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異世界の叔父のところに就職します  作者: まはぷる
第一章
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勇者の事情 2

「ばかたれ」


 開口一発。

 呆れ声と共に強烈なデコピンが飛んできた。

 決して全力ではないだろうが、頭が真後ろに跳ね飛ばされ、首から上がもげたかと本気で思った。


 翌日早朝、俺は叔父に相談を持ちかけることにした。

 内容は、もちろん昨日のリィズさんのことである。

 やってしまった感はあるのだが、原因が見当もつかず、もやもやしている内に朝を迎えてしまった。


 ちょうど帰宅した叔父の姿を窓の外に見かけたときには、これ幸いと思ったものだ。

 都合よく、まだリィズさんたちが起きる時間ではない。内密に相談すべく、いつもの鍛錬する裏庭に連れ出して事情を話していたところ、この有様である。


 昨日の会話内容を説明し、『勇者』がバレたあたりでは照れ臭そうにしていたのだが、最後にくだんの台詞を伝えたと同時のデコピンだった。


「ばかたれは俺もだな。秋人にも事前に説明しておくんだった」


 盛大に嘆息し、叔父は朝焼けの空を仰ぎ見た。


「昨日、街に行ったろ? どう思った?」


「異世界もけっこう発展してるなーって」


 街の情景を思い出す。

 上から目線なのは、文明が発達した現代日本人にとっては仕方ない。


「どうしてそう思った?」


「それは――」


 と言いかけて。


 最初、この異世界での一般的な暮らしとは、ここ数日の叔父一家を基準として考えていた。

 しかし実際には、あのように発展した街があり、貨幣などの通貨もあり、集団で文化的な生活が営まれている。


 一方、叔父たちはというと――外敵が0ではない危険もある地域に、共同生活を送るでもなく、周囲に住んでいるのはこの一家族のみ。

 リオちゃんのような幼子もいる状況である。近隣に生活物資を簡単に揃えられる街があり、まして、街中にはオーナーとしての持ち店舗まであるのだから、移り住まない理由がない。


 現代日本なら、都会の喧騒を離れて田舎でのんびりとした暮らしを、との説明もできるだろうが、この異世界の様相ではそれもしっくりこない。


 ――街に住まないのではなく、住めない?


「最初の夜に話したろ。日本にふたりを連れて帰っても住みやすい世界にはならないって。要は、ここでもそんなに違いはないってこった。向こうよりは遥かにマシだろうけどな」


「獣人への差別……?」


「獣人というより、”半”獣人のだな。獣人には獣人の住処があり、居合わせでもしない限り、そもそも人間と諍い自体が起こらない。が、半獣人は別だ。両親どちらの種族と一緒に住んでも、”別物”として扱われるってわけだ。混血児ってだけで、まるっきりの異端扱いだからな。俺がこっちに来たときは、そりゃあ酷いもんだった」


 叔父の話では、15年前にこの世界に迷い込んだとき、ここでは魔王率いる魔族と人間との戦争の最中にあったそうだ。


 命が軽んじられる中、人間以外の種族への扱いは特に悲惨だった。それには、当然のごとく混血児も含まれる。

 戦える者は最前線へ、戦えない者は危険地域での従事と、どちらにせよ死を厭わない奴隷扱いだった。

 余裕があると人は優しくなれる、だから余裕のない戦時では仕方がない――それが常識だった世界に、叔父は噛み付いた。

 恩人であったリィズさんまでもが、戦奴として戦地へ送られると聞いて。

 叔父には戦う才能と力があった。決断するだけの勇気もあった。


「お偉方連中は言いやがった。今の奴隷制度は魔族との戦争のせいだってな。魔王を倒せば自由を約束するってな。だったら――!」


 怒気孕むとはこのことだろう。

 剣呑な雰囲気を纏い、拳を硬く握ると、叔父は唸り声をあげた。


「魔王だってぶっ倒してやるしかないだろうが!!」


 ――あんた、漢だ!――


 心の中で喝采する。


 と、叔父はいきなり無言になり、くるりと踵を返して手近の井戸へ行くと、頭から思い切り冷水を被ってから戻ってきた。


「わり。つい、思い出し怒りでヒートアップしちまった。あんときのあいつら、そりゃあムカつく顔でくだらねえこと言いやがったもんでよ」


 片手を上げて詫び、叔父は続けた。


「話が逸れたが……そんなんあって、奴隷制度自体はなくなったものの……人の心ってのは制度ほど簡単には切り替わらねえ。今でも異種族蔑視は、価値観の深い部分に残っちまってんのさ。それはリィズにも逆の意味で残ってる……自分が俺たちの重石になってると思ってやがる。自分が俺の嫁でなければ、リオに自分の獣人の血が流れてなければ、ってな」


