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エルアル 闇堕ちルート  作者: 森川悠梨
第一章 闇に堕ちた者。
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第一話 敵対する者

 不穏な空気が漂う。

 乾いて荒れに荒れた大地に鮮血が染み込む。

 数人の戦士が辺りに横たわり、全員がぴくりとも動かない。

 三人の男女が、戦場の端でひっそりと待機していた。戦場の中央で向かい合う二人の少年の様子を、固唾を飲み込みながら、緊張した面持ちで見つめている。

 片や深手を負った少年、片や返り血塗れで不敵に笑う青年。

 男女には、少年に手を貸して青年と戦えるだけの力がない。むしろ、足手纏いになるだけである。だからこそ、深手を負った仲間の無事を祈りながら、戦いを見守るしかないのだ。


「ああ、いい香りだ。戦場って感じがして、全身の毛が逆立つほど興奮する……憎むべき人間どもが死する戦場、まさに最高のステージだと思わないか、なあアル?」

「…………」


 アルと呼ばれた少年は何も答えないし、何も反応しない。無表情を保ったまま、剣を構え、ただ青年を見つめるだけだった。

 青年はアルから何も返ってこないだろうことを知っていたのか、特に気にした様子もなく愛剣を構える。

 紅い炎が青年の愛剣を包み込むと、アルの持つ漆黒の剣と純白の剣には蒼く発光しているようにすら見える水が纏い始めた。

 そして二人は衝突する。

 アルは深手を負っているにもかかわらず、普通の人間には目で追うことすらできないような速度で攻撃をしてくる青年に対応している。

 ……とはいえ、アルにとって不利な状況であることに変わりはない。

 青年にはなお余裕があり、徐々にだが攻撃の速度を上げている。まるで目の前の玩具で遊ぶのに夢中な子供のように、無邪気な笑みを浮かべながら、防戦一方になってくるアルへ攻撃を仕掛け続けた。


「さあ、その美しい顔を痛みに歪ませてくれよ、オレをもっと楽しませてくれよ……!」

「……っ」


 力の籠った一撃を受け止め、数メートルほど吹き飛ばされるアル。

 青年は特に追うでもなく、その場に留まった。アルの身体に限界が来ていることを悟ったからだ。


「……はあ、可愛い、オレのアル……」


 青年はうっとりと、愛おしそうにアルを見つめる。

 アルは裂けた脇腹と折れた肋骨、切り裂かれた左腕、そして全身の細かい切り傷に擦り傷、さらに打撲などの痛みにずっと耐えていた。

 それでも彼の表情という表情はほとんど動かない。

 青年が自分を裏切ったあの日から、アルの中の時間は止まったまま。時計の針を動かせる者はもはやもういないのだ。

 同時に、表情を失った。よほどのことがなければ、アルの表情が揺らぐことはない。


「……ふむ、偶にはサボったっていいよな?」


 青年はそう呟くと、自らの愛剣を降ろし、アルに歩み寄る。

 反撃のチャンスにもかかわらず、まるで自分のものでないかのように上手く動かない身体に、アルは苛立ちを覚える。

 スッとアルの目の前に立つ青年。

 アルの顎に手を添え、顔を自分の方に向けさせる。


「はあ、こんなに近くでお前の顔を見るのもとても久しぶりだな。相変わらず、お前は何よりも誰よりも美しいよ」


 愛おしそうにアルを眺める青年の目は、この世の何よりも美しいものを見つめているようにうっとりとしていて、感嘆の溜息が止まるところを知らない。


「アル……っ」

「来んな」


 思わず助けに入ろうとした仲間の青年を一言で制し、アルは青年に話しかける。


「俺なんかより美しいものが、ここにあるじゃないか」


 アルは青年の頬に手を添える。右手に持っていた黒刃は宙に浮かび、アルの隣に滞空している。


「……エル」

「は、昔からそうだよ。お前は醜いオレを美しいと言う。理解が出来ない。例えオレが美しかったとしても、お前を差し置いて一番になれるわけがないだろ? こんなに綺麗で美しい、そんな言葉でさえ物足りなくなってしまうほどの美貌なのに……」


