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山片が理想とする『人馬一体の型』がそこにあった。
走りの主導権は馬が握っている。金船は実にのびのびと思うさまに走っている。まるで灰色の疾風のごとく容赦なく後続馬を置き去りにして。
だからといってタロヒコ少年が振り落とされないように必死かというと、そんなことはまったくなくて。彼は金船の足並みに合わせてゴムまりのように体を弾ませて楽しそうに揺れている。つまりタロヒコ少年が馬の呼吸に合わせてやっているのだ。
その程度ならば山片も感嘆の息を吐いたりはしない。馬主導で走らせることのできる乗り手は稀有ではあるが稀にいる。タロヒコ少年が優れていたのは金船に自由に走らせておきながら、ここぞという時にはきちんと手綱をひいて的確な方向へと馬を導く腕であった。
(まるで嵐を操る風神ではないか)
ひどく感心した山片は、勝負を終えたタロヒコ少年を呼び寄せた。
「さっきの走り、見ていたぞ」
勝負を終えたタロヒコ少年は、ただの気弱な小僧だ。どんなお叱りを受けるのだろうかと首をすくめる。しかし山片は怒りだす気配もなく、むしろにこやかに言った。
「いや、実に見事であった。どこであれほどの操馬術を習った?」
タロヒコ少年はおびえきってはいたが、はっきりとした声で答えた。
「まったくの我流です。おらみたいな下っ端に馬の乗り方を教えてくれるモンなんかいないです」
「ホウ、我流とな?」
「へえ、おらはどういうわけか馬がどっちに走りたがっているのかがわかるんで、どうしても行っちゃいけない方に走ろうとするのをちょいちょいと引き戻してやっているだけで」
「金船以外の馬でも、同じように乗れるか?」
「まあ、たいていの馬ならば。でもキンのやつは特別です、あんなに自分の行きたい方向ってのがハッキリしてる馬は、他に見たことがないです」
「なるほど、天衣無縫というべきか、才であるな」
山片はじっとタロヒコ少年の顔を見た。
「時にタロヒコ、お前はいくつになる」
「へえ、今年で十五になりました」
「ならば良い年であるな、お主、足軽になる気はないか?」
「お、おらがですか?」
「さよう、戦場での働きによっては、侍にとり立てられることもあるやもしれん」
「おらが、侍に……」
「それはお主の活躍次第であるぞ、精進するが良い」
「あ、ありがとうございます!」
こうしてタロヒコ少年には金船が与えられ、彼は藍備えの足軽として取り立てられた。そして、七年の月日が過ぎた――。