2-1
〔─魔導師。太古の昔から魔力の素養がある僅かな人間が、人間に危害を加える天使や悪魔と戦うことで人間界を守っている者だ。(と言っても天使が人間に迷惑を掛けることは少なく、欲望のままに生きて迷惑を掛けることが多い悪魔と戦うことが多いが)
そして魔導師達は、善良な天使と契約して協力することで、人間に害をもたらす人外を捕まえて懲らしめている。大昔に悪魔界が『魔王に逆らわなければなにをしてもいい』というルールだった時代は、人間界に来た悪魔の行いが過去最高に酷かったのもあり、彼らは団結力を高めるのも兼ねて魔導師のための組織、『魔導師教会』を作り上げた。
だが20XX年から4万年前、魔王が変わって転機が訪れる。魔王は世界の平和に尽力し、そのために悪魔をきちんと取り締まることを発表した。最初は天使界も魔導師教会も本気にしていなかったが、有言実行は果たされ急激に悪魔の悪行の数は過去最低になった。その悪行の内容も、大半が人間でいうと凶悪犯罪から子供のイタズラレベルにまで落ち着いたのである。魔王の予想以上の手腕に天使界と魔導師教会に最大の衝撃が走った。それどころか魔王は、悪魔界の頂点の『魔王』、天使界の頂点の『神』、魔導師教会の頂点の『教皇』の三人で定期的に話し合いの場を設けることを提案。それに対して神と教皇は快諾。世界の終わりが近いのかと世界中が大発狂したという。〕
「それ以来今の世界が荒れてないのは、天使界と悪魔界と人間界の偉くて優秀な方々が協力し、平和に尽力しているからである。」
「─カルト宗教の妄想を撒き散らすのもいい加減にしろ。」
イギリス、ロンドンの春。曇りが多い国で珍しく晴れていた。自宅兼実家のリビングで休日を満喫していた、二十四才の人気ボクシング選手のウィリアム・アッカーソン。愛称はウィル。彼が、バッサリと父親の話を切り捨てたところだった。黒い短髪は固く、目付きは悪いが眼光は鋭い碧眼は、ごつい顔付きも相まってどこかアンバランスな印象を受ける。百八十四センチの体躯と服の上からもわかるくらい綺麗に鍛えられた肉体とカジュアルな格好は、不機嫌なのもあって威圧感を増幅させていた。
対する父親であるツェザーリ・アッカーソンは、息子より長めの短髪で柔らかい黒髪を掻いており、ブラウンとダークグリーンが混じったヘーゼルの瞳に元気が無かった。顎の下と口回りにびっしりと規則正しく生えている髭は、五十才の年齢を感じさせる。息子より低めの百八十センチの体躯と年齢に反して十分にがっちりと引き締まっている体は、年相応の紳士な服装と彼の精悍な顔付きも相まって真面目さと豪快さが伺える。だが、いつもよりそれに影があるのは超現実主義者のウィリアムが原因だった。
「─世の中本当に神なんぞいたらとっくの昔に世界平和になって、皆でお手々繋いでイッツ・ア・ス〇ールワールドを大合唱しつつ毎日躍り狂ってるな。」
「我が息子ながら容赦ない!」
「神様信じて祈る暇あったら、自分磨いて自分信じて自分の花咲かすわ。」
「流石我が愛息子よ!怖い顔で全くモテなくても素晴らしい!」
「誉めてんのかけなしてんのかどっちだコラ。」
魔導師教会は神と天使を崇拝し、自分達にしかない特別な力を使って悪魔を祓うカルト宗教として世間に認知されている。そして父は年齢もあって前線である魔導師から退いている(会社でいうと管理職と呼ばれる)教会の幹部だ。当然、一切ボクシングのインタビューに出していない。仲は決して悪くはないのだが。そんなことは露知らずツェザーリはふむ、と顎に手を当てた。
「神様は悪魔や天使がかかわっているならともかく基本的に人間界には干渉しない。人間の問題なら人間自身で解決したまえ、という考え方だ。だからその考え方はあながち間違ってはいないね。」
ウィリアムは否定されかったことに拍子抜けした。だが、機嫌はより悪くなる。
〔そもそもツェザーリが炎の魔法を見せてもウィリアムは「種も仕掛けもふんだんに使ってるマジックだ。現代社会のこのご時世、凝った技術を使えばいくらでも誤魔化せる。」と全く信じなかった。子供の頃に教会に連れていこうとしても、既に子供らしからぬ現実的思考を持っていて「カルト集団の巣窟に行きたくない」と断られた。
