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矛盾の魔王と狂人  作者: 春告鳥
3,暴れる狂人
6/7

3-1

成長して体がでかくなった今でもよく覚えている。魔導師教会に併設されている、最新設備が揃えてある訓練施設。ここで魔導師見習いである9歳の少年がいて、槍を振っていた。

『エイっ!やぁっ!』


すると正式に魔導師になったばかりの幼さが残る十五歳の蒼芭が少年に近づいてくる。

『─やっぱり、君も【ひいお婆様の手紙の通り】ね。』

少年はその含みのある言葉に疑問を抱いたが、遮るように蒼芭は『たいしたことないから気にしないで』と笑った。

『君、今一人?』

『・・・うん。』

『じゃあ、特別にアタシが手解きしてあげる。こう見えてお姉さん、すっごく強いから!』


そう半ば押しきられる形で少年に指導を始めるが、意外にも意見は的確であった。

『そう!凄い凄い!やっぱり、若いと飲み込みが早いねぇ!』

『蒼芭の教え方が上手だからだってば。どんな武器だろうと一流で、魔力も強くて武術も強いなんて弱点とか無いんじゃない?』

槍を持った赤毛でグレーの瞳の少年は、尖った喋り方で背伸びをしたい年頃なのがありありとわかる。

『エー、ソンナコトナイヨー。アタシにも弱点とかアルヨー。』

『わざとらしい棒読み。もしかして性格悪いでしょ?』

『アタシにそんなことを言えるのは、君だけだ!』


少年は指導が上手でとっつきやすい蒼芭に段々と懐いていった。


***


『─あの女は目的があってお前に近づいたのだ!関わってはならん!』

『人よさそうにしているけど、とんでもない性格破綻者よ!お願いだから私達の言うことを聞いてちょうだい!』

親切面している教会の大人達の雑音がうるさい、両親とは大違いだ。オレの両親は魔導師だが子供が出来なかった、だからオレを引き取って育ててくれた。血は繋がってなくても愛情を持って自分の子供のように育ててくれた。だが血筋を重んじるという頭に虫が湧いてるような考えを持つ教会の大人は、そのことに色々と好き勝手に言ってたくせにこういう時だけ恩着せがましいことを言ってくる。うるさい大人の言うことを聞いて、昔から優しくて面倒見の良い美人のお姉さんを蔑ろにするとか本当に思っているのだろうか。だから、あまりにもしつこいのでいっそ本人に確かめてみた。


『─え?そうだけど?それがどうかした?』

『どうもするけど!?』

『え?打算だけで近づいちゃ駄目なの?』

『清々しいほどクズ!』

『あ!じゃあ現在アタシは君を結構気に入っているし、それでチャラってことでどう!?』

『妙案みたいに言うなサイコパス!』


あまりにも呆気なく、淀み無く話すので一周回って逆に信頼できたのは今思えば笑い話だ。そして蒼芭の激しい一面を知ってもオレとの関係性は変わらなかった。だから蒼芭が悪魔と契約して逃亡するまで五年間、オレは手解きを受けていた─。




「おかえりー!やっぱり五年も経つと大きくなったねー!」



━だから、夕方に仕事から帰ってくるとその逃亡している人間が自室に座って寛いでいるなんて誰が想像できようか。魔導師教会の敷地にある、魔導師用の簡素な作りで出来ている白い宿舎にて、アベルの自室で蒼芭は居間のソファーでゴロゴロしていた。


「国際指名手配されてる殺人鬼が何をしているの!!!?」


その言葉に蒼芭はスイッチを切ったように真顔になった、かと思えば素早く起き上がって真底馬鹿にしたように吹き出して両手を広げた。


「─アタシが殺したら完全犯罪になるわよ!だからアタシが犯人なわけないじゃん!あっは!そんなこともわっかんないのォ!?くっひゃははは!くひッ!くひひひひッ?!─ゴホッ!オェッ!」


笑いすぎてむせているその姿に、言っていることは滅茶苦茶なのに逆に信じられるのはなぜだろうか、と彼は非常に凪いだ気分になった。


「─そこは人を殺すわけないって否定するところだってば。・・・まぁ、そんな気はしたけど。」


ポツリと気まずそうに蒼芭から手解きを受けたことがある彼は、肩まで伸ばしている天然の綺麗な赤髪をいじっていた。彼の名前はアベル・タッカー、イギリス人の十九才。普段人をおちょくっていそうなグレーの瞳は、憂いを帯びていた。だが左耳を挟むような四角い黒のイヤーカフスをし、やや細身気味だが百八十四センチの背の高さと黒を基調とした若者らしいカジュアルなファッション。それらは悪ふざけや悪巧みが好きそうな印象を受ける。それでも男も女も目で追ってしまうくらい顔立ちが整っていて、口の上手さも合わせて世の中を上手に渡っていそうに見えた。

すると蒼芭は途端に顔を赤らめて蕩けた顔になり、自分で自分を抱き締めるように両手をクロスした。


「でもぉ、お陰でこの首に一千万ドルの賞金の価値が出て?国際指名手配になって世界中が敵、だなんて体験が出来てだよ?そんな人生終了みたいな逆境を乗り越えて、すっっっっごい気持ち良かったぁ♥」

