6 未知の呪文
『ヤッベガス』
男達は女が紡ぐ未知の呪文の前に体を強張らせていた。
この男達の中で2番目に魔法適正がある男が指揮官にちらりと目を向ける。その視線に気がつき首を横に振る指揮官。国でも上位の魔法適正がある男が知らない魔法。
やはり魔女か。
様々な声色を駆使する女、人間を惑わすモノ、調査団の男達は皆そう判断した。
数年前から急激に変わり始めた魔の森。これまで人間が忌避していた最大の要因、森に蔓延っていたアンデッドであるレイスが姿を見せなくなり、周辺各国の中には今こそ征伐の時と魔の森を我が物にしようと画策する国も出てきた。
そんな中、彼らの国の王は「やだやだやだご先祖様から森に手を出すな関わるなって言われてるもんやだやだ」とじじいの癖に臣下をいらっとさせる口調で他国からの征伐に関する協定を断っていたが、さすがに世の情勢として完全傍観とはいかず、調査という名目で彼らに命が下ったのであった。
そのような背景があり呪いの類ではと気を張り詰めていた彼らだが、特に体に異変は感じられなかった。
そんな中魔女が言葉を発する。甲高い声の方だ。
「我が城に何用だ!」
男達は「城……?」と不思議に思ったが指摘はしなかった。本人が城だと思えば城なのだろう。
アホの子は設定がめちゃくちゃだったし野生の男達には優しい理解があった。
ここで坊ちゃん指揮官がそれらしい仕事をする。
「森の魔女殿! 我が名はマー・オット・イルマリネン! 3階級筆頭イルマリネン家の3男である! 我々はこの森に調査に来ただけだ! 危害は加えない! だが怪我をした者が何名かいるのでここで少し休ませてもらえないだろうか!」
「坊ちゃん坊ちゃん、喉が渇きました。普通の水が飲みたいです」
「お腹も空きました」
「わけのわからん実を食べるのはもう嫌です」
こそこそと部下の男達がうつ伏せ状態のまま要望を出していたが空に聞こえたのはウム指揮官の「指揮官と呼べ!」の言葉だけだった。
「魔女殿! よければ水と食料を分けてはもらえないだろうか! 礼はする!」
部下達の肉、酒、甘味が欲しい要望は帰還した後に好きなだけごちそうしてやるで黙らせたウム。本名マー・オット・イルマリネン。実はかなり高貴な家柄の男である。
野生の男達は魔女がどう出るか耳をそばだてて返答を待った。
しかし返ってきたのは思いもよらぬ言葉だった。
「魔女とはなんだ!」
部下たちはぽかんとしたが指揮官は気にせず会話を続ける。
「古の幻術を操る女性の魔法使いのことだ!」
部下達は思った。違う、たぶんそうじゃない、と。
しかし空は久しぶりに人と会話し、この世界について少し知れたことにより気付かぬうちに興奮していた。
「魔法使い! おい、魔法があるのか! どんなのだ! 見せてみろ! あっもう少し近付け! お前だけだ!」
「どこまでだ!」
「そのまま前に! ゆっくりだぞ!」
「ああ!」
なぜ妙に会話が噛み合っているのか男達にはわからなかったが、彼らの指揮官はずりずりとログハウスに向かって這う。
「止まれ! そこに座れ! 火とか出せるのか!」
「出せるが光魔法の方が綺麗だぞ!」
「綺麗なのか!」
「いくつも光の玉を浮かべられるぞ! すごいだろう!」
「それはすごいな!」
近い距離で大声で叫び合うアホとアホの競演である。
部下の男達は頬杖をつきごろ寝の体勢でこの茶番を見守ることにした。
なぜならマー・オット・イルマリネンという男は人智が及ばない強運の持ち主であったからだ。この男にそうそう命の危険などないとこれまでの経験で思い知らされている。
「ちょっと待ってろ!」
空はそう叫ぶと用意していた目出し帽を被り扉の隙間から顔を出す。いちおうライフルの引き金に指はかけているのでウムが変なことをしそうならライフルが初めて火を噴くだけである。
「なんだその装備は! かっこいいな!」
「かっこいいだろう! しかもあったかいんだぞ!」
「すごいな!」
部下の男達からしたら目と口元だけくり抜かれた布を被っている怪しい人物に見えるのだが上司はそうではないようだ。
しかも空が選んだ目出し帽はいかにもな目元口元を赤色で縁取っているタイプのものであり、さらにこのシチュエーションにのまれ過ぎ未だに口調がおかしいことになっている。アクションスターから無意識に悪役寄りになっている。そのため空が立てこもり犯のようにも見える。
しかし当事者2人は全く気にすることなく会話を続けている。
「いくつ浮かべるのだ!」
「5つ! 大丈夫か!」
「問題はない!」
「その後に炎を見せてくれ!」
「よかろう!」
もう空の声はただの女性の声だ。ヘリウムガスはもう忘れ去られていた。それにより坊ちゃん以外の男達は魔女は若いのではないかと予想していた。幻術の使い手ならばいくらでも正体を偽ることができそうだが。
部下達がだらだら寝転がりながら腹減ったとお腹を鳴らしている間、若い2人は傍から見たら仲睦まじい様子で魔法を楽しんでいた。