第8話:目覚めの時
「うっ」
雄輝はまどろみの中目を覚ました。体に痛みがまるでなかった。
「死んだのか?」
自分がどれだけの怪我をしたか分かっている雄輝は、疑問をそのまま口に出した。
「死んでないよ」
「うわっ」
目の前に、見たことのない少年が現れ、雄輝が驚いて声を出した。
「僕が治療したんだ」
そう言って、目の前の少年は笑った。童顔だが雄輝よりも背が高く歳は同じくらいに見えた。だが、雄輝にとってはそんなことはどうでも良かった。魔女に殺されかけたことももはやどうでも良くなっていた。
「お前」
雄輝は、目の前の少年の頭に手を伸ばした。
「えっ、何」
「この角は本物なのか」
少年の頭には2本の角が生えていた。鬼のような角である。
「触らないでもらえる」
「取れないし、頭頂部から直接生えているな。どうなってるんだ。いつから生えているんだ。どうなって」
「止めなさい」
雄輝の頭にチョップがお見舞いされる。
「何をしているんです」
「マイか、ついつい興奮してしまって」
「ホモだったの」
「そういう風にとらえないで欲しいんだけど」
「ホモなの」
「……話聞いてたか」
目の前の少年は凄い勢いで、雄輝から離れていく。
「ああ……」
それを雄輝は口惜しそうに見送った。。
「私はあなたを助けたことを少し後悔しました」
「そう言えば、俺生きてるみたいだな。服はなくなっているけど……」
雄輝は自分の体を見て驚いた。一生消えないと思っていた古傷すら残っていなかったのだ。
「体が軽いでしょ、あの子が治療したんですよ」
「そう言えば、そんなこと言ってたな」
雄輝がいる部屋の一室で顔だけ出してこちらを覗いている鬼の少年を見つめた。
「ありがとう」
少年を真っすぐ見つけて雄輝が告げる。
「お前……僕が怖くないのか」
「怖い……」
「あの子は、ずっと人からそういう目で見られて生きて来たんんです。鬼の子だってね」
雄輝の疑問にマイが代わりに答えた。
「そういう事か……怖くなんてないよ。俺と友達になろう。もちろんマイも」
雄輝が鬼の少年に手を差し出して笑った。
そんな雄輝を見て、本来無表情なマイに少しだけ表情の変化が見られた。それを雄輝以上に鬼の少年が見ていた。交互に2人の表情を見比べ、動こうとしなかった。
「何をしているんです。あなたの方が圧倒的に強いのにビビってどうするんです」
そんな風に言ってマイが鬼の少年を呼ぶ。
鬼の少年はいやいやと言う様子で雄輝の方までやってきた。
そんな少年の手を無理やりとって、雄輝が握手する。
「俺は三門雄輝、今日から友達だ」
「えっと」
「拒否権はないぞ」
「間違ってなかった」
2人を見ながら、マイが小さくつぶやいていた。
「マイ、助けてよ」
「情けない。あなたも自己紹介しなさい」
実際、教育係を命じられているマイは、鬼の少年の母親のような立場だった。少なからず、育ての親である。
「天馬です」
「そうか、UMAか」
「天馬だ」
雄輝は全く話を聞いていなかった。
こんな状況にも関わらず雄輝は大変テンションが上がっていた。探し求めていたUMAが目の前にいるのだ。夢にまで見た光景だった。
そのせいで、自分がここに来た目的すら忘れようとしていた。
「それで、どうされる気ですか」
「どうとは?」
「何か目的があってここに来たんでしょ」
「……そうだ。リリアの妹を連れて帰るって約束したんだ。確か名前はアリサとか言ってたっけ。何か知らないか」
ようやく自分の目的を思い出して、雄輝は2人に質問する。
「アリサは、教祖様のところに教育のために監禁されてる」
「教育?」
天馬の言葉に雄輝が質問した。
「俗世を捨て、ここで生活出来るように心構えを教えているんですよ」
雄輝の疑問に対してマイが答えた。
「勿体ないな。外の世界には面白いことが広がっているのに」
「僕たちは、外では生きていけないんだ。普通と違うから」
そう言って、悲しそうに天馬は自分の角を触った。
「……天馬」
それを、雄輝は神妙な顔で見ていた。
「魔法に目覚めた人間は、体が変態する個体が多いんです。天馬もその一人、あなたは天馬を見てどう思いますか」
マイは、雄輝を見つめた。マイは雄輝の答えに期待していた。何故だか分からないが、何かを変えてくれるそんな風に思っていた。ただの人間にそんなこと出来るわけはないのだが、目の前の男は始めてあったときから不思議な雰囲気を纏っていた。
「変わっていると思う」
「……そうですか」
マイは天馬の方を見ると悲しそうな顔をしていた。そんな顔をさせるなら助けるんじゃなかったと、手のひらを返して後悔の念を抱く。
マイは天馬に変わって欲しかった。これ以上、ここに居てもこれ以上の成長が望めないと考えていた。
それは、命じられた命令を忠実に実行しているともとれたが、それ以上の変化が魔法という奇跡の力で作られた人形に起きているとも捉えることが出来た。
