勇者と御曹司 4
「こ、これはなんとしたことだ!?」
別方向から声が上がり、新たな騎士が駆る馬が駆け込んできた。
俺にも見覚えがある人物――確か、騎士団のもうひとりの副団長、マドルク・メイガーさんだ。
マドルクさんは、累々と横たわる騎士団の仲間を見下ろし、馬上で絶句していた。
「見ての通りだ、マドルク殿。わしの不手際で、勇者殿の逆鱗に触れてこのざまだ」
ダナンは肩をすくめて、力なく漏らした。
「ゆ、勇者? なぜ、そこで勇者が絡んでくる?」
マドルクさんは下馬し、主のフェブの姿を見つけると、慌てて駆け寄っていた。
まあ、戸惑うのも無理はないかもしれない。
察するところ、言葉通りダナンの独断だったのだろう。
地面の至るところに仲間の騎士が死屍累々(死んではないけど)。
いきなり突きつけられた光景がこれでは。同情してしまう。
(……ん? なんだろ?)
フェブに寄り添うマドルクさんを見て、なにか妙な感じがした。
「フェ――若、お気をしっかり! こうしてはいられません、一刻も早くガレシア村に向かいませんと――領民が魔族の手に! 我々で魔族を殲滅するのでしょう!?」
「無駄じゃよ。マドルク殿。わしが言うのもなんだが、主力の騎馬隊がこの有様。お主の指揮する歩兵だけでは戦力的に無理がある。怪我人も輸送せんとならんだろ」
「ダナン殿! 貴殿には申していない!」
マドルクさんは必死の形相だ。
フェブの両肩を掴み、懸命に説得を試みている。
「……ごめんなさい、マドルク。今回はボクの勇み足が過ぎたようです。ここは撤退しましょう。城に戻り、あらためてお祖父さまの指示を仰ぐことにします」
「そんな――それでは善良なガレシア村の人々が……!」
マドルクさんの絶望の色が濃い。
以前に見知っていたように、よほど騎士の義憤に厚い人らしい。
「――ちょっと待った」
ふたりのやり取りに割って入ったのは叔父だった。
「取り込み中に悪いな。ガレシア村で騒動が起きていると言ったな?」
「え、ええ……そうですが……」
「だがな、そもそもそこが妙なんだよ。俺はここ数日で、そのガレシア村とやらに調査に行ってたんだが――村が魔族に襲われている事実なんてものはなかった。誰が最初にそれを言い出したんだ?」
「え?」
叔父の台詞に、フェブはきょとんとしている。
(それは確か……)
城で盗み聞いた話を思い出す。
それじゃあ、おかしい。あの人も、直接現地に赴いて確認したと言っていたはずだ。
意図せず、フェブと俺の視線が、同時にその人物に向いた。
「――馬鹿な! そんなはずあるまい!? いい加減なことを言うなっ!」
その人物――マドルクさんが激昂していた。
そんな姿を見ていて、俺はなんだか奇妙な感覚に捉われた。
(あれ、また……? なんだこれ、気持ち悪い。違和感というか……あ!)
不意に、宿屋の双子の顔が脳裏に浮かんだ。
「叔父さん! その人、幻術の類を使ってる!」
咄嗟に俺は叫んでしまっていた。
妖精のそれとも少し違う、明確な違和感。
妖精でなければ、それ以外なのだろう。となれば、少なくとも人ではない。
精霊と通じた感覚が、脳裏に警戒信号を発していた。
叔父が落ちていた槍を足の甲で跳ね上げて空中で掴み、そのままマドルクさんに向けて投擲する。
「ぐあっ!?」
鋭利な穂先が、マドルクさんの肩口に深々と突き刺さった。
「ああ!? マドルク! ……マド、ルク?」
フェブの悲痛な叫びは最後まで発せられなかった。
それもそのはずで、肩を押さえて立ち上がるマドルクさんの姿が二重にぶれている。
「まいりましたね……これは」
騎士団の鎧を纏った姿が消え去り、黒衣が露わになった。
精悍で若々しかった顔は、頬が落ち窪み、倍ほどに老け……艶やかだった短い黒髪が、茶けた長髪へと変貌する。
「咄嗟だったとはいえ、張った防御壁魔法を意に介さず貫通とは……さすがは勇者。侮れませんなぁ」
マドルクさん――いや、マドルクさんだったモノは、俯いていた顔をゆっくりと上げた。
頭部には短い角、そして切れ長の瞳は――銀。
それこそ、紛うことなき魔族の証だった。