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5.魔王の本性

 ノーローンは、魔王が去っていった、開きっ放しになっているドアを、途方に暮れた様子で眺めていた。

 彼女にはどうして魔王が逃げ出してしまったのか少しも理解できなかったのだ。そのまましばらく待ったが魔王が一向に戻って来ないので、困った様子で彼女はメイドのような姿の少女に助けを求める視線を向けた。

 少女は一切表情を変えずに、淡々とその視線に返す。

 「あなたに好かれていると分かり、怖くなって逃げたのでしょう」

 しかし、それを聞いて彼女はますます分からなくなった。

 「魔王さんは、人から好かれるのがお嫌いなのですか?」

 魔王というだけあって、ポジティブな事を拒絶するのかも、などと彼女は思う。しかし、それを少女は即座に否定した。

 「違います。

 好かれると嫌われるのが怖くなります。そして魔王様は、人から嫌われないでいる自信がまったくないお方。だから、逃げ出してしまったのです」

 彼女はそれを聞いてもまだ“分からない”といった様子だった。

 「ですが、魔王さんは常に不遜な態度を執っていらっしゃったではないですか?」

 それに少女は「あれはペルソナです」と応えて、何かのマスクを被るような仕草をする。それと同時に顔を威張ったような形に変えた。どうやら魔王の顔真似のようだ。

 少女は続ける。

 「魔王様は、自分を殺しに来たような相手や、自分を嫌っているような相手には、“不遜な魔王”のペルソナを被ることでコミュニケーションを執る事ができますが、そうではない相手には、あっけなくペルソナが剝がれ、どうすれば良いのか分からなくなるのです。

 まぁ、そもそもあのペルソナは、自分を殺しに来た相手に対応する為、相手が期待しているだろう“魔王の姿”を模する事でつくり上げたもののようなのですが。

 ……まさか、あなたが自分を好きだとは夢にも思っていなかったのでしょう」

 彼女はそれを聞いて「何故です? わたくしは、再三“お礼がしたい”と言っていましたのに」と質問をした。

 「――魔王様は、その程度のことでは“自分が好かれている”などとは思えないくらいに“自分は皆から嫌われている”と思い込んでおられるのです」

 少女は無表情のままそう言い切った。

 ノーローンはそれでもまだ不思議そうな表情を浮かべている。

 「ですが、魔王さんはわたくしに“おもてなし”をしてくれたではないですか?」

 「いえ、あれは“おもてなし”ではありません。魔王様の精一杯の処罰です」

 「処罰?」

 「はい」

 少しの間の後でノーローンは尋ねる。

 「粘液のお風呂。あれは“おもてなし”でしょう? わたくし、あんなに心地の良いお風呂(?)は生まれて初めてでした」

 「いいえ、あれは女性は“ヌルヌルしたものが嫌い”とお考えになった魔王様が、必死に考えたのつもりのものです。もちろん、あの粘液は人体に無害どころか健康に良いはずなのでご心配なく。因みに、あの粘液が温かったのは、冷たいと風邪を引いてしまうというご配慮からです」

 それを聞いて、彼女は目を白黒させる。

 「そんなバカな。頼んだら直ぐに出してくれましたし、それに喉が渇いていたわたくしに素敵なドリンクまで用意してくださっていたじゃありませんか」

 「はい。あなたが脱水状態になっているだろうとご配慮されたのです。魔王様にとっては、“ヌルヌルのお湯”の段階で、既に罰は終了していますから」

 それでもまだノーローンは納得がいかないようだった。

 「わたくしを敵だと思っていたなら、そのような配慮はされないのではないですか?」

 それを聞いて、少女は軽く溜息を洩らした。口を開く。

 「あなたを無理矢理に魔王討伐に連れて来た冒険者達は、ただ単に遠くの街にまで飛ばされただけですよね?

 ……実は私を助けてくれた時もそうでした。私に酷い事をしていた連中を、南の国にまで飛ばしただけ。魔王様は、お怒りになった場合でも、その程度の事しかできないのです。

 まったく怒っていないあなたに対して、酷い事など、できるはずがありません」

 「でも魔王さんは、わたくしが自分を殺しに来たと勘違いされていて、怒っていたように思いますが?」

 「あれは“怒ったふり”です。

 しかも、あなたの為を思って、“怒ったふり”をしていたのです」

 「何故です?」

 「魔王様はこう仰られていたでしょう?