「真っ直ぐに歪んでらっしゃる!」

「クヒャッ!アッヒャハハハ!!」


それすらも心地良いのか、蒼芭は舌舐めずりをしてじゅるりと音を立てた。今となっては珍しい金髪碧眼の美貌も相まって、ぞくりと背中に何かが通るほどの迫力がある。


「くひッ!だからこのまま冤罪を晴らさないでいよっかなーっと思って逃げてたの。どっちにしろアタシは悪魔と契約したから教会に戻れないし!・・・─でもね、一つだけどうしても、どう曲がり間違い狂っても、絶対に許せないことがある。」


うって変わって表情が暗くなり、血が出そうなほど拳を強く握りしめて震えている。アベルは蒼芭の言葉を恐れてごくりと唾を飲み込む。


「─アタシが首を絞めるのはアタシがある程度好意があって、外見が十代半ばから二十代までの首しか絞めないの!それが幹部の首ィ!?はァ!?若くても四十代のおっさんおばさんのハリと滑らかさがゼロ通り越してマイナス百点の首なんか絞めてなぁにが楽しいのよ!バカなの!?アホなの!?ポンポコピーなの!?そのせいで、首だったら片っ端から絞めてるアバズレビッチだと思われてんじゃない!首絞めフェチ舐めんなバーカ!!」

「─なんでこの人に才能が溢れてるんだ。」


聞こえてないのか聞く気がないのか、蒼芭は頭を抱えて足がもつれたようにふらふらとしていた。

「若くて、ハリがあって、やわらかくて、なめらかで手が吸い付くような肌触りの良い首がたまらないの!ムラムラドッキドキすんの!!」

「─どうしよう、何一つ共感できない。」

「例えばそう・・・━今のアベル君にピッタリ合うよねぇ?」

ギュン!と音が聞こえそうなほどアベルの方へと素早く転がした首と、熱い吐息をゆっくりと吐いた蒼芭にアベルはびくりと肩が跳ねた。


「─イッタダキマ~ス♪」


蒼芭は躊躇なくアベルに向かって駆け出す!アベルは魔法の力で瞬時に金色の槍を一瞬で出現させた。

「言っておくけど、悪魔と契約した以上蒼芭は犯罪者と変わりないからね!」

アベルはそう言いながら槍を振りかざす。

「くひひッ!いいねぇ、弄んで欲しいならおいで!」

ヴェリルも体の大きさほどある両手剣を出現させて、大きく振りかぶりながらも片手剣のようにヒュンと素早く、重たくて力強いそれを周囲にぶつけて弾く。

「くぅッ─!」


ヴェリルの細い体から想像出来ないような両手剣の大きな衝撃に怯み、吹き飛ばされる。そして体制を立て直す間も無いまま─蒼芭はアベルの目の前まで移動していた。

「─わっ!?」


人間離れした速さで目の前に来た驚きに、隙を突かれて蒼芭に両肩を掴まれてしまい、押し倒されてそのまま流れるように首を絞められてしまう。


「うッ・・ぐぅっ・・・!」

苦痛で端正な顔が歪んで呻くアベルは、蒼芭にとってはこの世で一番の芸術で、体をゾクゾクと悦に浸らせる。

「あぁ、久しぶりに美味しい首。ホントによく成長して!─おっとぉ!」

後方から尖った土の槍が飛んで来て、蒼芭は瞬時にバク転で避けた。アベルが咄嗟に召喚し、彼が契約した二十六才の男性の外見をしている上級天使、バールディがアベルを庇うように前に出た。

「あの細い体で忘れそうになるが、魔力で身体能力を上げているのと元の運動神経の良さも重なって凶悪だな。魔導師最強と謳われ、教会の本部で腕を振るっていただけはある。」


黒のベリーショートの髪と琥珀の瞳、左頬にある縦線の傷は鋭さがあるが、心地よい低音の声はどこか安心感があった。百九十二センチの剛健な体型と褐色肌は、白を基調とした瞳と同じ琥珀色が縁取られているローブと相まって頼もしさを感じさせる。

アベルが首を絞められている間に魔導師達は蒼芭を囲むように距離を縮めていた。そしてアベルは気を取り直してただ真実を知りたい、と蒼芭を睨み付ける。

「─教皇様の息子と奥様、そしてオレのことを探ってたのはもう知ってる。手紙ってなんのこと!?何が目的!?」


『─やっぱり、君も【ひいお婆様の手紙の通り】ね。』


初めて会ったときに言われたこの言葉は今でも気にかかっていた。アベルは育ての両親と血が繋がっていない。アベルは今更それを気にしてはいないが、蒼芭が探っていたのと何も関係ないとは思わない。だがその考えを嘲笑うように、クスクスと相手にしていないような笑いを蒼芭は見せつけた。


