第二話 戦う者
第三訓練場。
観客席には数十人、下手をすれば百人を超える組織員が、あるものを見物しに来ていた。
「……今回はやけに人が多くないか?」
「ああ、ルノー先輩が絡んだ相手が、今どき珍しいレイヴァの新人らしい」
「レイヴァの新人? へえ、そんなのいたのか」
「なんでも、食堂で先輩の特等席を奪ったとか」
「マジかよ、そのレイヴァ度胸あるな」
「先輩のこと知らなかったんだろ。運悪いよな」
「ほんと」
「あ、誰か来た」
「例の新人じゃね?」
全員の視線が入口に注がれる中、第三訓練場に入場してきた者がいた。丈の長いローブに身を包み、フードを深く被っていて顔はよく見えない。
「よく逃げないで来たな。褒めてやる」
「…………」
訓練場に登場した少年は、ルノーと呼ばれた青年に一方的に決闘を申し込まれたアルだった。
正直、任務帰りで疲れているし、さっさと床に入って眠りたいのだ。しかし、放っておけば翌日からもっと面倒になりそうなのを考えると、今日を耐えるしかなかった。
ただ、それだけのこと。
「仲介者は、オスカー少佐だ。ルールは位置に着いた頃に言い渡すそうだ。さあ、武器を構えろ。今回は訓練用の木刀で決着をつけようではないか」
「さ、二人とも早く位置に着いてくれ。さっさと済ませるぞ」
「はい、少佐」
「はい」
アルは最低限の言葉で済ませ、用意された模擬武器を適当に取る。
パトレイト組織内での決闘にはルールがある。
殺し合わないこと、必要以上の怪我を負わせてはならないこと、一人、少尉以上の仲介者を挟まなければならないことだ。
最低限このルールだけ守らなければ、厳しい処分が下ることになる。ルノーは、決闘を申し込む度にオスカーという少佐に仲介を依頼していた。
オスカーはもう慣れたとばかりに、ルノーの依頼には仕方なく応じている。彼に一方的に言いがかりをつけられ、決闘に負け、子分にされる新人はもう少なくない。
彼らはルノーの言葉には絶対だし、逆らうことは基本的に出来ない。
哀れだとは思うが、本人たちも負けたらルノーの子分になることを約束している以上、オスカーとしても、仲介人として口を出すわけにはいかない。
「えー、では。これより決闘を開始する。両者位置に着き、ルール説明を聞くこと」
オスカーのその言葉に従い、二人は位置に着く。
「ルールは簡単だ。互いに木刀で打ち合い、当たれば致命傷になりうる位置で寸止めされるか、気絶、あるいはどちらかの降参の表明により終了。ただし、相手を殺してしまったり、必要以上の怪我を負わせた場合は厳しい処分が下ることを忘れるな。それから、武器の使用及び戦闘方法においてはあくまで木刀のみであり、暗器及び毒物等の使用は厳禁とする。では約束の確認をしよう。挑戦者が勝利した場合は、今回の挑戦者の失態の撤回。ルノーが勝利した場合は、彼の配下に加わること、これで良いか?」
「ああ」
ルノーが返事をし、挑戦者たるアルは黙ってうなずく。
「……では、はじめ!」
「俺は大人気のある先輩だからな、新人、ここはお前に先制を譲ってやるよ。来い」
ルノーはアルを挑発するように指をくいくい、と動かし構えた。
「……そうかい」
アルは一言呟くと、一歩、二歩と歩き、三歩目から一気にその速度を上げた。
さっさと済ませてしまいたかったアルは、ルノーのその言葉に甘えさせてもらうことにしたのだ。
「っ!!」
一瞬だった。
アルはルノーとの距離を、一瞬でゼロにまで縮めた。そしてルノーはそれに辛うじて応じ、木刀の一撃を受け止めた。
楽勝のはずだった。
こんな小さな相手に、自分が手こずるはずがないと、本気でそう思っていた。
それに、将来有望な戦闘民族の末裔であるレイヴァを、このくらいの年齢から自らの下に置くことができるとなれば、将来の自分の組織内での知名度はさらに上がるだろうと、そう思っていた。
「頼むからもう帰らせてくれ」
そう一言放ち、レイヴァの少年はその小さな身体を捻って一回転し、その勢いのままルノーの持つ木刀を弾き飛ばした。
相当な鍛錬を積まなければ出せないであろう接近速度と、相手に突っ込み木刀をわざとぶつけ体勢を崩し、相手の反撃出来ぬ間に武器を奪うための準備から実行に移すその実力。
