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矛盾の魔王と狂人  作者: 春告鳥
1,化け猫の覚醒、そして出会い
1/7

1-1

〔この世には人間界と天使界と悪魔界がある。また文字通り、各々の世界に人間と天使と悪魔が生まれて暮らしている。そしてこの物語の最初の舞台となる悪魔界は完全実力主義で、一番強い悪魔が魔王となり悪魔界を統治することになっている。また、魔王の命令には決して逆らってはいけない。逆らったら悪魔界で一番強いその力で葬られるだろう。もし魔王になりたいと思ったり魔王の統治や命令が嫌なら、反逆して今の魔王を倒す(もしくは殺せ)といういささか物騒なルールとなっている。そして実際に魔王殺しは繰り返されており、悪魔界は血と争いが絶えない平和とは程遠い世界であった。

だが、それはある時を境にピリオドを打たれる。これから話すのは低級の悪魔が、悪魔界を平和にするまでの奮闘記だ。〕



1,化け猫の覚醒、そして出会い


〔悪魔は世間一般の人間が抱いているイメージとだいたい合っている。己の強い欲望のままに生き、ずる賢くて魔法や得意の呪術で人間を惑わす。イメージと大きく違うのは食事は人間と同じものを食べれるということだろうか。だからといって人間は悪魔に食べられなくて済むという訳ではなく、道楽で人間を殺したり食べる悪魔もいるので人間は安心できない。そういったこともあるため正反対の性質である天使と悪魔はとても仲が悪い。

─さて。話は変わるが魔法や呪術を使うための力の源である、魔力というものがある。これは実力が全ての悪魔にとって命の次に大事だった。なので魔力の少ない低級の悪魔は文字通り地獄を見ることになる。そして悪魔界は紫がかった黒い空と荒れた大地で構成されている世界のため、より地獄のように見える世界だ。人間界と同様草木や動物、水などの自然もあるが、どれも黒や茶色など暗い色彩のものばかりで悪魔界のおどろおどろしさを出すために一役買っている。炎の領域や水の領域などその土地の特徴を表した名前で区画されてはいるが、どこにいっても弱肉強食の悪魔界で罵声や怒号、悲鳴が飛び交うのは珍しくない。今日も悪魔界の一角で、名前の通り薄暗い闇が広がっている闇の領域で『それ』は起こっていた。〕


***


─少女が走っている。闇の領域と言うだけあって自然も黒いものばかりだ。真っ黒な木々が生い茂る雑木林の中で、十歳くらいの華奢な少女が死に物狂いな顔で逃げている。

「はぁっ、はぁっ─!」

更に後から少女を追っている影が2つ近づいてくる。まだ少女を追っている姿は見えないが時間の問題だと彼女の頭によぎった。

「─やるしかない!」


少女は立ち止まって意を決した顔になると姿を眩ませた。後から遅れてきた追跡者は少女がいるとおぼしき場所で止まり二手に別れる。

「─そっちはいたか?!」

「いや見つからねぇ!どこいきやがったあのガキ!」


当たり散らしている彼らは形こそ人の形に近いが鋭い牙、ギョロギョロした大きな目、尖った耳、紫色の肌、人間離れした2メートルをゆうに越える大きな体格で百人中百人が悪魔だと答えるだろう。雑木林の中で彼らは何かを探し回るが見つからないらしい。目が飛び出そうなほど目を血走りにして探し回ったようだが、諦めたらしく下品に唾を飛ばして悪態をつきながらこの場を去っていった。

誰もいなくなったのか、と思いきや静かになった雑木林の中の一本の木が、先程の少女に変化した。否、少女が木に化けて彼らを欺き、やり過ごしていたのである。安心したその顔は人間ではあり得ないほど完璧以上に整っており、可愛らしい印象を持ちながら近づきにくい雰囲気がある。更に右目は夕焼けのようなオレンジ色で、左目は青空のような水色のオッドアイという特徴的な目をしていた。髪は限りなく白に近い金色で肩甲骨を隠せるほど長く、少しくるりとしたくせっ毛で少女を彩っている。その髪の上から化け猫のトレードマークである真っ赤な猫耳と尻尾を黒一色のローブの上から出しているが、心なしか元気がないようだ。─少女の名前はヴェリル。生まれて一万年ぐらい経つが、人間でいうと十歳ぐらいのため悪魔としてはまだ若輩者である。安心したのも束の間、またいつ襲われるかわからない世の中のため、すぐに隠れて暮らす場所を木で身を隠しながら探し始めた。

