第5話:進化の園へ
早朝
オカルト部の部室に寝袋が2つ転がっていた。
雄輝と銀河が寝ている寝袋である。
それを、リリアはオカルト部のベットの上から見下ろしていた。
馬鹿面をさらして熟睡している雄輝は、とても有能そうには見えない。凡人のようにリリアには思えた。雰囲気がないと言えば良いのだろうか、一般人にしか見えなかった。
それに引き換えると、隣で寝ている黒木銀河は流石というしかない。纏っている雰囲気が常人とは違うようにリリアには見えた。
「何?」
リリアの視線に気づき、銀河が目を覚ます。それに驚きリリアの体が驚きで震える。
「流石ですね。気配を感じましたか」
「仕事がら敏感なもんで……こいつは幸せそうに寝てるな」
銀河は雄輝を見て呟く。
「あの1つ聞いて良いですか」
「何?」
「どうして、あなたほどの人が、その人に仕えてるんです」
「はあ」
銀河は、あり得ないと言う顔をしてため息を漏らした。
「仕えてない。俺はこいつの部下じゃないぞ」
「そうなんですか」
「当たり前だ。そいつから金を毟り取られても、貰ったことは一度もない。俺たちは持ちつ持たれずのギブ・アンド・テイクの関係だ……そのはずなんだが、割を食うのはいつも俺だ」
最後の言葉に哀愁が漂っていたのを、リリアは感じた。
「……こいつの言葉は心に響くだろ。実現するかはともかく、馬鹿なことでも本気で言って、迷いが一切ないからだ。そんな人間は稀だ。……俺も昔こいつに騙されて、今でも馬鹿な夢を見せられている」
「信頼できる人ですか」
「まさか、自分勝手に突っ走ていって後ろを見ないんだ。付いていく人間は常に苦労させられる。……だが、良くも悪くも決断を下し、その責任を他に転化したりはしない。それに仲間のために体を張れるやつだ。そこだけは信頼して良い」
「……あなたからの信頼を勝ち得ているのは分かりました」
その言葉に、銀河が真っ赤になる。
「馬鹿、違う」
「あなたほどの人にそこまで信頼されているなら、それなりの人間なのでしょうね」
リリアには、また三門雄輝と言う人間が良く分からなくなった。どれだけの人間を仲間にしているかは、その人間を見定めのに非常に重要なものの一つである。
日本で起きた大規模テロ事件を治め、一躍他国にも名前を知らしめた、黒木銀河が味方についているというのは、評価できるポイントではあるが、上下関係で縛っているわけではなく、あくまで対等な関係を築いているというのは、上下関係しか知らないリリアにとっては評価しようがなかった。
「リリアも、別にこいつの部下じゃないんだ。意に返さない無茶苦茶言い出したら、従う必要ないんだぞ」
また、リリアにとっては難しいことを銀河が伝えた。本当に上下関係しかしらない女なのである。
「ああ、良く寝た」
そうこうしていると、雄輝が目を覚ました。
「……銀河、モーニングコーヒーが飲みたい」
「……自分で淹れろ」
銀河が青筋を立てながら、雄輝の意見を真っ向から却下していた。本当に上下関係にないことが、リリアには良く分かった。
「はい、リリアの分」
雄輝は全員分のコーヒーを作って、振る舞っていた。
日本で出会った奇妙な関係に、リリアが笑みを漏らしたが、その意味を雄輝には理解できなかった。
銀河の手配した車に乗って進化の園がある樹海まで向かう。
車の中には様々な武器が用意されていた。普通に銃刀法違反である。
しかし、それらが活かされることはあまりなく、最小限の武器だけ持って、進化の園の入り口まで向かうことになった。
ミサイルランチャーなんてものもあったが、そんなもの持ち運びできないし、進化の園は車では入って行けない樹海の深い所にあった。
樹海
その奥に、進化の園入り口があった。
入り口と言っても、見た目がそれとは決してわからない。実際リリアが樹海の中から選んだのは、何の変哲もない木である。
その木を3回ノックすると、木の表面に扉が現れたのだ。
それだけで、未知の現象と言って良い。
雄輝にとっては、夢のような光景に心が躍っていた。
「……お前は本当に楽しそうだな」
銀河は雄輝の顔を見てそう呟く。
「こんな楽しいことが起きているんだ。楽しまないと損だろ」
「……私は怖いです」
「それが普通の感覚だ」
リリアの言葉に銀河が同意する。
「まあ、人間は未知のことに恐怖するものだからな。俺はそういう感覚が壊れているから、気にならないんだけどさ」
同意を得られないことを察して、雄輝は少し寂しそうにつぶやく。
「なあ、雄輝、ここはやはり作戦を考えて」
「俺の人生には前進しかないんだよ」
そう言って、雄輝は木に出来た扉を開けて一歩踏み出した。
「あの……」
リリアが何か言って伝える暇もなかった。
「あああああああ」
雄輝は絶叫を上げた。無策で扉をあけた雄輝は、木の中に吸い込まれ落ちていった。
「だから、言ったのに……いい気味」
銀河がニヤリと笑ったので、リリアは驚いて銀河の方を見た。
「心配じゃないんですか」
「全然、殺す方が難しい男だよ、あいつは……。そして、いつも何も考えずに無茶ばかりして迷惑ばかりかけられるんだ。少しは痛い目にあって学ぶと良いんだよ」
銀河はため息を吐いた。
