獣人の戦奴たち 3
そんな征司の様子に、ふたりは不思議そうに顔を見合わせた。
「いやあ~、だいたいそんなもんじゃね?」
「だよねー。あたいらもいつ死ぬかわからないんだから、生きているうちは楽しまないと! だいたい、眉根にしわ寄せてたって、強くなるわけじゃないしね~」
リムが征司の眉間を突いた。
征司とて、ふたりの言い分もわかる。
そして実際、それが正しいのだろう。
征司がここに顔を出すようになってまだ日は浅いが、それでも見かけなくなった顔があることを知っている。
怪我の治療で医療施設に収容されているならまだしも、任務で命を落とした者もいるはずだ。
「俺はどちらかというと、強くなるよりも子孫繁栄で頑張りたい」
「あっ、あたいもー!」
にしても軽い、軽いよ。勇猛果敢な戦闘時とのギャップが特にすさまじい。
征司は思わず眉間を押さえていた。
「リィズがあんなだから、きっと獣人は全員同じような感じだと思ってたのに……」
征司の呟きに、ふたりはなにやら気まずそうに息を潜めた。
「……なんだよ、その反応は? リィズがどうかしたのか?」
「う~ん。まあ、あの娘はちょっと特殊だからな~」
「ねえ?」
奥歯に物が挟まったような言い方に、征司は興味を引かれた。
事がリィズのことだけに、多少強引に問い詰めると、ふたりは渋りつつも観念して口を割った。
「その様子じゃあ、きっとセージは知らないんだろうけど、あの娘、『半端者』なんだよね」
「半端者?」
「セージから見て、あの娘とあたい――違いがあるのわかる?」
リムが自分の獣面を指差した。
征司はリィズを思い浮かべて、すぐに答えに行き着いた。
「……わかった? あの娘は人間と獣人の間に産まれた半獣人――『半端者』ってのは、昔からある差別用語なんだけどさ。つまりは、そーいうこと」
人間と獣人とのハーフ。
初めてここの獣人を見たときから、征司も疑問ではあった。
外見上、身体の造り以外は、ほぼ獣と区別の付かないここの獣人に対して、リィズは特徴的な尻尾と獣耳を除いたら、まず人間そのものだ。
身体の体毛も、見受けられる範囲では部分的に若干生えているだけで、全身を覆うような他の獣人たちとは比ぶべくもない。
種族的な特徴かと勝手に納得していたら、そういうことだったとは――ここに来て、征司は初めて真実を知ることになった。
他にも不思議に思うことはあった。
この村には専用の住居があり、獣人たち全員がそこに住んでいるにもかかわらず、なぜリィズのみが不便な離れた一軒家――手作りの掘っ立て小屋に住んでいたかなど。
「…………」
「待てよ、セージ。勘違いはするなよ?」
征司のまとう空気が変わったことを敏感に察知したのだろう。ラッシが焦った様子で両手を振った。
「確かにあの娘は半端者だが、それでここのやつらが差別してるわけじゃないぞ。閉鎖的だった部族の村にいた頃だったらともかく、今では俺ら戦奴の仲間だからな。むしろ、あの娘の強さは全員が認めてる」
「そうよね~。なんだかんだ言ってあの娘の実力、ここで5指に入るんじゃない? なのにあの娘、変な気を利かせてさ。勝手に村からひとり離れて住むようになっちゃったのよねー。きっと昔、なにか辛い思いをしたんだろうな~とは思うけど。わざわざ追及したりはしないしね」
結局、ふたりは揃って『あの娘は自分から壁を作っている』と評した。
それもまた征司が常日頃から感じていたことだった。
村に来てから知ったことだが、リィズは必要事項以外、誰にも話しかけず、誰にも話しかけられない。
黙々とひとり修練に勤しんでいる。
リィズは他者を頑なに拒絶している。
そして、それは一緒に暮らしている征司も例外ではなかった。
「先に謝っておく、すまない。答えにくいことかもしれないが、教えてくれ。ふたりにとって、今の奴隷の身分ってなんだ?」
「おおっと、いきなり畏まるからなんだと思ったぜ。こいつのことか?」
ラッシは獣毛に半ば埋もれた、首のチョーカーを抓み上げた。
「ん~、そうだなぁ。もともと俺らは故郷を魔族に追われた身だ。衣食住を提供してくれて、魔族に仇打つ手伝いまでしてくれるんだから、ラッキーかなーと。そんな感じじゃね?」
「そうそう。肉体労働とかの奴隷だったら勘弁だけど、戦奴だったら文句言う獣人はいないわよね~。ここって、借りを返す爪を研ぐには最高の環境じゃない? そもそもこれ、ただのチョーカーだから。簡単に外して逃げようと思えば逃げられるし。たぶん、逃げ出すような腑抜けは居ないけど」
ごく当たり前とばかりに、ふたりは言ってのけた。
少なくともここで暮らす獣人にとって、奴隷であることは――戦奴は苦痛ではないらしい。
リィズもまた出会った当初から、戦奴だからと卑屈にしている素振りもなかった。
おそらく、思いは同じなのだろう。
問題はやはり、『半端者』であること。
しかし、それはふたりの話からも、現在進行系で実害を被っているものではないらしい。
ならば、過去のトラウマかコンプレックスか。
どちらにせよ、リィズの心の中の問題というわけだ。
壁があるのなら、取り除いてやりたい。
(なんとかしてやりたい。だけど、どーしたもんかなあ……)
征司はごろんと仰向けになった。
「どうした、セージ? 難しい顔をしているな?」
視界いっぱいに、銀毛の虎顔が映る。
「……なんだ、虎のおっさんか」
グリズだった。
グリズが征司の真上にしゃがみ込み、しげしげと覗き込んでいる。
ちなみにサボり魔ふたりは、獣の危機察知能力か、すでに姿を消していた。
なんとも素早い。
「悩みがあるなら、身体を動かせ。脳みそに血が回らない状態では、いい考えなぞ、浮かぶもんも浮かばんぞ。どうだ、一丁?」
グリズが握り拳を突き出した。
「ははっ、なんとも脳筋な考え方だな。だが、同意するぜ!」
征司は上体のばねを使って跳ね起きた。