本物だ。
ルノーはこの一瞬でそこまで思考を巡らせた。
次の瞬間には、少年の持つ木刀が自分の首に当てられても、納得の二文字が頭に浮かぶだけだった。
「そこまで」
『おおー』
観戦席から感嘆の声が響く。B級の戦士を、新人にしか見えない少年が一瞬で打ち破った瞬間をその目で見てしまったのだから、それも当然だろう。
ほとんどのものがその動きを見ることさえ叶わなかったが、少年は息一つ切らしていない。
「お疲れーアル」
「なんだよ」
決闘を終えたアルがその場を立ち去ろうとすると、決闘を見ていたレグともう一人のレイヴァの青年がアルを迎えた。
「今から飲まないか、アル?」
「飲まないよ。寝る」
「はは、そう言うなよ」
「レグ、絡むな。……アル、明日の仕事、〇五〇〇に食堂に集合だとさ。行けるか?」
「はいよ。ちゃんと行くから先に行くなよ」
「……あんまり無理するなよ」
「今更だろ、アルは気がついたら無理ばっかすんだから」
そんなやりとりをしながら訓練場を後にしていく三人を見た観客席の者たちは、ざわめきをさらに強めていった。
アルという少年と親しげに話をしていた二人は、このパトレイトに属する者に知らない者はいないA級の戦闘員であり、数少ない勧誘型入団のレイヴァであるレグとユーリだ。
パトレイトに属する、トップ戦闘員パーティ『銀月』のメンバーである。
「……なあ、確か、『アル』って、呼んでなかったか……?」
「ああ、俺もそう聞こえた……」
銀月のメンバーは三人。そのうちの一人は滅多に人前には出てこない上に、単独での任務も同時進行していると噂されている『アル』という人物だった。
その実体は不明で、噂ではパトレイト最高階級のS級戦闘員なのではないかと言われている。
リーダーであるユーリと、二人目のメンバーであるレグはA階級で、残りの一人はS階級の可能性がある。
パトレイトに所属するレイヴァのパーティは、組織内でも非常に有名だ。見た目が幼いとは言え、銀月のメンバーが親しげに話をしていて、あの強さ、納得できないはずがない。
つまりルノーは、一番喧嘩を売ってはいけない相手に喧嘩を売ったということになる。
「ルノー、やられたな」
飛ばされた木刀を拾い、ルノーに声をかけるオスカー。これに懲りて子分なんて下手に増やさないことだと忠告をし、観客席の組織員たちを解散させていった。
「……すげえ」
〇五〇〇、丁度。
ガラ空きの食堂に集まる三人の若者が、四人用の席に座ってある人物を待っていた。
細身のように見えるがしっかり鍛えられた体を持つ、パトレイトトップパーティ銀月のリーダーであるユーリ。
身軽で緩い格好をしている銀月の顔、戦闘員兼回復術師のレグ。
銀月のエース兼遊撃戦闘員、アル。
外はまだ暗く、チラホラと日直らしき低級組織員が仕事をしている姿が見られるだけで、特に誰もいないし、ましてや食事をする者などもいない。
「まだかな」
「もうそろそろだろ」
「イヌワシはマイペースすぎる」
「だな」
『聞こえてんよ』
そんな会話をしていると、三人の目の前に現れた半透明のモニタから、そんな声が聞こえた。
「はは、ようやくお出ましだなボス。おはようございまーす」
「おはようございます」
画面の向こう側にいるのはパトレイトのボス、猛禽類の名を冠する女だった。
正確な年齢は不明だが、六十は超えていそうな見た目をしている。しかしそれでもまだ衰えという衰えは見られず、今でも現役のパトレイトの大黒柱だ。
「話は聞いてんね。私からは特に言うことはないよ。今からが任務開始さ、気ぃ引き締めていきな」
「了解。我ら銀月、ボスの命により、〇五〇四より任務を遂行いたします」
「ん」
銀月のメンバー全員が椅子から立ち上がり、敬礼をすると、リーダーであるユーリが号令をかけた。
イヌワシはそれを聞き、一言放ちながら頷くとモニタを閉じてしまった。
「さて、今回の任務はあらかた昨日話した通りだ。まずはエアル町、準備はできているな?」
「もちろん」
「ん」
確認の言葉を送るユーリの言葉に頷く二人。それに満足したユーリも頷き、銀月の三人は食堂を後にした。
「大丈夫か?」
「ん?」
「ほんとだ、顔が真っ白」
