あらためて、妹 2
理不尽さに耐えたことが功を奏したというのか、家に着く頃には春香は落ち着きを取り戻し、ついでに鬱憤も晴れたようで、だいぶん普段の調子が戻ってきていた。
少なくとも、蹴られ損にはならなかったらしい。
家に戻ると、叔父一家が勢揃いして待ってくれていた。
「今回は妹のことでご迷惑をおかけしました」
まずは最初に俺から頭を下げた。
「あの、にいちゃん――じゃなかった、秋人の妹で、白木春香です! ほうぼう手を尽くして捜してもらったみたいで、ありがとうございました! あと、兄がお世話になってます!」
傍目にもわかる緊張っぷりで、春香も深々と頭を垂れる。
「あー、固い固い。身内なんだから気にすんな、ふたりとも! はっはっはっ!」
叔父がからかうように言ってくれたのが、ありがたかった。
「こっちが俺たちの叔父さん。15年前の――春香はまだちっちゃかったから覚えてないだろうけど、会ったことがあるはずだよ」
「おう、叔父の征司だ。昨日は気づいてやれずにすまなかったな、春香」
一瞬、春香にはなんのことかわからなかったようで、叔父の顔を食い入るように注視して数秒――
「……あ! 昨日の素敵なおじさま」
なにを思い出したのか、ほんのり頬を赤らめていた。
「ん?」
「いえ、なんでもないです、なんでも! 昨日は助かりました。正直もうダメかと……。叔父さんはここで勇者をされているんですよね? でも魔王? もされているとか?」
「秋人、そういう説明の仕方はやめれ」
叔父に小突かれた。
「こちらが叔父さんの奥さんで、俺たちの叔母になるリィズさん。叔母って感じはまったくしないけどね、頼りになるお姉さんみたいな」
「まあ、アキトさんたら。セージ様の妻でリィズです。アキトさんからお噂はかねがね。今回は災難でしたね」
「わあ、きれいな人……」
「ありがとうございます、ハルカさん」
リィズさんの長い尻尾が揺れていた。
尻尾や獣耳の存在にすぐに春香も気づいたようだが、異世界の獣人に対して、別段偏見らしきものは見受けられなかった。
実はそこを多少なりとも心配していたのだが、杞憂だったようだ。
「しかも、リィズさんは家事万能の匠だよ」
「えー! それ、ずるくない!?」
俺に言われても。
「見た目きれいでプロポーションも抜群で、家事万能とか! あ、かわいいピンク色の髪もすごいさらさら~。どんなコンディショナー使ってます? 触ってみてもいいですか? できれば尻尾と耳も触ってみたいんですけど」
矢継ぎ早な攻勢に、リィズさんがたじたじになっていた。
それはいきなりポジティブすぎないか、妹よ。
つい先ほどまで服の裾を握り締めてぐずって泣いていた姿が嘘のよう。
それだけ、安心できた証明なのかもしれないが。
「最後に、ふたりの愛娘で、従姉妹になるリオちゃんだけど……あ~、まだダメそうかな?」
リオちゃんは叔父の後ろに隠れてしまっている。春香を連れ帰った当初からずっとこの調子で、叔父の太腿の隙間から、眉毛をハの字にした不安そうな顔を覗かせている。
「にいちゃん、どうしよ。わたし、ものすごく人見知りされてるっぽいけど」
「うん、見ててわかる」
不毛な会話だった。
「ごめんなさいね、ハルカさん。リオの周囲で、これまで若い女の子って初めてなものですから」
リィズさんも困り顔だ。
「お姉ちゃんは『春香』って言うの。このお兄ちゃんの妹だよー。怖くないよー?」
春香が叔父の後ろに回り込むと、その分リオちゃんも半回転した。
「ねーねー。お母さんとおんなじピンクの髪の毛だねー。かわいいねー」
さらに春香が回り込む。リオちゃんも即座に回転する。
自分を中心にぐるぐる回られている叔父も珍しく困り顔だ。
「リオちゃんって言うんだよねー? あ、もしかして、にいちゃんの電話に出た子なのかなー?」
「……でんわ?」
春香の粘り勝ちか、その単語がリオちゃんの興味を引いたようだった。
「そうそう、電話。『もしもしー』ってやつ。前にちょっとだけだけど、電話でお話したことあるでしょ? わたしの声、覚えてないかなー?」
春香が通話するジェスチャーを取る。
「あ! ききいっぱつのひとだ!」
「え、うん? そ、そうだよー……たぶん」
リオちゃんがどう消化したのかわからないが納得したようで、おずおずと出てきた。
春香はしゃがみ込み、リオちゃんと目線の高さを合わせた。
「にーたんのいもうとなら、りおのいもうと?」
「いやぁ、さすがにそれは違うかなー。にいちゃんが『にーたん』なら、わたしはリオちゃんの『お姉ちゃん』になるのかな?」
「じゃあ、ねーたん?」
「そそ、ねーたん」
「ねーたん!」
リオちゃんが春香の首筋に抱きついてきた。
ふらつきながらも春香は抱き留めて、その髪に顔を埋めている。
「う~ん。もふもふのもこもこ。幸せ~。かわいいー。お持ち帰りしたい」
至福の表情。
あれか、妹は髪フェチでもあるのだろうか。
即座に打ち解けてしまった春香は、どや顔でピースサインを送ってきた。
なんにせよ、ほんわかとした風景だった。