 “お前には、分からせてやらねばなるまい。ここがどれほど危険な場所なのかを”と。

 つまり、あなたのことを心配していたのですよ。あなたがやって来たら、この洞窟で色々と危険な目に遭ってしまうのじゃないか、と。だから、あなたがこれ以上、ここに足を踏み入れないように罰を与え、そして、この洞窟に棲む危険な生物の説明をしたのです」

 その少女の説明に、ノーローンは言葉を止めた。まだ信じ切れないが、実際、魔王は逃げ出してしまっている。他の上手い説明も思い浮かばない。

 ――それに、少女が語る魔王の性格は、彼女が思い描いていた魔王像に、一部ではあるが、重なってもいたのだった。

 ノーローンが納得しかけている様子を見て取ったのか、それから少女はこのような事を尋ねて来た。

 「ところで、世間では魔王様は残虐非道な神の敵対者とされているはずです。何故、あなたは魔王様に好意を抱くまでに至ったのですか?」

 「それは先ほど、説明したと思いますが?」

 「確かに感謝するのは分かりますが、あれだけの理由で、もう一度この危険な洞窟にまでやって来るとは思えません」

 その少女の様子から、ノーローンは少女が自分を何かしら警戒しているのだと察した。

 “この人、わたくしを疑っているのね。魔王さんを騙すつもりなのじゃないかと。お人好しの魔王さんを、護るおつもりでいるのかしら? 今までの話からすると”

 そう考えると、ノーローンは彼女にこう尋ねた。

 「あの…… あなたは、そもそも何者なのですか? 魔王さんの従者?」

 「失礼。私はユアといいます。従者ではありません」

 「そんな服を着ているのに?」

 前述したが、少女はまるでメイドのような衣服を身に纏っているのだ。

 「これは、私の趣味です」

 あっさりとそう返す。このユアという少女は、さっきからまるで表情に変化がない。

 「私もあなたと同じですよ。魔王様に助けてもらったのです。それ以来、ここで魔王様と一緒に暮らしています」

 その言葉にノーローンは不可解そうな表情を浮かべていたが、やがて気にしても仕方ないと判断したのかこう言った。

 「もちろん、単に助けてもらったという理由だけでここまでやって来たのではありません。わたくしは、色々と魔王さんについて調べてみたのです。

 世間では、魔王さんを大変な悪者扱いしていますが、調べても調べても直接魔王さんに殺された人も傷つけられた人も見つける事ができませんでした。

 あなたも言ったように、魔王さんは自分を殺しに来た相手をただ“飛ばす”だけのようなのですね」

 そこで彼女は一呼吸置いて続ける。

 「それどころか、調べるうちに不思議な話も耳にしました。この火山の洞窟内で、モンスターに襲われ、瀕死の重傷を負ったはずなのに、気が付くと傷が癒えた状態で街で寝ていた……。そんな証言をしている人達が何人もいるのです。

 わたくしには、魔王さんが助けたとしか思えませんでした」

 そこで言葉を切る。

 ユアの様子を見てみたが、やはり表情に変化はなかった。

 指を一本建てると、彼女は続けた。

 「それに、です。

 “闇の邪龍事件”以前に、魔王さんが現れたとされる“ミザネラ病特効薬医師殺傷事件”も変なんです。

 一般的には、当時この地方一帯で大流行していたミザネラ病の特効薬を開発したヘレグラード医師を、魔王さんが襲ったことになっていますが、当の彼は怪我もなにもしていません。そして、その後、高価だったミザネラ病の特効薬は、何故か急速に値が下がっているのです。

 特効薬の生成方法がばら撒かれたからだと言われているのですが、どこからどうそれが漏れたのかは謎だとされています。しかも、ヘレグラード医師は、その時、特効薬の特許を放棄しているんです。

 ですから、わたくしはこのような推論を立てました。

 元々、特効薬を開発したのは実は魔王さんだった。その生成方法を、魔王さんは特効薬を広める約束でヘレグラード医師に教えた。ところが、ヘレグラード医師はその約束を破って利益を独り占めにしてしまった……

 それで怒った魔王さんは、ヘレグラード医師を懲らしめたのではないか?と」

 そう彼女は言い終えるなり、何故かユアはそれに「正解です」とそう返した。

 ノーローンは驚き、目を大きく見開く。

 何故なら、その時、それまでずっと無表情だったユアが、彼女でもはっきり分かるくらいに笑ったからだ。とても嬉しそうに。

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