時すでに遅し
図書館を後にして、俺はスマホ片手に店への帰路に着いていた。
(う~ん、やっぱり厄介なのとしては、やっぱ5と6かな)
読み返しているのは、先ほど調べたたまごろーの中身の正体について、独自にまとめてみたものだ。
5の竜人に、6の地人。
できることなら、極力、揉め事を避けたい相手だ。
追加で調べたことだが、竜人は身長3メートルほどもある人型の竜の一族で、『人』という名が付いているものの、一般的な人間とは隔絶しているらしい。
カテゴリとしては完全に竜で、その強靭さは一般の竜型にも劣らないそうだ。
あの過去に出会った地竜の猛威が思い起こされ、背筋が我知らず震える。
あれと同等だなんて、とんでもない。
しかも竜人は高度な知能で人語を解し、人間と同等以上に武器や道具も扱うことができるとか。
場合によっては、地竜以上の脅威と思えなくもない。
ただ、かなりの理性派で、無意味に情に駆られて行動することはないそうだから、地竜のときのような問答無用の殺戮劇とはならないだろう。
だからこそと言うべきか、心配なのは1点だけ――相手に正義がある場合だ。
もし、卵が盗まれたと思われており、それを盗人から取り返すという大儀があれば……どうなるだろう。
理性があり、道徳がある分、容赦もないような気がする。
次は地人。
こちらも調べてみると、エルフと並ぶファンタジーの定番、なんとあのドワーフということだった。
この異世界で、是非にも会ってみたいと思っていたランキング上位に位置する種族だ。
豪気にして陽気、繊細にして気難しいという相反する性質が内包した不思議な種族。
ここでは妖精と人間の中間、妖精の亜種という扱いらしい。
このファンタジー住人と邂逅できる日を心待ちにしていた。
来たるべき日に備えて、以前から密かにとっておきを用意していたほどだ。
ただ、それはあくまで友好的な出会いであって、敵対するようなかたちではない。
聞くところによると、気に入らないことに対して、とことんまで頑なな性格は、この異世界でも健在らしい。
仮に盗っ人として認識でもされた日には、その金槌を振るう豪腕で、ぺっしゃんこにされかねないだろう。
(ま、そうそう2種族が押しかけてくるってこともないだろうけど)
そもそも、たまごろーが5や6に当てはまると決まったわけではない。
俺の読みでは、7の真似物という異世界の珍妙生物辺りではないかと思っている。
3の神獣なんてものだったら、ラッキーすぎる。それほど幸運には恵まれていないだろう。
ただし、低確率とはいえ、5や6の可能性も0ではない。
万一に備え、対策を練っておくくらいの用心は必要かもしれない。
(叔父さんは、今日は留守で、明日には帰ってくるって言ってたっけ。念のために相談しておくかな)
もう一度だけ調べた結果を見直してから、スマホをポケットにしまう。
調べ物に結構な時間を費やしてしまったため、既に空はほんのり赤みを帯びてきていた。
店番をフェブに任せっきりで、少々酷なことをしてしまったかもしれない。
いかにしっかりしているとはいえ、フェブはまだ13歳の子供だけに、先日のような失敗もある。
本人は気取られないようにしているつもりでも、ずっと気に病んでいたことを知っている。
(また気分転換に、街のどこかを案内でもしようかな)
前回のように行き当りばったりではなく、今度こそデートよろしく街の有名スポットを事前に調査しておく必要があるだろうが。
いっそ今後のために、スマホで独自の観光マップを作ってもいいかもしれない。春香辺りなら、大はしゃぎしそうだ。
俺はひとり笑いしながら、店へと急ぐのだった。
◇◇◇
店に戻った俺を出迎えたのは、どういうわけかフェブの頭頂部だった。
そうしてこんな状態になっているのか、ほとほと想像がつかなかったが……フェブは床に両手両膝を着き、深々と――それこそ床に額が触れんばかりに頭を下げている。
つまりは、DOGEZAだ。
以前に雑談の流れの中で、土下座のことをフェブに教えたことはある。
だから、その意味もフェブは正しく理解しているはずで。
少なくとも、伯爵家の次期領主たる御曹司が安易にとるべき手段ではない。
「フェブ、どうし――」
「申し訳ありませんでした!」
ごんっ、と鈍い音がしたのは、フェブの額が床と激突した音だ。
フェブは、痛みかはたまた心情からか、ぷるぷると小刻みに震えていた。
「とにかく、事情を聞かせてくれないかな? ほら、今、あったかい珈琲ミルクを淹れるから」
フェブは涙目だった。
というか、既に泣いた後だろう。目元が少し腫れている。
明らかな異常事態に、俺は店の札を準備中に替えて、ふたり分の珈琲を用意して来客用の丸テーブルに着いた。
フェブが自然に落ち着くまで、無言で珈琲を啜りながら、ただ待つことにした。
もしかしなくても、頭の痛い話になると覚悟しながら。
「実は……」
そう切り出されたフェブの話は、ちょっと頭が痛いどころの内容ではなかった。