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矛盾の魔王と狂人  作者: 春告鳥
1,化け猫の覚醒、そして出会い
3/7

1-3


更に二千年(人間でいうと2年)の時が流れ、ヴェリルとギルビスが出会ってから五千年(人間でいうと五年)の時が経っていた。今日は修行を休んであばら屋でゴロゴロ寝転がっている。

「お師匠様、私成長しましたよね?」

「うん!低級から中級ぐらいの悪魔になったよ!僕が認める!くふふっ!」

「いや、そっちもですけど身長的な意味で。」

「それは断固認めたくない!」


五千年の時を如実に表すように、ヴェリルはギルビスの背を抜いていた。(この時点でギルビスは百六十センチ、ヴェリルは百七十センチ)ちなみにギルビスはかなり幼い外見を気にしている。

「ベリーはね、魔法のテクニックや武術は上級の悪魔クラスだよ!でも魔力が発展途上だからせっかくのテクニックを持て余している状態なんだよね!だから魔力が追い付いてくれば上級の悪魔にも引けとらないはずだよ!」

「わーい!凄くためになることを言ってはぐらかされた!」

「ちょっとなにいってるか分かんないよ!」


お互いの呼吸を理解しているほのぼのとした会話を、ヴェリルが世界を好きになった日から毎日続いている。もちろん魔王討伐のために、お互い切磋琢磨して修行も続けていた。ギルビスは相変わらず時々物思いにふけることがあるが、それは以外は変わらない。きっと炎の領域の統治のこと、ヴェリルの修行ことなど最終目標である魔王討伐に関することを考えているのだろう。そう思っていずれ話してくれるのをヴェリルは信じているので、口を出さずにいたのだった。

『─ふざけんなゴラァ!ぶっ殺してやる!』

『上等だボケ!やれるもんならやってみろ筋肉バカ!』


すると近くで明らかに穏やかじゃない声が聞こえてくる。ギルビスはのんびりな空気がなかったかのように素早く起き上がり、作戦会議を始めようと膝をついた状態になる。ヴェリルも僅かに遅れて立ち上がるが、ギルビスに手で制される。

「相手の強さがわからないから、取り敢えず僕だけが出ていって様子を見に行く。僕が声を掛けるまでここにいるんだよ。」


ギルビスがあばら屋に掛けた魔法によって、他の悪魔からはこのあばら屋は見えない。相手の強さがわかるまでは、待機した方が良いということを瞬時に理解したヴェリルは頷いた。

『─ひいぃいいっ!助けてくれぇ!』

『もっと泣き喚けや!ギャハハハ!』


すると別の方向からも別の種類の騒ぎが起こった。ヴェリルとギルビスは目を丸くして文字通り頭を抱える。

「もー!よりによって同時に問題起こすかな!?しかも休み中に!オフに!バカンス中に!」

「それ全部同じ意味ですよお師匠様。取り敢えず緊急性の高い、助けを求めてる方を先に向かって下さいな。私はケンカの方を隠れて見てきます。」


ギルビスは渋い顔をしたが、騒ぎの声はどんどん荒くなって大きくなる。やがて諦めの表情が浮かび、溜め息を吐いた。

「絶対に見つかっちゃダメだよ?様子見をするだけだからね?」

「勿論です、お師匠様も欺いた化ける術を有効活用します!」

「もー!君って子は!何かあったらすぐ逃げて僕のこと呼ぶんだよ!」


ギルビスは約束だよ!とぷりぷり怒っていたが、すぐに彼は愛用の車輪を浮かべて救出に向かう。こうして二人は二手に別れた。ヴェリルはいつもギルビスに引っ付いて守ってもらえることが多かった。そのため、初めてギルビスの役に立つという実感がして少しばかりわくわくしつつ、騒ぎのあった辺りに慎重に隠れながら向かった。


***


木陰や岩陰に隠れて進み続けているが、ヴェリルが先程聞いた騒ぎの声はいつの間にか止まっており、騒ぎを起こしていたような悪魔か見当たらない。ヴェリルは耳がいいので方向は間違いなく合っていたと確信していた。故に首を捻り不審に思ったため、ギルビスの元に戻ってみるという考えに行き着く。

「─みぃーつけたぁ!」

「!?」


考えことをして油断したのが悪かったのか、四方八方から二十匹の中級の悪魔が嬉々として襲いかかってきた。ヴェリルは必死に避けて防御に専念するが、明らかに分が悪い。人型のもの、獣の姿をしているもの、明らかに化け物に見えるものなど様々なタイプがいた。そしてよくよく見ると悪魔達の中には、昔ヴェリルがギルビスを探しているときにヴェリルを襲ってきた緑色の肌の悪魔もいた。