「いや、真っ白はいつものことだが。白通り越して青いぞ」
パトレイトが用意した馬車に乗る旅路の途中、ユーリがアルの顔を覗き込んで心配そうに声をかけた。
アルは特に気にも止めてなさそうだが、彼は表情を一切表に出さない。当然、痛みや苦しみさえも。
この三人はそれなりの付き合いになる。パトレイトに入団してから五年の間、彼らはチームとしてともに活動してきた。
長期間の任務を共にしたことだって、何度もある。
それ故に、彼の表情がどれだけ不動であろうと、体調が悪そうならばわかるし、無理をしているようなら下げさせる。
それでも、やはり普通の人間にはどんなに付き合いがあってもアルの表情は全く読めないほど変化がないのだ。元より感情に敏感なレイヴァだからこそできることだった。
「任務は遂行中だが、まだ引き返せるぞ。今からでも戻るか?」
「いや、いい」
「……無理はするなよ」
体調が悪い、というわけでもなさそうだったので、心配ではあるが、ユーリは大人しく引き下がった。
「嫌な予感がするんだな?」
長い付き合いがあるからこそわかる、アルの現在の状況。念の為とでもいうように、レグが直接尋ねる。
「……うん」
この中で最も勘の鋭いアルがそう言うのだ。無意識に顔色が悪くなってしまうほどの嫌な予感、今回の任務は、そう気を抜いてもいられないようだ。
「気を抜くなよ」
「はいよ」
そうして馬車に揺られ、パトレイトが整備した、本拠地のある山脈の中にある道を下り約半日。
山脈を下り切ってからさらに半日ほど進み、日が沈む頃に目的地までの中継地となる小さな町へとやってきた。
馬車は三人を街の入り口付近で降ろしてから、大通りを走って消えていった。
「……さて、宿はいつもの場所だ。一八〇〇までには戻ること、それまでは自由時間だ」
「はあい」
「…………」
レグはのんびり背伸びをしながら返事を返し、そのまま小さな屋台の並ぶ大通りへ歩いていった。
アルは頷くだけで、特に返事を返しもしないし、移動もしない。
「さて、どうするか。アル、お前もついてくるか?」
「うん」
アルは特にやることもないからと、自由時間はほとんどユーリについていくだけだ。
宿に先に行っても暇だし、かと言って仮眠を取ろうにもどうせ眠れない。
そんな事情を把握しているユーリも、今では全く気にせず、アルに当然のようについてくるかと尋ねている。
ユーリが向かったのは、大通りからは外れた馴染みの小さな雑貨屋だった。
「いるか、店主」
「いるよ」
奥の部屋からガサガサと音が聞こえる。ここの店主が奥で何かをしているようだった。
「いや、待たせたな」
少しして、奥の部屋から床に散らかった物を避けながら出てきたのは、初老の小柄な男だった。
「お、久しぶりだな。元気にやっているようで何より」
「ああ、店主こそ」
親しげに会話をする二人は古い付き合いである。
ユーリがパトレイトに入団する前、それこそ彼がまだ成人する前に、この雑貨屋に迷い込み店主の男に大通りまで連れていってもらったという、ただそれだけの縁だった。
ユーリは幼い頃からあまり居場所がなく、場所を覚えてこの場所によく通うようになったのだった。
そしてパトレイトに所属して以来、この雑貨屋の店主が情報屋もしていることを知ることになった。それ以外にも、今では珍しい魔道具の類も扱っているという、知る人ぞ知る魔道具屋でもあった。
「貧血用の道具は何かないか」
「貧血用? お前さん、具合でも悪いのか?」
「俺は大丈夫。こいつがちょっと、な」
「アル坊がか? ……ほんとだよく見れば顔色が悪い、ちょっと待ってな」
そう言いながら、男は再び奥の部屋へと消えていった。
「ユーリ、俺は平気……」
「そうやって言って、お前は前にも倒れたじゃないか」
自分のためにわざわざそんなものを買う必要はないだろうと思い声を発したが、即座にそれをユーリが遮る。
「……そうは言われても」
「意地は張るな。ただでさえ任務中なのに、倒れられてしまってはリーダーとして看過できない」
「……悪かった」
「わかったならいい」
あくまで任務はチームで行う。降りないと決めたからには、きちんと最後までやり通すのが筋だ。一人でも欠けてしまえば、それまでに立てた計画が全て台無しになる。代わりも効かないからである。
