消えた奉納品 3
「ってことでだ! ここにいるアキのおかげで、来月の奉納の儀もつつがなく執り行なわれることになったぜ!」
場所は変わって、女王の間。
居並ぶ重鎮の中で、女王であるデッドさんが声高らかに宣誓した。
ちなみに当然のごとく、説明の中にはいろいろと省かれていることがあったが、そこはご愛嬌だ。
重鎮エルフたちから、「「「おおっ!」」」と感嘆の声が上がった。
「ついでに森の恵みも、定期的に納入されることになった!」
間髪入れずに「「「うおおーっ!」」」と、先ほどよりも大きなどよめきが走る。
ブレないなぁ、エルフ。いいのか、エルフ。
「例の物と森の恵みについては、店のほうに使者を送るからよろしくな! ただ、肝心な対価だが――あたいらエルフは基本物々交換だから、それなりの価値のあるもんを渡すことになる。損をさせねぇことは冒険者であるあたいが保障する。そこは信用してくれていいぜ?」
「それはもちろんです」
すでに叔父と話し合って、了解も得ている。
デッドさんはあんなだが、冒険者としての目利きは確かということらしい。
「対価はそれでいいとして、あと問題は――今回の報酬だよなぁ。なんか望みはあるか、アキ?」
「報酬? 対価はあとで貰えるんでしょう?」
「馬っ鹿おめー、それは今後の話だろう? 今話してんのは、”今回の”報酬だ。こっちは依頼したんだぜ? わざわざ、こんなとこまで足運んだんだ。アキは冒険者じゃないにせよ、依頼として受けた以上、報酬を受け取るのは当然の権利で、依頼した以上こっちが報酬を払うのは義務だ。そこんとこ、はっきりさせとかねーとよ」
きっぱりと断言される。
依頼は依頼としてきちんと割り切っている辺り、やはりデッドさんは女王という立場以前に冒険者なのだろう。その矜持が窺える。
俺にしてみれば叔父の知人でもあるし、個人的に仲良くなったこともある。
別になあなあで済ましてもいいつもりだったのだが、どうやらそれも失礼に当たるらしい。
「なんでも――はさすがに約束できねーが、なんせ北エルフの危機を救うんだから、大抵のことはOKだぜ? ほれ、欲しい物ややってほしいことがあったら言ってみ?」
突然の事態に戸惑ったが、欲しい物といわれると、ひとつだけ思いつく物があった。
でも、貴重品だと知っているだけにいいものか、という考えはあったが――他にはなにも浮かばず、悩んだ末にダメ元で言ってみることにした。
「できるならでいいんですけど、それを……」
デッドさんの胸元を真っ直ぐに指差す。
「な……なあ~~~!?」
デッドさんが大仰そうに、両腕で薄い胸を隠した。
「大胆だな、アキ! あたいの身体を要求するとは――マニアックな! でも、やぶさかじゃねえぜ!?」
「きききき、きさま――!」
顔色を変えて俺に飛びかかろうとしたディラブローゼスさんが、周囲のエルフから羽交い絞めにされていた。
「ちょ、ち、違いますって! デッドさん、わかってて、わざとやってるでしょう!?」
「にゃははー! 残念、バレたか。本命は、こいつだろ?」
デッドさんは胸元から、例の『精霊の水鏡』を取り出した。
「エルフの秘宝ではあるけど、なんせ片割れをすでにセージにあげてっからな。あたいがこのまま持ってても、価値としちゃあ低いし……いいぜ、持ってけ!」
デッドさんがひょいと放り投げたのを、慌てて両手でキャッチする。
カルディナの街にデッドさんがやってきてから始まった今回の一連の騒動の中で、俺には気づいたことがある。それは、スマホについてだ。
本来は通信の届かない場所でも、通信できたこと――その現象が起こったのは、デッドさんがそばにいるときに限定されていた。
対となる精霊の水鏡は、おそらく叔父の家のどこかにある。
精霊の水鏡が声と姿を映し出すというなら、それは光と音を通すということ。
つまり、電波も通せると考えていいだろう。
神域の森から叔父の家まで届く電波が、今度は精霊の水鏡を中継することで、遠く離れたここまで届いている。
それはWi-Fiのアクセスポイントの役割を果たしているようなもので、スマホをセットで持ち歩いているだけで、どこでも通信できるということだ。
これからもこの異世界で暮らしていく上で、それは非常にありがたい。
「ありがとうございます!」
感謝のあまり、思わず声を上擦らせてしまうと、不意を突かれたのかデッドさんは、珍しく照れ笑いを浮かべていた。
こうして、俺の風変わりなエルフの郷への訪問は、幕を閉じることとなったのだった。