「ここらに隠れ住んでいるとは噂で聞いていたが、『やっぱり』あんときの化け猫のガキじゃねぇか。たっぷり仕返しに来たぜぇ!」

「─!?」


やっぱり、という言葉にヴェリルは引っ掛かる。すると顔に出ていたのか悪魔達はニタニタと嫌な笑みを浮かべていた。

「魔王に逆らわなければ何をやってもいいなんて最高のルールになっている世界なのに、炎の領域をギルビスが統治なんぞしているせいで物足りねぇんだよ!」

「あぁ、ほんとムカつくぜ!だからお前ら二人を二手に別れるようにわざと騒ぎを起こしたんだ!そして一人になったお前をぶっ殺し、死体になったお前をギルビスに見せつけることであいつの心を折ってやる!そうすりゃ統治なんてバカなことはもう止めるだろうよっと!」


そう言い放った人型の醜い顔をした悪魔が、風の攻撃魔法で竜巻をヴェリルの周囲に起こす。それを皮切りに、なんと四方八方から炎、氷、水、雷、土、風、光、闇、と全ての属性の魔法がヴェリルに向かって飛び出してきた!ヴェリルは瞬時に結界を張って地面を跳び跳ねながら避けることに専念する。ギルビスに助けを求めたいが、今頃ギルビスも種明かしをされて足止めされているだろう。ギリ、と歯を食い縛りながら四方八方から次々に飛んで来る攻撃魔法を耐えて時間稼ぎをするしかない。


「ゲスがっ・・!嫌なら炎の領域から出ていけばいいのにっ!」

耐えているヴェリルを見て、悪魔達は下卑た笑いが止まらない。

「ギャハハハ!悪魔なんだからゲスで当たり前だ!それになんで俺達がバカ正直にわざわざ炎の領域から出ていかなきゃいけないんだ!お前らみたいなのをぶっ殺して、元の素晴らしい無法地帯にした方がよっぽといいぜ!ほらほらいつまで持つかなぁ~?」

「また悪魔に生まれ変わったらちゃーんと可愛がってやるよ!悪魔らしくない、お綺麗でまともな神経を持って生まれたことを悔いて死にな!ウヒヒヒヒ!」

「─ッ!そんなの絶対おかしい!腐ってる!・・・カハッ!?」


するとヴェリルは横から鋭い矢のような闇魔法の一撃が入って吹き飛ばされ、岩壁にぶつかり崩れ落ちた。倒れてもよれよれになりながら岩のでこぼこに捕まってなんとか起き上がったが、立つのがやっとだ。悪魔たちがじりじりとヴェリルを囲むようにして追い詰める。


「へっへっへっ・・・。後でギルビスも送ってやるよ!おらぁっ!」

悪魔は嫌な笑みを浮かべて力を最大限貯め、ごうごうと燃え盛る炎の魔法をベリーに放つ!


「─ッ!」


ヴェリルは両手を前に出してダメ元で全身全霊で結界を張った。しかし炎に耐えきれず、ピシピシとヒビが入って結界が壊れていく。やがてガラス玉が割れるように結界が壊れた音を聞いた時、不甲斐ない弟子を許してくれ、と無念を想いながら目を閉じたのだった。



・・・─が、いつまで経っても衝撃が来ない。ヴェリルは不審に思って恐る恐る目をそっと開けた。


「─よく頑張って耐えたね!君が諦めて結界を張っていなかったら絶対に間に合わなかったよ!偉いよ!凄いよ!師匠として誇りに思うよ!」


ギルビスが愛用の車輪と共に結界を張ってヴェリルを守っていた。

「お師匠様・・・!!」

「さあ!お仕置きの時間だよ!」

そのまま結界を固くし、魔法を弾いた。ギルビスはニヤリとニヒルな笑みを浮かべて愛用の車輪が火を吹く!



「─逃げろー!絶対勝てねぇー!」

「死ぬー!」

「あばばばば!おぼぼぼぼぼ!」



そして悪魔達はこちらを振り返りもせずに、全員全力で撤退をしていた。ヴェリルとギルビスは思わずズルリと大袈裟なくらいコケる。あまりに潔い方向転換ぶりに唖然とするしかなかった。しまいには慌てすぎて転びながら逃げたり、マット運動の前転をしながら逃げるという高難度な逃げ方をしている者までいて、もはやコントと化している。そんな滑稽な姿を見たらおもわず立ち止まって成り行きを見届けてしまうのは無理がないだろう。