「・・・─死んでたまるものか。」


可愛らしい外見に合わないほど重みのある言葉は、ヴェリルの決心を強くさせる。ヴェリルは下級の悪魔である化け猫のため化けるのは得意だが、魔力はとんと少なく聖水をかけられただけで消滅するくらい弱かった。彼女は、元々人間界で生まれて直ぐに天敵に食べられて死んだ猫だった。だが死にきれずに生きたかったという強い思いから、悪魔界に転生して化け猫になったのである。そのためなにがなんでも生き抜いてやるという意思を強く持っており、生まれたときから人間の十歳くらいの外見で生まれていた。

ヴェリルはふと目に入った背の高い木に身軽な動きで登り、周囲を見渡す。聴覚に優れている耳に聞きたくもないのに聞きなれてしまった悲鳴や怒号が聞こえてきた。案の定そこには視界に入れたくない光景を繰り広げられている。

「お前は大人しく俺の言うことを聞いていればいいんだよ!オラッ!」

「ひィッ!許して!」


右を向けば強い悪魔が弱い悪魔を蹴りあげて、力で支配する者と縋るように服従する者。

「ほぅら、早くあっちで仲良くしようや。なぁ?」

「いやぁ!誰かっ!助けてぇ!」


左を見れば強い悪魔が気にいった綺麗な悪魔を一方的に抱き寄せて乱暴を働こうとする者。成すすべもなく虐げられる者。

「殺すッ!殺すッ!ひゃはははは!」

「く、来るなぁッ!ひ、あッ、ギィヤアァアアッ!」


己の歪んだ欲望のためにいたずらになぶって時には命を奪う者と、逃げても全てを奪われる者。

「やだー、あんな醜いやつに好き勝手されるなんて。」

「あいつこわーい。ちゃんと守ってね?」

「ふん、当たりまえだ。そのかわり後で見返りはたっぷり貰うさ。」


上空を見たらを見ればそれらを見ても自分の保身しか考えず、媚びた声で強い悪魔の腕に抱きつく者と己の欲望しか考えぬ者。

「クスクス、あいつら皆気持ちわるーい。さっさと行こ。」

「そうね・・・ってやだ、なんか踏んだかと思ったら死体じゃない。もー、足が汚れるわ。」


下を見れば強い実力を持つゆえに、上から目線でそれらを嘲笑う者と自分さえ良ければいい者。・・・目に入ったのはこれで全部だが、これはあくまで一部で悪魔界のそこらじゅうがこの地獄絵図になっている。そして自分も運悪く殴られ蹴られ、踏みにじられたことは一回二回じゃない。


「─こんな死ぬために生きてるような世界、いっそ滅びた方がいいんじゃないかなぁ。」


せっかく化け猫に転生して生を謳歌できると思ったのに、時には強者に化けて強いフリをしたり、時にはそこらの木や物に化けて周囲を欺きながら生活、という不自由な生活を強いられている。それもそのはず、現魔王は遊び人で録な統治をしていない。唯一のルールは「魔王に逆らわなければ何をしてもいい」というふざけたもので、魔王以外の悪魔の人生の選択肢は食うか食われるか媚びるか、はたまた無様に逃げるか死ぬしかない。先程ヴェリルが追いかけられたのも、彼らが自分達より強い悪魔になぶられてイラついていたところにたまたま見つかってしまい、腹いせで追いかけてきたので死に物狂いで逃げてきたのである。それを思い出したヴェリルは自分の髪の毛をくしゃりと掴んで顔を歪ませた。

「ほんっとこの世界は芯から腐ってる。大っ嫌い、魔王も自分勝手な悪魔も・・・逃げることしかできない自分も!」

悪態を吐いて整った顔を歪ませてもそれが一種の芸術に見えてしまい、ヴェリルの美しさを損なわなかった。それは彼女自身が自分の弱さをもどかしく思っていたからかもしれない。