 エルと呼ばれた青年は、アルの首筋に顔を近づけ、すんすんと匂いを嗅ぐような仕草をする。エルの手が首筋に触れた瞬間、アルは全身から力が抜けるの感じる。

 少し崩れそうになったアルの腰を、エルが支える。


「あはは、アルってば、首弱いの昔から変わってないんだね? ……はあ、可愛い」


 エルは愛おしそうにアルの頬を撫でる。アルは、貧血によって激しい眩暈に襲われていた。

 普段は揺らがない無表情が、今では完全に崩れている。


「……さて、そろそろ」


 そう呟き、エルはアルを姫抱きにし、足下に魔方陣を浮かび上がらせた。アルはそれが何なのか知っていた。驚きはしたが、抵抗するだけの気力はなかった。


「……っ、アル!!」

「え、あれ」

「そん、な……」


 あまりに突然のことで、戦局を見守っていた男女は愕然とその場に立ち尽くした。


 先ほどまでその場にいたはずのアルと、エルと言う青年の姿は、跡形もなく消えていたのだ。


     *


 暗闇に沈む執務室。

 パソコンを操作する音だけが、部屋の中に響いていた。

 扉がノックされ、「入りな」という初老の女性の声が発せられた。

 部屋の入り口から入ってきたのは、秘書の若い女性。


「失礼いたします。今回入団した者たちの一覧です」

「ご苦労。ここに置いておいておくれ」


 初老の女は、パソコンを操作する手を止めることなくそう返事をし、秘書は黙ってリストの書かれた紙を執務机に置き、一礼して去って行った。

 ようやく一息入れられるようになった女は、休憩ついでにリストを確認する。今月の入団者一覧である。

 彼女の名はイヌワシ。ある大きな組織を率いる女だ。

 イヌワシが眺めているリストは、毎月行われる組織への勧誘に応じ、入団してきた者の一覧である。その下からの二枚目以降は、自ら志願し、試験を受けて合格した者たちの一覧だ。

 勧誘し、応じた者の数は三人、どれも非常に優秀な戦闘員である。

 それぞれの身元と履歴、戦闘における能力などが事細かくリストに書かれていて、イヌワシは満足そうに小さく笑みを浮かべる。


「うちの奴らも、また優秀なのを連れて来たね」


 志願者の数は十五人。戦闘員八人、救護員四人、整備員三人だ。毎月の志望入団者の平均数は十人を超えるかといったところだが、最近は希望者が増えてきている。

 おそらく、彼女の組織の敵たる者たちに大切なものを壊される者が増えている証でもあった。

 大抵の入団者は、彼女の敵たる組織に家族や友人を殺され、奪われ、故郷を焼かれ、傷つけられている。

 自らの力だけではどうにもできないと判断した者たちが、ここに集まってくるのだ。


 この組織――パトレイトと呼ばれる組織の入団形態には、大きく分けて三種類ある。

 志願型、勧誘型、エレベータ型だ。上から順に数が少なくなる。

 まず志願型というのは、単純に自ら志願し、入団する形態。パトレイトでの階級制において、試験の結果に関係なく、組織への貢献度、実績などを点数制にし、加点式で階級を上げる仕組みである。

 基本的に、敵組織に傷を与えられたことがきっかけで、志願した者が多くを占めている。

 次に勧誘型。力のある優秀な者を、組織の勧誘担当者が探し出し、実際に接触、交渉をすることである。

 これにはかなりの危険が伴い、実力のない者は命を落とすことさえある。力のある者には善悪関係なく平等に接触するからだ。

 つまり、気性の荒い実力者にも交渉を持ち掛けることさえあるということ。交渉に失敗し、相手の気に触れて殺される……ということもあるのだ。

 しかし、そんな犠牲を覚悟しても、戦力を補充できるというメリットが組織にはあった。実際、パトレイトという組織を結成して以来、戦闘階級Aクラスの人材はそれほど多いものではなかったのが、勧誘制を導入してから戦力の補充に十分な効果を発揮している。

 今月は三人ものAクラス戦闘員を組織に加えることが出来た。即戦力として、早速役に立ってくれるだろう。

 勧誘型によって入団した実力者たちは、集団行動の訓練や、組織の動き方などを学科として学んだ後、ほぼすぐに即戦力として扱われる。

 志望型と違って下の階級からのスタートではない。特別待遇のAからスタートという形になる。

 最低限のルールと命令さえ守っていれば、基本的には自由に行動が利くというのも、勧誘型で入団した者の特権である。衣食住も組織の方で保証するし、上層部への口もある程度利くというのが特徴だ。

