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異世界の叔父のところに就職します  作者: まはぷる
第二章
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妹、来たる

 夕刻。わたしはスマホを片手に田舎道をひたすら歩く。

 夕日が照り返る水田の畦道を、手元のスマホの画面に目を落としながら、おっかなびっくりに進んでいく。


 舗装など望むべくもない荒れた道は、雑草も伸び放題で、歩きにくいことこの上ない。

 踏み潰した草の汁が、御ろしたての靴を汚していくのが腹立たしい。


 両脇の用水路に足でも滑らせては洒落にもならないので、なるべく畦道の中央を歩くことにする。

 すでに日も暮れかけて足元の影も長い。もうすぐ日も暮れるだろう。

 目的地への到着を焦るが、土地勘のない不慣れな道では、頼れるのはスマホのマップとGPSナビのみだった。


 実家も田舎には違いないが、国道も走っていれば繁華街もある。コンビニだって普通にある。

 そもそも山奥の秘境でもあるまいし、コンビニが徒歩1時間圏内にない土地が日本にあるということを初めて知った。


 スマホのバッテリーも心許ない。こんなことなら充電してくればよかったと後悔するのも後の祭り。

 今、バッテリーが切れでもしたら、行き倒れる自信がある。


 記憶にないほど幼い頃、一家でここまで来ていたそうだが、とてもじゃないが疑わしい。

 ナビがまた変な道を選んだのではとも思ったが、見渡す限りの田園で道など今歩いているもの以外には見当たらない。


 高校卒業で引退したが、元陸上長距離走選手だけあって、体力的には問題ない。が、夕闇間近、街灯もない見知らぬ土地を邁進できるほどの豪胆さはない。


 それもこれも、悪いのは――


「にいちゃんだ!」


 憤慨して夕日に吠える。


 電話もメッセージにも反応なし。

 無視されて頭にきて、意地になって遠路遥々3時間もかけてやってきたこちらも悪い気はするが、可愛い妹を蔑ろにする兄のほうがもっと悪い。


 わたしは、白木春香(しらき はるか)。18歳、地元の女子短大1年生。

 薄情な兄は3つ年上の大学生、名前は白木秋人。目下の索敵目標だ。


 向かうは祖父母宅。

 今では実家で両親ともども一緒に暮らしている祖父母の家らしい。


 もう1ヵ月ほど以前になる。

 上京して久しい兄が、祖父母宅の整理をしにここを訪れたはずだが、なぜかそのまま居ついてしまった。


 本来兄は、祖父母宅のあと、帰省する手はずとなっていた。

 少なくとも、直前まではそうだったはずだ。


 しかし、蓋を開けてみると、「ここが気に入ったからしばらく暮らしてみる」なんて意味不明の一言で、帰ってきやしない。


 よほど、いいところなのかとも思ったが、今まさに実体験中の身であると、とてもそうとは思えない。

 自然はある。認めよう。ってか、自然しかない。

 田舎暮らしにでも憧れているのか。第一、それではそもそも上京などしないだろう。


 連絡だけは取れていたので問題こそなかったが、いい加減、痺れを切らしたのは両親だった。

 父は偏屈者で、早く帰ってきてほしいなら自分で連絡を取ればいいものを、奇妙な男親のプライドでも邪魔するのか、母に対して伝えるように言う。


 母は母で、わたしに対して連絡を取るようにお願いしてくる。

 これはまあ、成人した息子が女親にあれこれ指図されるのは嫌がるだろうと慮ってのことらしいから、良しとしよう。


 とにかく、結果的には家族内での伝言ゲームの始まりである。

 父ー母ー妹ー兄、の見事な連鎖。

 間に挟まれる立場としては、煩わしいばかり。


 1ヵ月経過目前になり、親の問い詰めに辟易しながらも兄に再三の連絡を試みたら、あの始末だ。