「─嘘でしょ?・・・嘘でしょ!?そこは君らが半ばヤケクソになって挑むけど、僕とベリーの抜群のコンビネーションによってフルボッコのけっちょりんこにされる流れでしょ!?」

「えっらい具体的ですね!?」

「え、嘘でしょ!?ホントに!?マジで!?バカなの!?」

「思ったより混乱してる!お師匠様、落ち着いてください!さっさと追いかけますよ!」

「─はっ!確かに!よっしゃ行くぞー!」


慌てて体勢を整えて追いかける。

─が、遅れたのが仇となっていつの間にか姿が見えなくなってしまった。逃げきられたことにヴェリルとギルビスは頭を抱える。


「・・・逃げられちゃったか。ベリーが殺されかけたから、生き地獄を見せて喉か潰れるくらい絶叫させようかと思ったのに!もう!僕のおたんこなす!仕方ない、あの様子ならしばらくは大丈夫だと思うし、また何かやろうとしたら今度こそけっちょんけっちょんにしよう!」


ね!と若干不穏な言葉とは裏腹に、ギルビスはヴェリルの頭をゆっくり優しく撫でていた。ギルビスは悪魔界を平和な世界にしたいという考え方のせいか、同族殺しはもちろん必要以上に戦うのを避ける傾向がある。必要以上になぶる、むさぼる、追い詰める、の畜生三拍子が珍しくない悪魔界。統治者として必要最低限しか戦いたくない、逃げるなら必要以上に追いかけないという悪魔としては非常に珍しい甘い考え方をしているのだ。呆れたヴェリルは溜め息を吐く。

「・・・わかりました、さっさと帰りますよ。」

「うん!」


そしてヴェリルはそんなギルビスに弱い。なお質が悪いのはギルビスもそれを承知している所だろうか。そんなところは悪魔らしくなくていいのに、と釈然としない気持ちでヴェリルはスタスタと歩を早めてギルビスの前を歩くのだった。

「待ってよベリー!」

いつもだったらその声に答えて素直に立ち止まるが、珍しく反抗心がむくむくと湧いたのでヴェリルは無視を決めて歩みを止めないことにする。

「ごめん!ベリーが殺されかけたのに甘い判断をしました!それは本当にごめんなさい!許して!」

それでも無視をして歩くと、やがてどんっ!と思い切り後ろから強く押されてしまい、ヴェリルは前方に崩れて膝をついてしまった。

「─わっ!ちょっと、お師匠様!」


反射的に振り返ると・・・・・━ヴェリルを突き飛ばした体勢のまま、光魔法の矢で【心臓】を撃ち抜かれているギルビスがいた。






「・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」






自分の心臓が止まりそうなほどの衝撃だった。ギルビスを差した魔法の矢は役目を終えてすぐに消えたが、射撃主は何処かにいる。ギルビスはふらつきながら力を振り絞り、片手は胸を押さえてもう片手はすぐに炎の矢を放った!

『ぐあっ・・・!』


ヴェリルの耳に遠くから断末魔が聞こえた。それを頷くことでギルビスに伝えると、彼は『よかった』と小さく微笑んでどしゃりと倒れこんだ。


「─お師匠様ぁ!」


ヴェリルはギルビスの元へすぐに駆け込み、抱き起こす。状況から察するに遠距離から貫通性の高い魔法が飛んできたため、ギルビスはとっさにヴェリルを突き飛ばして庇った。あの悪魔達は計画が上手くいかなかった保険のために遠距離に仲間を置き、ギルビスとヴェリルが油断したところを狙い打ちする予定だったのだ。


〔─悪魔が死ぬ条件は首を斬首されるか、心臓を破壊されること。そして運が悪いことにギルビスは急所である心臓を破壊されている。心臓を破壊されれば人間と違って即死はしないが、悪魔特有のどんな大きな負傷だろうと傷を治す自然治癒機能が働かなくなる。そして傷は治らず、血も止まらない・・・やがて死に至る。悪魔は回復魔法を覚えないので治療することもできないし、薬草では回復が追い付かない。まだ息はあるが、時間の問題だった。〕


「私を庇ったせいで!こんなっ!こんなっ・・・!」

ヴェリルはぼろぼろと涙を流す。今までどんな辛い思いをしていても流さなかった涙を流し、自分を攻めていた。だがギルビスは笑って首を振り、それを否定する。

「ヴェリルは悪くないよ、僕が甘かったんだ。僕が悪魔というものを甘く見すぎたんだよ。だからこれは自業自得なんだ。」

「─ッ!そんなことないっ!貴方に自業自得なんて言葉は似合わないッ!!」


首をブンブンと強く振って否定する姿は痛々しい。するとそれを押さえるように、ギルビスはゆっくりとヴェリルの頬に優しく手を当てた。

「二つ、お願いしてもいい?一つ目は・・・僕の魔力を全部ベリーあげたいんだ。」


魔力の譲渡は双方が同意すれば可能な行為だが、実力が全ての悪魔界でそれが行われることは無いに等しい。だがギルビスはもう死ぬことを受け入れて、全てヴェリルに託そうとしているのをヴェリルは瞬時に理解した。