「それはー、超個人的な理由で動いているから秘密♪あー、あと操り事件だっけ?あれにアタシは関与してないよ。だって他人の体を動かす暇があったら自分の体を動かすし!」

するとその言葉に合わせるように人の形をしたものが空から振ってきて、蒼芭の後ろに着地して体制を整えた。─それは二十一才の女性の外見をしている大悪魔、ルチだった。


「─あら、一口かじっちゃおうかしら。ウフフ・・・。」


妖艶な微笑みは腰まで伸ばされた銀色の髪と、上になるほど薄くなるグラデーションのような赤い瞳によく映えていた。男も女も両方狂わせそうな危険なほど美しい女性の大悪魔。それは両腕と両足のサイドに、ラインを入れるようにびっしりと並ぶ薄い朱色の蛇の鱗がついていても、それすら装飾になってしまうほどだった。瞳と同様に上になるほど薄くなる赤色のローブは、百八十センチでスーパーモデルのようにスタイル抜群の彼女の魅力を最大限に発揮している。

美しくても危険な悪魔と契約していることをはっきりと確かめたアベルは、高らかに声を張り上げた。

「─悪魔と契約した罰として、オレは魔導師として蒼芭を捕らえる!」


アベルとバールディは、力を合わせて一斉に攻撃魔法を放つことを瞬時に決めて呼吸を合わせた。例え自分達が全力で殺す気でも死ぬ存在ではないことを前提に、アベルは竜の形をした氷塊の魔法を、バールディは尖った土の槍を無数にぶつける魔法を放った!無数の魔法が次々と蒼芭とルチに襲いかかる!

─だが二人は鼻歌でも歌いだしそうなほど余裕な顔をして、動かなかった。魔法が当たる寸前になってようやく蒼芭は両手剣を出して振り、ルチは両手を広げて魔法の構えを取る。


「─くひッ!」

「ウフフッ!」


─二人から放たれた氷と闇の衝撃波が全ての魔法を容易く弾き、そのまま周囲をも吹き飛ばした。

「「─ぐあああぁああっ!?」」


二人共壁や地面に叩きつけられて気を失いそうになるが、なんとか堪えた。だが意識を保つのがやっとで、すぐに立ち上がることができない。蒼芭が強いのは知っているが、想像を越えていた。

「─単純に強い。それがこんなにも恐ろしいとはな。そして二人共息ピッタリな攻撃。強き者が信頼関係のある者と組むと、こうも末恐ろしいのか。」


するとバールディの言葉をルチが鼻で笑ったかと思ったら、蒼芭を後ろから抱き締めて肩に顔を埋めた。


「信頼関係なんて、関係性という名称をつけるのもおこがましいわ。友愛でもない、恋愛感情でもない、もっと超越したものよ。でも強いて言うならそうね・・・人生の相棒ってところかしら?」

それに答えるように蒼芭は少しだけルチに体を預ける。


「アタシはルチのことを、共に生きて共に戦って共に死ぬ心臓だと思ってるよ。だからお互い離れられない。」

その言葉にアベルがハッと顔を上げる。


「人間の寿命と悪魔の寿命は桁違いに違う!だから蒼芭はルチとずっと一緒にいるために不老長寿になったっての!?」

人間が百年生きることに対して悪魔は十万年生きる。蒼芭はアベルの言葉で心底愉快な表情へ変わった。


「くひひッ!だいたいそんなところかな~?」

蒼芭は手をルチの頭まで伸ばして撫でる。ルチはよだれが垂らしそうなほど蕩けた顔になった。

「でもあの時私が蒼芭を騙し、死の契約を結ばせて私の養分にされることは考えなかったのかしら?」

「それはそれで『君の方が上手でアタシを騙せたなんてやるじゃん!』って大笑いして死ねたから別にいいかなって。」

「やっだ、頭おかしいわ。大好き!」

「知ってる!」

人目も憚らずじゃれあう蒼芭とルチの言葉に、アベルは固まりバールディは半ば混乱していた。一つ言えるのは、理解できないという気持ちは一致していた。アベルはやっとふらふらの状態で壁づたいに立ち上がり・・・─ニヒルに口の端を上げる。

「全く、それでこそ蒼芭だ。─だからこそ信じられる。」


何かを確信したような言葉。側にいたバールディは言葉の意味を完全に理解できずに訝しむような反応だったが、蒼芭ただ一人だけは口を吊り上げて笑っていた。

「あはっ♪」

百人中百人が悪い笑顔だと即答する笑みは、美しい顔立ちも相まっていっそ芸術的だ。かと思えば、すぐに天真爛漫な笑顔にコロリと変わった。

「よし、決めたっ!!ルチ、計画続行!」

その声に反応してルチがフッと姿を消した、かと思いきやアベルのすぐ横に魔方陣を浮かべて突如現れた。更にルチの下半身が三メートル程の大蛇の尾のように変化しており、薄い朱色の鱗がびっしりと並んでいる。反応する間も無くその長い下半身でアベルを巻き付けて捕まえた。

「─っぐ?!」

「アベル!!」


バールディがふらふらの体を押して助けようとするが、蒼芭は鼻歌を歌いながら素早くバールディを閉じ込める妨害用の強い結界を施したため、バールディは無理に出ようとして結界に弾かれて気絶してしまった。

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