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9.滅私奉公

 しばらくが経つと、リビングにいる彼女達の所に魔王がドリンクを持って来てくれた。それにノーローンは驚く。本当にユアを従者として扱っている訳ではないようだ。もしそうなら、魔王自身が飲み物を運んで来たりはしないだろう。

 「ありがとうございます。魔王様」

 そんな魔王に向けて、ユアは淡々とそうお礼を言う。驚いていた所為でお礼をし忘れていたノーローンも慌てて「ありがとうございます」とそれに続けた。

 そのまま彼もここで寛ぐのかと彼女は思ったのだが、ドリンクを置くと彼は逃げるようにさっさと部屋を出て行ってしまった。

 ユアは魔王が去っていった方角を軽く見やるとこう言う。

 「魔王様がここに顔を出しただけでも、かなりの前進です。あなたに心を許しかけていますね」

 そして、魔王が持って来てくれたドリンクを一口飲む。「美味しい」と一言。ノーローンも飲んでみると、風呂上りに飲んだドリンクと同じものだった。確かに美味しい。

 「これは、美味しいだけじゃなく、健康にも良いのです。だから、魔王様は持って来てくれたのだと思います」

 ほんの微かな表情の変化ではあったが、そう言ったユアは、ノーローンには誇らしげにしているように思えた。慣れて来ると、ユアの表情のわずかな変化が分からなくもないような気がする。

 ノーローンはユアの言葉を聞いて、もう一度ドリンクを飲んでみた。やはり美味しい。もしかしたら、魔王の自信作なのかもしれない。

 それから、こんな事を言ってみる。

 「あなたは安心し切っているようですが、魔王さんは馬鹿ではないでしょう?」

 そう言ったノーローンを、ユアは意味ありげな視線で見つめた。

 「どういう意味でしょう?」

 「感情が半分麻痺していると思い込んでいるからこそ、魔王さんはあなたに自然に接する事ができる。でも、いずれはそうじゃないと気が付くと言っているのです」

 ユアに対して、やはりノーローンは軽く嫉妬を覚えていた。多分、この女は自分が圧倒的に優位だと思っている。“感情が麻痺している”など、どう足掻いても自分には真似できるはずもないから。

 「あら、」

 と、それを聞いてユアは笑う。

 「そんなものは切っ掛けに過ぎませんよ。多分、もう魔王様は私の感情が正常であると心の何処かでは気が付いていると思います。その上で、あの人は私と普通に一緒にいてくれているのです」

 その余裕な態度にノーローンは頬を引きつらせた。

 「随分と自信がおありのようですわね。わたくしなど、相手にもならないとでも言いたげに思えます」

 その余裕に怒りを覚えた彼女は思わずそう口にしていた。

 “偶然、無表情のお陰で、感情がないと勘違いされただけのくせに……”

 彼女はそう思っていた。

 が、そんな彼女に向けて、ユアは手で止めるような仕草を見せるのだった。

 「止しましょう。あなたと争うつもりはありません。気を悪くされたのなら、謝ります」

 それをノーローンは不可解に思った。そう言えば、彼女は先ほどは自分を助けてくれもした。

 「何故、争うつもりはないのです?」

 「私達が争ったりすれば、魔王様が苦しまれるからです。しかも、それが自分が原因だと分かれば、あの方は、どうすれば良いのか分からずにパニックになられてしまう危険すらあります」

 それを聞いて、ノーローンは今までの魔王の繊細過ぎる反応の数々を思い出していた。確かに彼の脆弱な精神では、女と女が自分を奪い合って争うなどといった修羅場には耐え切れそうにない。

 ユアは続けた。

 「魔王様は、性的には健康でいらっしゃいます。そこが、あなたが魔王様に近付く為のつけ入る隙になるのでは、と思います」

 アドバイスだ。アドバイスまでして来るとは、ノーローンには少々意外だった。

 「あなたは、もし、わたくしと魔王さんが仲睦まじい関係になったなら、どうなさるおつもりなのですか?」

 それを聞いて、淡々とユアは返した。

 「私、独占欲はあまりありません」

 どうも表情だけじゃなく、彼女は性格も淡白のようだ。

 「つまり、ハーレムですか? 二人だけですけど…… それをお認めになると。それで、あなたは良いのですか?」

 それにも淡々と彼女は応える。

 「魔王様さえ、それで良ければ」

 そして、一呼吸の間の後でこう続けた。

 「それに、先程も申し上げましたが、私と魔王様は恋人同士ではありません。魔王様の状態が良くなるのであれば、あなたと魔王様が近しい関係になるのも私は歓迎します」

 その言葉を聞き終えて、ノーローンは難しい顔をして腕を組んだ。

 「もしも、魔王さんが、あなたと恋人同士になることを望まれたのなら、あなたはどうなさるおつもりですか?」

 即座にユアは答える。

 「もちろん、受け入れます」

 その彼女の態度と言葉を受けて、ノーローンは少しばかり考えた。

 “彼女は、魔王至上主義者なのだ。魔王の為ならば、何でもやる……”

 「魔王さんの為に、“滅私奉公”という訳ですか…… 彼に多大な恩があるのは分かりますが。わたくしには、少々理解しかねます」

 そして、気が付くと嫉妬も忘れて思わずそう言っていた。このユアという少女の魔王に対する忠誠心…… いや、なんとも形容しがたい愛情は、少しばかり常軌を逸しているように思える。

 ところが、そのノーローンの言葉に、ユアは淡々とこう返すのだった。

 「違います。滅私奉公しているのは、私ではありません」

 その言葉にノーローンは、大いに疑問を覚えた。

 「では、誰だと?」

 真っすぐに、その質問にユアは答える。

 「もちろん、魔王様です」

 相変わらずに淡々としていて、感情の起伏か感じられなかったが、そう言った彼女の瞳は、ノーローンにはとても力がこもっているように思えた。

 

 “魔王さんが、滅私奉公って……

 一体、何に?”

 

 彼女はそう疑問に思ったが、それを口にはしなかった。

 なんだか、訊いてはいけない事のように思えてしまったのだ。

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