2 状況把握まで30分
「…………え」
匂いが変わっ……た……? 衝撃がない……?
そこで空は閉じていた目を思い切ってばちっと開いてみる。すると目の前にはログハウス。
「…………え?」
なんだこれは。
「はあ?」
何度目を瞬かせても目の前には大き過ぎない可愛らしいログハウス。
さっき公園のそばを歩いててそれで――
ここで多少頭の回る人間なら周りを見渡したり必死に現在の状況把握に努めるだろう。
なぜならここは鬱蒼とした森の中なのだから。
この世界の人間は好んで足を踏み入れない、通称『魔の森』と呼ばれている。
『帰らずの森』とも『惑わしの森』とも呼ばれる。通称が多い。そろそろ統一しようぜと、森の外周に沿って栄えている7つの国のひとつのとある冒険者が声を上げたがそれならばと何故かたくさんの応募がありどの名前にするかで収拾がついていない。とある国はお祭り騒ぎが大好きだった。
とにかく、太古の昔から変わらず危険視されている森なのだ。
しかし空は『多少頭が回る』ではなく『多少アホの子』だったのでしばらくぽかんとログハウスの前で立ち尽くしていた。危機感の無さ過ぎる行為である。
「…………あ」
10分ほど経ったところで空は後ろを振り向いた。
「森……自然……森……マイナスイオンすごそう……鳥のさえずり……睡眠誘導ミュージック……」
アホである。そこそこのアホである。
そして今度は森を見たまま、またぼーっと立ち尽くす。
「さむ……とりあえずお家いれてもらおう」
しばらく立ち尽くしていたがそれも飽きたのか、扉をコンコンコンとノックし家主が出てくるのを待つ空。
ようやく動き出した。ここまでおよそ30分。
しかししばらく待ってもログハウスからはなんの返答もない。再度ノック。返答無し。
「最悪土下座すればいいな。よおしこっそりお邪魔しちゃおう」
家主に見つかった際のシミュレーションを終え、空はログハウスに不法侵入することを決めた。
さっとログハウスの扉に目をやるとなにか生き物を模ったような鍵穴を発見。鋭い牙を持った生き物に威嚇されているようにも思えるデザインである。鍵穴はその開いた口のような部分にある。
「たぶん鍵かかってるよね。――やっぱりかかってる。どうしよーえ?」
空は扉のすぐそばの壁にぶら下げられているシンプルな鍵らしきものを発見した。
「ここの家主は防犯意識皆無だ。助かったー」
意外と重さのある鍵を手にし躊躇なく鍵穴に差し込む空。防犯対策に罠が仕掛けられている可能性など露程も頭に無かった。
――なのでがちゃりと鍵を回し開けた瞬間ログハウスを中心に光の波が発生し、森全体に広がって行ったのにも気が付かない。
「暗い」
侵入したログハウス内は暗かった。
外は明るいのだが中には光が差し込んでおらず真っ暗だ。
「まーどはどこかなー……」
生物の遺伝子に刻まれた記憶なのだろうか、ひとまず身を隠せそうな場所があることで空は落ち着いてきた。
これまでも騒ぎ出さなかっただけで静かに混乱していたのだ。
なんとか手探りで木の窓を開ける空。
ぱっと見た限りでは網戸は無さそうだったので蚊とか入ってきたら嫌だなあと半袖から覗く自分の二の腕をさする。思考がどこかずれている。
「ふうむ」
ひとまず2カ所あった窓を開けると真っ暗ではなくなり、窓を開ける最中に何度か体をぶつけた椅子に座り考えることに。
大きなテーブルにセットの椅子が8脚。どうやらここには大家族が住んでいるか、お客さんがたくさん訪れるのだろうと当たりをつける。
ならば家主は来客慣れしているであろう。もしかしたら不法侵入していてもきちんと謝罪をすればもてなしてもらえるかもしれない、そう空は楽観的に考えた。相変わらずどこかずれてはいるが。
「ここが別荘なら普段は別の所にいるのかも。でももしかしたら倒れててノックが聞こえてない可能性も――」
空の視線は奥に続いているだろう廊下。あそこまで光は射し込んでいないのでどの程度の広さなのか、先に何があるのか、この場所からでは想像がつかない。しかし未知の状況に対する怖さはあるが、ついさっきまで生命の危機を迎えていた身としては家主の生命の危機を連想してしまうのも仕方がない。
「――撃たれそうになったら両手を上げればいいのか?」
空は決めた。廊下の奥に進むことを。なぜならば私は『大海空』、聖人だから。空海さんの意思を継ぐ関係者だから。大親分の名に恥じぬ行動をとらなければ――と。
宗教関係者が耳にしたら確実にしばかれそうなことを空は考えていた。
さらに空は建物の外観から無意識に日本ではないだろうと判断して銃の可能性にも思い至っていた。
もしこれが推理小説、ホラー映画なら間違いなく第1の犠牲者になるであろう行動ながらどこか軽快な足取りで空は廊下の先に向かった。