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矛盾の魔王と狂人  作者: 春告鳥
3,暴れる狂人
7/7

3-2

教会で働く天使は、人間界のおいしいものと引き換えに働いている。更に教会では関係者なら無料で豪華な食事が食べられるので、宿舎の自分の部屋に持ち帰る者も多い。

─蒼芭はルチの魔法でアベルの姿に化けてまさにそれを行い、アベルの部屋を魔法で鍵を開け、そのまま真っ直ぐに居間へ向かった。

「・・・おかえり。」

「おかえりなさい!」

げんなりした本物のアベルと、アベルを縛っているルチが行儀よく椅子に座って待っていた。少し離れたソファーに、バールディが拘束の魔法で縛られた状態で気絶している。ヴェリルは指を鳴らして一瞬で元の姿に戻った。手には四人前のフィッシュ&チップスを抱えていて、二人の前にあるテーブルにドカリとやや乱暴に置く。

「久しぶりに食べたくなったんだよね、教会のフィッシュ&チップス!これほんとおいしいから!」

「そうだね。そのためにわざわざ教会に留まることを選んだとか、オレに化けてまで魔導師と天使がわんさかいる教会の食堂に行くとか、そもそもここ魔導師の宿舎だからバレたら色々アウトとかもう本当にツッコミだらけだけど、気にしたら負けだと思っておくよ。あと逃げないからこれ、外してくれる?」

「良いよー。ルチ、外したげて。」


その言葉通り本当にあっさりとルチはアベルを解放し、下半身を人間の足に戻した。アベルはポカンと口を開けて分かりやすく戸惑う。


「蒼芭さん、本当にわたくしめが逃げないとお思いでしょうか?」

「え?やっぱり逃げるの?そしたらアベル君が逃げるのとアタシが君の首を絞めるのどっちが早いか選手権が始まるって話になるんだけど。」

「─ごめんなさい勘弁してください逃げないのでそれだけはご容赦お願い致します。」


一呼吸でそれを言いきってきれいな90度の角度で頭を下げたアベルに蒼芭はざぁんねん、とニコニコと不気味に笑っていた。


「─それで改めて言うけど、アタシはまだ人を殺していないし、操り事件に関わっていない。」

「・・・うん、まぁそうだろうと思った。君は良くも悪くも全くもってブレない人だから、人殺しや誰かを操るなんて自分にとって楽しくないことをしない。今日の蒼芭を見てそれを確信したから君の言うことを信じることにする。」

そして迷うことなく蒼芭の持ってきたフィッシュ&チップスのポテトを一つ手に取って食べた。


〔これは蒼芭の持ってきた食べ物を口に入れることで、蒼芭が悪意を持って毒など薬物を食べ物に盛っていないことを確信して信用しているという証明でもある。〕

蒼芭はそれを読み取ってにぱ、と無邪気に笑った。


「話が早くて助かるぅ!で、アベル君。今回のごたごたの犯人、誰が怪しいと思う?」

「・・・教皇様、神様、魔王は感付いていると思うけど幹部の殺人と一般人の殺人・そして操り事件の首謀者は、教会の生き残った幹部達だとオレは断言する。残念なことに証拠は無いけれど。」


確信を持って放たれた言葉に、蒼芭もポテトをつつき始めた。

「表沙汰にはされてないけどさー、教会の本質を理解している国からお金が出ている安定職だからってさ?代々私腹を肥やして権力を振るって、死ぬまで安泰して暮らすことしか考えない無能な豚がいた。それが生きている方の幹部。そんなことばっか考えてるから、前線から退いたら一人生まれてきそうなお腹になるんだよ。」

不意を突いた言葉にルチがプッ!と吹き出して肩を震わせている。

「そんでなまじっか、代々魔導師としてもわりと才能はあったからそれはずっと続いてた。でもそこでアタシ、水無瀬蒼芭という突然変異が代々魔導師の家系じゃないにも関わらず現れちゃった。」


それは蒼芭の兄、伊織もそうだがこの件には関係ないのでひとまず置いてアベルは続ける。


「そこで殺された幹部の方々は、魔導師のトップである大魔導師を利用しようとした。大魔導師はいわば現場で働く者の代表のため意見が強く反映される。権力に興味が無い上に性格を除けば優秀な蒼芭を現在空席になっている大魔導師にすることで、私腹を肥やすことしか考えていない生き残った無能な幹部を引きずり下ろすことを考えていた有能ぶりは凄いと思う。」

