第6話:魔女の逆鱗
「あなたは変わっていますね。私を見て気持ち悪いとか思わないんですか」
「気持ち悪い……何で?」
「そう来ますか」
「……何で、あの人は楽しそうに普通に話しているんです」
「あいつは、変態だからな」
謎の少女マイと普通に話している雄輝の後姿を見ながら、銀河とリリアが後に続いていた。
「雄輝の不思議なものへのストライクゾーンは異常に広いからな。もっとグロい化け物でも喜んで相手してると思うぞ」
「ストライクゾーンが広い。それって、私の妹も入っていたりするんでしょうか……もしそうなら、今のうちに」
リリアがよからぬ妄想を始める。
「きっと、無理に手を出したりしないから安心しなよ」
「きっとって何なんですか、妹はわたしにとっての天使なんですよ」
「……シスコン」
理不尽な暴力が銀河を襲う。
「それで、どこに向かっているの」
「あそこです」
雄輝の言葉にマイが指を指して目的地を告げる。
そこは、大きな大樹だった。
入り口だった木よりも大きいことには、今さらツッコミをいれるのはナンセンスだろう。
「教祖様の教会です」
「教会ね……」
近くで見ると壮観だった。大樹は多くの木々が絡みあうことで大樹を形成していた。そして大樹には、自然に形成されというには都合の良すぎる入り口があり、中には20畳ほどの空間が見えた。
「どうしてこんな空間が出来ているんだ」
「魔法ですよ」
雄輝の質問に、マイがさらっと答えた。
「魔法?」
「はい、教祖様は魔女ですから、あなたたちとは別種ですよ」
「人間じゃないってこと?」
「人間ですよ。ただ、あなたたちの上位種ってことです。くれぐれも失礼のないように」
「頼むな」
マイの言葉を後ろで聞いていた銀河が、雄輝の肩に手を置きながら懇願する。
「俺は礼儀を重んじる方だぞ」
それに対して雄輝がそう答えたが、年上や先輩に基本的に敬意を払わない雄輝にそう言われても納得がいかなかった。銀河は年上の自分に対して最初からため口だった雄輝を思い出す。
「せめて、敬語で話してくれ」
「顔が怖いんだけど」
「私からもお願いします。一度会いましたが、恐ろしい方です。」
妹の件で一度会っているリリアも雄輝に頼みこむ。
「俺って、どれだけ信用ないんだ。大船に乗ったつもりで少しは信用してくれよ」
お前は、泥船か幽霊船だよと銀河は思ったが、口に出しては言わなかった。
「……話はもう良いでしょう、行きますよ」
マイは話を切って3人を教会内に案内する。教会内は、教会と言うよりは王への謁見の間を思わせる外観だった。まるで玉座のような大きな椅子が、来訪者を見下ろせるように設置されている。
そして、そこに魔女と思われる老婆が座っていた。
真っ白な白髪でそれほど長くない髪をポニーテールにして結んでいた。真っ白な髪から歳は70~80歳だと思えるが、腰が曲がっておらず、背筋が伸びているので実際はもっと若いのかもしれない。だが、その手には何故か錫杖が握られていた。
健康そうなおばあちゃんと銀河には思えたが、一度その目で見られると背筋から冷や汗が流れた。一瞬で飲まれたのだ。不思議と震えが止まらなかった。横を見るとリリアも震えていた。
銀河は今度は雄輝の方を見る。すると余裕そうにしている雄輝の顔が見えた。それが頼もしく思えた。
リリアも同様で、この状況でも怯むことのない雄輝を頼もしく思えた。大船と言うのは案外間違っていないのではないかと2人は再評価することになる。そして、会話を雄輝に完全に任せることを決めた。
「俺は三門雄輝、あなたと話がしたくてやってきました」
「…………」
魔女は、雄輝のことを一瞥して嘲笑した。
「久しぶりですね。リリアさん」
そして、雄輝は無視された。
「お久しぶりです。優里亜さん」
自分に会話を振られて、リリアがしぶしぶ返事をする。出来れば、この人とは話をしたくはなかったというのがリリアの本音だ。
「妹さんに会いに来たのですか。私が二度と来るなと言ったのをお忘れにはなりましたか」
「それは……」
「あの、無視しないでもらえます」
うろたえているリリアに助け舟をだしたのか、それとも無視されて悔しかったのか、雄輝が会話に割り込む。
優里亜と呼ばれた魔女は雄輝を鋭い眼光で睨んだ。
「怖い怖い。睨まなくても会話は出来ますよ」
「お前……興味深いな。何も感じないのか」
「何も感じませんが……」
優里亜は、錫杖を床に向けて付いて音を打ち鳴らした。
すると、その姿は一瞬にして消え、雄輝の前に出現する。そして、雄輝をまじまじと見ていた。
「微弱だが、魔力を感じるな」
「魔力?」
「ポケットの中のものを出しなさい」
雄輝のポケットの中には、あのリングが入っていた。
「……これのことですか」
雄輝はポケットの中からリングがはめられた指を取り出す。
「なるほどね」
錫杖を打ち鳴らし、勝手に満足して優里亜は再び玉座に戻っていく。
それを見て銀河は、このババアは、雄輝よりも人の話を聞かないなと思っていた。
