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(四)ノ8

「エクニオス、すまなかったね。続きを頼むよ」

 オルフェは平静さを何とか保ちながら目の前の少年に、中断していた話の続きを促した。

 気付いたのだが、改めて見渡せば、診療所の前にはオルフェを中心にして、パーン司祭など十人近くもの輪となっている。

 その中にあって、最年少のエクニオスは「うん」と、強張った表情のままに応じた。


「ボクらはかくれんぼで遊んでいて、もっぱらクロトちゃんが隠れて、ボクが見つける役。それを何回も繰り返していたのだけど――」

 エクニオスが話を再開させると、傍らのエウリーケがそっと、オルフェに腕を絡めてきた。横目で様子を伺えば、彼女はその時の光景が思い浮かぶのか、沈痛な面持ちでエクニオスを見つめている。


「簡単に見つけられていたんだ。診療所の中で隠れられる所なんて限られてるから。でも、急にどうしても見つけられなくなって。エウリーケさんや、お婆にも一緒に探してもらったのだけど、それでもダメで……。もしかしたらボクが、あまりにもすぐ見つけてしまうからクロトちゃん、意地になって診療所の外に出て隠れたのかもしれないと。だから建物周りを探し回って、教会まで足を延ばして司祭様を尋ねました」

 エクニオスが話を区切り、パーン司祭へと目を向けたので、オルフェもその視線を追った。

 パーン司祭は「ええ」と応え、エクニオスから話を引き継いだ。


「ただその時の私は、大事とは捉えませんでした。すぐに見つかるだろうと高を括ったのです。なので、ニクスに一緒に周辺を見て回るよう言いつけて、人任せにしてしまいました。本当に浅はかです。しばらくして、今度はテュケさんに伴われてエウリーケさんが……。それでまだ見つかっていなかったのかと、愕然としました」

 パーン司祭は彫りの深い顔を歪め、首を横に振りながら後悔を滲ませる。

「あの時点で、私がしっかり対応していれば……」

「いえ、司祭様。そもそもボクが、クロトちゃんを見失った所為で――」

「エクニオス」

 オルフェは遮る為に鋭く言った。パーン司祭はもちろん、エクニオスも自責する必要などどこにもない。

 オルフェは、小柄な少年を正面に見据え、「エクニオス」と今度は柔らかく問いかけた。

「クロトがいなくなってどのくらいになる?」

「え? あ、えっと、ボクが見つけられなくなってからだと――。もう四時間は経ってると、思う」

「四時間……」

 オルフェは呟いた。そんなにも前であるのなら、もし何処かに隠れているうちに眠ってしまったのだとしても、もうとっくに目を覚まして出てきていていないとおかしい。


 やはりそうなのだろうと、オルフェは思った。もちろん、事故や事件に巻き込まれた可能性がないわけではない。

 ただそれでも村中の騒ぎとなり、これだけ探しても見つからないのであれば、クロトはもう村にはいないと、そう考えるべきだ。

 ニンフの森に。オルフェは最初に感じた通りだったと、改めて確信した。

 そしてカロンに託したとはいえ、自分にはもう、娘の無事を信じてただ待つことしか出来ないのだろうか――。そんな思いが頭を擡げてくる。


「先生、あのよ」

 オルフェが思案していると、ヘファイトが、毛むくじゃらの髭面に神妙な表情を浮かべ、頭を下げてきた。

「なんて詫びればいいのか、その……」

 オルフェはとんでもない、と首を横に振った。

「エクニオスは遊んでくれていただけじゃあないか。なにも悪くはないよ」

「で、でもよ、クロトによ、万が一があれば、オレは――」

「滅多なことを口にするでない!」

 横からグライア婆が、ぴしゃりと叱りつけてきた。

 ヘファイトは眉間に皺を寄せ、「婆さん、でもよお」と情けない声を上げた。肩をすぼめて大きな図体を縮めようとする。


「大丈夫だよ」オルフェは、自身にも聞かせるようにして言った。

「エクニオス、いつも遊んでくれてありがとう。本当に感謝している。クロトは、あの子は――、きっと無事。そのはずだ。だからこれからも、あの子の友達でいてくれるかい? クロトもね、キミと遊ぶのをとても楽しみにしているんだ」

「先生……」

 エクニオスは表情を歪ませた。頬が紅潮し、長めの前髪に目が影となった。強く握った拳は小刻みに震えている。

 泣くものかと懸命に堪えていた。オルフェやエウリーケを思い、ここで自分が泣き出すのは違うと、そう分かっているのだ。

 まだ子供とはいえ、やはり男である。オルフェは赤子の頃から知るこの心優しい少年が、自分が思っていたよりもずっと頼もしくなっていたのだと、いつの間にかの成長を感じた。


「それにしてもクロトちゃん、一体どこに……」

 テュケがオルフェの横で爪を噛みながら呟いた。ただグライア婆の方は、オルフェの様子に何かを感じ取っていたようだ。

「先生、もしかして、なにか心当たりがあるのではないか?」

「そうだね、うん」オルフェは老婆に応えた。

「本当に?」

 テュケが見上げてきて、オルフェは妹に頷いて返す。そしてこの場にいる全員に伝えようと、一人一人に視線を送った。


「森に。クロトは、ニンフの森に入ったのだと思う」

「も……り、に?」

 エウリーケが傍らで声を震わせた。オルフェは彼女の細めた目を見つめた。

「エウパボとイーオおばさんに話を聞いて、すぐにそう思ったんだ。実はもう、カロンが森に探しに入ってくれている」

 エウリーケもどうやら、森という可能性は頭にあったようだ。今朝にこの件で、クロトとやり合ったのだから当然だろう。

 しかし同時に認めたくもなかった。だからエウリーケは「で、でも」と、打ち消す為の言葉を口にする。

「子供の足で森なんて……。それに村の人、誰もクロトを見ていないのよ」

「うん、でもあの子は頭の良い子だ。村の小道を使わなくても森には辿りつける。小さな子供が身を潜めながら、誰にも気付かれずに行くのは、そう難しくないはずだよ」

「いや、先生」すかさずニクスが異議の声を上げた。

「それって、クロトちゃんが自分から森に行ったってことっすか? 診療所ここから森って、結構な距離っすよ? そりゃあ、子供でも歩けなくはないだろうけど。でもやっぱり、あり得なくないっすか?」

「そうですよ。興味を惹かれてフラッと、という程度ではありません。クロトちゃんに相当な強い意思がないと――」

 パーン司祭がニクスに追従したことで、場の空気がオルフェの意見に懐疑的なものとなった。

 それは誰もが、クロトの無事を信じたいのが前提にあるからだ。子供が独りで森に入ったとなれば、最悪の事態を覚悟しなければならない。

 オルフェとて自らが口にしながらも、これが間違いであってくれればと願っている。今も物陰からひょっこり姿を見せるのではないかと、そんな淡い期待を捨てきれないでいるのだから。

 ただそんな中で、グライア婆ともう一人、これまで黙するだけだったハルモニアが少し違っていた。

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