「─そういえばすっごいウケる話があるんだけど知ってる?えーと、隣の炎の領域だったかなぁ?なんかぁ、ある程度統治をして炎の領域にいるやつらを纏めている物好きがいるとかいないとか?」


珍しく興味深い話が聞こえてきた。悪魔達の醜い争いを嘲笑っていた女の悪魔二人組だ。人間の二十才くらいに見え、己の強さと美貌に自信を持っている余裕がある声だ。

「嘘だぁ~。まともにやって割りをくらうこの世の中で、そんな善行をやってる悪魔なんているのかしら?一周回っておかしいんじゃない?あははっ!」

「やっだ、そんなこと言ってたらもっと驚くって。なんかね、低級の悪魔が虐げられていたら、その物好きが助けてくれるんだって。だから炎の領域では低級の悪魔は比較的虐げられにくいって話。」

「なぁにそれ、超ウケるわ。」

「でっしょー?まぁ、私達には縁の無い話だけどね♪きゃはは!」


ヴェリルは生まれて初めて自分の耳が役に立ったと思った。転生した時以来、胸の高鳴りをドクンと大きく深く感じる。すぐに自分のいる闇の領域の隣にある炎の領域に向かうことを決めた。助けてもらおう、と思ったのではない。ヴェリルはその物好きを使って悪魔界を徐々に良くしていき、やがては魔王になってもらおうと考えたのだ。そしてその物好きに弟子入りを志願し、自分を強くして貰おうと考えたのである。こんな世の中で悪魔が仲良く師弟関係を結んでいるなんて見たことがないし、聞き入れてくれるかもわからない。でもやるしかない。

「─弱い自分は捨てる!もう逃げたくない・・・!」


真っ暗だった未来と世界に小さな光が灯る。少しの不安と大きな期待を抱きながら、足取りを強く踏みしめて歩み始めた。


***


数日かけて炎の領域になんとかついた。火の領域と言うだけあって黒い地面の所々になんでも溶かしそうなマグマの溜まりや、噴水のようにマグマが吹き出ているところもあり、ただ立っているだけでも暑い。しかし目当ての悪魔の外見も知らないまま急いて飛び出したため、肝心の悪魔を見つけられない。ヴェリルは自分の計画性の無さに頭を抱えていた。

「私のバカぁ!舞い上がりすぎた・・・。」


休み休み活動しているが、他の悪魔に見つからないように警戒して忍びながら歩を進めているため、精神的にも肉体的にも困窮している。岩の物陰に隠れているが集中力が途切れてきていた。

「─弱そうな玩具見っけ!ケッケケケ!」


それが悪かったのだろうか。後ろを振り返ると、明らかによくない雰囲気の悪魔がヴェリルを見ていた。白い腰布を巻いて人の形をしているので人間のようにも思えるが、人間の成人男性をゆうに二周りは越える大きさで緑色の肌を持っている。つり上がった目に白い角が額に生えているのが特徴的な人型の悪魔が、癪にさわるようなかん高い声でいやに笑っていた。中級の悪魔だが、それでもヴェリルには驚異のため真っ先に走って逃げ始める。悪魔はそれを見て、より嬉しそうにしてヴェリルの後を追いかけた。

「ケケケッ!あんの統治者気取りのギルビスの野郎にやられた分を発散するんだ。せいぜい逃げ回って楽しませてくれや!キャーッ!キャッキャッ!」

「!」


今、ヴェリルが探している人物とおぼしきことを悪魔は言っていた。話を聞きたいのはやまやまだが、とても話なんか通じそうにない。ならばと一か八かの賭けでヴェリルは実力行使に移ることを決断して、ヴェリルは走りながらそのまま両手を広げる。黒い魔方陣を手の先に浮かべてすぐさま闇の攻撃魔法を放った!

