ある場所、さる場所にて
太陽光も差し込まぬ暗い地の底。
天然の岩盤の亀裂により生じた洞窟は、深度にして地下数100メートル、幅としては網目状に数キロという広範囲にまで達していた。
そこには、気の遠くなるほど遥か昔に移り住み、今もなお住処としているとある種族がいた。
身長は人間の2/3ほどで、樽のようなずんぐりむっくりとした短躯、男女問わず毛むくじゃらな体質、気性はおおざっぱだが、それに似つかない繊細な技術を持つ一族。
彼らは土地を追われたわけではなく、好んで穴倉に住んでいた。
理由は3つ。
年中気温が安定し過ごしやすく。容易に良質の鉱石が採れて。地下に湧く水で美味い酒が作れるから。
居住場所とその見た目から、”地底人”、”地人”と称されることもあるが、生物としては妖精と人間のちょうど中間に位置する妖精の亜種――正確な種族名を『ドワーフ』という。
数日前から、彼らに大きな問題が持ち上がっていた。
彼らが太古より崇拝の対象としていたものが、突如として姿を消してしまったのだ。
普段、滅多なことでは穴倉から出ないドワーフも、かなりの大人数を動員して、外界の方々へと行方の捜索にあたっている。
ドワーフの情報網は、意外に広い。
彼らの持つ洗練された高度な技術から生み出される物は、当然の如く高い評価を獲得しており、他種族――特に人間から人気がある。
その人間の商人と呼ばれる者たちが、頻繁に穴倉を訪れるため、彼らは労せずして外界の情報を得ることができるのだ。
今回も、その商人たちによる情報網を駆使し、彼らは捜索の指針としていた。
ただ、商人たちは、欲深く業深い。
普段は表面上、人当たりよく接してきていても、裏では金勘定をしているような輩も多い。
それは、彼らもよく知っていた。
下手に弱みを見せると付け込まれる。
だからこそ、出す情報は最小限に、得る情報は最大限に、彼らはそう心がけていた。
その弊害ではあるのだが、情報が入るたびに彼ら自ら確認に赴く必要があるのは、今回に限っては仕方ないといえる。
なにせ、彼らが商人たちに伝えているのは、たったこれだけ。
――「変わった卵の情報があれば、教えていただきたい」と。
峻険極まる霊峰――地を這う者には、至ること叶わずとされる山脈がある。
大陸北部をほぼ分断するように連なる山々は、不可侵の未踏の地として太古より存在していた。
山頂付近は消えない万年雪に閉ざされ、常に厚い雲に覆われており、下界からでは全貌どころかその片鱗すら、窺い知ることもできない。
伝説や伝承としてしか知られていないことだが、そこを棲家とする者たちがいた。
暴風渦巻く高所を、その雄大な翼で難なく乗り越え――希薄な空気、極寒、不毛の大地という生存を拒む劣悪な環境をものともしない、生物の頂点の一角といっても過言ではない生物。
強靭な体躯と高い知能を有する、高位竜との呼び名の高い竜の一族である。
竜の世界もまた、王を冠する竜を頂点としたヒエラルキーで成り立っていた。
そもそも、竜族は人間などとは比較にならないほどの長命で、世代交代自体がそれこそ何世紀もの間隔となるのだが、それでもないわけではない。
次世代の王となるべき候補の竜は、各種族からそれぞれ擁立されることになる。
そのため、高位竜の各部族に於いては、資質を備えた竜を産み出し育むことは、至上命題となっていた。
今回、とある重大な問題が、竜族の中で持ち上がった。
族内で最も有望なる若竜同士を番とし、産み落とされた卵――それが行方知れずとなってしまったのだ。
高位竜の成竜が棲む地は生育に難く、卵幼期には別の地で育てることが常。今回もまた通例に倣い、卵は下界の秘する場所にひっそりと安置されていた。
10年の歳月が流れ、そろそろ卵が孵る頃合いかと目されていた矢先の出来事だった。
卵とはいえ高位竜、おいそれと害せるほど柔ではない。
となると、持ち出されたと考えるのが順当だった。
卵が安置されていたのは、下位竜の巣の奥。
下位とはいえ、あくまでそれは上位竜に対してのこと、生物としては竜に優る存在など稀有である。
そこから卵を持ち出したとなると、種族としては真っ先に人間の名が挙がる。
人間は個の力は取るに足らないが、種としては侮れないだけの力がある。
いかな最強を冠する竜とて、それは過去の歴史から心得ていた。
そもそも他種族の仔を持ち出そうなどと、酔狂なことを考えるのは人間くらいのもの。
ならば、人間が集団生活を営む集落を探すのが、もっとも効率的となる。
竜には数多の眷属が居り、人間に近い姿態を持つ眷族も存在する。
高位竜の重鎮らは、その者たちに命じ、捜索の任に当たらせた。
忠実な僕である、その者たち――世での俗称『竜人』たちは、情報を求めて下界の方々へ散った。
――「見慣れぬ卵を知らないか」と。
そして両者は、ほぼ同時期に同じような情報を得ることになる。
南に位置するカルディナという人間の街に、妙な卵を連れている人間がいるらしい、と――