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WORLD HAND  作者: 9
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第4話:日本の悪魔

「聞きたいことは、あらかた聞けたな」

「録音もしたデータを三門家にもっていけよ」

 2人は、リリアからの情報を録音して残していた。目的は1つである。


「これでまた出世できるな」

「…………」

 雄輝の言葉に銀河が無言で返す。少し不満げな表情だった。


「何だ?不満なのか、上に行きたいんだろ」

 銀河は、三門家の中で出世して幹部になることを目指していた。本人には決して言わないが、雄輝の後ろ盾になってやりたいという思いが強くあった。


「この子、どうなると思う」

 銀河は迷った末に口を開いた。


「こいつか」

 雄輝は薬の副作用で寝ているリリアを見て考え込む。


「俺がロシアの人間だったら、こんな無能は決して許さないだろうな。あの国は無能には厳しいし、殺処分じゃないか」

「だよな……どうしよう」

「決まっているだろ」

 銀河は雄輝の肩に手を置いて告げる。


「お前が仲間に引き込めばいいんだ。お前は幼気な少年・少女を騙して煽動する悪魔だろ」

「おい、物騒なことを言うな。それにな、あんなことした俺達の仲間になると思うか……絶対怒ってるぞ。怒り狂った女相手にするなんて絶対嫌だぞ。お前がやれよ」

「自分、不器用何で」

 そう言って、銀河が目を逸らした。


「都合の良いときだけ、不器用とか言ってんじゃないぞ」

「交渉事はもともとお前の役割だろ」

「……既に、一回振られてるんだよ」

 今度は雄輝がそう言って目を逸らした。


「……大丈夫だ。一度失敗したらもう一回挑戦すれば良いんだ。そうやって人は大人になっていくんだ」

「お前、自分が説得したくないからって適当なこと言ってるだろ」

「俺はお前と違って、怒られるのになれてないんだ。しょうがないだろ」

「開き直ってるんじゃねえよ」


 2人は葛藤していた。見捨てられたら楽なのだが、そこまでお互い外道ではなかった。

 自分たちのやったことに後悔の念を持っているわけではない。しかし、彼女が死んだら自分たちが殺したみたいになるのが嫌だったのだ。それは極力殺しをしないという2人の流儀に反した。


「まあ、俺は樹海に行くための車の用意とか武器の用意とか、明日の有給申請とかいろいろあるから、一旦帰るわ。朝迎えに来るからまたな」

 銀河は、逃げるように帰って行ったが、理由がもっともだったので、雄輝には引き留めることが出来なかった。


「何だこれ……」

 遊園地に行く前に、厄介な宿題を渡された子供の時のような気分を雄輝は味わっていた。子供の頃は、結局宿題をやらなかったので、遊園地には一度も連れて行ってもらえなかったことを思い出す。しかし、今回は宿題の重さが違うのでそういう訳にはいかなかった。

 幸いなことに超人薬の効き目はもう切れていて、目の前のリリアは自分に抵抗する力がないことが分かっていた。


 超人薬の残りは、雄輝が隠し持っていた。銀河に渡すことなく握りつぶしたのだ。それは、三門家の馬鹿どもが人体実験に使いかねないと言うのもあったが、自分で利用しようと思っていたというのが大きい。


 雄輝は少し考え、行動に移すことにした。彼には彼女を殺さないこと以上に大事な目的があったのだ。


2時間後


 オカルト部の部室でリリアは目を覚ました。

 リリアは直ぐに自分が拘束されていることに気付く。目の前には憎い三門雄輝がいた。


「私の服はどうしたんです」

「お前が一番先に聞きたいのは、そんなことなのか」

「……確かにその通りですね。私があなたに望むことは1つです。殺してください」


 雄輝は心の中で思っていた。女騎士みたいなこと言いだしたなと……それと、今さらではあるがプールに落ちて服が濡れていたので、脱がして下着姿にして毛布を掛けておいたのを上手くうやむやに出来たなと、我ながら感心した。