「嫌です!絶対にいやぁ!」

ヴェリルは頬に触れているギルビスの手を強く掴む。ギルビスはまた首を振った。


「もうひとつのお願いは僕が愛したこの世界を・・・ベリーがいるこの愛しい世界を、平和で幸せなものにするために魔王を倒してほしい。だから、そのためにも僕の魔力を受け取ってほしいな。・・・ね?お願いだよ。」


お願い、という言葉にヴェリルはぐ、と言葉を詰まらせる。また、ぽろりと涙が流れた。

「・・・それはずるいよ、お師匠様。僕が命令よりもお願いの方が聞くってわかって仰るのでしょう?そんな計算、まるで悪魔みたいじゃないですか。」

「え?だって僕、悪魔だし。くふふっ!」


そのやり取りでお互いの気持ちを全て心得た二人はフ、とやり場のない笑みを浮かべる。そして覚悟を決めたように神経を集中してお互いの手が触れている場所に力を込めた。

─ギルビスから大量の魔力がヴェリルに流れ込んでくる。暖かい炎の魔力を感じながらこのやり取りが終わって欲しくないと思ってしまった。だが、それでも終わりは必ずある。

─やがて、ギルビスから全て魔力を受けとった。





「・・・─ありがとう、ベリー。大好きだよ。」





ギルビスの声とは思えないくらい呟くようにそれを言うと、彼の手から力が抜けてヴェリルの手に重みが増した。

「ッ・・・!」


ハッとしてギルビスの血だらけの胸に手を当てる。だが、そこからは生きていたら感じるはずの生命力を【全く感じなかった。】

・・・ギルビスは安心したかのように、なんの悔いもない晴れやかな笑顔で永遠の眠りについたのだった。







「──ッいやああぁああああああぁああぁあああああぁああああぁあああああぁあああ!!」








ヴェリルは・・・ただ、ひたすら泣き叫ぶしかなかった。そうすることしか、出来なかった。







***


──翌日


「アヒャヒャヒャ!やったぜ!ギルビスがいなけりゃ俺達の天下だ!」

「全部思い通りにいくなんてな!」

「ケケケケッ!」


ヴェリルを待ち伏せして襲ってきた悪魔達が、ぞろぞろと横並びに列をなして大笑いしている。その手には炎の領域に生息している鳥や豚などの食料を手にしていた。

「だから言ったろ?お綺麗なあいつは深追いなんてしないから、逃げきれさえすればどうにかなるってよ!その通りになったじゃねぇか!」

「全くだ!ま、射撃主のやつは死んじまったけど一番弱かったやつだし、たいした損害はなし!」

「結果、炎の領域は元通り!」

「今まで通り好き勝手できるわけだ!すんばらしい!」


どっと大きな笑いが起こる。隠れている低級の悪魔がこそこそとこの場から離れていくのを感じていたが、それが気にならないほど意気揚々としていた。すると一匹の悪魔が思い出したように『あ』と声をあげた。

「例の化け猫、どうするよ?仕留め損ねたけど、代わりにギルビスは死んだしよ。」

「あ?ほっといていんじゃね?せいぜい中級程度じゃ俺達に復讐もできねぇだろ。」

「それもそうか。また会ったときにおもちゃにすればいいしな!いっそ、いい女になるまで待っとくか?美人はどんな顔も絵になるぜ?ケケケケッ!」

「ほんっと、なにしてもいいって最高のルールだよな!殺したって罪にならないんだからな!」


そんなことを喋りながら、彼らは木々に囲まれて湖のように大きいマグマ溜まりがある目的地についた。全員自然にバラけてきょろきょろと彼らは探し物を始める。


「・・ここで打ち上げだったよな?」

「ああ。他の連中も来るはずだが、まだなのか?」

「作戦前に美人一杯連れてくるとかほざいてたし、律儀に守ろうとしてるんじゃね?(笑)」

「どうせ無理矢理言うこと聞かせてんだろ、待ちきれねぇから探そうぜ。」





「─ぎゃあああぁああああぁぁあああッ!?」





遠くない場所から、聞きなれた仲間の野太い叫びが響く。散らばっていた悪魔達はすぐに声の元へ駆けつけた。

「どうした!?」

「なにがあっ・・・─うわぁ!?」

「なんだよこれ!?」


少なくない数の悪魔達が、原型から変わり果てた姿でマグマに突っ込まれていた。心臓を何かに貫かれて壊されている者、首を刎ねられている者、どちらの状態にもなっている者・・・全員共通しているのは『死んでいる』ということだろうか。そして姿形は変化しているが、顔や浮いている首は待ち合わせをしていた見覚えのある顔だった。