話は変わるが、基本的に個人が使える魔法の種類は炎・氷・雷・水・風・土・光・闇のうち一種類しか使えない。そのため炎の魔法しか使えないツェザーリは、「マジックで再現できそう」と炎の魔法を否定されてしまいお手上げ状態だった。そこでツェザーリは視点を変えることにする。〕
「うぅむ、じゃあウィルにも関係のある話をしようか。『水無瀬蒼芭』は知っているかい?」
「・・・魔導師教会のイカれた連続殺人犯だろ?」
〔水無瀬蒼芭、二十五才、日本人女性。主な罪状は大量無差別殺人。更にその他もろもろの大量の余罪もある。顔も本名も公開されているにも関わらず五年間一度も捕まっていない一千万ドルの国際指名手配犯、という一般人でも知らないものはいないフィクションみたいな犯罪者だ。おまけに魔導師教会に所属していたというオマケ付き。ただでさえ後ろ指差されるカルト宗教団体の評判は、地の底を突き抜けそうな勢いだ。そのため父親のことが明らかになれば、ボクシング選手としての人気も急転直下し、最悪除名されるのではと無駄にヒヤヒヤする毎日である。〕
気を落ち着かせるために、赤みががった鮮やかな色に出来上がっている紅茶を口につけた。
「水無瀬蒼芭は前線で活躍する魔導師の中でも特級の魔導師で、なおかつ一番の腕利きで教会に欠かせない人物だった。だから魔導師のトップである大魔導師の最有力候補だったのである。」
─そして喉を通る前に盛大に吹き出して咳き込んだ。だが、ツェザーリは話すのを止めない。
「彼女とは何回か話したことがある。簡潔に言うと容姿端麗!文武両道!性格破綻者!!」
「オイ最後。」
「あと何故か、妻とウィルのことをよく聞いてきて『ひいお婆様の手紙の通りね』という謎の言葉を放っていたな。 疑問には思ったが、大したことじゃないからとはぐらかされた思い出がある。」
そう、のほほんと話すツェザーリにウィリアムは心底呆れて溜め息を吐く。
「そんなのが教会に欠かせない人間だったとか、余計にしょうもないカルト集団だろ。」
休日をこれ以上潰されたくないと思って立ち上がろうとする。が、とても馴染みのある女性が目に入って思い止まった。
「─あなた、それだけだと余計に誤解を招くだけだわ。」
彼女、シンディ・アッカーソンはウィリアムもツェザーリも敵わない母親兼妻である。顎のラインで切り揃えているショートの黒髪は活発な印象を与え、ツェザーリと同じヘーゼルの瞳は細い体から想像できないほど強い意思を感じる。四十八才とは思えない若々しい容貌のせいか、若者らしさを感じる明るい服を着ていても違和感が無かった。母は教会の者では無いが、教会の幹部の妻として教会のことを父と同様に把握している。
「ウィル、この人は魔導師教会の幹部よ。だから一般人には知らされていないことを知っているわ。─水無瀬蒼芭という人間がフィクションのような存在になった経緯、知りたくない?」
「・・・・・・・・・まぁ。」
全く興味がないと言えば嘘になる。実際にウィリアムが知らなかった情報を父が知っていたことは事実なので、溜め息をつきながらも押し黙ったツェザーリはそれを同意を見て話を始める。
〔─そもそも事の発端は、蒼芭が天使との契約を一方的に破棄をしたことだった。『欲望の塊である悪魔との契約は危険だから』という理由で禁止されている悪魔との契約を、蒼芭が勝手に結んだことが全ての始まりである。 そして蒼芭は逃亡して姿を眩ませ、教会から魔導師の資格を剥奪された。教会はしかるべき処罰と、悪魔との契約を破棄させるために蒼芭の検挙に躍起になった。
─しかしその後、魔導師教会の幹部が十人も殺された。死体には首を絞めた後があり、所々体の部位が獣に食べられた後のように欠損していて無惨な状態だったという。そして元来蒼芭は首を絞めることを好む趣味があった。そのことから自分を追うことに対しての見せしめとして幹部を殺し、自分がやったというアピールから首を絞め、最終的には死体を悪魔に捧げたのではないかという結論に教会は至った。〕
「・・・契約やら悪魔やらは置いといてだ、見せしめとして殺して自分がやったという証拠を残すのは録でもないな。」
ウィリアムはただただ呆れるしかなかった。その後も条件が共通する殺人事件が魔導師教会内だけでなく、全く関係のない他人にまで及んだため、全て水無瀬蒼芭の仕業だと警察も結論付けている。そして殺された人間は老若男女問わずで罪のない子供から老人まで殺されており、金品が奪われている場合もあったと。
