9 義理と人情
その日、空は珍しく驚き水やり中の動きを止めていた。
「よ、良い天気だな!」
なぜなら、つい3日前に見た人物がフェンスの向こうから顔を覗かせていたからだ。
つい空より高い位置にあるその顔をじっと見つめてしまうと、相手が手に持っていたものを持ち上げた。
立っている場所がちょうどネットフェンスの場所だったので何を持っていたのかはバレバレだったが。
「花は好きか!? 好きだろう! 好きだと思ったのだ!」
空は思った、この人友達いないんだろうなと。元女子高校生らしいピュアな残酷さで。
「好きでも嫌いでもないです」
空が少年が手にしている花束を見ながら答えると、少年はショックを受けた顔をした後「ま、待つがよい!」と森の奥に走り去った。
待つようには言われたが、空は庭に出していたガーデニング用品を手早く片付けログハウス内に戻り置いてあった目出し帽を被った。
「まさかこんなに早く人と再遭遇するなんて……マリネさんだったかな」
空は驚いているが、実はマリネ少年の部下達も今回の出来事には驚かされていた。
せっかく無事に帰還できたのに休む間もなく坊ちゃんが魔女殿に礼をすると騒いだからだ。それに今現在、1人でまず挨拶をと結界内に向かった坊ちゃんが泣きそうな顔で戻ってきたことにも驚かされていた。
「もしかして坊ちゃん魔女にお・ね・つ?」
「おっさん言い方きしょいっすわ」
というやり取りはマリネ少年がいないところで幾度となく楽し気に繰り広げられていたが、泣きそうな坊ちゃんに彼らは困惑していた。
彼らが坊ちゃんを落ち着かせている間に空は次に人と遭遇した場合を考えて充電してあったものを倉庫に取りに行っていた。
そしてソレを起動させる。
「ハーイ。ボク、ロボッティ。命令スル時ハ“ヘイ、ブロ”って声をかけてネ」
AI搭載ロボットである。
倉庫生活に慣れた頃話し相手としてセッティングしていたものだが、爛々と光る目と妙な存在感に居心地の悪さを覚えて仕舞い込んでいたものだ。
このロボットに代わりに会話をさせてみようと空は考えていた。特大サイズの麻袋を被せ玄関先に設置しておけば問題はないだろうと空は考えていたが、麻袋を被せられた時折動く物体は恐怖そのものでしかないことには気付いていない。
よいしょよいしょとロボッティ君を玄関先に持ち上げて運ぶ。その際玄関ポーチ部分にこすれた後がついてしまったが空は見て見ぬふりをする。最悪ペンキで塗り直して証拠隠滅を図ろうと考えていた。
ログハウス内に戻って来たちょうどその時フェンスの向こうから3日ぶりの野生の男達が姿を現した。
先頭のマリネ少年は空が外にいないことに気が付き後ろの部下達に相談を持ち掛けていた。
「もしや嫌われてしまったのだろうか……」
「嫌いもなにもそこまでの接点ないじゃないですか」
「とりあえずその花とお礼の品ここに置いて帰りません?」
「せっかくここまで来たのだぞ!」
「来させられたんですよ~」
「坊ちゃん1人で行ってくださいよ。めんどくさい」
「魔女も坊ちゃんに来てもらった方が嬉しいでしょうし」
「本当か!? 魔女殿は嬉しいのか!?」
「さあ?」
「違うのか!?」
「ほら行った行った」
「不安なら新人を連れてけばいいですよ。なんかあったら盾にしてください」
「ひどい!」
今日もひとしきりぐずぐずした後にマリネ少年と新人の2人で魔女の元に向かうことが決まったようだ。
「魔女殿! 突然の訪問申し訳ない! 先日の礼をさせて欲しい! その……そちらに伺ってもよいだろうか!」
「どーぞ」
この世界の品物に少し興味があったので空はハンズフリー拡声器で返事をする。立てこもり犯の口調はすでに忘れていた。
しかしマリネ少年は返事をしてもらえたことが嬉しかったのでそんな些細なことは気にしていなかった。
「荷を運ぶためこの者と一緒でもよいだろうか!」
「スミマセン。“どーぞ”という予定ハ見つかりませんデシタ」
突然のロボッティのインターセプト。そこそこ大声の鮮やかインターセプトである。
「いや、予定は聞いてないよ」
「ハイ、一緒デモ大丈夫デス」
「そうだね、ちょっと静かにねー」
「ハイ、ワカリマシタ……」
ロボットのくせにやけに感情豊かな声色で返されてしまった。これではまるで空が悪者かのようだ。
被害者意識の強いロボットである。
「お2人でどーぞ」
少し遅れて返答すると門を開きゆっくりとやって来る彼ら。空は部下と呼ばれた男性が持っている袋が気になっていた。なぜならジャガイモでも入っていそうな袋だったからだ。ジャガイモはいらない、空は心底思った。
「魔女殿、招いてもらい感謝する!」
頬を染めたマリネ少年とはうって変わって部下は扉の隙間からのぞく目出し帽姿の空を間近で見てぎょっとした後「まじかよ坊ちゃんの好みどうなってんだよ」と心の中で叫んでいたし、すぐそばに置かれてある大きな麻袋の中からナニカがばしゅんばしゅんと麻袋を突き破ろうとしている様を目にしさらにぎょっとさせられていた。