「・・・ていうか、生きてる方とか殺された方とかなんかややこしくない?豚さんチームと牛さんチームとかにしない?」

「幼稚園か!一気に和やかになるし、話が入ってこなくなるからやめて!」


アベルの言葉にえー、と蒼芭は嫌な顔をしたがすぐに切り替える。

「じゃあ分かりやすく、生き残った方が無能な幹部で死んだ方が有能な幹部って呼ぶ。実際そうだし。」

そしてコホンとアベルが咳払いをする。


「けどそれに感づいた無能な幹部は、今の地位すら危ないと感じ始めた。無能な幹部は蒼芭の唯一にして最大の欠点である性格の面を突いて反対したけど、教皇様は蒼芭に肯定的だったため、時間の問題だったと思う。」

すると、ルチが蒼芭の頭を撫で始めた。

「けれどそれは叶わなかった。これらのことを前提に考えると、目の上のたんこぶである蒼芭が私と契約して逃亡したことで、無能な幹部はチャンスとばかりに自分達の邪魔物を排除することを決めたわけよね。」

そしてルチが撫でるの手に、蒼芭は猫のようにすり寄る。


「だからって有能な幹部を十人全員殺すって、頭おかしいんじゃないの?そんで、わざわざ死体の首を絞めたのは、全部アタシに罪を着せるためだと思う。アタシだったらそんなヘマ絶対しないし。」

「・・・─やっぱりか。首の絞め跡を残すなんてあからさますぎると思った。じゃあ、一般人まで殺してるのは・・・。」

「あぁ。それは関係の無い一般人まで殺してアタシを世界規模での極悪非道にすることで、世界中から問題無用で死刑を求められるからだと思う。そのために裏から手を回して、その他もろもろの余罪までオマケにつけた・・・アハッ!すっごくアタシが邪魔で死んで欲しいのは確かかな?操り事件の主犯がアタシのせいにされてるのも似たようなところだと思う。」

「・・・なら無能な幹部は『私腹を肥やす』、ただそのために君に死刑直行の凶悪な罪を着せた挙げ句、罪の無い人を殺したのか!?クソッ!」

アベルは拳をテーブルに叩きつける。だが、肝心の蒼芭はどこ吹く風だ。

「直接手をかけたのは無能な幹部に唆された天使と悪魔だと思う。警察がアタシを捕まえられるとは思ってないのか、天使と悪魔が僕を殺しに来たことが何回かあったし。ちょっと遊んでやって追い返したけど、アタシが一方的に襲ってきたって言って被害者ぶってるんじゃない?バレないようにちゃっかり何も知らない子達にも命じて、アタシを悪魔と契約した罪で追わせたり?」


言葉とは裏腹に蒼芭は満面の笑みだった。口ほどにも無かったのと、逆境を楽しんでいたことを思い出したのだろう。それに感付いたアベルは呆れ気味に頭を掻いていた。

「・・・あぁ、言われれば定期的にそんな報告が上がってた。」

「お陰で五年ぶりにアベル君に会えたけど♪あ、そうそう。有能な幹部が全員死んだから、現在幹部でマトモな人って教皇様ぐらいしかいないワケ。なら、次は多分教皇様の命が危ないかも。」

「なんてこったい・・・。」


アベルはついに頭を抱えて項垂れたが、それでも話は続く。

「しかも君の兄、伊織はあれ以来無能な幹部によりべったりと行動するようになってる。しまいには伊織を大魔導師にするべきだと幹部が推し始める始末だ。だから兄だからと言って容赦はしない方がいい。伊織も間違いなく黒だ。」

「─は?お兄ちゃんが悪いことに加担しているわけないじゃん!」


その言葉が放たれると、空間が時が止まったように固まった。アベルはハッと気がついて蒼芭に詰め寄る。

「いやいやいや!確かに君とお兄さんが意外にも仲が良いのは知ってる!でもそれとこれは違う!どさくさに紛れて首を絞めようとしないで!」

アベルは蒼芭の手を押さえつけるが、それでも蒼芭の勢いは止まらない。

「お父さんとお母さんとお兄ちゃんはアタシが子供の頃いじめられた時に、たくさん助けてくれた!特にお兄ちゃんはずっとアタシを助けてくれた!確かにアタシが先に特級魔導師になってから少し冷たいしそっけないけど、だからってお兄ちゃんが悪いことをするわけない!」