ウィリアムは聞けば聞くほど心から波がすぅーっと引いて冷めていった。
「最後まで聞いてオフの日を潰した、出かける。」
吐き捨てるように言って、そのまま乱暴にどあを閉めてウィリアムは出ていってしまった。ツェザーリは顔を青くし、『やらかした』と頭を抱える。
「まだ話の途中だったのに、どうしてこうなるんだ・・・。」
「そこはほら、才能と努力が物を言う現実的な世界の人だから仕方ないわ。」
シンディはあっけらかんと笑う。だが、すぐに息子を心配する母の顔になった。
「でも最近変な事件が起こってるから、それに巻き込まれないといいわね 。でも内容が内容だからきっと話しても信じてくれないわよね・・・。」
ウィリアムが出ていったドアを見てツェザーリも確かに、と心配の表情になったのだった。
***
ウィリアムはもうすぐ日が沈むというのに、何も考えずに出ていってしまったことを少し後悔していた。道端のカップルがべったりしているのを見ると、余計に虚しくなる。いかんせん強面過ぎてモテないが、かわいいお嫁さんと子供、出来れば男の子と女の子両方ほしい。そう考えながら、どこか飲みに行こうかと思ってサングラスで変装をし、行き着けの裏通りにある静かなパブに向かう。
『今日の授業眠かった~。』
『疲れたー!』
『ママー!あれ買って!』
『だめよ、また今度。』
『今日は飲むぞ~!』
『無礼講だ無礼講!』
学校帰りに楽しくお喋りをする学生、仕事帰りでくたくたの会社員、遊んだ帰りの親子。はたまたこれから自分と同じように飲む予定の社会人・・・。ロンドンの時計塔をバックに帰りと行きの人々が交差する光景は、背景以外万国共通だろう。それくらい当たり前の光景は、大小何かしら問題はあっても平和の証だと言っていい。
【今の世界が荒れてないのは、天使界と悪魔界と人間界の偉くて優秀な方々が協力し、平和に尽力しているからである。】
ふと父の話を思い出す。お伽噺や物語など本の世界の出来事が現実で起こっていて平和に貢献しているなんて言われても、憧れはするが信じられない。ましてや神や魔王が協力しているなんてそれこそ夢物語だ。人間同士でもいさかいが絶えないのに、作り話と言えど都合が良すぎるだろう。
『─そういえば、例の殺人鬼。今、このイギリスにいるんですって。』
『嫌だわぁ、警察は何してるのかしら。』
『カルト宗教を信じてるとか頭イッてるよな。宗教信じた結果、殺人に走ったんじゃねーの?』
『自分達が特別だと勘違いしてるんだろ。』
『どうせ犯罪まがいのことやってるんだから、家族もろとも全員刑務所に入れればいいのにな。』
一人で考え事をして歩いていると、今まで聞いた思い出したくない話を思い出してしまう。胸に溜まったもやもやした感情を吐き出すように溜め息をした。今日は溜め息ばかりのような気がする。そして人通りの少ない裏通りに入ると試合は昨日終わったばかりだから、と好きなだけ飲もうと割り切ることにした。
「─ッきゃああぁあああぁあああああ!!!」
目が覚めるような、女性のつんさくような悲鳴が路地裏から聞こえた。反射的に裏路地に駆け込んで悲鳴の発生源に急ぐ。
「─誰かぁっ!」
襲われたような怯えた声を手がかりに、全力で走った。声が近くなったと思ったら、空き地のような開けた場所に出る。そして茶髪を肩まで伸ばしたかわいらしい印象の女性が、ブラウンの目を潤ませて腰を抜かしている。ウィリアムは素早く庇うように女性の前に出ようとした。
「どうしっ・・・─え?」
周囲をよく見渡すと路地の隙間から、この世のものとは思えない化け物と呼ぶにふさわしい異形、はたまた人間の形をしているが耳が尖っていたり牙が生えている存在が、十匹。それらが息を荒くしてこちらを伺っていた。確かなことは、それらは今までの常識を覆す存在であるということだ。
「・・・・・─なんだ、これ。」
ウィリアムは非現実に立ち尽くしていると、人の形をしているが人間より一回り大きい異形が路地から飛び出し、女性に対してそのごつい腕を振り上げた。とっさに女性の前に出て庇い、異形を殴って吹き飛ばす。─それで火が点いたように、それらは一斉に襲いかかってきた!