 雄輝はというと、濡れた服を脱いで学校に置きっぱなしにしていたジャージを着ている。


「いきなり、クッ殺しなくてもいいじゃないか。落ち着きなよ」

「クッ殺?何ですかそれ」

「……とにかく、俺は普通の高校生なんだ。殺したりはしないから落ち着いて話を聞いてほしい」

「普通の高校生?ふっふふふふふ、あはははははは」

 突然、リリアが笑いだしたので、雄輝はびっくりして体が震えた。


「普通の高校生ね。それじゃ何?年中発情中でエロいことしか考えてない日本の男子高校生に負けて、そのうえみじめに拘束されているって訳、お笑いね。……無能も良いとこじゃない。あなたもそう思っているのよね。……笑いなさいよ。おバカなピエロと笑いなさいよ」

「あはははは」

「笑ってんじゃないわよ」

「ええ……」

 社交辞令で笑った雄輝だったが、相手が切れたので気圧される。女のヒステリーってこんなに面倒くさいのかと、雄輝は思っていたが、目の前の彼女はその域を超えて変なスイッチが入っていた。


「空気読んでくださいよ。笑われるとは思っていなかったのでびっくりしましたよ私。謝ってください。さあ、謝って、笑ってごめんないって言いなさい」

「……ごめんなさい」

 雄輝はしぶしぶ謝った。人間、死ぬのが分かると気の弱い人間も何をするか分からないものだが、目の前の少女も例にもれず人が変わるタイプのようだった。怒り狂った女を相手にするのも嫌だったが、開き直っている女を相手にするのも嫌だった。


「心がこもってないですね。5点」

 くそ女。そう思うながら、雄輝は拳を握った。


「俺が言うことじゃないが、少しは気丈に振る舞ったらどうだ」

「気丈に振る舞え、もう止めましたよ。どうせ、私は死ぬんです。普通の高校生に負けて命より大事な情報を漏らした。ロシアに私の帰る場所なんてないですよ。ポンコツですよ。私はポンコツ女なんです」

「…………」

 面白い生き物だなと思いながらも、少し引き気味に雄輝はリリアを見ていた。


「精神安定剤か抗うつ剤でも処方しようか」

「馬鹿にしないでくれますか。私はそこまで落ちてないです」

「まだ落ちれるつもりなの?これ以上はやめておいた方が良いよ。後で恥ずかしくなって死にたくなるからさ。黒歴史はこれ以上作らない方が良い」

「良いんですよ。死ねるなら何でも。死ねるなら幸せですよ。私がロシアに帰ったらどうなるか分かりますか、楽に死なせてもらえませんよ。私は見ての通り美人ですので……、この先はあなたにも分かるでしょ」


 雄輝は目の前の少女が自暴自棄になっているのが良く分かった。それが雄輝には許せなかった。


「帰らなければ良いだろ」

「帰らない人になりたいです」

「そうじゃなくて、三門家で面倒見てやるよ。日本に居ていいぞ」

「はっ、門家の御曹司に手を出したんですよ。日本に居れるわけないでしょ」

「許してやるよ」

 実際に三門家の人間で怒っている人間がいないことは、雄輝が一番分かっていた。三門家の中では自分は死んでも良い人間なのだ。


「何が目的ですか?あの甘ちょろい考えのためですか?世の中の人は分かり合えるでしたっけ」

 リリアは雄輝を疑いの目で見ていた。


「違う。手を取り合っていけるだ」

「はあ、同じ意味でしょ」

 雄輝から返ってきたのは、どうでも良い返答だったので、リリアは少し苛立つ。


「全然違う。俺は誰とでも分かり合おうとは思っていない。ただ、手を取り合って同じ方向を向いて歩いていく。それだけで良いんだ」

「同じ方向とは?」

「決まっている今は進化の園さ。俺は進化の園に行くつもりだ。君に協力して欲しい」

 自暴自棄だったリリアの死んだような目に、生気が戻ったのを雄輝は見逃さなかった。


「進化の園に行く?何のためにです」

「決まっているだろ。登山家が山を見たら上るように、冒険家が新天地を見つけたら調べに行くのは当たり前だ」

 雄輝はどや顔で言い切った。


「冒険家、金持ちの道楽でしょ。あなたは裕福な日本に生まれて、そのうえ裕福な家庭で育った。何も不自由がないのに、何故そんなことするんです。馬鹿みたいに女でも抱いて、美味しいもの食べてればいいでしょ」