 最後にエレベータ型。

 これは孤児が、幼い頃より英才教育を受け、養う代わりに一定の年齢に達した者は、組織員として働くことを条件として育てられた者たちのことだ。

 子供たちの才能をセンスと適性を検査し、用途に応じて訓練を施し、組織員として育てる。

 訓練に耐えきれなかったり、初の任務でミスを犯して亡くなってしまうことが多かったり、訓練に耐えきれず亡くなったりすることがあり、数はかなり少ない。

 しかし、他の人間よりは確実に優秀な組織員だ。

 エレベータ式でパトレイトの組織員になった者たちを、イヌワシを含む組織の者たちは、〝孤児員(チルドレン)〟と呼んでいる。

 リストを一通り見終わったイヌワシは、再びパソコンへと視線を向け、仕事を再開した。


     *


 暗黒歴五年。

 魔法学で栄えた時代が幕を閉じ、世界から魔法が消え去って五年の時が経った。

 今では、昔から一部の研究者によって研究されてきた科学が主流になってきている。

 魔法もなくはないが、以前に比べて人間は魔力が上手く扱えなくなっている。一部の才能の持ち主にしか使えぬものとなった。

 そんな世の中になり、人々は生きづらさを感じるようになってきていた。

 世界に不満を持つ者はいるだろう。世界に絶望する者もいるだろう。何もかもが嫌になる者もいるだろう。

 そういった者たちの集まりが、ソンチェル――世界を滅ぼす者たちの協力者となる組織に組する。その規模は計り知れない。

 世界に見返りなど望めない中で、世界を護るためにそれらと戦い続けている者たちがいた。

 パトレイト、という組織だ。

 主にソンチェルに大切なものを壊されたり、傷つけられた者たちの集まりのようなものだ。正義のために戦う者もいる。

 理不尽に傷つく人がいなくなるように、恨みや憎しみのために、居場所がなくなったから……様々な思惑を抱えて、今日もパトレイトは任務に当たるのだった。


 団員が集まり賑わいを見せる昼の食堂。

 そこに普段は現れない人物が、食堂の端で食事をしていた。

 見た目は、まるで透き通るかのような美しい白銀の髪を携えた華奢で武器など持ったこともないように思える少年だ。その容姿はどんなものよりも美しく、儚く、見ているだけで恐怖を覚えてしまいそうな……美貌だった。

 その瞳は、奥底の見えない深い青色。静かで音のない深海のように、そして自ら輝く瑠璃色の宝石のように……あるいはそれ以上の美しさを持つ。

 色白の肌と細い線も相まって、彼は見た目だけでは戦闘員として認識されない。男ではなく、女と勘違いされ、妙な気を起こす者も少なくはなかった。

 フードを被って顔を隠してはいるが、その小柄な体格から、先輩ぶる団員に絡まれることが多い。

 今回は偶然、昨夜からの任務を終えて昼前に返ってきて、遅い朝食を食べていたことが災いしたようだ。


「……おい。そこは俺の席だ。退きな」


 スカイブルー色の髪を携えた青年が、少年に話しかけた。

 この場所は食堂の端で、入口から一番遠い目立たない場所だった。


「……食べ終わるまで待ってくれないか」

「は? そんな暇ないんだよ。俺はこの後一三〇〇から任務があるんだ。お前のような低階級戦闘員のように暇じゃないんだよ」

「食事中に席を立つなどという不作法は習った覚えがない」

「はっ、お貴族様かよ。だが、今の世じゃ貴族なんか機能してないぜ。この世界じゃ実力と階級が全てだ。お前は低階級俺は高階級、わかるな? さっさと退け」

「はいよ」


 青年が言葉を発し終わると同時に食事を終えた少年は、さっさと席を立って食器の片付けに向かう。

 少年こそ、睡眠不足で任務に当たって帰ってきたばかりで疲れているので、面倒の相手なんてさらさら御免だった。

 夕方からも出動命令のある少年にとって、食休みの後は仮眠を取らねばならない大切な時間だ。

 いくら眠れないとはいえ、体を休めなければ十分な力を発揮できない。今は少しでも時間が惜しかった。


「おい、お前。お前だよこのチビ」

「……?」


 少年は振り向く。一切表情に変動はないが、本当に面倒なのに捕まったと苛立ちを抑えきれないでいる。


「ふざけるな、お前より俺の方が先輩だってのに、どうぞお座りくださいの一言も言えないってのか? 見ない顔だし、見たところまだ成人もしてないじゃないか。ここ最近の新入りだろ? 新入りは先輩に頭を下げなきゃならない。教わらなかったのか? それとも話を聞いてなかったのか?」