攻撃を避け、流し、顔を殴り、腹を蹴りあげる。だが、数が多いため異形が降り下ろした爪が咄嗟にガードした手に掠めた。
「くっ─!」
女性を庇いながら戦うため、致命傷は無いが切られ、殴られるために身体中に切り傷や打撲が出来ていく。そして息を合わせたように、左右から一斉に獣の見た目に近い四肢をついた異形が突っ込んできた。だが、バック宙をして避けることで相討ちさせる。更に着地してそのまましゃがむ体制になり、素早い足払いをすることで目の前の異形を転ばせた。
異形に対して予想以上に善戦するが、いざ殴っても何事もなかったようにすぐに起き上がって反撃を食らってしまう。痛みで少し怯むが、首を振ってすぐに持ち直した。
「今のうちに逃げろ!」
と振り返って女性を見る。
─女性の腹にサシュッと闇属性の魔法の矢が、刺さった瞬間を見た。
切れ味の良い音の直後、糸が切れたように女性はどしゃりと仰向けに倒れた。女性は目を開けたまま動かない。死、という言葉は知っているがそれが目の前で起こったことに上手く繋がらない。信じたくないという気持ちにとらわれているせいか、油断して思いっきり異形の拳を腹にもらって吹き飛び、地面に転がる。結果仰向けになって、上空を見ると・・・─国際指名手配犯の写真で見た顔、水無瀬蒼芭が民家の屋根の上に堂々と立っていた。
─本当に人間なのかと思ってしまうほど美しい顔と、今では欧米人でも珍しい金髪碧眼に目を引き付けられる。ほどいたら肩を隠せそうなほどの長い髪を後ろにアップにしているが、癖っ毛なのかところどころぴょこぴょこと跳ねていた。背は日本人女性としては百七十六センチと高くて手足も長いというスタイルの良さは、世界的なモデルだと言っても容易く信じられてしまうだろう。Tシャツにジーパンのラフな格好だが、それでも彼女の美しさを損なうことはない。
だが、ウィリアムは知っている。どんなに美しかろうと、目の前の人間が国際指名手配されている凶悪犯だということを。そして罪の無い女性が、この殺人鬼によって命を奪われたことを─!
頭に血がのぼったウィリアムは痛みも忘れて立ち上がり、蒼芭に向かって駆ける─!
「─行ったらダメです!!」
─が、そこに小さな影が横から入ってきたため足に急ブレーキを掛けた。そこには怯えの混じった目をした少女─ピンクのワンピースを着たグリミアが、両手を広げてウィリアムの行く手を阻んでいる。子供と言えど、あまりに深刻な様子にウィリアムは思わず怯んだ。
「行ったら駄目って、なんで・・・。」
「話は後!失敗するから絶対に動かないで!」
「理不尽だなオイ!」
そしてグリミアはそのまま魔方陣を浮かべて薄紅色の結界を張った。化け物はウィリアムとグリミアに飛びかかってくる。だがグリミアは物怖じするどころかむしろ力んだ様子であり、異形は結界に触れたところが燃え上がって反動的にノックバックしていた。
すると蒼芭は心得たように人差し指を立てた状態で右手を上げ、それを下に向ける。そして結界以外の場所に闇属性の矢の雨を降らし、異形の物達に次々と刺さっていった。刺さる度に異形の喚き声の大合唱が起こることに、これは現実かとウィリアムは呆然とする。
頃合いを見て雨が止むと地面に大量の魔方陣が現れ、そこから大量の鈍色の鎖が異形達を縛り付けた。異形は弱々しい力で足掻くが、矢で弱っている彼らは拘束の魔法に成す術もない。
「─全員、殺さないように加減したよ。」
いつの間にかその中心に、正確には倒れている女性の前に蒼芭は立ってウインクをしていた。女性を殺したかと思えば、まるで自分を助けるみたいに異形を倒したことにウィリアムが戸惑う。
「あんたは一体・・・。」
するとグリミアがぎょっとした顔で手を下ろし、結界を解いた。
「ヴェリル様!蒼芭さんの姿のままですよ!」
