第7話:VS魔女
迫りくる木の根を見て、雄輝は決断した。
ポケットの中に指を戻すのと同時にポケットの中から薬を取り出して飲み込んだのだ。
それは、リリアから奪い取った超人薬だった。
「銀河、リリア逃げるぞ」
効果は一瞬で出た。銀河とリリアの元に移動した雄輝は2人を抱えた。
「どうする気だ雄輝。出口何てないぞ」
出口だった方に突っ込んでいく雄輝を見て銀河が質問する。
「まさか」
何かを察したようにリリアがそう呟いた。
それに雄輝は笑顔で答えた。
雄輝が木の壁を蹴りつけると、大きな穴が空いて教会の中から出ることに成功する。
「何だと……」
予想外の出来事に優里亜がそう呟いた。
「超人薬を飲んだんですか」
外に出たリリアは、雄輝の変わりように正解を導き出していた。
「超人薬だと……俺に渡したのが全てじゃなかったのか」
続いて銀河が口を開いた。
「当たり前だろ。こんな便利なもの三門財閥だけに渡せるか。当然俺の分は別に確保しておいた」
「便利なもの?リスクについては私から聞きだしていたでしょ。強すぎる力に直ぐに肉体が悲鳴を上げますよ。その痛みに男性はとても耐えられない。超人薬の実験は痛みへの耐性が強い女性を被験者にして行われたと、私は言いましたよね」
「……俺は、歯医者もヘッチャラな子供だったから」
「冗談を言ってる場合ですか。何錠です。何錠飲んだんです」
「5錠だ」
「3錠が安全ラインです。何が起きるか分かりませんよ。何故、そんなに飲んだんです」
「初めての人間が即効性を求めるなら、量を求めるしかないと言ったじゃないか」
「……私に飲ませればよかったでしょ」
「リリア」
銀河が、リリアの肩に手をいて静止させる。
「その馬鹿は、仲間を犠牲にするようなことはしないやつなんだ」
「悪いな銀河、言いたいことは色々あるだろうが、話している時間はもうなさそうだ。殿は俺にやらせてもらう」
長い付き合いの雄輝と銀河にはその後はアイコンタクトでだいたいわかった。
教会の中から、優里亜が出てきていた。
「なあ銀河、俺はリリアに助けてやると約束した。俺が戻らなかったらお前に任せて良いか」
「何を言って……」
「分かった。行くぞ、リリア」
「待ってください。置いていくんですか、それにあの人は何を考えているんです」
そう言って、渋るリリアの手を強く引いて銀河は歩き出す。
「仲間のために体を張る覚悟がある奴なんだよ」
「そんなのは、あの人である必要はないでしょ」
「ああ、俺がやるべきだったと思うよ。でも、あいつは誰よりも早く決断できるやつなんだ。そして、俺たちの意見を聞いても意見を変える奴じゃない。それに、邪魔な俺たちがいることが一番あいつの生存確率を下げてしまう。だから、今は逃げるんだ」
「君は逃げないんだな」
建物から出てきた優里亜が、雄輝に向かって呟く。
「俺にはやらなければならないことがあるんでね。リングはここにあるから、後ろのやつらは追わないで欲しいんだけど」
雄輝は再びポケットからリングを見せた。
「やはりお前は面白いな。先ほどの動きといい、そのリングといい、もしかしたらこちら側の人間なのかもしれない。どう思うマイ」
「……私にはわかりません」
「人形には分からないか」
「……人形?」
「ああ」
優里亜はにやりと笑うと、錫杖で地面を突いた。そうすると、地面から木の人形体が現れた。
「その子は、この子たち木の人形をより上等に改造しただけの存在さ。声や考える力を与えてあげた」
「命を作れると?」
「少しは悪い頭で理解しなさい。初めに聞いただろ、私はお前たちよりも上位の存在なんだ。出来ないことが出来るのは当たり前だ」
「……冗談だろ、最高かよ」
魔法と言う力に、雄輝は今、凄くワクワクしてしまっていた。
もっと見ていたい。死ぬか生きるかの状況でそう思わせられていた。
「つう」
しかし、体の痛みが時間がないことを告げる。肉体のリミッターを外したのだ。体がその影響に追いつかず、痛みが体全体にはしった。ふざけた話であるが、この痛みに並みの男は耐えられないものが多く、ロシアの実験生体は女ばかりだったらしい。
「行くぞ。生き残ってみろ」
錫杖を地面を突くと、10体ほどの人形が出現する。その人形1人1人の木で出来た腕が伸び、木の根が濁流のように雄輝に迫る。
雄輝はそれを見て、思考を回す。後退して躱す時間など自分には残されていないことは分かっていた。なので、前に出た。
波のように襲ってくる木の根を躱しながら前に出る。一見無謀なように見えたが、もって生まれた反射神経と、それに合わせることのできる肉体が重なったことによって、超人的な動きを可能にした。