「─はぁっ!」

線状の闇がヒュン!と音をたてて高速の速さで悪魔の足元に向かう。が、悪魔はひょいとジャンプして魔法は地面を少し削っただけになってしまった。

「おおっと!ケケケ、ざぁんねん。」

不意を突くため、背を向けたまま相手に魔法を放ったがヴェリルの器量では相手を見ずに魔法を当てるのは無謀だったようだ。

「─ッ・・・!」

「そぉれ!」

それでも追い付かれないように走るが、茶々を入れるように魔法で風の矢をぶつけてくる。すぐに横に飛び跳ねて避けたが、相手もそれを読んできてそのまま風の矢を乱発してきた。それらの殆どを避けたが、何発か当たってしまい逃げるスピードが落ちてしまう。悪魔はゲーム感覚でヴェリルに魔法をぶつけており、心の底から楽しんでいた。

「ほらほらもう終わりかーい?ケケケッ!それじゃあそろそろ俺が仕掛けちゃおうかなー?」


中級とはいえ格上の悪魔には歯が立たない。そのことに無力さすら感じる。

「くっ・・!」

更に元々移動で疲れていた上に多くない魔力は殆ど使い果たしていた。ケタケタと笑って余裕のある悪魔の態度に悔しくてたまらない。



「─死んでたまるか!今度こそ私は生き抜いて強くなるの!」



それでも心は折れなかった、希望が見えて変わりたいと強く思ったから。ヴェリルは体を悪魔の方へ急回転させて立ち止まり、真っ向から立ち向かう。いくら気持ちは強くても実力では勝てないのはわかっているので、ヤケクソとただの意地だ。悪魔が本気を出して魔法を使おうと手を振りかざしたその時だった!






「─ガンダーラあああぁあああ!!!!!」






その時、澄んだ少年の声が上空から響き渡る。降ってきた『それ』は、そのまま悪魔の方へキックをお見舞いした。小麦の稲穂のような明るい金色の髪は、後ろで軽く結っているものの、ゆらりとなびいて不思議と引き付けられる。

「ぐぽぉ!」

「こらー!魔王は許しても炎の領域にいる限り畜生な行為は僕が許さない!この前そう言ったけど君の記憶力はおねんねしてるの!?お昼休憩してるの!?それとも職務放棄!?」

「こいつうるせぇ!」


しゅたりと綺麗な着地を決めている、人間でいうと十四才くらいに見える人型の少年は、歪みなんて全く知らない真っ直ぐな眼差しをしていた。燃え上がるような、焼き付くすような赤い目だ。はっきりとした金色の髪と赤い瞳は、真っ暗な悪魔界を照らしている神聖さがあって目を奪われる。だが狐の耳を頭につけてふわふわの質量のある狐の尻尾を揺らしている様は、彼が悪魔で妖狐だと主張していた。更にその容貌も同姓異性関係なく引き付けそうなくらい整っていて、快活な印象を与えるそれは自分だけは汚れないと言っているようにも思えた。身に付けている赤いローブは簡素だが、金色の線が裾などローブの縁に入っていて彼の外見を彷彿とさせる。少年が姿勢を正すと、ヴェリルより一回り背が高いのがわかった。そして少年の左右に彼と同じくらいの大きさの、金色の車輪のようなものがぶわりと浮いて現れる。悪魔は一瞬驚いたものの、すぐに少年を睨み付けた。

「─炎の領域はてめぇのもんじゃねぇだろクソガキ!ルールなんてないこの世界で弱い者いじめして何が悪い!」


悪魔は手を振りかざし魔法でいくつもの竜巻を少年に放ったが、少年は車輪と一緒に素早く後方にひょいひょいと浮いて避ける。すると今の言葉に少年の地雷があったのか、もう!とぷんすこと怒った。

「そういうこと言うの!?じゃあルールが無い世界なら僕が勝手に取り締まって何が悪いのさ!不服があるなら炎の領域から出ていきなよ!あと僕はギルビスっていうイケメンな名前があって、こう見えて結構おじさまなんだからね!」


すると車輪が急速にギュルルと高速回転したかと思えば、かの悪魔に突撃してきた。悪魔はぎょっとしつつも逃げ回るが、車輪は浮いたり地面を転がったりしてしつこく追いかける。そして最終的には追突して悪魔は撃沈した。

