伯爵家の御曹司 1
その後、フェブラント少年の先導のもと、アールズ家の邸宅へと向かった。
邸宅とはいえ、そこにあるのは完全無欠の城だった。
よく中世の居城として見かけるような、西洋風のゴシック様式とほぼ同一の建築物だ。
城郭都市の内部にあるためか、規模としてはカルディナのギルド総合会館には劣るが、それでも巨大な建築物には違いない。
これで実は別宅らしいので、伯爵家の権威の程がよくわかる。
せっかくの機会だけに心行くまで外観を堪能したいところではあったが、アールズ家跡継ぎを筆頭に家臣一団を率いている状況では、叶わぬことだった。
俺の来訪を知るや否や城を飛び出したフェブラント少年に、気づいた城内の使用人含めた家臣たちが取るものも取り敢えず追いかけて――というのが、先ほどの阿鼻叫喚の原因らしい。
城への帰路、やや復活はしているものの、疲れ果てた異様な集団がぞろぞろと行進している状況だったりする。
唯一元気なのは、若さゆえか当の本人のフェブラント少年だけだった。
「さあさ、アキトさま! こちらに!」
城内へ続く門を潜り、白亜の噴水などがある前庭を通り、重厚な黒塗りの正面扉から城内へ入り、映画にありそうなメイド一同が赤絨毯の両脇でお辞儀をする中、壮麗なエントランスを抜け、天井の高い長い廊下を渡り、貴賓室らしきこれまた豪奢な部屋に通された。
異世界にいながら異世界に来たような景色の連続に、フェブラント少年に誘われるまま、終始大口を開けて夢遊病者のように歩いていた。
人間、あまりに唖然とすると思考が停止することを学んだ。
おぼろげに覚えていることは、土足で絨毯を踏んでも怒られないよね、ということだった。ああ、小市民。
軽い気持ちで考えていたのだが、実際に体験する貴族の生活とは、こうも庶民と格差があるものかと身をもって実感した。
入室してからソファーを勧められ、座ったあまりの高級感にまた驚いた。
柔らかさを通り越したしっとり感というかフィット感というか、低反発のウレタン枕のよう。
発想も小市民的なのは、勘弁してほしいところだ。
正直、異世界に来てからというもの、いい加減に驚くことには慣れていたと思っていたのだが、ジャンルが変わるとまた如何ともしがたいものらしい。
なんだかもうすでに現実味がない。
「あらためまして。偉大なる大フェブラント・アールズ伯爵が孫、フェブラント・アールズです。以後、お見知りおきを。本日は、お越しくださりまして、ありがとうございます!」
フェブラント少年は、慣れた所作で上品に挨拶をした。
「カルディナの商人の秋人です。こちらこそ、お招き与りまして、ありがとうございます」
気取った挨拶はできないので、無難に返すことにした。
こちらの勝手な妄想だろうが、なんだかアウェイ感がすごい。
老執事とカートを押すメイドさんが入室し、高級そうなティーセットにお茶を淹れ、お茶菓子も用意してくれている。
作法もよく知らないので、ネットで事前に確認しなかった迂闊さを呪った。
よけいに緊張感も増してきて、無駄にそわそわする。
恥などをかいていないか、探るように給仕人を盗み見ると、そのふたりには見覚えがあった。
先ほどの家臣団にいた人たちである。あまりに印象が違っていたので、すぐには気づかなかった。
特に執事のほうは息も絶え絶え、足元がふらふらと覚束なく、苦悶の形相で危篤っぽかったが、無事に復活したらしい。
それをおくびにも出さないのは、さすがのプロフェッショナルというものか。
そんなことを考えていると、自然と緊張も解れてきた。
あれだけ壮絶な状況を目の当たりにして、今さら畏まることもないだろうと開き直り、とりあえず老執事に会釈して、お茶を啜ってみた。
珈琲党なので紅茶の茶葉の良さはよくわからないが、高級そうだということだけは理解できた。
俺が口をつけたのを確認してから、満足そうにフェブラント少年もカップに口をつけていた。
さすがセレブ、身なりと気品も相まって作法が堂に入っている。
フェブラント少年は、なにがそんなに嬉しいのかはわからないが、にこにこと眩しい笑顔を向けてくる。
そんなあどけない表情だけは、年相応に見えなくもない。
俺もぎこちない笑みで返すが、それ以上、後が続かない。
頬が引きつりかけてきたので、堪らずにこちらから切り出すことにした。
「あの。あまり現状を把握していないんですけど、呼び出されたご用件はなんなのでしょう……? フェブラント、さま?」
「敬称など不要です! すみません、ボクとしたことが感激のあまり我を忘れておりました! 実は招待状を送ってから毎日、まだかまだかと玄関の扉に張りついてお待ちしておりましたので、つい!」
(そんなになんだ)
どうりで、早馬が走ってからの対応が早かったわけだ。
しかしながら、俺にはフェブラント少年にそこまで気に入られる理由に心当たりがない。この様子では、商売関係の話でもないようだし。はて。
「アキトさまには、是非ご覧いただきたいものがあるのです!」
フェブラント少年は頬を上気させ、鼻息荒くそう言うと、礼儀作法はどこへやら、飲みかけの紅茶をラッパ飲みして席を立った。
返事も待たず、ずんずんと大股で貴賓室から出ていくのを座ったままで見送りそうになり、慌てて追いかける。
「ここです!」
着いた先は、城内のとある両開きの扉の前。
扉はいくつもの南京錠で施錠され、ノブには厳重にチェーンまで巻いてある。なんだか、嫌な予感しかしない。
手慣れた様子ですべての鍵を取り外すと、フェブラント少年から背中を押され、ともども入室することになった。
「…………!」
思わず絶句する。
部屋の中は窓がない閉じ切った空間で、さほど広さはない。
とはいっても、他の部屋と比べてという意味なので、ゆうにシラキ屋の売り場くらいの広さはある。
棚板や仕切りが据えつけてある辺り、元はクローゼット用途の部屋なのだろう。
問題は、室内を所狭しと埋め尽くす圧倒的な物量だ。
しかも、種類は多岐に渡っているものの、指向性がある。
一言で表すなら、それは『グッズ』。ありとあらゆる勇者グッズの山だった。
「ええええぇぇぇ……」