魔族、襲来 2
「アキトにひとつだけ言っておくことがある」
デジーがそんなことを言い出したのは、人の流れに逆らって正門に向かっているときだった。
逃げる人とすれ違うこともだいぶ少なくなり、出会い頭でぶつかりそうになるたびに足を緩めることもなくなってきた。
代わりに敵の尖兵――魔獣の姿も、ちらほらと見受けられるようになった。
そのたびに、魔法具で迎撃はできている。あくまで今のところは、だけど。
本格的な戦闘も近い。そんなタイミングでデジーが言ってきたものだから、俺は固唾を飲んで話の続きを待った。
「以前に見せてもらった、魔法具を使うときの変なポーズと呪文のことだけど」
緊張していただけに、ずっこけそうになる。
「なに!? なんで今、この状況で掘り返すの!?」
現状を忘れて赤面してしまう。
からかわれているのかとも思ったが、状況が状況だけにさすがにそれはないと信じたい。
もしや緊張を解そうとして……などと深読みするまでもなく、当のデジーは至極真面目な表情だった。
「違う。あのときは必要ないと言ったけど、あれはあれで間違ってない、ということを伝えておきたかった」
「? どゆこと?」
「魔法はもともと無形でただの現象。だから術者が現実に及ぼす効果を想定し、魔力を媒介に解き放つことで具現化する。魔法具の場合は、魔法の系統と魔力量に制限はあるけれど、本質としては魔法と同じ。使用者がイメージした明確さの度合いによって変化する。アキトの魔法石は、”炎”を連想することで発動する。そして、わたしのは――」
デジーは足を止めて、路地脇の木陰に杖を向けた。
「氷の刃よ!」
刃を模した氷の塊が発現し、木陰に身を潜めていた小型の魔獣を切り裂いた。
「イメージは言葉にしたほうが実感しやすい。逆にイメージができてないと、発動に失敗することもある」
ということは……あの叔父から教わった変なポーズにも、意味があったということになる。
魔法に慣れていない俺が魔法を使えるよう、炎とその効果を想像しやすい言葉を連呼し、恥ずかしいポーズで強烈な印象を本人に植えつけ、今後のイメージがしやすいように――って、本当か? 叔父の性格だけに、なにかものすごく疑わしい気がしないでもない。
でも言われてみれば、声にしないで魔法具を使うときにも、あのときの一連の動作が頭を過ぎる。まあ、それで毎回恥ずかしくなるわけだが。
「今のも、わたしが『氷の刃』と言わず、『氷よ』と言って魔法具を発動すると、殺傷力の弱い氷の塊が飛んでいくことになる」
「だったら、もし……いや、仮にだよ? 俺も前みたいにやったほうが、威力も上がったりするわけ?」
「照れなくできれば、その可能性はある。でも、戦闘中にはお勧めはしない。咄嗟の状況で、あんな時間をかけるのは非常識」
ですよねー。
「ただ、アキトだけが理解できる短い言葉やポーズで、威力を上げるのは理論的に可能。特に簡単なのは、効果に指向性を持たせること。アキトの炎の壁は、広範囲に広がって相手を防いだり追い払うには向いてるけど、攻撃するのには不向き。……また来た!」
デジーの警告に、ふたり同時に足を止めて前方に目を凝らす。
1、2、3――5匹の魔獣の集団だ。四足歩行の獣型以外にも、二足歩行の大型種も見受けられる。
「水の流れよ、河となれ!」
デジーが胸元の魔法石を掲げると同時に、生み出された水流が地面を伝い、魔獣たちの足元を濡らした。
「凍てつき、縛め!」
次いで発動した氷の魔法石で、水が地面ごと瞬く間に凍りつき、魔獣たちをその場に縫いつける。
「アキト、今!」
「了解! 炎よ、撃ち抜け!」
俺は突き出した人差し指を、魔獣たちに向けて叫んだ。
思い浮かべたイメージは、そのまま指を銃口、銃弾を炎で見立てたピストル。
拡散するはずの炎が凝縮して弾となり、魔獣の群れのことごとくを貫いて燃やした。
「ふい~、ぶっつけで上手くいった」
「ないす。アキトはセンスある」
デジーが親指を立てる。
だけど、これはまだまだ前哨戦。焦げ臭く燻る魔獣たちの亡骸を素通りして、さらに先へと向かう。
いつぞやのリオちゃんと訪れた広場を横切ると、目的地の正門はすぐそこだ。
すでに激しい剣戟の音や、魔獣の雄叫びが聞こえてきている。
「こ、これは……ちょっとどころか、かなりまずいんじゃあ……?」
俺たちを出迎えた光景は、楽観視できるものではなかった。
正門を死守する警備兵の劣勢は傍目にも明らかで、門戸こそまだ破られていないが、いつそうなってもおかしくないほど鉄の閂は軋みを上げている。
門を必死に押さえる兵士、壁を乗り越えてきた魔獣を駆逐しようとする兵士に、逃げ遅れた住民を庇う兵士。
武具や爪牙の打ち鳴らす音、魔法具の炸裂音、人の悲鳴と怒号、魔獣の唸り声に嘶き声――様々なものが入り乱れて混濁としている。
普段は行き交う人々で活気に沸く平和な正門前広場が、今まさに戦場となっていた。
血や屍肉の臭気と怨念じみた昏い熱気に支配された惨状を前に、喉が水分を求めてぐびりと鳴る。
しかし、事ここに至りて怯んでいる暇もない。俺とデジーは顔を見合わせて頷き、意を決して参戦した。