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遠くで法螺貝が鳴った。なるほど、あれがファンファーレなのだな、と金船は考えた。
作戦は実に単純明快、三ノ輪城は台地の上に作られており、側面と背後を川に守らせた堅城である。ということは逆に、正面さえ突破してしまえばその守りの固さが仇となり、城内のものは逃げ場を失うということ。もとより台地の上から見下ろす城に死角はない、下手な小細工を弄するよりも正面突破を狙うべきだろうと。
藍備えの騎馬隊は先鋒として三ノ輪城の正門に駆け込み、血路を開くのがその役目だ。
「わあっ」と声をあげて、騎馬隊は一斉に駆けだした。
金船もあぶみで腹を絞められて走り出す。三ノ輪城までは目算2マイル、長距離レースだと思えば最初っからトバしていくのは得策ではない。金船は他の馬たちに道を譲り、自分は最後方へと下がった。
何も知らぬ足軽たちは、そんな金船の走りを嗤った。
「すっかりビビってんじゃねえか、ガタイはでかいのに、見掛け倒しだな」
「まったく、大将はなんだってあんな駄馬を……」
金船には馬上で交わされる悪口さえもが、耳の間を過ぎる風のように心地よい。スタンドに詰めかけた観客たちが一斉にあげる、もはやウワァンとかザワザワとしか聞こえない雑音のようなヤジを浴びて走っていたのだから、この程度の小さなヤジは馬耳東風、鼻息で笑い飛ばして黙々と走る。
向こう正面に、雲霞のように群れる人垣が見えた。三ノ輪城の方から防戦のために攻め出てきた一隊である。騎馬は偉そうな鎧をつけたおっさんを乗せた数騎だけで、あとは向かってくる馬の上から騎手を叩き落とそうと槍を番えた足軽ばかりだった。
その数騎しかいない騎馬のうちの一頭を見た瞬間、金船は体中の毛が燃え上がるんじゃないかというほどの熱を自分の中に感じた。
(あいつ、気に入らねえ、噛みたい)
何がそんなに苛立つのかわからない。だが、色濃い鹿毛と、額に向かって星が上るようなクッキリとした白模様を見ていると腹が立つ。
金船が喉の奥で唸るような鳴き声をあげたのを聞いて、背上の山片は手綱を短く、強く握った。
「よし、行け、金船号」
その声を合図に、金船は地を割ろうかという勢いで足元を踏んだ。蹄は強く地響きに似た音を立てる。
金船の脚は伊達ではない。その体つきにふさわしくたっぷりと筋肉がついて腰回りはかなり強い。あっという間にスピードを上げて前を走っている馬群の中に滑り込む。
金船が並の馬と違うのはここからだ。彼は他の馬より二回りも大きい巨躯であるというのに、団子になって走っている馬群のただなかにするりと滑り込んだ。そのままするり、するりと馬の間を抜けて、あっという間に先頭に躍り出る。
足軽たちは悪口を吐いていた同じ口で、驚きと称賛を込めて「おお」と歓声を漏らした。
金船はこれに機嫌を良くして、さらに速度をあげる。
これに驚いたのは敵方の足軽たちだ。何しろ地響きを立てて駆けてくる藍備えの馬群だけでも十分な迫力があるというのに、その群れを割って、ひときわ大きな馬が飛び出してきたのだから。
ある者はおびえて腰が引け、ある者は勇んで力いっぱい槍を振り、隊列がわずかに崩れた。金船はその隙を見逃したりはしなかった。
「がふぅっ!」
およそ馬とは思えぬ恐ろしいうなり声をあげて、金船は足軽たちの群れた真っただ中に飛び込んだ。体が大きな馬の間に潜り込むよりもたやすく、するりと。
「あれは藍備えが大将、山片正影ぞ、討て、討てーっ!」
足軽たちが馬上の山片を狙って槍を突き上げるが、金船は小さな槍先よりも早く、そして長い槍の柄よりも高くへと跳躍した。
「な、なんだ、あの馬は!」
こんどこそ完全に隊列は崩れ、足軽たちは右へ左へと逃げ回る。金船はそんな足軽たちを踏みつけんばかりの勢いで飛び上がり、首を振り回して暴れる。
この暴れ馬につかまって振り落とされないのだから、さすがは山片正影。さらには馬上で槍まで使って次々と足軽たちを薙ぎ払う山片と、それを下から支えて突風のように敵を蹴散らす金船と。
この人馬一体の動きに敵陣は大いに乱れた。
「金船、敵の大将はあれぞ! 進め!」
言われなくても、金船が目指すは星模様を鼻面に刻んだ鹿毛馬ただ一頭、足軽たちの頭上を軽々と飛び越えて、かの馬の首筋にガブリとかじりつく。
しかし相手も戦馬として鍛えられた身、僅かに「ヒン」と鳴いただけで踏みとどまる。しかも距離が詰まったを幸いとばかり、金船の脇腹めがけて後ろ足を跳ね上げた。
素早く飛び退いて、金船はこれを交わす。2頭の間合いは鼻先が触れるほどに近い。
(気に食わない)
金船は強い苛立ちに鼻息を荒げる。
おそらく、この馬は強い。この戦が初陣である金船とは違い、幾度も矢羽の下を潜って生き残った生粋の戦馬である。
だから気に食わない――金船には、この馬が自分の進路に立ちふさがる壁のように思えた。より早く、ただ自由に走るのを邪魔する、一枚の分厚い壁――。
ならば排除するべしである。金船は首を下げ、相手の出方を窺った。鹿毛馬の方も視線を油断なく金船に向けて、二頭の馬は槍の波うねる戦場の真っただ中で、じっとにらみ合っていた。
そしてそれは、馬の背上にまたがった二人の将たちも同じであった。