その言葉に彼女はきょとんとしたが、すぐにあぁ!と笑ってぼふりと少し間抜けな音と煙を立てる。すると全く別の美女─オレンジと空色のオッドアイが、人ならざるものだと本能に訴えかけてくるヴェリルの姿に戻った。
「はぁ!?何が一体どうなって・・・!」
「─なぜ、こんなかわいい女性が襲ってくださいとばかりに夜、路地裏で一人でふらついていたかわかる?」
「いや、聞けよ!この子もあんたも人の話を聞けない人種か!」
するとそのタイミングでヴェリルの前で倒れている女性が、突然起き上がった反動だけでそのまま立ち上がった。
「─!?」
そのまま目を開ききった顔でヴェリルに襲いかかるが、読んでいたのかヴェリルは淡々と拘束の魔法で女性を捕獲した。女性は一心不乱に足掻くがヴェリルはくすり、と勝ち誇ったように口を吊り上げた。
「─その答えは彼女が『悪魔』だから。」
〔ヴェリルいわく、最近妙な事件が起こっているという。【誰かに操られた状態】の悪魔、人間、天使が無差別に襲撃する事件だ。通称・操り事件。〕
「今回はか弱い人間の女性の振りをしたこの悪魔が、現在僕の鎖と戯れている彼らを操って君を襲ったんだ。」
証拠としてほら、と全員の体や服の中に華美な黒い薔薇の紋様がついているのを指摘した。
「術に掛かってこれをつけられると、術者のマリオネットになって思い通りに操られちゃうわけ。」
ウィリアムは突然現れた異形の存在を、頭で消化するのに精一杯で紋様に気付かなかった。そしてヴェリルは魔法陣を浮かべて何か呟くと、その紋様を全員消し去って操りの術を解く。一息つくと、くるりとウィリアムに向きを変えた。
「僕は蒼芭を探していたんだけど、うっかり写真を無くしちゃってね。写真がわりに彼女に化けて悪魔や天使に情報を得ていたんだけど、偶然通りがかったここから変な術の気配がしたから急いで駆けつけたんだ。」
間に合ってよかった、と彼女は心の底から笑っている。だが、ウィリアムもっと聞きたいことがあった。
「・・・話はわかった。でもあんたらは何者だ?」
するとヴェリルはイタズラを含んだ笑みに変わり、うやうやしく執事のようなお辞儀をした。
「泣く子も泣いて喜ぶ平和の女神、魔王ヴェリル様でございます。」
「自分で言います!?ヴェリル様の不肖の愛弟子、グリミアです!」
「どっちもどっちじゃね?─って、え?魔王?」
ウィリアムは聞き間違いかと困惑するが、ヴェリルはそれを見て楽しんでいるようだ。
「君のこと、知ってるよ。ツェザーリの愛息子のウィリアム君でしょ?」
「!」
何故知っていると問おうとしたがヴェリルがプッ!と盛大に吹き出したせいで遮られた。
「知ってるも何も、『教皇』の息子の名前くらい知っているよ!あっははは!」
腹を抱えて大爆笑をするその様と魔導師教会のトップであることを黙っていた父に、ウィリアムの顔はみるみる赤くなった。
「あんのクソ親父!」
「君も教皇の息子のくせに、才能を腐らせてるバカ息子だって悪魔・天使・魔導師の全ての界隈で有名だよ。あははっ!いやぁ、会ってすぐ素養があるのがわかるぐらい才能あるのに、その年になっても存在自体を信じないって、いらん奇跡起こったよね!あはははは!ひィーッ!」
「笑いすぎだろ!」
そして見かねたグリミアがヴェリル様、とヴェリルのシャツのすそを引っ張る。すぐにヴェリルは自分のやるべきことを思い出したようにああ!と、指をパチンと鳴らした。
「丁度良いから君のパパ様に電話して、この件について教会を動かしてよ。怪我はそこで治してもらいな。」
「今の流れでよく頼めるな、コラ。」
そう言いながらも、渋々スマホを取り出した。そして気まずそうに呟く。
「・・・でも助かった、ありがとう。」
不器用さを感じるそれに、ヴェリルはどういたしましてと微笑んだ。