8 トゥーユー
「良い感じー」
空は数日前から始めていたパーティーの飾りつけを完了させ満足げに息を漏らす。
野生の男達との遭遇で開催が危ぶまれたが、ふたを開けてみれば全く危ぶまれていなかった。
ローストチキンがパーティー会場に映えること映えること。
「成人おめでとー聖人だけに」
空のしょうもないギャグを止める者はこの場にいなかった。
お酒デビューの為あらかじめ選んでおいたデザインが可愛い缶チューハイをシャンパングラスに豪快に注ぐ。それに保険で用意しておいたシャンメリ―とリンゴジュースも。
いくつも並ぶシャンパングラスには色とりどりのシュワシュワした液体。中でもシャンパングラスに入れられている茶色いタピオカミルクティーが異彩を放っている。
空は持っているグラスを「乾杯」とぶつけなんとなく音を楽しむ。
「いただきます」
そして『決定! 1人の夜の時短豪華パーティーメニュー!』というよくわからないコンセプトの料理番組のDVDを参考にして作った生ハムメロンをむしゃむしゃ食べる。
その他の料理はデリカコーナーから適当に持って来たものだ。今日ばかりは好きなものを好きなだけちょこちょこつまんで残してもいい日だと空は決めていた。
「おめでたい誕生日だけど少し寂しいのは仕方がない」
空はそう言いながらもりもり食事を口に運ぶ。
普段は無限の食べ物だとしても残して捨てるのはどうにも抵抗があった大容量サイズのデザートも今日は気にせずいくし、馬鹿でかいタイヤみたいなチーズもごりごり削ってバーナーで炙ってフォンデュっている空。
寂しいとは口にしながらも全力で楽しんでいる。意外と余裕である。時期ではないのにクリスマスソングにバレンタインソングを流していることからもそれが窺える。
しかしそんな空でも病気は怖かった。
ここにいる限り外敵から襲われる心配は無さそうだが風邪をひいたりお腹を壊したりな比較的症状の軽そうなものから、あるいは外の世界から流行り病をもらってしまったり。そのような事態にならないよう気をつけているつもりだ。
薬はあるが医師のいない環境で空にできることはあまりないのだ。食中毒なんて苦しむだけ苦しむ未来しか見えない。
なので倉庫の食べ物はどういう原理で常に補充されているのかわからないが、手を付けたものはそう何日も日をまたがない程度で消費している。
お腹が満たされてきたところで空は考える。今日の遭遇を。
1人でも生きていけるとは考えていたが、やはり自分は人との会話に飢えていたようだ。空は確信した。
マリネさんとの会話は楽しかった。魔法も見せてもらい楽しい時間だった。
もしかしたら今日の遭遇がなければ知らぬ間に病んでいた可能性もあったのかもしれない。
だがしかし外の世界の人間と関わるのは安全ではない気もしている。主に健康面で。伝染病とかまじありえないんですけどーと空は思っている。
「ここは捨て子」
ぽつりと呟いた空の頭の中には、教会の前に捨てられている赤ちゃんの姿。赤ちゃんを包んでいる布には意味ありげなペンダント。空の状況に置き換えるならログハウスの前に籠に入れられ捨てられている赤ちゃん、である。ペンダントはどちらでもいいが。
人によっては不謹慎極まりない考えであろうが、空はその赤ん坊を育てて将来看取ってもらうことを視野に入れていた。
しかし赤ん坊の世話を誰にも助けを求められない経験のない者が行うのは共倒れになりそうだとも冷静に判断できていた。
「刷り込みできる年齢って何歳まで?」
なかなか物騒なことを言ってるが、空としては何も疑問に持たずそういうものとして生活してくれる人間の方が好ましいのだ。だからある程度健康に育ち本当の親を覚えていない年齢の子供が欲しかった。その子が成長すれば第2の家族として赤ん坊の世話も出来るかもしれない。
大人は知恵が回るし悪だくみを察するなんて芸当は自分には無理だろうから倫理観というものはさておきそれは空にとっては良い案に思えた。
「都合の良い子供に出会えますように」
アルコールの影響が出てきたのか、人が聞けば眉を顰められそうな発言をしながら空は眠りについた。
――翌朝、お風呂に入りパーティーの片付けを済ませた空が外に出ると、扉の前にはコップに生けられた小さくて可愛い花が。
それもすべてのコップの中に。
張り切る少年と文句を言う彼らがありありと想像でき、空は自然と笑っていた。