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(六)ノ2

「司祭様より仰せつかっております」と、ハルモニアはもう必要もないのに、勝利をより確実なものにする為か、あえてまた言葉を重ねて追い打ちをかけてきた。

「今日は一日中、オルフェ先生の求めに応じて、診療所ここでお傍で務めを果たさねばなりません」

 いかにも自分の本意ではないのだけど、オルフェに望まれたから仕方なくと、わざわざ強調して煽る。

 いや、まあ、その通りなのだけど、その言い方は語弊が……


 案の定、エレクトラが裏切者を見るように険しくした目で、「それ、本当?」と声も低くオルフェを睨んできた。最初の可愛らしい仕草や声はどこにいったのだろう。

 傍観者ではいられなくなり、オルフェは仕方なしに、うん、と頷いた。


「私は右腕がこの有様だからね。だから手助けをしてほしいって、シスターにお願いしたんだ」

「そんな……、そんなの、私に言ってくれれば、いつでも付きっきりでお手伝いするのに」

「エレクトラにもおウチの仕事があるじゃないか。しっかり者のエレクトラがいないと、お父さんとお母さん、それにお兄さんまでも困ってしまうよ」

「それは、そうだけどお」

 エレクトラは自分の本領を思い出し、甘えた仕草で不満そうに頬を膨らませる。それに対してハルモニアのほうは、ふんと鼻を鳴らして勝ち誇った。

 このままでは埒が明かない。

 オルフェはやれやれと小さくため息をついて、仕切り直すことにした。


「エレクトラ」

 オルフェが真っ直ぐに彼女を見据えて、柔らかく呼び掛けると、その声に戯れの色がないのを感じ取ったようだ。エレクトラはすぐに背筋を伸ばし、居住まいを正した。

「はい」

「改めて聞くね。本当に体は大丈夫? 違和感とかない?」

 エレクトラは真面目に、うん、と頷く。

「なんともないよ、本当に」

 先生のおかげ、と彼女は小さな呟きで、そう言葉を続けた。オルフェも頷きを返す。

「なら、診察はまた今度にしようか?」

 オルフェはハルモニアからは見えないように、含んだ笑みを浮かべ、あえて思わせぶりなウインクをしてみせた。

 些細なことではあるが、効果は抜群だ。恋に恋する年ごろの少女エレクトラは、こういった秘密めいた共有が大好物なのだ。

 ハルモニアに対する優越感に、エレクトラは得意満面となった。

「そうしたほうが良さそう」と、意味あり気な目を堅物女ハルモニアへと向け、不敵な笑みで挑発する。

 ハルモニアは要領を得ぬ様子で、オルフェとエレクトラの顔を交互に見た。

 ただ、彼女は勘が働く。すぐにオルフェがエレクトラの味方についたのだと雰囲気で感じ取ったようだ。たちまち不服そうに表情が強張った。


 オルフェにそんな彼女と、真正面から向き合う気概などない。その視線には気付かぬふりをして、「それから、エレクトラ」と話を続けた。

「薬のほうは?」

「ええ、それをお願いしようと。少し控えようと堪えてはいるのだけど、でももう、無くなってしまいそうなの。先生」

「だと思って――」

 オルフェは体を捻り、ライティングデスクの一番下の引き出しを開ける。中から小ぶりな麻の巾着袋を取り出すと、それをエレクトラへと差し出した。

「用意しておいたよ」

「まあ」エレクトラは目を輝かせた。

「本当にいつも、ありがとうございます。先生」

 麻袋を受け取ると、彼女はまるで宝物のように大事に胸に抱いた。

 横からの圧が凄い。話に置いてけぼりのハルモニアがご立腹だ。


「ま、また、いつでもおいで」オルフェは優しく言った。

「エレクトラの為の薬は、常に診療所ここにある。絶対に切らさないから。だから何の心配もいらない。我慢なんてする必要ないからね」

「はい」

 エレクトラの返事は、これまでの芝居がかったものとは違い、心がこもった一言だった。


「では、先生」と彼女はオルフェへのお返しにと、しかしハルモニアに対してはあえて見せつけるようにウインクをしてから、丸椅子から腰を上げようとした。

 ハハ……と、オルフェはハルモニアの目を気にしながら苦笑し、「ああ、そうだ」とエレクトラを呼び止めた。

「そういえば」と、何でもないふうを装って尋ねる。

「今日は、オレスタは? どうしてる?」

「兄さん?」彼女は小首を傾げながら座り直す。

「兄さんなら、物見番だから夜明け前に家を出た、のかな? あれ? そういえば昨夜から見てない……。でも、今頃は櫓の上にいるはずだけど――。先生、兄さんがどうかしたの?」

「いや、何でもないんだ」

 オルフェは笑顔で、首を横に振った。

「ちょうど昨夜、居酒屋でオレスタの姿を見かけたものだから」

「なら、お店で酔いつぶれてそのまま櫓に行ったのね。ホントにしょうがない人。でも、先生がお酒なんて珍しい。私も行けば良かった。ご一緒したかったのに」

 オルフェは、またの機会にね、と曖昧に濁した。どうやら彼女は、オレスタ友人ヒュラーテスと二人でアルゴルを襲い、怪我を負わせてしまったことをまだ知らない様子だ。


「名残り惜しいけど」と、エレクトラは改めて立ち上がった。

「そろそろ、次の人に順番を譲らないと」

「うん、そうだね」

 オルフェは同意し、「で、次は誰だった?」と訪ねた。

「ヘファイトおじさん」

 エレクトラは髭面の中年男の待機姿を真似てか、口をへの字に歪めて、ムスッとした表情で反らせた胸の前で腕を組んだ。

 こうした仕草は子供らしくて可愛いと素直に思える。

「ああ、ヘファイトかあ」

 オルフェは苦笑いを浮かべた。昨夜は憤るヘファイトを宥めるのに大変苦労をした。またその話になるのだろう。今日は朝から気苦労が続きそうだ。

 それに、さらにもう一つ。傍らで不満を募らせている人物が――。先ほどから無表情に圧を掛けてきている。

「うーん」

 オルフェは短く悩み、「悪いけど、ヘファイトにそのままで待っててほしいと伝えてくれるかな?」と、エレクトラに頼んだ。

「ん? ええ、それは良いけど……」

「ちょっと、先に済ませておきたいことがあってね。少し時間が欲しんだ。そうだなあ、二十分くらいだと思う」

「うん、分かった。おじさんに、そう言っておく」

 エレクトラは素直な口調と態度で応じてから、「先生、また会いに来るね」と、また声を作り直し、丁寧に頭を下げて診察室を後にした。

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