「いや、最後のやつでむしろより怪しくなってる!」

それに追い討ちをかけるようにルチがクスクスと笑う。

「秀才の兄が大天才の妹に嫉妬してるっていう使い果たされた図ね。強いていうなら兄が妹にってのが、ちょっと珍しいくらいかしら?」

「冷静に解説してないで説得して!蒼芭もそんな人間みたいなことを言わないでよ!」

「だってアタシ人間だし!」

「違う!水無瀬蒼芭っていう名前の生命体だ!」

「論点ずれてきてるわよ。」


少し落ち着きましょ、とルチは蒼芭を後ろから首を抱き締めるようにして落ち着かせる。するとうー、と唸ったまま蒼芭は渋々と言った様子で口を開いた。


「じゃああくまでも、あくまでも仮定としてだよ?お兄ちゃんが関わっているとする。でも、それはそれで面倒だよ?お兄ちゃんはアタシの次に強いし?無能な幹部は、なんで操り事件なんて起こしてんのかは全然わっかんない。今の時点で、これだけの規模だよ。もっと荒れると思う。」

だから決めた、と口を弧にする。


「ベリーちゃんは多分アタシの助けが欲しいと思ってるから、それに乗ろうと思う。もっちろん、タダじゃ働かないけどねー。」

その言い方に、アベルは頭にピンと嫌な考えがよぎった。

「まさか・・・。」

「アタシとルチの契約を認めること。そうすれば堂々と不老長寿の人生を満喫できる。世界を救うんだから、それくらい見返りがあってもいいじゃん?」


蒼芭が笑顔でルチを抱き締め返して、ルチの顔が赤くなる。が、すぐに蒼芭の頭がよくない働きをした。

「あ、でも追いかけられているままってのも良いな。なら、ベリーちゃんとの契約とかもいいかも。くひひッ!」

アベルはそのことに何か思い出したのか、げんなりした顔で遠い目をする。。

「君、魔王のこと大好きだからね・・・。」

「くひっ!十五年前、悪魔とか天使とかの存在をなんとなく感じていて、でもアタシが魔導師として完全に目覚めてなかった頃。初めてベリーちゃんと会った時、アタシをいじめから助けてくれたことは今でもはっきり覚えてる。あの時のベリーちゃんの言葉で、アタシは目が覚めた。」

初恋をする少女のように顔を赤らめて、まるで恋をしている人に思いを寄せているようにさえ見えた。今でも、あのわざと顔面に当てられたドッジボールは鮮明に覚えている。


『また顔に当たっちゃったー!ごめ~ん♪きゃはは!』

『おい、いい加減にしろよ!先生も注意してよ!』

『謝ってるから別にいいだろ、ほらさっさと続ける。』

『ほらー!先生もこう言ってるしぃ、いいじゃん!』

『はぁ!?皆も何か言えよ!』

『『『・・・・・・・・。』』』

『なんなんだよ、これ!おかしいだろ!!』


理不尽にいじめるクラスの中心の女子、面倒はごめんだと見て見ぬ振りをする先生、いじめに加担しなくても怖くて何も言わないクラスメイト。アタシのことが好きで庇ってくれた男の子もいたけど、それ以外は理不尽な境遇に頭がぐちゃぐちゃになっていく。


『─相手が悪いと明確にわかっているのに、反抗しないのは死んでいるのと同じだよ。』

『自分の好きなように生きて抗いなさい、それが生きているということなの。』


ふと思い出した、アタシを助けてくれた人の言葉。その言葉で冷静にアタシは何を我慢しているのだろうか、と思い至る。確かに仲良くしてくれていた子ではあったが、好きな男の子がアタシのことを好きになったからっていじめるような程度の知れた女に。─なんで?