 どんな温和な淑女であっても、憤るのも仕方のないことだろう。


 なんと文句を言ってやろう、いや文句だけでは手ぬるい。

 可愛い妹が心行くまで全オゴリの接待くらいは、当然の対価だろう。


 「ふ、ふ、ふ」と我ながら邪悪な笑みを浮かべて妄想していると、スマホのナビの音声ガイドが目的地到着を告げてきた。


 どうにか日暮れ前には着いた。

 平屋の表札には『白木』の文字。近所には他に建物もないので間違いない。

 祖父母から聞いていた通りの佇まいだ。


 玄関の引き戸を開けようとして、硬い手応えで施錠に気づいた。

 室内の電灯も点いてない。


 途端に一気に血の気が引く。

 兄が外出中なのは想定外だった。

 こんな場所で、いつ帰るかわからない兄を待つ勇気も、今さら来た道を戻る勇気もない。


 家の周囲を巡り、窓でも戸でも開いてるところがないかを探す。が、無情にも勝手口も裏口も閉まっている。


「にいちゃんめ~!」


 恨み言がついつい声に出る。

 これは全オゴリ1回くらいでは割に合わない。


 その思いが通じたのかはわからないが、突然、玄関のほうから音がした。


 慌てて表まで戻ると、玄関から飛び出してくる人影が見えた。

 一瞬だが、兄の姿に間違いなかった。

 実物を見るのは3年ぶりだが、大して変わりないようだ。


 よかった、元気そう――じゃなくって!


 そんな健気な妹に気づきもせず、兄は一目散にわたしが来た道を逆走しはじめた。

 運動は苦手なほうだった兄だが、瞬く間に遠ざかってゆく。


(で、電話しなきゃ!)


 ロックを解除し、電話をかけるが呼び出し音ばかりで反応がない。

 視界にいるはずの兄のほうから着信音が聞こえないことから、兄がスマホを携帯していないことに思い至るが、時すでに遅し。兄の背中はすでに夕闇の彼方。


「ああああ……そんなぁ~」


 素直に声を上げて呼び止めておけばよかったが、気恥ずかしさに躊躇してしまった。

 咄嗟の「にいちゃん!」の一言が出なかった。これが何年も直に声を交わしていない兄妹の弊害か。


 ただ幸いなことに、玄関の鍵が開けっぱなしだった。

 理由は知らないが、よほど慌てていたのだろう。


 なんにせよ、これで助かったのは事実だ。

 鍵も掛けずの外出となると、すぐに戻ってくるに違いない。


「……お邪魔しま~す」


 薄暗い日本家屋は不気味なだけに、気を紛らわせるため、あえて声を出して家に上がった。

 誰も来やしないだろうが、玄関を開けっ放しにしておくのは不安なので、念のために鍵は閉めておく。


 幼い頃に何度か来ていると聞かされてはいるが、やはり記憶にない。


 そういえば、昔、叔父に当たる人が神隠しにあったと聞いたことを思い出した。

 ぷるっと背筋が凍える。


 即座に電気を点けて、人心地つく。

 普段意識しない明かりがこんなにも心強い。びば、文明の利器!


 次いで、電源アダプタと充電コードを取り出し、スマホの充電も開始。

 ようやく周囲を見渡す余裕ができた。


 意外に室内は閑散としており、兄が1ヵ月近くも暮らしていたにしては生活感がない。

 台所のシンクもきれいなままだ。空のカップ麺が散乱しているくらい想像していたのに。


 室内にいながら、ふと風を感じた。

 それどころか、屋外の冷気や虫の声も。

 

(窓でも開いているのかな?)


 気になって出所を探ると、そこはとある部屋の押入れの前だった。

 襖は開いているが、その先が真っ暗闇だ。


 不思議に思って、手を伸ばす。


 そして、暗転――


「は……え?」


 なにが起こったのかも理解できぬまま、わたしは押入れの向こう側へと呑み込まれた。


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