 なんだこいつ、めんどうくさい。

 少年は内心でそう思った。

 忙しいならいちいち絡む必要などないのではないか。暇がないのなら絡んでいる暇などないのではないか。こちらは早く部屋に戻って休みたいのだ。かといってこのまま立ち去ろうとすればさらに面倒臭そう。もうこのままいっそ、全部無視していってしまおうか。でもそんなことをしてしまえば目立ってしまいそう。

 そんな様々なことが頭の中を巡る。その間にも、青年はぺらぺらと何かを喋っている。もはや聞いてもない。


「つまりだな。お前のような新人・・は、先輩たる俺に頭を下げて居りゃいいんだよ。俺が面倒見てやらないこともないぞ?」


 青年は食事をしながら話をしていた。

 もちろん食べ物は飲み込んでから言葉を発してはいるものの、少年にとってその行儀悪さは不愉快さを覚えさせた。

 この青年は、自分を不愉快にさせるために引き留めているのか? 行儀正しさを守った自分が悪かったのだろうか? とにかく早く帰って寝たい。すでに周囲からの注目も集まりつつある。表向きでも謝って、早々に立ち去るべきだ。


「……どうも、すみませんでした。今後気を付けます」


 と、頭を下げて立ち去ろうとする少年を、青年は再び止める。


「おい、舐めてんのか?」

「…………」


 なんなんだよ。

 いい加減にしてくれ。

 それが少年の心の嘆き。

 少年はただ、幼少期に教わった行儀作法を守っただけなのだ。

 ただ、食事の最中に立ち上がってはいけないという簡単なルールに従っただけ。

 ある青年が、その席に拘ったというただ一つのことで、何故自分がこんな面倒に遭遇しなければならないのか。


「……へえ、お前、レイヴァなのか。今どき珍しいな」


 青年が少年の前に回り込んできた。白パンを咥えながら。


「なら話は簡単だ。それなりに出来るようだし、俺と決闘しろ。お前が勝ったら、今回の件はなかったことにしてやる。しかし、俺が勝ったら、俺のことを兄貴と呼んで俺に従うことだ。今夜二一〇〇に、第三訓練場に来い。予約を取っておいてやる」


 来なければ……わかるよな? という言葉を残して、青年は去って行った。観覧は自由だ、と、現在食堂にいる者たちに言いふらす青年。

 どうやら青年は組織の中でも有名人だったらしい。食堂にいる者たちがそわそわしだした。

 食器を片付け、食堂を後にする少年。何故こんなことになったのかは少年にもわからなかった。とにかく面倒になったことだけは確かだ。

 一方的に決闘を申し込まれる頃には、かなりの注目を浴びていたらしい。


「アル~、大変だなお前も」

「……レグ」


 にこ、と人の好い笑みを浮かべる男が、アルと呼ばれた少年の肩に肘を置く。

 彼もまた、アルと同じ白銀の髪を持つレイヴァの一人だ。

 組織の中で五人と存在しない戦闘民族の末裔で、組織に勧誘を受け入団したA階級の戦闘員である。

 アルは人との関わりを避ける傾向にあるうえ、話しかけられたとしても塩対応でしか応じない性格故に、あまり友人という友人はいない。

 いるとすれば、レグのように気さくに話しかけてくれる者か、同種族であるアルの性格を理解するレイヴァ達くらいだ。

 本当に人を遠ざけるだけであれば、仲間にだけは親切になるレイヴァだ、自分たちに対する態度だってあからさまに変えるはずなのだ。それがないということは、アルという人物は元々そういう性格なのだ。

 もしくは、そうにまで至る過去があるということ。下手に触れれば、彼が傷ついてしまうということを彼らはよく知っているのだ。


「あいつはちょっと捻くれててな。なんか腹立つことがあると、結局後輩に突っかかって、子分にしたがるみたいなんだよな。まあ、実力はあるから、組織としても下手に注意も出来ねえ。そんなとこだろ。ただでさえ上級の戦闘員は手が足りてないからな」

「……スタンピードか」

「ああ。先日のスタンピードの戦いで負傷した奴らの回復が遅い。重傷者多かったからな。俺も夜中から三つもロペこなしてきたよ、今日はもう上がり。給料弾んでもらわないとな。お前の方はどうなんだ?」

「夕方から一件、任務がある。この後仮眠取ってから行く」

「おお、そうか。ならこうしてる暇はねーな。邪魔して悪い。じゃあな、頑張れよ」


 そう言って、レグは手を振って去って行った。アルは去って行くレグを見送り、自らに当てられた部屋へと戻っていった。


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