【こんな理不尽なことをしてくるバカがのさぼってるなら、アタシが好きに生きて抗うくらいいじゃん。】


何かがそう囁いていて、気づいたら口はニヤリと三日月のように綺麗な弧を作っていた。プチンと頭の中で細い糸のような物が勢いよく切れて、そしたらいつの間にか人間以外のものが全て凍り、いじめっ子の主犯を絞め上げていた。


「いじめという逆境から抗って!全てをひっくり返して叩きのめしたあの瞬間!頭の中のネジを自分から全部外したわ!好きに生きて抗うことがあんなに気持ちいいなんて!逆境からの逆転勝ちの気持ちよさを教えてくれたベリーちゃんには、感謝しかない!」

「・・・多分あの魔王は、そこまで吹っ切れるのは想定外だった筈だろ?」

幸悦とした様子で何度も聞かされたそれに、アベルはやれやれとあきれ返った様子だ。

「そう?アタシから見たらベリーちゃんも想定外だよ。死んだ師匠の望みを叶えるという綺麗な欲望のために平和に尽くしているなんて、魔王なのにまるで神様に尽くすシスターみたいで人間(アタシ)よりも人間らしい。だから『矛盾の魔王』っていうセンスゼロのダサい呼び名がついてるくらいだし?あぁ、本当に面白い。契約して傍に置きたいなぁ。人間と魔王が契約なんてさぞ面白いだろうし?」


け・れ・ど、と蒼芭はほくそ笑む。

「悩むけどベリーちゃんとの契約はアタシがあの手この手で契約させることにして、先にルチとの契約を正式に認めてもらうことにしよう!そんなわけで、アベル。アタシに協力して!」

聞き間違いかとアベルの頭の中がフリーズした、とてもそんな流れではなかった筈だ。


「・・・・・は!?」

「なんでアタシが危険を犯してまで教会に来たと思ってるの?ルチとの契約を正式に認めて貰うために、アベルにたくさんアタシに協力してほしいからに決まってるじゃん!」

「知らんがな!なんでまた!?」

「ノリで天使との契約破棄したけど、教会はまだアタシの悲願達成のために利用したいから内通者として君を利用しようかなと。」

「発想がどうしようもないクズ!」

「いいから世界の平和のために協力しなさい!」

ていうか、と蒼芭はアベルに顔を近づける。


「大量殺人の冤罪着せられた状態で、顔も本名も世界中に知られている状況って超絶ヘビーだと思わない?アタシじゃなかったらとっくに首と胴体が永遠のお別れを迎えてるよ?冤罪を証明するためにも、アタシは無能な幹部を含めた世界の平和を乱す元凶を暴き、正しく法で裁かないといけないワケ。そのためにアベルの力が必要なの。これでも文句ある?」


おそらく今言ったことはついでで、悪魔との契約を認めてもらうことが本命だ。だって蒼芭は指名手配されてから五年間、性格上ずっとは犯罪者として追いかけられる逆境を楽しんでいたはずなのだから。


「心配しなくても、世界を平和にするために契約したって言ったら教皇も神も納得せざるおえないんじゃない?有能な幹部が全員死んで人手不足のはずだし?あぁ、なんなら全部アタシのせいにすればいい。」

自分のためなら自分のことを当たり前のように切り捨てるその姿は、とても危うい。自分の戦いの師匠でもある彼女をどこか放っておけないのだと、アベルは首を振って呆れるように微笑んだ。


「・・・そんなことしない。わかった、協力する。」

蒼芭はやったぁ!と心底嬉しそうに笑った。


「それじゃ、不老長寿の生活を堂々と楽しむために世界を平和にさせに行こう。そのためにまず、アベルは教会を探って、アタシとルチは魔王城に向かってベリーちゃんと合流しよう!」


拳を掲げてこれから待つ困難を冒険の始まりのように蒼芭がワクワクしているのは、手に取るようにわかった。

「・・・世の中色んな作品や物語があるけど、世界を救う理由はおそらく蒼芭が世界で一番自分勝手で自己中だと思う。」

すると、ルチがうっとりした様子で口を開く。

「あらやだ、そこがいいんじゃない。世界を救う理由が綺麗じゃないといけないなんて法律は無いわ。」

「なんだろ、この釈然としない感じ。」


〔蒼芭は理由はともあれ、世界を救って平和にする誓いを立てて悪魔界に向かったのだった。〕

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