疾風、再び
その日、俺は叔父から少し早く帰るように言われていたので、14時過ぎごろには店を閉めて帰路に着いていた。
徒歩片道2時間の道のり。
ほんの一時期になってしまったが、4輪バギーの疾風丸での快適な移動を味わってしまっては、余計にだるく感じてしまう。
風を切って走る爽快感、タイヤが悪路で跳ねる振動までもが、男心をくすぐって心地よかった。
だが、残念ながら疾風丸は、今でもデラセルジオ大峡谷の地下空洞、あの大宴会場で地竜の亡骸と共に眠っている。
さすがの叔父も、あの状況での回収は諦めたらしい。
後から聞いた話だが、そもそも持ち帰れるような状態でもなく、時速数100キロでの頑強な地竜への特攻で、ほぼ原型を留めていなかったとか。
『竜殺し』の名に相応しい最期だったと思う。相棒よ、安らかに眠れ。
などと、勝手にナレーションなどしながら家に帰ると、何故かそこに、たった今冥福を祈ったばかりの相棒が鎮座していた。
「疾風丸!?」
「おー。おかえり、秋人。ナイスタイミング」
疾風丸の隣には、叔父が工具鞄片手に突っ立っていた。
「あ、ただいま――って、どうして疾風丸がここに?」
もしや、わざわざデラセルジオ大峡谷まで取りにいってくれて修理まで!?
と息巻いたが、間近でよくよく見ると、似ているがわずかにシルエットが違う。
同シリーズではあるものの、まったく別のバギーだった。
「これ、前のとは別物だよね? どうしたの?」
「先代はお亡くなりになられたからな。新しいのを譲ってもらってきた」
「譲ってもらったって、誰に? 例のカーメンテショップの人?」
会ったことがないが、前回、疾風丸になる前の4輪バギーをくれたという叔父の学生時代の友人らしい。
もちろん異世界人ではなく、現代日本在住だ。
「おう。事故って廃車になったって話したら、快く次を都合してくれた。ま、若干、声が引きつっていた感じもしたけどな。持つべきものは友ってな! はっはっ!」
「事故……たしかに事故ではあったけど」
交通事故ではなかったが。事故の一言で済ますには規模が大きすぎた気がしないでも。
「お、噂をすれば。もしもし?」
叔父のスマホに着信があり、すぐさま応答していた。
話しぶりからして、件の友人らしい。
気安い感じで上機嫌に話していた叔父だったが、俺の視線に気づいて、通話をいったんミュートに切り替えた。
「どうした? 秋人からも礼を言っとくか?」
「うん、是非。なんだかんだ言っても、廃車にしたのは俺のせいだしね。一言くらいはお礼したいから」
伝え聞いた話だけでも、車に愛着を持っている人だとはわかった。
短い間だったが、疾風丸にはかなり世話になった。
疾風丸がなかったら、そもそもデラセルジオ大峡谷に墜落することもなかったかもしれないが、それでも叔父たちと合流できるまで命をつないでくれたのも疾風丸だ。
疾風丸がなければ、大宴会場で早々に死んでいたかもしれないし、大宴会場の横断を諦めて中毒死していた可能性すらある。
「わかった、ちょっと待ってろよ」
叔父はミュートを解除し、2言3言話してからスマホを手渡してくれた。
咳払いをして喉を整えてから、
「代わりました。征司の甥の白木秋人と言います」
やや緊張した声で切り出した。
『や、初めまして。征ちゃんから話は聞いているよ。事故ったんだって? 災難だったね。身体は大丈夫だった?』
意外に声の若い、落ち着いた感じの人だった。
叔父と同い年らしいので、俺とはちょうど一回り近い年の差になる。
ショップを経営しているそうなので、きっといろいろな年齢層への対応も慣れているのだろう。こちらに気を遣わせないことを意識した口調だった。
「はい、身体はなんとか。激突する寸前に投げだされたので、たいしたことはありませんでした。それより、せっかく叔父が譲っていただいたものだったのに、駄目にしてしまって……すみませんでした」
『いいよいいよ。気にしないで。車なんて高速で走るもの、追突したり、ぶつけたりも、そりゃあるさ』
墜落したり、ドラゴンにぶつけたりしました。申し訳ないです。
『それで、俺としたら、こっちのほうが重要なんだけど……どうだったかな、乗り心地?』
「すごいスピーディで、飛ぶようでした」
実際、飛んでました。最高時速で300キロ以上は出たと思います。
『うんうん、だろう? あの新型モーターは自信作でさ。そう言ってもらえただけでも、あいつも浮かばれるよ』
すみません。
そのモーターは叔父が真っ先に壊して捨てられてしまったので、体験できてません。
『今度のやつも、それに勝るとも劣らないから、期待しといてくれよ。ま、搭載バッテリーだけは、持続力でちょっと見劣りするけど、そこはごめんな』
こちらこそ、重ね重ね申し訳ありません。
電話している横で、今まさに叔父がそれらを豪快に取り外しているところです。
ってか、なにやってんだ、あんた。
『駆動系のメンテとかあったら、連絡もらえればいつでも見るから』
その駆動系ですが、たった今、すべてなくなりました。
親切でいい人だけに、罪悪感で胸がちくちくする。
「ありがとうございます……すみませんでした……」
その言葉をようやく絞り出す。
『いつまでも、そんなに恐縮しなくてもいいよ。もう済んだことだしさ。征ちゃんとは小・中・高といっしょの仲で、昔からお世話になってるんだから、これぐらいはお安いもんさ』
違うんです……違うんです……
心が、心が痛い。
『それじゃあ、征ちゃんによろしく言っといてね』
それを最後に、通話は切れた。
「よし。完成!」
同時に、叔父からの声も上がる。
「今回は、必要ない部分を最初から除外してみた! 2度目ともなると、慣れたもんだな! はっはっ!」
たしかに疾風丸は完成していた。
前回同様、バッテリーやモーター、ギアやベルトなどの大部分が取り払われ、ハンドルにフレーム、足回りだけが残っているような状態だ。
すでに新たな風の魔法石も内蔵されているらしい。
異世界での運用では、これが正しいのだろう。
正しいのだろうが――打ち捨ててあるモーターから、やけに哀愁を感じた。
「お。電話もちょうど終わったみたいだな。あいつ、なんて?」
「叔父さんによろしくってさ。あと……なんでもない」
「? 変な奴だな」
こっそりと涙を拭う。
とにもかくにも、こうして新生・疾風丸が再誕したのだった。