任務、チーム活動というのは、そういうものだ。
ユーリの場合は個人的な心配もあるのだろうが、任務の遂行中であるが故に、仲間に迷惑をかけるなと、そういう言い方にもなってしまうものだ。
それをわかっているアルとしても、失念して意地を張っていたことに対し謝罪を口にしたのだ。
「おお、あったぞ。こいつなんてどうだ」
「ペンダントか」
奥の部屋から戻ってきた店主が手に持っていたのは、小さな赤い石が埋め込まれたペンダントだった。
その石はそれこそ、まるで血のようにどす黒い赤色をしていた。しかし妙に目を惹くそれは、見れば見るほど引き込まれていくような、妙な感覚に陥るものだった。
「ユーリ、それはあまりじろじろみるものじゃない」
「アル坊、こいつがなんなのか知ってんのかい? すげえな、そうだ、こいつぁ十数年前にはもう全く世に出回らなくなっちまった魔石だよ」
「……魔石?」
今ではもうほとんど採掘されていない貴重な石……魔石。
かつては生活必需品の一つだったが、魔法学の廃れた今ではもうすっかり街で魔石を見ることはなくなった。
「若いものはもう知らんだろうが、こいつは数十年前までは、小さいものなら銅で買えた。平民でもこいつは必要だったからな……だが、今じゃこの大きさでも金は必要なほど貴重になってしまった」
男は懐かしそうに、しかし少し寂しそうに呟く。
「いつも世話になってるからな、アル坊には譲るよ。ちゃんと体調管理しろよな」
「それは組織が許さないだろうよ。払わせてくれ」
「見返りならとっくに貰ってんよ」
男はアルにペンダントを押し付けるように渡した。そして、店内を見回しながら、笑みを浮かべてそう言った。
「……こんな簡単なこと、別にこっちが見返りをもらうほどでも」
「貰っておけ。任務中ではあるが、今くらいはいいだろう」
ユーリに諭され、押しに弱いアルは渋々く受け取ることにした。
「……ありがとう」
「ああ。そいつはどこか身につけているといい。その魔石は、持ち主の魔力を少しずつ吸い取って、血液を供給するという仕組みになっているらしい。その魔道具の名は、血月」
「血の月か、物騒な名前」
「作者のセンスだろ、しょうがない」
「まあいいんじゃないか。ありがとうな店主、いつもすまない」
「気にすんな、あんたらのおかげで、俺たちは今日も平和に暮らせてるんだ。感謝しとるんよ。またいつでもおいで」
「もちろん。じゃあ、また」
「気をつけてな」
アルも一度頭を下げ、先に入り口で待つユーリの元へと向かっていった。
*
宿に入る前に、明日の食料を少し買いに出た。
とは言っても、任務中はどうしても長時間外にいるので、保存に特化した乾燥させた肉や果物という味気のないものになりがちだが。
「おかえり」
すでに時間は一八三〇を過ぎていた。食堂で夕食待ちをしていたレグに迎えられ、夕食を済ませるまではその場で待つことにするのだった。
翌朝、〇六〇〇。
顔を洗いに井戸のある裏庭に出てきたユーリは、ひとり朝の鍛錬をするアルと遭遇する。
「……あ、ユーリ」
「邪魔したか、すまんな。おはよう」
「……ん」
それだけ済ませると、アルはまた朝練を再開してしまった。
相変わらず無愛想でそっけないが、これでも出会った頃よりはだいぶマシになったのだ。
出会った当初は返事さえしてくれなかったし、存在に気づいてもこうして朝練を中止して名前を呼ぶなどということ一切してくれなかった。
何か事情があるということはとっくに察してはいたものの、少し複雑な気分になってしまったことを、ユーリはよく覚えている。
冷たい水で顔を洗ってうがいも済ませると、ユーリは自らの武器である三節棍を手に取り、アルに声をかけた。
「アル、一発付き合ってくれ」
「いいよ」
左手に持つ白刃を振り上げ切った時、アルはユーリの模擬戦の申し込みに応じる返事をした。
それを聞くとユーリは遠慮などせずに、アルとの距離を詰めた。そしてアルは冷静に対応をする。縦横無尽に振られる三節棍は、本来ならとても対処などしきれない速度と複雑さだ。