「─どういうことだ!?この人数相手にこんなことできる上級のやつらが炎の領域にいたか!?」

「馬鹿を言え!ギルビスが統治していたから、質の悪い上級は面倒事を避けて炎の領域にいなかったはずだ!」

「じゃあ昨日の今日で嗅ぎつけて来たって言うのかよ!早すぎるだろ!ならギルビスを殺したのは間違いだったのか!?」

「ノリノリで乗っかったくせに今更何言ってんだ!もう取り返しつかねぇよ!」

「ふざけんな!こんなつもりじゃ─」


─バシュ、と一匹の悪魔に後ろから闇魔法の矢が心臓に刺さり、ぐしゃりと崩れ落ちた。


「な─」


反応をする前にその隣の三匹をシュパッと闇魔法の刃が首を刎ねる。首のないそれは糸が切れたようにバタバタと倒れこんだ。


「な、なんッ─!?」


目を凝らすとマグマ溜まりを囲む木々から魔法でが飛んできたのが見えた。だが出所がわかっても術者の姿は見えず、今度は闇の矢がストトトトッと複数の心臓を小気味良い音で正確に刺していく。素早く、正確に、テンポ良く、まるで楽器でも鳴らすように次々と行われている。姿を見せないのも相まって狂気を感じた。


「─だ、誰だ!隠れてないで出て・・─ひィッ!?」


すんでの所で避けた場所には闇魔法の矢が刺さっていた。目で追いかけるのが難しいほど早い魔法に、周囲を見れば二十匹いた悪魔はもう半分以下になっている。全滅は時間の問題だった。


「─ま、待て!命は!命だけは助け─カハァッ!!」


半泣きで震えた声の命乞いは、切り捨てるようにかき消された。




「─大好きでたまらない師匠を殺しておいて命を助けろとかさぁ、逆に笑えるよね。」




マグマ溜まりが凍りそうなほどの冷たい声と共に、うつむいていて表情が見えないヴェリルが木陰から現れた。


「━ 余計に無惨にしたくなる。」


息の音が止まったのかと錯覚した。明らかにヴェリルに異変が起きている。だが状況を飲み込めてない鈍い悪魔がいたようで、一匹が手のひらを返すように岩のように大きい氷塊を魔法で放つ。それに応えるようにヴェリルはスッと片手を挙げて魔方陣を浮かべた。


「バカッ!何やって─!」

「─死ねやボケェッ!キヒャヒャ─!?」


─パキャン!と闇魔法の槍が氷塊を貫いて粉々にし、そのまま術者の心臓も貫いた。


「キ・・ヒャ・・・」


目を見開いて己の愚かさをよく理解しないままぐしゃりと倒れた。心臓や首を素早く正確に狙えるテクニックがあり、魔法の威力も強いときた。以前ギルビスが言っていたが、ヴェリルはギルビスの修行で魔法のテクニックや武術が上級クラスなっていたが、魔力が足りないせいでそれらを持て余していた。しかしギルビスから魔力を受け取ったことで存分に力が発揮できるようになり、ギルビスすら越える悪魔へと進化していた。圧倒的な実力の差に膝を落とし、腰が抜けた者までいる。そして仕上げとばかりにゆっくりと悪魔達に近づいてきた。相変わらずヴェリルはうつむいたままだが、それが余計に恐怖を掻き立てており、地面を這うように後ずさることしかできない。


「─ま、待て!待ってくれ!殺さないでくれ!なんでもするから!」

「炎の領域から出ていくし、二度と姿を見せないって約束する!なぁ、頼むよ─!」


懇願の言葉にピタリ、と足を止める。悪魔達は助かったのかと希望を見出だした顔になった。


「─【何をしてもいい。】あなた達はそのルールに乗っ取って私の師匠を殺した。なら私もルールに乗っ取ってあなた達を殺すだけだよ。」



─それは死刑宣告だった。悪魔の顔が急激に絶望へと塗りたくられる。


「あなた達が最高だって賛美しているルールで死ぬんだよ。本望でしょ?あぁ、お礼は要らないよ。慎ましやかな私は命さえ貰えれば大満足だから。」


ヴェリルは口を弧を描くように吊り上げた。その直後、辺り一帯に泣き叫ぶつんさくような絶叫が領域中に響き渡ったのである。



〔・・・蛇足だが、後日無惨に切り刻まれた死体が大量にマグマ溜まりに浮いていたが、見つけられても誰にも気にかけてすら貰えなかったという。〕



「─もっともっと修行して強くならなきゃ。あと、この腐った世界を悪いと思ってる仲間も探さないと。それで最終目標は全ての元凶の魔王を倒すだけっていうのは寒い。しっかり殺さなくちゃ。」