「あいつと一緒にやっていくなら、覚えておくと良い、心配するだけ無駄だ。しょうがないなと言って、付いて行ってやるしかないんだよ」
そう言いながら、銀河は雄輝に続いて木の中に入って行く。
本当に、どうしてあんな人間を信じたのかと、しばし後悔しながらリリアも後に続いた。
木の幹に出来た扉の中に入って行くと、まるで滑り台でも下るように下に下に落ちて行っていた。雄輝の場合は、顔から落ちていったので恐怖が半端じゃなかった。
落ちていった雄輝は、大きなキノコの上に落ちた。柔らかいキノコはクッションになって、落下のスピードを殺してくれて、雄輝は無傷だった。
木の中の世界。そこで綺麗が見たのは綺麗な……ため息がでるほど綺麗な光景だった。
雄輝でさえ目を疑いたくなった。そこには生態系が出来上がっていたのだ。鳥が飛んでいて川があって魚が泳いでいる。どこに光源があるのか、辺りは明るく草木がのびのびと育っていた。木の中とは思えない。そこには確かに小さな世界があったのだ。それも神聖的な雰囲気をもつ世界だ。
「おったまげたな」
銀河が、着いて早々に感想を漏らす。
「…………」
リリアは再びの来訪に複雑そうな表情を見せた。
「お客様とは珍しい」
そんな2人の前に1人のフード付きのマントで全身を覆った小柄な女性が現れる。顔はフードで見えないが、声で女性だと分かった。
「これが噂のリリアの妹か?」
銀河がリリアに質問する。
「違いますよ」
それに対して、リリアが確信をもって答えた。
「私はマイと申します。あなた方はどういったご用件でやってきましたか」
「…………」
2人は回答に迷って沈黙した。目的ははっきりしていたがそれを正直に言って良いか迷ったのだ。2人は雄輝を探して視線を泳がせる。
「しゅごい」
2人が見たのは、自分たちのことを放っておいて一心不乱に写メをとって、楽しんでいる雄輝だった。
「あの人は、本当に私の妹を救う気があるのでしょうか」
「イラッと来るだろ。あいつはいつもああだぞ。人と合わせることをしないんだ」
2人は、雄輝を見てひそひそと話す。出会ってまもない2人だったが、少しずつ一体感をもつようになってきていた。
フードの女性は、2人の視線に気づき雄輝を見ていた。
「あの方は、変わった人ですね。呼んできてくれませんか」
そう言われると、銀河とリリアは猛烈に恥ずかしかった。
「おい、雄輝」
銀河が雄輝の方に向かって、雄輝を無理やり引っ張ってくる。
「どうしたんだ銀河……おっ、こんにちは」
雄輝は、銀河の連れていく方に人がいるのに気づいてそう挨拶をした。
「こんにちは、あなたがリーダーですか」
「そうだよ」
銀河とリリアは非難の目を雄輝に向けたが、空気を読んで言葉に出さずに留めた。
「私はマイと申します。あなたたちの用件は何でしょうか」
マイは雄輝がリーダーと知ると、再度、銀河たちにした質問をする。
「教祖に会って話をしに来たんだ」
その質問に、雄輝はストレートに返した。
含みも何ももたせない雄輝の回答に、銀河は頭を抱えた。
「教祖様とお知り合い何ですか」
「全然知らない。でも、会って話をしてみたくってさ」
「…………」
マイは雄輝のことをフードで半分以上隠れた瞳で、射貫くように見つめていた。そして口を開く。
「お聞かせください。何故、武装してるんですか」
銀河は多くの武器を持ってきていたが、こういうこともあるかと思い、3人とも隠せるだけの最小限しか持ってきていなかった。しかし、その努力は無駄だったようで一瞬で見抜かれてしまったことに、銀河とリリアは戦慄した。
「武器持っていたら、駄目なの?」
「ばっ……」
これまた、ストレートな雄輝の言葉に銀河が声を漏らす。
「構いませんよ」
しかし、返ってきたのは意外な答えだった。
「そんなおもちゃで、教祖様はどうなったりしませんしね。着いてきてください。会わせてさしあげます。」
「それは楽しみだな」
銀河は人の気も知らずに、楽しそうに笑っている雄輝に腹が立ってきた。自分が心配しているのが馬鹿らしかった。
「気持ち、凄くわかりますよ」
しかし、今の銀河には理解者がいたのだ。それが銀河には嬉しかった。銀河・雄輝・俊太郎の3人でいても、割を食うのはいつも銀河で、今はいない俊太郎も飄々としていて雄輝と大差がなかったのだ。
「ねえねえ、教祖ってどうな人なの?」
雄輝は、マイを追いながら質問を投げかける。
「素晴らしい方です」
「……ふーん。ところで何でマントで全身も覆っているの」
「……知りたいですか」
「うん」
マイの言葉に雄輝が笑顔で返事をする。
「こういうことですよ」
彼女は人ではなかった……否、普通の人間ではないというのが正しいのかもしれない。少なからず、得体のしれないものだった。言ってしまえば、木で出来た人形が人の皮を被っているようなぞんな存在である。ところどころが人間で、ところどころが木なのである。どういう経緯でそうなったかは、想像もできなかった。
マイは、奇異の視線を送る銀河とリリアを見つつ、雄輝から全く別の視線を感じていた。喜びの感情である。
そこは今までの常識が何も通用しない場所であったが、三門雄輝にはワンダーランドのように思えた。