マイは一心に考え、天馬の変化には他人との接触が一番だと理解した。その相手として、三門雄輝が最適だと判断したからこそ、生かしたのだ。
「だが、それが良い。暗い顔するなよ天馬。お前が変わっているのはお前のせいじゃないし、悔やんでも変わることはないお前の個性だ。何も恥じることはない」
しかし、そんなマイの不安を吹き飛ばすかのように、雄輝は語りだした。
「普通の人間の君に、僕の気持ちが分かるはずがない。分かったようなことを言うな」
雄輝の言葉に、天馬が声を荒げた。
「天馬」
マイが表情を変えず、ただ心配そうな声をだした。それが人形である彼女の精一杯だった。
「お前の気持ちがわからないか……全くもってその通りだな。俺にはお前の気持ちは分からん。あったばっかりだしな」
「そら見たことか」
天馬が勝ち誇ったような顔をする。
「だけどそれで良いんだよ。人間自分のことすら分からないんだ。他人に理解してもらおうなんてのはおこがましいことなんじゃないのか。だから、大事なのは他人じゃない、お前がどう思うかだ。誰になんて思われているかは関係ない。自分が自分のことをどう思っているかが大事なんだ」
「あなたは……自分のことをどう思っているんですか」
天馬ではなく、マイが質問した。
「俺か……俺はパイオニアだよ」
「パイオニア?」
「そうだ。俺は絶対、誰も知らなかった未知の世界に行って見せるし、もっと世の中が広いってことを世間に知らしめるんだ」
雄輝は偽ることなく、自分の思いをぶつけることにした。否、それしかやり方を知らなかった。
「今の世の中、他国との競争ばっかりだ。実にくだらない。きっと世界には自分たちの知らない世界が広がっているのに、そんなものないと思って、外の世界ではなく自分の知っている内側の世界で、勝ち組だ、負け組だと競争している。それじゃ先なんてないし、夢なんて見られないんだよ。天馬、お前は夢があるか」
「僕は……」
雄輝は急に天馬に話題を振るが、突然のことで天馬は言い淀んだ。
「狭い世界に閉じこもっていても人は夢を語れないし、見ることが出来ない。夢がないというのは間違ったことではないけれど、人生に華がないのと一緒だ。だから、俺はもっと外に皆の意識が向かうようにしたい。有史以前から人間ていうのは新天地を求める開拓者だからな。今は科学が発達したせいで、未知の世界なんてないと高を括ってやがるが、人間のテリトリー何ての狭いんだ。未知の世界がその外に絶対広がっているはずだ」
「君みたいな人ばかりじゃないよ。外になんて意識は向かわないかもしれない。自分の知っている内側で生活するのが好きな人間もいる」
「一向に構わん。その時はもっと面白い世界を見つけるさ。俺の夢はな天馬、常に冒険心をもって自分の知らない世界を知ることなんだ。そして、他の人にも世界はもっと広いんだって思って欲しい。そうすれば、身内同士で争うんじゃなくきっと皆の目も外に向くはずだ」
子供のように目を輝かせて馬鹿な夢を語る自分の姿が、2人にはどう映ったのかは雄輝には分からなかったが、少しでも感化されて、こんなところから抜けだして欲しいと雄輝は思っていた。
だって勿体ないから、天馬のような面白人間こそ仲間にして、一緒に未知の世界を目指して欲しかった。人選が完全に自分の趣味なのは分かっていた。
「天馬も来いよ。俺と一緒に外に行こう。新天地を目指すんだ。きっとお前の角何て珍しくない世界もきっとあるさ。もちろん、マイも一緒に行こう」
「私もですか」
マイが、驚いた声を上げた。
「……私は人形ですよ。あなたも聞いてたでしょ」
「関係ないさ。俺が来てほしいんだ」
進化の園。教会。
雄輝が一命をとりとめたところで、起きてはいけないことが起きようとしていた。
「どうした。抜けろ」
優里亜が、元ミイラの指からリングを引き抜こうとしていた。
リングは、優里亜の魔力によって暴走を始めようとしていた。唯一の防波堤はミイラの指に嵌っているそれだけだった。
「抜けた」
ついに力尽き、指からリングが引き抜かれた。何のこともない、雄輝のせいで封印が弱まっていたのである。当然の結果と言って良かった。
抜けると同時に、リングに黒い炎が灯った。
その火を見て、優里亜が思わずリングを投げ捨てる。
「何だ」
それは、優里亜のような普通ではない人間でも、知るはずのない現象だった。
黒い炎は、全てを飲み込むように教会を一瞬で火が燃え移り焼き始める。
優里亜は急いで教会の外に出た。
そこで見たのは、炎で出来た竜の姿だった。
優里亜は教会の周りを、魔法で作りだした植物で覆った。魔法でなら燃えない植物も作ることが出来た。教会の周りにバリケードが出来る。
「何故だ、何故燃える」
しかし、それをあざ笑うかのように炎がバリケード焼ききった。燃えないはずの植物は、黒い炎に焼かれたのだ。それは、その炎が普通の炎ではないことを意味した。
長き時を経て、厄災の竜が目覚めようとしていた。