誰もいなくなったあばら屋に向かって、ヴェリルはくすりと笑っていた。それはほんの少し、狂気を孕んでいた。

「それが出来たらお師匠様が愛したこの世界を、平和で幸せなものにするんだ。待っててね、お師匠様。【僕】、絶対実現して見せるから。」


〔胸に手を当ててギルビスから受け取った魔力を感じながら、決別するようにあばら屋に背を向ける。そして修行をしながら同士を集める旅に出るのだった─。〕





***



─4万年5千年後


「その後、僕はめっちゃ強くなった上に仲間も集まりました。で、なんやかんやあった後に最終的には魔王を殺しました。そしてなぜか、なにゆえに、どうしてか、不本意ながら僕が魔王になったよこんちくしょい。」

「えッ!?終わりですか!?」

「終わらせたの。」

「むしろここからじゃないんですか!?」


〔─あれから五千年後(人間でいうと五年)、ヴェリルは魔王討伐に成功する。そして魔王になってから四万年(人間でいうと四十年)、合計で四万五千年という長い時が流れていた。〕


魔王城の豪華絢爛な魔王の部屋で、外見は人間の二十才くらいにしかみえない実年齢六万歳(人間でいうと六十才)のヴェリルが白いふかふかのベッドでゴロゴロとしっぽを揺らして寝転がっている。服装は相変わらずローブを着ているが昔と違い、ヴェリルの瞳を連想させる水色を基調にしてオレンジに縁取られている明るいものを身に付けていた。そして側には九才くらいに見える悪魔の少女が、上半身だけベッドに預けて頬をついている。

少女は欠点など見当たらない完璧に整った顔立ちだが、柔らかで大人しそうな印象の美少女である。悪魔らしいのは人間らしからぬその瞳と髪の色ぐらいで、その赤髪ショートヘアと桃色の瞳は、女の子らしい愛らしさや甘さがある。ヴェリルが着せているピンクで花柄の可憐なローブがとても映えていて、可愛がり倒したくなるような少女であった。


「そこは修行をしながら仲間を集め、様々な困難に立ち向かうも魔王を倒す!という過程を話す所じゃないんですか!?」

「うーん・・・。そうは言っても、その過程はたいした話じゃないんだよね。ざっくり言うと強くなりました、仲間が出来ました、色々手を回して城に潜入出来ました。いえーい。試しに誘惑したら、面白いくらいスケベ魔王に気に入られたので、魔王の部屋に呼ばれてそこでブッスリ殺しました。」

「うわぁ・・・。」

「死ぬ間際はこんな感じ。」


『─クッ!久しぶりにハッスルハッスル!出来ると思ったのに!俺の命が狙いだったとは!こんなことは初めてだ!』

『今まで一度も無かったことに驚きしかないよ。』

『ほ、本当に俺のことを殺しに来たのか?お願いだ、ハッスルした後にしてくれ!!!』

『はい、殺しまーす。』

『ま、待てっ!なんでも欲しいものを与えよう!物か!?権力か!?なんだったら魔王の座を渡してもかまわない!だから命だけは・・・!』

『10点。台詞がありきたりすぎる。5・6回は死ね。』

『ぎゃあああぁああぁあああああッ!!!!』



「長らくこんなのに苦しめられたのに、死因がスケベってねぇ。死に方も3流だし、ここに至るまでの過程なんて長々話すもんじゃないでしょ。」

「ツッコミ所しかないんですけど!?途中からヴェリル様も楽しんでいませんか!?」

「一生懸命なミアちゃんはかわいいなぁ。」

「ごまかし方雑!」


少女、もといグリミアはヴェリルに乗せられていたものの、すぐにハッと正気に戻ってヴェリルから話された過去を思い出す。ギルビスの最後はあまりにも痛ましく、聞いている途中に涙を流してしまうほどだったが、ヴェリルが話をぶった切る形で終わったので涙が引っ込んだところだったのだ。ヴェリルはそれに気づいたのか、目を伏せて口に笑みを含ませている。