「それは、お前が持っていて良いものじゃない。私に渡しなさい。それは渡せば招かれざる客であるあなたたちを無事に帰してあげましょう」
「……まだ帰りたくないので結構です」
雄輝はこいつ何言っているんだと言う目で2人に見られていた。
「俺はあなたと話をしに来たんです。話もせずに帰れません」
「……ああ、そんなことを言っていたね。私に話とは何かな」
リングに興味がわき、少し機嫌が良くなった優里亜が初めて話を聞く気を見せた。
「このリングを友人に見せた次の日に、友人が失踪しました。何か分かることはありませんか」
優里亜は少し考えた後口を開いた。
「ないな。正直な話、そのリングが何なのかは私にも分からない。だからこそ、興味深く手に入れる価値のあるものなんだよ」
「そうですか……」
雄輝は少し残念そうに下を向いた。友人の手掛かりが何もなくなったのが悔しかったのだ。
しかし、雄輝にはもう一つやらなければならないことがあった。それを為す為に優里亜の方に目を向けて、はっきりと告げる。
「リリアの妹はどこに居ますか、合わせてください」
「……駄目だ」
3人は、優里亜の雰囲気が変わったのを感じた。
「何故ですか」
「あの子は私と同じ特別な子だ。外部から守らなければならない」
「外部から遮断することが守ることなんですか」
「そうだ」
火花を散らすような鋭い眼光がぶつかり合っていた。
「聞かせてください。彼女は幸せそうにしていますか」
雄輝の質問に、リリアは息を飲んで見守った。
「当たり前でしょ。ここにいると言う事実そのものが幸せに他なりません。ここは特別な人間だけか住める理想郷なのですから」
返ってきた言葉に雄輝はため息を漏らした。
「俺はそんなことを聞いているんじゃないんですよ。笑顔で暮らせているかと聞いているんです」
「笑顔?そんなもの必要はないでしょ。人の幸せとは進化することです。彼女は私の数々の実験の結果、進化しましたよ」
「じ……」
「どういうことですか、酷いことはしないと約束したじゃないですか」
雄輝が何か言う前に、リリアが激高して話に割って入ってくる。
「リリアさん、何も酷いことはしていません。実験と言い方が悪かったですね。脳に少し刺激を与えただけですよ」
「……私は、そういうことが嫌で、妹をロシアから逃がしてここに連れてきました」
「正しい選択ですよ」
「あなたのやったことと、ロシア政府がやったことに違いがあるんですか。私は、例え外の世界との関わりが断たれても、あの子が普通にご飯を食べて、普通に笑って暮らせる生活を望みました。あなたはそういうものを与えてくれる人ではなかたのですか」
そう言った後、リリアが銃を抜いた。
「リリア」
銀河が止めに入ろうとするが、その銀河を雄輝が制する。
「普通?人より優れていることが人の幸せです。そんなもの求めて何になるのです」
「…………」
「…………」
雄輝とリリアは、無言で優里亜を睨んでいた。
それを見て、ここは自分の出番かと銀河が始めて前に出た。雄輝とリリアとは違う、銀河は状況を一歩引いたところで良く理解していた。回答を間違えれば殺されてもおかしくない。数々の事実から考えて、マイの言っていた通り、銃が通用する相手ではないのだ。
「優里亜様、あなた様の言うことは良くわかりますよ」
銀河は仲間を守るために嘘を吐いた。既に銀河の目的は3人で無事に逃げること、それが出来なくても雄輝だけは逃がすことにシフトしていた。
「黙れ、凡人に理解して欲しいとは思っていない」
しかし、銀河の言葉は状況を変えることは出来なかった。
「妹にアリサに会わせてください。妹に聞きます。幸せなのか?」
「理解しなさい。あなたたち下等種族は私にお願いする立場ですらないことを」
「もう良い、妹を連れて帰ります」
リリアは耐えかねて、遂にその言葉を吐いてしまった。銀河同様にリリアにも、今言葉を間違えることが死につながることが分かっていた。それでも、漏れてしまったのだ。
「あれは、もう私の所有物です。二度と会うことなど出来ないのですよ」
優里亜は玉座からたち上がる。その意味が銀河とリリアには理解でき戦慄する。事実、教会の入り口が自動的に閉じていった。
逃げ場を無くし、殺しに来るのだ。2人にはそうとしか思えなかった。
「私のせいで……」
リリアは、そう小さくつぶやいた。
それを聞いていた雄輝は口を開いた。
「最後に1つ聞きたい。あんたに何の権利があるんだ。姉が妹に会いたがっているだけなのに、何の権利があって駄目だって言うんだ」
「世の中は弱肉強食、優れているものが全て決める権利がある」
「笑えないな。人よりも優れているってのは人よりも偉いってことじゃないぞ。お前には何の権利もないんだよ。それだけ生きていてその程度のことも分かんないのか」
優里亜は雄輝の言葉に怒り任せに錫杖を床に打ち付けた。
そうすると、床から植物の根が津波のように遅い、雄輝たちに迫った。
もはや、戦うことは避けられなかった。それ故に、雄輝は怒りが自分に向くように仕向けたのだ。