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(五)ノ14

「どうもお待たせしました。申し訳ありません」

 凛とした低い女性の声と共に、応接室のドアが開かれた。ノックはあったのかもしれないが、窓際で外の景色に気を取られていたエウリーケは小さく驚き、急いで体をドアの方へと向き直った。

「マイヤさん、ご無沙汰しております」

 エウリーケは姿勢を正して小さく頭を下げる。

 マイヤと呼ばれた女性は上品な笑みを携えたまま、足早に部屋の中へと入って来た。


 日に焼けた肌に、紅を塗り込んだ厚い唇。頭を覆うスカーフから強くカールした髪が額に垂れ、目は細く、眉もまた細く描かれていた。

 五十を過ぎた年齢と聞くがぜい肉は削がれ、ほっそりとした身体にシュールコーという丈の長い上着を纏わせていた。

 彼女はメリクリウの妻であり、そして各地を常に行き交う夫に代わって、この商館を取り仕切る商館長であった。


「ええ、本当にお久しぶりです。エウリーケ様。もう一年くらいになりますか?」

「そうですね。そんなに経つのですね」

 エウリーケが応えると、マイヤはソファに座るよう促した。そしてそのソファで眠る先客の存在に気付く。

「あら、こちらのお嬢様は?」

「私の娘です。名前はクロトと言います」

 エウリーケがクロトの隣に座ると、マイヤはテーブルを挟んだその向かいに腰を下ろながら、細い目を見開いて丸くした。

「まあ、まあ、これは……。存じませんでした。このように大きなお子がいらっしゃったとは」

「可愛いでしょ?」

「ええ、本当に。それはもう、絵画に見る天使のように」


 マイヤは深く頷いて、今度は目を細めてクロトを短く値踏みした。肌や髪の色を見れば血のつながりがないのはすぐに分かるだろう。だが、マイヤはそのことには触れてこなかった。

 代わりにテーブルの上の紅茶に視線を向け、細めていた目の上の眉根に深い皺を寄せた。

「気が利きませんね」と、不快さを押し隠して小さく呟く。

 クロトの分の紅茶がまったく手を付けられておらず、子供の飲み物としては不適切と判断したのだろう。

「申し訳ありません、エウリーケ様。すぐにお嬢様には何か別のお飲み物を用意させます。そうですね――、南国の果実でも絞らせましょうか」

「あの、お構いなく」

 エウリーケは腰を浮かせかけたマイヤを押しとどめた。

 この応接室への案内と、そして紅茶を淹れてくれた職員の女性はとても丁寧で親切だった。それはエウリーケには過分な対応で、彼女がこの程度のことで後から叱責を受けるのは忍びない。

「私がお願いしたのです。クロトは紅茶が好きですよ」

「そう、なのですか?」

 マイヤは腰を戻したが、疑問が残る表情を浮かべた。

「ええ、パーン司祭様がオルフェや私によく淹れて下さるので。大人の真似をしたがる年頃ですから。クロトも飲みたがるようになって。それで」

「ああ、なるほど。確かにパーン司祭様からは、紅茶のご注文を頂きますね」

「ただ、今日は朝早くに村を発ったので、それで睡魔が勝ったみたい。これからの話はこの子には退屈ですから。なのでこのまま眠らせておいてやってください」

「そういうことでしたら」と、マイヤは納得の表情になって頷いた。

 パーン司祭の紅茶好きのおかげで説得力を得はしたが、以前にクロトが紅茶を飲みたがったの迄が本当で、思っていた味と違ったらしくビックリして泣き出したのが真実である。


「これを」

 エウリーケは本題に入るべく、用意しておいた紙を手渡した。補充する医療品のリストを記したものだ。

 マイヤはリストに目を通すと小さく頷いた。

「エウリーケ様は、いつまでこちらに?」

「明日の正午には発つつもりでいます」

「そうですか。でも、えっと、今朝にムーサイ村をということは……」

「三、四時間ほど前ですね。ダイタロスに着いたの」

「ですよね。なのに明日ですか。なんとまあ、いつものこととはいえ」

 マイヤはエウリーケの短い滞在に小さく苦笑した。

「すみません、急がせてしまって。間に合うようにご用意頂けませんか?」

「ええ、もちろんですとも」マイヤは微笑んで快諾した。

「問題ありません。ムーサイ村の診療所で必要となりそうなものは、常に準備しておりますから。すぐにでも全て揃えられますよ。それで、今夜はどちらにお泊りでしょう?」

「正門広場の噴水前の宿です」

「ああ、赤い屋根の。承知しました。では明日の正午前にそちらに届けさせますので、その際に検品と、問題がなければ受領書にサインをお願いしますね」

「はい、ありがとうございます」

 すぐに揃えられるのに納品を明日に回すのは、出立の直前まで荷物を増やさなようにする防犯対策で、マイヤの気遣いである。

「お代はいつものように統括司教様宛のご請求で構いませんか?」

「ええ、それでお願いします」

 エウリーケは頷いて応えた。


 来月はピンチかも――

 次の運営費の支給額から、容赦なく天引きされてしまう。今回は路銀が浮いたからと少し浮かれていたが、その気持ちが急速に萎えていく。エウリーケはマイヤに気取られぬようにそっと嘆息した。


 そしてこれで、エウリーケは役目をほぼ終えたことになる。たったこれだけでも、オルフェかエウリーケかがダイタロスまで出向かなければ、こうしてメリクリウ商会から直接仕入れることが出来ないのだから、随分と手間のかかる話であった。

 ただ、手間という面では、それはマイヤも同じであろう。彼女からすれば些細な額の話なのに、こうして商館長自らが出張らなくてはならないのだから。

 それでもエウリーケが受ける彼女の印象は、初めて会ったときからずっと変わらずに、気配りが細やかでとても感じの良いものだった。

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