「げっぽぉ!」

「今回は手加減したけど次はないからね!態度を改めてここで暮らすか、炎の領域から出ていくか決めて!これは命令だよ!」

「はァ!?なに勝手に・・・!」

「─文句があるなら完全実力社会の悪魔界らしく僕に勝ってごらんよ!やるの!?やらないの!?どっち!?」


確かな自信とその圧に「ぐ」と悪魔は言葉に詰まり、そのまますごすごと舌打ちしながらこの場を立ち去った。少年、いやギルビスはむん!と胸を張っていて、まだ怒りが収まらないようだ。

「全くもう!僕の統治の恩恵受けてあいつ自身も上級の悪魔に虐げられにくくなってるのに、なんであんな勝手なことするのかな!?バカなの!?アホなの!?ポンポコピーのポー助なの!?」


彼がこの地区を統治している物好き、ギルビスであることをヴェリルは確信し、取り敢えず話してみなければ始まらないと思い至る。

「その問いについては恩恵を受けて美味しい思いしかしたくない、っていう文字通り欲の悪魔なんだよ。ああいうのに権力渡すとろくなことにならない。今のクソッタレ魔王とか。」

その言葉にギルビスは思い出したようでハッとした顔でヴェリルの元に駆けつける。

「そーだったそーだった!・・ありゃ、予想より怪我してるね。もしかして結構満身創痍?」

確かに致命傷は無いものの、腕や足など見える部分だけで生傷がいくつもついている。

「・・・隣の闇の領域で貴方の噂を聞き付けてなんとかここまで来たの。ありがとう、貴方が助けてくれなかったらもしかしたら死んでいたかもしれない。」

「いーよいーよ!僕が勝手にやったことだから!・・っていうか、僕ってお隣さんまで噂が流れてるのかぁ。なんか照れるね、くふふっ!」


その飾り気の無い反応は相手を油断させる計算や演技ではなく、どこか心をくすぐられるものだった。

「─って、そうじゃなくて!君の怪我の手当てをしないと!」

「え?でも時間が経ったら勝手に傷は塞がるし・・・」


悪魔は多少の傷なら自然治癒が働き、人間よりも傷の治りはずっと早い。低級でもヴェリルは腐っても悪魔。低級のため治りは遅い方だが、それでも放っておいても生活に支障は無い。だがギルビスはお構いなしにヴェリルの手を掴んでぐいぐいと進む。

「いいから!僕の噂聞いて危険を犯してまでお隣から来たのなら、僕に話があるんでしょ?僕ね、傷を直す野草に詳しいからついでに治すと思ってよ!我ながら妙案!ね!そうしよう!」

「あ、思っていた以上に強引だこの妖狐様。」


だが、屈託の無い笑顔で押されてしまえば何も言えない。悪魔らしからぬその態度と性格は、生まれてくる世界を間違えたのではないかと思うほどだった。



***


「僕の名前はギルビス。外で全裸の全力疾走しても平気なバカ世界を見てられなくて、取り敢えずこの炎の領域を統治してるんだ。あくまで仮にだけどね!」


マグマばかりの領域で数少ない小さな湖のほとりで、ギルビスは自分が所持していた複数の薬草を木の棒ですりつぶしている。彼の口から出る一言一言は驚きばかりだ。狐耳をピコピコと動かし、もこもことした尾をゆらゆら揺らして鼻歌でも歌いだしそうなギルビスに、久しく笑っていなかったヴェリルは小さく吹き出した。

「気持ちはわからなくもないけど、その例えはどうなのかなぁ。」

「─え、ほんとだよ?黙ってればクールな感じの格好いいイケメンなのに、目の前でフルチン全力疾走を見せられた時は『僕の方がおかしいのかな?』って一瞬自分の正気を失ったよ!よくよく考えれば変態なのは罪じゃないけど、それで誰かに迷惑をかけるのは罪だもんね!だから変態は迷惑をかけない範囲でひっそり開放的になるべきだよ!」

「正論だけど、素直にうんと言いたくないのは何故だろう。それで結局その後どうなったの?」

「え?知らない。そのまま全力で走り去って逃げられたから、またどこかでやってると思うよ?僕が悪魔界を何とかしよう!って思うきっかけをくれたから、その点だけは感謝してるけどね!」


グッ!とはじけるほど爽やかな笑顔でサムズアップするのが、明るい金髪と妙にマッチしていて、ことの残念さをより強調する。世の中に救いは無いのだろうかと一瞬だけ考えたが、無いからこんな世の中になっているのだと我に返った。

