魔族、襲来 3
はじめての実戦、しかも乱戦の最中で、俺たちふたりがいまだ命永らえていられたのは、周囲の警備兵の奮戦に他ならない。
すでに魔法具の尽きた警備兵の面々に守られつつ、俺とデジーが中央で魔法石を振るい迎撃するという構図が自然と出来上がっていた。
デジーは街でも有名人で、さすが幼くして魔法具技師の免許を持つだけあって、複数の魔法石を効率的に用い、順調に敵の数を減らしている。
俺もまた、覚えたばかりの炎弾を駆使して、どうにかデジーに付いていっているといった感じだ。
デジーの魔法石は、一撃の威力が強力なだけに使用回数が少ない。
ちらりと横目で確認すると、魔法石はわずかな魔力の光を残すばかりだった。
すでにいくつもの手持ちの魔法石を消費してしまっているだろう。
俺のほうはいつもの炎の魔法石ひとつだけだが、もとが勇者の持ち物でデジーが絶賛していただけはある。使う先から魔力を回復しているようで、炎を3回放つうちに1回分は補充できてしまっている。
こうして持ち堪えられているのもそのおかげだ。それでも限界はある。
そしてついに、魔法石の限界の前に門の限界が訪れた。
鉄の閂は無残にひしゃげて、その役目を終える。
鈍い音を立てて門戸が開け放たれ、先ほどまでとは比べようもない数の魔獣が、我先にと押し入ってきた。
「――デジー!?」
小さな影が脇をすり抜ける。
デジーは警備兵の防御陣の外へ抜け出すと、皆の制止も振り切りって開け放たれた門の前に単独で踊り出た。
両手にそれぞれ異なる光を湛えた魔法石を握り締め、
「並列魔法――薙ぎ払え、氷槍風雨!!」
いくつもの巨大な氷の槍がデジーの背後に出現するや否や、突風による追い風でブーストをかけて加速し、開いたばかりの門へと殺到した。
門を潜ろうとしていた多くの魔獣が槍に貫かれて絶命する。
さらに続け様に吹き荒れた暴風が、正門前広場に入り込んだ魔獣を群れごと門外へ吹き飛ばした。
「い、今のうちに……門を閉めて!」
門の近くにいた警備兵が即座に応え、今度は人間側が内側から門に取りつく。
今までとは桁違いのあまりの威力に唖然としていて、膝から崩れ落ちようとするデジーに気づくのが遅れた。
すんでのところで抱きとめると、デジーは息も絶え絶えになっていた。
「デジー!? しっかりしろ!」
「大丈夫。並列魔法を使って……脳がオーバーフローしただけだから、少し休めば……」
「へ、並列魔法?」
「同時にふたつの魔法具を使うこと……人間の脳は複数の物事を同時に考えられないから……ふたつの魔法を一緒くたにイメージするとこうなる……けど、絶大な効果が……」
「いや、いいから! こんな状況で解説いいから! 聞いた俺が悪かった、ほんとごめん!」
デジーはこんな状況でもデジーだった。
いかにも魔法具の講釈好きの彼女らしいというか。
「門、は……?」
促されて、正門前を見やる。
10人近い警備兵たちが門に殺到するも、閉門には手こずっているようだった。
原因はあれだ。両開きの門扉の隙間から、毛むくじゃらの手が覗いている。
あのデジーの魔法にも耐え切った個体がいるらしく、閉門を邪魔していた。
「……アキト、行っ……」
「了解!」
言葉半ばに気を失ったデジーを横たえて、俺もまた正門へと走った。
「くそっ! レッドグリズリーまで! こいつさえどうにかできれば……!」
憎々しげな警備兵の声が上がっている。
警備兵たちが必死の形相で剣を振り、槍で突きかかっているが、その強靭な体躯と鋼のような体毛の前に、ろくに手傷を与えられないでいた。
レッドグリズリーといえば、以前に叔父が狩ってきていた獲物と同種だ。
一般人が相手にすると、こうも厄介な魔獣なのかと舌を巻く。
「炎よ、撃ち抜け!」
撃ち出した炎弾が、レッドグリズリーの鼻っ面を直撃した。
それでも魔獣は怯まない。魔法に対する抵抗力も並じゃないらしい。
(叔父さんは、こんなのどう相手したってんだよ!?)
八つ当たり気味に吐き捨てながら、なおも炎弾を見舞う。
二撃、三撃、四撃の連弾。全弾が命中するも、結果は変わらない。
こうしている間にも、レッドグリズリーの背後から、他の魔獣たちまで再び集まってきている。
(ダメだ、これじゃあ、威力が足りない!)
もっと炎を強くしないと!
焦る中でも、必死に考えを巡らせる。
デジーは言った、魔法は”イメージ”だと。
火勢を上げるには、広範囲に燃え広がらせても意味がない。
強い炎。炎を集約する。炎の圧縮。炎弾よりも高密度に。
思い浮かんだのは、バナーのような青い炎。鉄さえ焼き切る、一点に凝縮された青い炎の刃。
「炎よ! 刺し貫く剣となれ!」
手刀のように構えた右手の先から、青白い高熱の炎が噴き出す。
炎は拡散することなく、先端の一点に向かって絶え間なく炎を噴き上がる蒼い刺突剣と化していた。
「うあああああ――!」
レイピアを突き出して突貫する。
下から突き上げた炎の切っ先は、門扉の隙間から見えていたレッドグリズリーの眉間に、ほとんどなんの抵抗もなく吸い込まれた。
断末魔すらなく、魔獣の巨体が仰向けに倒れる。後ろに詰めていた他の魔獣も巻き込まれ、わずかに閉門を阻む障害が途切れた。
「――よくやった、坊主! 野郎ども今だ、押せー!!」
「「「うおおおおつ!!!!」」」
警備兵たちの咄嗟の連携により門は閉じられて、そこいらに転がっていた折れた槍を束ねて応急の閂とする。
ようやく閉門に成功し、周囲からは歓喜の声が巻き上がった。
俺も一気に脱力して、その場にへたりこんでしまう。
意識を取り戻したデジーが、横たわったままこちらに顔だけ向けて親指を立てていた。
同じように親指を立て、苦笑で返す。
束の間の安息だった。
しかし、これが一時凌ぎに過ぎないことは、その場の誰もがわかっていた。