それは、ロシアの研究機関が求めた理想的な動きと言えただろう。
人間はもともと自分の体を100%制御することは出来ない。それはリミッターを外して100%の力を使うと言う意味ではない。リミッターに関係なく自分の体をうまく制御できないのである。
相手と同じ動きをを再現するだけでも反復練習を要求される。だが、雄輝は高い精度で自分の体を完璧に制御することが出来た。
迫りくる木の根の僅かな隙間を縫うように雄輝はそれらを躱しきる。
木の根は進むのは良いが、戻るのには時間がかかるようでその流れを抜けると襲ってくるものはなかった。
雄輝はその瞬間を見逃さない。走りながら優里亜に向けてためらうことなく引き金を引いた。
「小賢しい」
雄輝の放った弾丸は、木の根によって止められる。人形の出していた木の根とは違う、信じられないスピードで地面から出現して優里亜を守ったのだ。
「人形たちは無反応か……」
雄輝は相手の反応を観察する。未知の敵と戦う時にもっとも必要なのは、能力を把握することであることを良く分かっていた。
「何をやっている。早くやれ」
優里亜が人形たちに命令を出す。
雄輝にとっては、それも重要な情報だった。わざわざ口にだして命令すると言うことは、人形は常にオートで行動しているということである。その上、自分が優里亜を攻撃したときの反応を見るに思考能力はほとんどないと見受けられた。出来ることは凄く限られているのだ。
雄輝は人形の横を素通りして、駆け抜ける。
相手をする必要がないと判断したのだ。
ようやく腕を戻した人形たちの腕が再び濁流のように木の根になって伸びる。
しかし、それすら雄輝にとっては問題ではなかった。軌道が真っすぐで変わることがないのだ。雄輝にとっては避けるのは容易かった。
それでも、避けられるのはこの1回限りなのは雄輝本人が一番よく分かっていた。体が悲鳴を上げて限界が近いのが良く分かった、嫌な汗が頬を伝う。
「何をしても無意味だ。お前は私に指一本触れることなど出来ない」
木の根が出現して、優里亜の体を覆っていく。全体防御に頼るというのは雄輝の計算通りだった。
唯一の勝ち筋に向かって雄輝は全速力で駆け抜けた。
「飛べよ」
優里亜を覆った木の根を土台にして雄輝は宙に飛んだ。最後の最後に残った力を振り絞り空に向けて飛び立ったのだ。
そして、雄輝の手には爆弾が握られていた。
「吹っ飛べ」
上空から落とした爆弾が爆音を放つとともに、上空にいる雄輝も吹っ飛ばされる。しかし、落下の衝撃だけはリングによって中和されそれほどでもなかった。
雄輝の体に激痛が襲った。薬の影響で無茶な動きを繰り返したため筋肉が断絶され、骨にも無数のヒビが入っていた。
その体で、雄輝は爆発の中心を見ていた。雄輝の使った爆弾はそこまでの威力はなかった。ゆえに近づいて使う必要があった。だが、威力がないと言っても木ごときならばらばらに破壊することが出来る。
炎を伴う爆発は辺りを燃やしていた。雄輝の足は完全に動かなくなって立つことが出来なかった。
雄輝は地面を這って炎から逃げようとしていたが、その手を踏みつけられる。
「私を爆弾ごときで殺されると思ったのか」
雄輝は踏まれていない方の手で銃の引き金を引いて発砲する。
「思い切りの良いいやつだな」
「グワー」
雄輝が悲鳴を上げた。銃身を逸らされ、弾が当たることはなく、それどころか、撃った衝撃で雄輝の体がさらに壊れたのだ。
雄輝の体は地面から生えてきた木の根につるし上げられる。
「ただのガキではないのだろう。だが、お前自身は魔術師ではないようだ」
雄輝の体からミイラの指を木の根が奪っていく。
「これは何だ。何故魔力を放っている」
「……知るか」
それは真実からの答えだった。だが、言い方が悪かった。
「隠し事をすると酷いぞ」
雄輝に巻き付いていた木の根が雄輝の体を締め上げる。今日一番の痛みが雄輝の体を襲った。発狂するほどの痛みの中、雄輝はどうしようもなかった。本当に知らないのである。
ここで雄輝の記憶は途絶えた。気を失ったのである。
「やはり、人間はもろいな。詰まらん」
優里亜は壊れたおもちゃでも見るように、雄輝の体を燃え盛る炎の中に投げ捨てた。
5分後
優里亜が雄輝の元から離れた後、2つの人影が現れた。
「まだ、生きているようですね。ゴキブリのような生命力です。どうしますか?」
「助けよう」
「そう言うと思いました」
「……分かってたってことは、助けたかったの」
「…………」
「無視していかないでよ」
2つの人影は、半分死んでいる雄輝を抱えてその場を立ち去った。