 勇者ともあろう者がこんな僻地で質素な生活を送ることもなく、勇者の娘という最高のステータスを持つ子に不憫な思いをさせることもない。

 きっと、そういうことだろう。


「だいたい、それじゃ逆だろ逆! 俺は勇者なんてものになりたかったんじゃなくって、惚れた女を守ったら勇者って呼ばれるようになっただけなんだよ!」


 叔父は再び井戸の水を被っていた。


「たびたび、すまん。というわけで、『勇者の嫁』とか『勇者の娘』ってワードは、リィズ最大のタブーだ。気をつけてくれ。俺にしたら、嫁と娘を盛大に吹聴して回りたいくらいなんだが、リィズが本気で嫌がるからな。あいつ、普段はあんなに朗らかでポジティブなくせに、これに関してだけはすぐネガティブになりやがる。簡単に『自分たちのことは忘れてもいい』とか真顔で言うんだぜ、信じられるか? 俺がこないだ日本に里帰り決めたときも、かなり揉めた。家を出ようとするあいつを引き止めて宥めるのに、どれだけ苦労したことか……思い出したくもない!」


 紆余曲折あったが、かなり理解できた。


 俺が踏んでしまったのは、まさに地雷も地雷、地雷原であったらしい。

 リィズさんに謝りたいところだが、きっと実行すると余計に傷つけてしまいそうだ。

 それには叔父も同意した。


「実際、今の差別ってどのくらいなの? 魔王を倒して――制度が改正されてから、6年くらいは経ってるんでしょ?」


「衆目の面前で無意味な暴行したりなんてのは聞かなくなったな。罪に問われるからな。でもまあ、裏ではなにがあってもおかしくない。あからさまな罵倒や言われなき非難はしょっちゅうだ。そんな中に、大切なふたりを晒すことはできん! それに近頃は――半獣人の子供を愛玩動物みたいに飼う風潮までありやがる! いくら獣人の血を引く子は、うちのリオみたいに見た目麗しく愛らしいからって、ペット扱いなんて断じて許せんっ!」


 憤る叔父を見て、先日の歓迎会での席を思い出した。

 叔父が口にした”リオをペット扱い”とは、このことを指していたのか。

 言い回しが変だったので、気にはなっていたのだが。


「そうか! あのとき感じた違和感もこれだったのか」


 街で出会った婦人が思い出される。


 あれは、人様の子供に触れ合う態度ではない。

 それこそ散歩中のペットを愛でる態度だった。


「あのときってなんだ?」


 状況を説明すると、即座に二度目のデコピンが飛んできた。


「あれれ~? リオと街に~~~? 叔父さん、聞いてないなあ? 言ってもないよねえ?」


(しまった! 内緒だったっけ!)


 思ったときには遅かった。

 ゴゴゴゴ――と擬音まで聞こえてくるほど、叔父の負のオーラが増してくる。


 怖い! この叔父さん怖い!


 なりふり構っていられない。

 文字通り必死に、街でのリオちゃんの楽しげだった様子を報告すると、叔父はぷるぷると震えた後、怒りの熱を抑えるようにまた井戸の水を被っていた。

 それも2回。

 さっきより回数が多いのは考えないようにした。


「……ま、結果的に何事もなかったようだから、許す。楽しんでたなら、なによりだ。俺は気軽に街を歩けないからな」


 それはそうだろう。

 生きた伝説のような著名人が、街中を練り歩いていたら大変だ。本人が一番よくわかっているだろうが。

 それでも常に娘のことを想う叔父は父親の顔をしていた。


「叔父さん、いいお父さん、やってるね」


 思わず本音が出た。


 叔父は一瞬、意表を付かれたように真顔になり、にやりと笑ってみせた。


「まだ学生のくせに生意気な。だが否定はしない! 今の俺は家族が第一だ! こんな辺鄙なところで暮らしていても、家族に辛い思いをさせる気もつもりもない! 今は俺の店も小さいがすぐに稼いで大きくして、いずれはこの場所に俺たち家族のための街を造るくらいになってやる! 見ていろ、秋人! はっはっ!」


 照れ隠しか本気なのか、自信ありげに大笑いする叔父を見て、この人には敵わないなと素直に思った。


 きっと、勇者の勇名を使えばすぐに実現可能だろうが、叔父はそれを決して良しとしないだろう。

 なにせ、望みを得るために己の力のみで昇り詰め、最後には魔王まで退治した勇者なのだ。


 甥として、人として、男として――こんな人物になってみたいと憧れを抱いてやまなかった。


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