それは適当に、ましてや無闇矢鱈に振られているわけではなく、どこをどのタイミングで、どの角度で当てるように動けばいいのか、どうすれば相手が疲れやすいか、そしてどうすれば自分が疲れづらいか、全て計算されたものであり、洗練された技術だった。
だが、リーダーであるユーリよりも遥かに上を行くのが、銀月のエースと云われるアルだ。そう簡単には倒れない。
「っ……!」
軽く振ったようにしか見えない、しかし非常に重い一撃。それに弾かれ、ユーリの三節棍の一つが一瞬だけ制御不能になる。
「六四八連勝な」
「……連敗か」
ユーリの首にはしっかりとアルの剣が突きつけられており、誰がどう見てもアルの完勝だった。
「成長は見られるし、いいんじゃないか」
「そうか。褒められるのは悪くない」
少しだけ落ち込みはしたが、滅多に人を褒めないアルに褒められて少し機嫌のいいユーリ。そろそろ朝食の時間だ。
「行くか。そろそろ食事だ」
「体を洗ってから行く。先に行ってて」
「はいよ。あまり遅くなるな」
アルは頷きで返事を返し、ユーリがいなくなった後に、服を脱ぎ井戸の水で体を洗い始めた。
「まるで廃町だよね」
「……本当に」
「…………」
目的地ーー協力者の大規模な襲撃に遭ったハイレムの町は、もはや壊滅状態だった。未だ避難しきれていない住民もいる。そちらは別の組織員が対応するのでとりあえずは問題ない。
しかし、相手は駐留していた組織員全員を亡き者にした強者だ。名持ちの上級かもしれない、相手の力が未知数であるために、送られてきたのが彼ら銀月だった。
「とりあえず散開、一時間後にここに集合。何か異常があった場合は、必ず連絡を入れること」
『了解』
レグとアルがそれぞれ返事をし、三人はそれぞれ違う方向へ散っていった。
アルは西の方へ向かって進んだ。倒れかけた建物の上を伝い、瓦礫を足場にしながら。
「ーー……」
「…………」
人の声、人の気配を感じ取り、アルはそちらへと方向変換。
瓦礫の中に人が閉じ込められているらしい。しかも、一人ではなく複数だった。
「じっとしてろ」
そう一言放つと、アルは念属性魔術の術式を組み、瓦礫を丁寧に取り除き始めた。
やがて、中の人たちに外の景色が見え始めた頃、アルに向けて何かが放たれた。咄嗟に躱したため、アルの術式の制御が崩れた。
「きゃあ!」
「しまった」
そう呟き、別の術式を組んで中にいる人々を、頑丈な防御結界で覆った。
「余所見とは余裕なものだな」
そう、目の前で聞こえた次の瞬間には、脇腹に一本の細剣が突き刺さっていた。
「っ……」
自分のミスだった。誰かがこちらの様子を伺っているのには気づいていた。だが襲ってくる様子はないし、殺気の類もない。
かといって、別に油断はしていなかった。
この場には敵しかいないことを常に念頭に置いてきた。
ただ、避難できていなかった、瓦礫にもう何日も閉じ込められていた人たちをどうするか、どうするべきか、アルには思いつけなかっただけだった。
目の前にいるのは知らない男。しかし臭いでわかる、血の臭い、これは人の血を喰らい糧にするヴァンパイア……吸血鬼だ。
男はアルから細剣を引き抜き、体を一回転させることで勢いをつけてからアルの腹を蹴り飛ばした。
「っ、かはっ……!」
受け身を取り損ねたアルは、石造の建物の壁に背中をぶつけ、激しい勢いの反動で体内の空気が口から吐き出された。
「殺すつもりはない。うちの長が、今日この場に集まる、君も含めたレイヴァたちをご所望でね」
「……?」
つまり、今回の襲撃はわざと自分達を誘き寄せるための作戦だったということか。アルの思考はそこまでしか回らなかった。
壁に頭も強く打ったらしく、じわじわと思考ができなくなっていっているのを感じた。
「大人しくしていてもらおう」
そう言って、吸血鬼の男が胸元からビー玉程度の小さな球を取り出し、アルに向かって投げようとした時だった。
「っ!! 何のつもりだ野良猫!」
「野良じゃねえ黒猫だ。そっちこそなんのつもりだ?」
突然現れ、ヴァンパイアに剣を振り下ろしてきたのは、小柄な黒ずくめの青年。フードを被っていて顔は見えないが、その声を聞いた瞬間、アルの脳は冴えた。
忘れたことのない、大切だった人物の声を。