「・・・はい、出来た!これを飲めば今より早く傷が治るよ!」

いつの間にかギルビスの手元には袋に包まれている調合された薬が完成していた。ヴェリルの手を取って優しく薬を乗せる。その心遣いに心がざわめく。

「なるべく苦くないようにしたけど、気合いで乗りきってね!」

「・・・・・・・。」

「ん?どったの?もしかして時間差でどこかめっちゃ痛いとか!?」

「いや、そうじゃなくって。・・・生まれて初めてだから、誰かに優しくされたの。だから、どんな風にしたらいいのかわからない。」


生まれてから自分一人、信じられるのは自分だけ。こんな純粋で暖かい気持ちに嬉しさと同時に戸惑いがあった。するとギルビスは突然ぶわりと涙を滝のように流す、かと思えばヴェリルに抱きついて肩にぐりぐりと顔を埋めた。

「─わぁっ!?」

「こんな当たり前のことを知らないなんて!ビックリだよ!ドッキリだよ!口から五臓六腑こんにちわだよ!これからはおじちゃんにたくさん甘えていいからね!」

突然のハグと、どう頑張っても人間の十四才にしか見えない風貌から発せられた言葉でヴェリルは困惑しかない。

「いやちょっと!ていうかさっきから気になってたけど、貴方いくつなの!?」

するとギルビスはガバリとすぐに離れて、ヴェリルの両肩にズハン!と手を置いた。

「よくぞ聞いてくれました!よく子供に間違えられるけど、こう見えて3万歳で人間だと三十才の立派な妖狐だよ!」

えっへん!と胸を張って威張るが、とてもそうは見えない。そもそも悪魔と天使は人間よりもずっと長く生きるが、寿命もあるし年を取る。それがヴェリルの常識なので頭がこんがらがった。

「・・・悪魔と契約でもしてるの?」

「何言ってるのさ!僕自身が妖狐の悪魔だよ!」


プクー!と頬を膨らませると整った外見もあって愛らしい。だが、すぐに何か疑問を持ったようにこてりと首を傾けた。

「あり?もしかして知らない?ある程度成長すると外見が変わらない悪魔や天使もいるんだよ?まぁ、確かに数は凄く少ないけどさ。う~ん、取り敢えずそういったことも含めて【師匠】として色々教えないといけないね!」

「─え?」


ヴェリルが思考の処理を終わらせる前に、ギルビスはにぱ!と笑ってヴェリルの頭を壊れ物を扱うように優しく撫でる。

「・・・さっきの頭がおねんねしてる悪魔に対し、君は実力で叶わないとわかっていても絶対に最後まで諦めていなかったでしょ?弟子は取らない主義だけどその意思の強さ、気に入ったから弟子にするって決めた!これからよろしくね!くふふっ!」

「なんという自己中!」

「今日からこの炎の領域で、僕と一緒にこの悪魔界を平和にするために頑張るよ!魔王討伐が最終目標だから、魔王に勝つために取り敢えず君を強くするところから始める!文句は僕に勝ってから言ってね!」


ヴェリルは勢いとあまりの身勝手さに引きつった。

「あ、悪魔だ。ここに悪魔がいる・・・!」

するとギルビスは、

「そりゃそうだよ、悪魔だもん!おかしいなぁ、ヴェリルは!くふふふふっ!」


と笑ったのでヴェリルは『お前だけには言われたくなかった』と思ったとかなんとか。

しかしヴェリルは表面的には嫌そうにしていたが、心の中では渡りに船だと計画通りになったことにほくそ笑んでいた。

「─ところでお師匠様?」

「ん?なに?あと、その響きめっちゃいいね!心に刺さる!」

「(無視)私を助ける時に叫んでた『ガンダーラ』って何ですか?」

「・・・あぁ!あれ?あれはねー、うーんとぉ、えーっとぉ・・・・・・適当だよ!」

「溜めておいてまさかの適当ですか。」

「うん!強いて言うならなんとなく?」

「頭の中、脳の変わりに綿でも詰まってるのかなこのお狐様。」


こうしてヴェリルとギルビスの師弟生活が始まった。

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