、ソ連は千島占領のため、9月初めまで一方的に攻撃を続けます。ソ連は降伏した軍人や居留民ら60万人をシベリア各地に拉致し、戦争で不足することになった労働力として使います。この半分以上が劣悪な環境の中で死亡し、日本に帰国できませんでした。」東條は、激しい憤りで体が震えるのを押さえられなかった。なんと情けないことか。


「戦後、占領軍は、日本の体制を一新させ、新憲法を発布させます。また、ドイツでも行なわれたことですが、日本でも戦争犯罪についての裁判が行なわれます。人道に対する罪のほか、平和に対する罪なる罪状で政府、軍部などの幹部が裁かれます。しかし、もちろん、連合国が行った、無差別爆撃、原爆投下、ソ連の捕虜の拉致などは裁かれません。そうして、戦勝国による新たな世界秩序が成立します。」東條は、自分が裁判で証言しているさまを見、また、自分が処刑されたことを伝える新聞記事を見た。処刑されることは仕方あるまい。しかし、こうなる前に何かできなかったのだろうか。お上の様子を伺うと、天皇の「人間宣言」を伝えるニュース映画を、食い入るようにご覧になっていた。


「僕は、この第二次大戦後の世界の枠組み、価値観が、その後の世界の破滅を招いた大きな要因ではないかと考えました。ドイツや日本が負けるのは仕方がない。というより、そうであるべきだと思います。しかし、僕がかかわることで、違う世界に導けるのではないかと思っています。」

「協力しないといったらどうなるのだ。」お上が、口を開いた。

「皆さんは、今見たことを全て忘れ、今見た通りの歴史をたどることになるでしょう。」

「君がこの世界に干渉することで、君の世界は変わるのか。」

「変わりません。新しい皆さんの歴史が、枝分かれするかのように生じることになります。どのような方向に進むべきだったか。確認したいのです。」

しばしの沈黙の後、お上は言われた。

「私は今見た歴史は避けたい。しかし、この中には日本が敗北することに同意できないものも大勢いるだろう。」

「そうでしょうね。日本が自ら変わることに同意できない人は、この場から消えてもらいます。もちろんこの場の記憶もなくなります。」

 何人かが、突然消えた。しかし、意外にも消えた人数は多くなかった。一割ほどだろうか。東條は自分が消えなかったことに安堵した。あまりに生々しく強烈な場面を見せられ、この歴史は避けるべきだと思わざるを得なかったのだ。

「あなたの計画を聞かせてもらおう。あなたの世界についても教えてほしい。」

この部分はほとんど変わりありません。

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