「先代の魔王の時代は殺して殺されてっていうのは当たり前だった。それでも僕は堪えたし、正直今でも引きずっているよ。だってあんな死ぬために生きてるような真っ暗な世界に、初めて希望という光を見つけた気分だったんだ。端から見たらちっぽけで大したことがないものだったかもしれない。でも、それでも僕にとっては例え小さくても世界で一番優しい光で、泣きそうなくらい綺麗だったんだよ。」


ヴェリルはギルビスにされたようにグリミアの頭をゆっくりと優しく撫でる。

「僕はそんなお師匠様のように、グリミアの光になれてる?魔王を殺すためにたくさんの悪魔を殺した僕が、魔王になって人間も天使も悪魔も殺してはいけないルールを定めているような僕が。」


グリミアは目を見開いたが、すぐに首をぶんぶんと縦に振った。

「もちろんです!おじさんの悪魔に苛められていた私を助けてくれたヴェリル様がいるから!戦いの師匠にもなってくれるヴェリル様がいるから、今の幸せな私がいるんです!」


そっか、とヴェリルはグリミアに昔の自分を重ねて苦笑した。

「・・・僕達はやたらと寿命が長いけど、それでも終わりの時は必ずある。だから僕の寿命が尽きた後のことを考えてね、お師匠様の『世界を平和にしたい』っていう意思を継いでもらうためにも、休暇兼魔王の後継者探しを頑張りたい。ミアちゃんの修行も兼ねてね。付き合ってくれるかなぁ?」

「もっちろんです!嫌と言われてもへばりついていきます!」


鼻息を荒くしてむん!と気合いを入れているグリミアを可愛いと思いながらくすぐったく感じる。そしてヴェリルは緩慢な動きでベッドから立ち上がり、地面に大きな魔方陣を浮かべた。

「じゃあ、うるさいのが来ないうちにまずは人間界に行ってみよう。準備は?」

「いつでもどうぞ!」


二人は瞬間移動の魔法で、魔王の部屋を後にした。



***


─20XX年、日本。二人は人間に化けてごく普通の住宅街をぶらぶらしていた。ヴェリルは印象の強いオッドアイのオレンジの瞳を、もう片方の瞳と同じ空のようなブルーにしている。もちろん猫耳と尻尾は隠していた。グリミアも赤髪を茶髪にし、桃色の瞳をグリーンにするというヨーロッパの人間らしい外見に化けている。服装も人間に合わせているので端から見たら仲の良い従姉妹に見えなくもない。しかしグリミアはびくびくしながら、必要以上にヴェリルにくっついていた。


「グリミアは相変わらずビビりだねぇ。魔力の素養がある魔導師の人間以外はたいしたことないのに。」

「うぅ・・・。でも何も悪いことをしてなくても、悪魔ってだけで嫌な顔をしてくる人間もいるじゃないですかぁ。」

「あぁ、そればっかりはね。何も知らない大多数の人間が本とか映画とかでずっと悪役として描いてきたから。僕に至っては何回ぶっ殺されたことか!あははははっ!・・・・・ん?」


『学校に来ないでよ、ブス!』

『日本から出ていってよ!』

『存在が邪魔なのよ!』

『あんたなんか死んじゃえ!』

『バカ女!』


十メートルほど離れた先に水色のランドセルをしょっている小学生の女の子が、五人の女の子に囲まれて酷い言葉を浴びているのをヴェリルは見つける。いじめられている女の子は顔立ちこそ日本人だが、金髪碧眼の日本人離れした外見と人間離れした美しさを持っていた。困っているような、どうしたらいいのかわからない顔をして黙っているが、気分がよくないのは確かだろう。虐げられていた昔の自分を重ねて、ヴェリルは助けることを決める。


「なんとか言いなさいよ!本当に気持ち悪い髪と目ね!」

「─そう?本当に気持ち悪いのはどっちなんだろうね?」


気配も無く自分達の後ろにいつの間にか佇んでいるヴェリルに、苛めていた女の子達はビクッと体を揺らした。いじめられていた女の子は助けられると思っていなかったのか、ポカンとしている。


「理由はどうあれ、一人に対して五人がかりで酷い言葉でいじめるなんてさ、本当に醜いのはどっちなのかなぁ?」

「なっ・・・!」

「あれ?もしかして正しいことをしてると思ってるの?じゃあ、今やっていたことを自分の親の前で出来るよね?家に帰ったら真っ先にお母さんに話して誉めてもらえるよね?」

「~ッ!」


女の子達は顔を真っ赤にし、ぴゅうと音が出るほど早く走り去った。だがヴェリルはそれに見向きもせず、金髪碧眼の少女の目線に合わせてしゃがむ。そのすぐ後ろからそうっとグリミアが覗くように少女を見ていた。


「大丈夫?怪我はない?」

「う、うん。」

「それはよかった。僕の名前はヴェリル。君の名前は?」

「・・・水無瀬、蒼芭(ミナセ アオバ)。」


少女は最初こそ戸惑っていたようだが、おずおずとヴェリルを上目遣いで見るようになっていた。

「青いお花って意味なの。お父さんとお母さんが私の青い目を見て決めたんだって。お姉さんとお揃い。」

「・・・確かにそうだね。お父さんとお母さんが愛情を持って名付けたのがよくわかるよ。」


ヴェリルは生まれた時に自分の名前を自分で名付けていたので、少しばかり羨ましくなる。


「─ねぇアオバ、どうして君はあの子達にいじめられていたの?」


蒼芭は瞬時に渋い顔になったが、ぽつりぽつりとゆっくりこぼし始めた。


〔元々苛められてはいなかったが、日本人離れした外見のせいで遠巻きにされていたという。だがなんの気まぐれかクラスの中心になることが多いグループに少しずつ話しかけられるようになり、しだいに仲良くなっていった。ある時そのグループのリーダー格の子に好きな男の子が出来たのだが、その男の子は蒼芭のことが好きだということがわかり、嫉妬心から蒼芭をいじめるようになったという。『せっかく私が仲良くしてあげたのに生意気ね』という風に所構わずいじめるので、例の男の子が蒼芭を庇ったのだが余計に悪化したとか。他のクラスメイトは助けてあげたくても今度は自分達がいじめられてしまう。担任はことなかれ主義で、いじめの存在を知ってるのに助けてくれない。〕


「でもいじめられるまで普通に仲良くしてくれてたから、嫌って言ったりお母さんとお父さんに相談とか、なんか心苦しくて・・・。」

最後に蒼芭はうつむいてしまった。ヴェリルは思案するように口をきゅっと引き締めたと思いきや、すぐに口を開けた。


「─相手が悪いと明確にわかっているのに、反抗しないのは死んでいるのと同じだよ。」


その言葉に蒼芭は反射的にガバッと顔をあげる。


「だってそうでしょ?死んでいるから、死体をハイエナに食い荒らされても文句言えない。死んでなお切り刻まれても文句言えないし、マグマに突っ込まれようと文句言えないの。理不尽な理由でいじめられているのに黙っている君と死体、何が違うの?」


物騒な例えに小学生の蒼芭は唖然とし、口を開けているものの言葉が出ていない。そしてヴェリルの後ろにいたグリミアも『二つ目と三つ目は貴女自身がやったことじゃないですか』と青い顔をして若干引いていた。だがヴェリルは少しも気にせずに言葉を続ける。


「─自分の好きなように生きて抗いなさい、それが生きているということなの。」


ヴェリルは励ますように蒼芭の肩に手をポンと置く。すると蒼芭はなにか感銘を受けたようで、暗い顔がパァッと太陽のように明るくなった。

「─そう、だよね。私の好きなようにしていいんだよね!」


ヴェリルは初めて見せた蒼芭の無垢な笑顔に顔を綻ばせる。それで良いのだろうかとグリミアは納得しきれていなかったが、良い感じの雰囲気を壊したくなくて空気を読んで黙ることに決めた。蒼芭は肩に置かれているヴェリルの手に自分の手を添えて、心からの笑顔で礼を言った。



「─ありがとう、【悪魔】のお姉さん。」



その言葉にヴェリルは、低級の悪魔だった頃でさえ化ける魔法をギルビスにもバレなかったのに、あっさりと見破られたことに戦慄する。瞬時に離れることを頭によぎったが、読んでいたかのように蒼芭はヴェリルの手をぎゅっと掴み直した。そして彼女はうっとりと幸悦な顔で笑っていて、整った顔も相まってか魔王のヴェリルをぞくりとさせる妙な魅力があった。



─そしてこれからもよろしくね。



心に直接響いてくるその言葉に『あ、多分とんでもない子にロックオンされた。』と、ヴェリルは汗を一粒垂らしたという。


〔─これが、魔王にも関わらず世界の平和に貢献していることから矛盾の魔王と呼ばれるヴェリルと、自分の欲望に溺れている狂人にも関わらず破滅しないことから矛盾の狂人と呼ばれる水無瀬蒼芭。二人合わせて「矛盾の魔王と狂人」と呼ばれ、後に世界を救う二人の【主人公】の出会いである。〕

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