「……そんな人生、歳取ってからでも出来る。俺たちは若いんだ。デカイ夢持って生きなくちゃ。俺は常に新天地を目指す。この欲求は誰にも止められない」

 

 雄輝の言っている言葉は、到底リリアには理解できなかった。明日、生きることも分からない環境で生きてきたリリアにとって、雄輝の考えは所詮平和な世界で育った男の戯言にしか映らなかったのだ。その裏にある覚悟や壮絶な人生など見えてはこなかった。 


「……進化の園には行かないでください」

 リリアは震えていた。そして、ようやく記憶を思い出してきていた。思い出すのは、平然と自分に注射を打ったこと。言葉だけではない、やると言ったら目の前の男はやるのである。


「何故だ」

「……分かっているでしょ。あそこには妹を預けています。私のせいであなたという侵入者を許したら妹がどういう目にあうか分かったものじゃない。私のことは好きにして良いです。だから、どうか行かないで」

 リリアは身を差し出すことで、許しを乞うた。


「馬鹿じゃないのか」

「足りませんか」

「そんなことじゃない。危険な場所だって分かっているんだろ。何でそんな場所に妹を預けたんだ。ロシアと何も違わないじゃないか」

 リリアは歯を食いしばって雄輝を睨んだ。


「あなたに何が分かるんです。私には他に選択肢がなっかた」

「じゃあ、俺が選択肢をやる。妹とともに三門に来い。君たちの安全を保障する」

「何が目的ですか」

「シンプルだよ。君の妹を保護したい」

 これが雄輝の思惑だった。珍しい力を持つと言うリリアの妹は雄輝にとって、非常に魅力的だったのだ。


 しかし、その言葉はリリアは別の捉え方をした。


「あなたはどこまで、私の感情を逆撫でするんです。あなたも、ロシア政府の人間と同じで、私の妹が珍しいからモルモットにしたいんでしょ」

「違う」

 リリアの剣幕に負けることなく、雄輝はリリアの目を真っすぐ見て否定する。


「違う?何が違うんです。それ以外妹に執着する理由はないでしょ」

「モルモットにする?ふざけんじゃないぞ。そんな勿体ない使い方を俺がするわけないだろ。君の妹は俺の仲間にする。決定事項だ」

「勝手なことを言わないでください」

「お前も妹をスカウトするのに、役に立ちそうだから末席に加えてやるよ」

「ふざけんじゃない。人の話を聞きなさい」

「ふざけてるのはお前だ」

「何を……」

 雄輝の怒気にリリアは怯む。


「さっきから大人しく聞いてれば、文句ばっかり言いやがってどうせ死ぬんだ関係ないだろ。それともあれか、死ぬ気なんて本当はないんだろ」

「違います」

「違わないさ。死にたければ舌でも噛めばいいんだ。俺の手を借りる必要なんてない」

「それは……あなたがおかしなことを言うから」

 か細い声で、リリアは答えた。


「俺が何を言ったんだ」

「進化の園に行くと、妹に迷惑がかかるから止めようと」

「どうせ死ぬお前には関係だろ」

「関係あります」

「いいや、関係ないね。死人に口なしだ。死ぬお前にとやかく言われる覚えはない」

「死ぬ前に、家族を想って何が悪いんです」

「極悪だよ。想う家族がいるのに人生からフェードアウトしようとしてる。お前は、現実から逃げたいだけで、妹のことなんて本当はどうでも良いんだろ。良いお姉さんぶるのはやめろ」

「そんなことない」

 リリアの頬に涙が流れた。


「撤回してください。妹は私の全てです」

「じゃあ、何故俺の手を取らない」

「あなた何て、信用できないからです」

「また、言い訳か」

「違いますよ。ずっと、私は大人たちに騙されてきました。あなたに分かりますか、帰る家もなく両親もいない。寒いロシアで姉妹二人で生きてきた私たちの人生がどれだけみじめで、むごたらしいものだったか、私はそこで学んだんです誰も信頼しないと、もちろん、進化の園のことも信じてませんよ。でも、普通の人間じゃない妹が同族といられれば、少しはましだと思うんです」

 

 雄輝は目を閉じて想像する。この男には何も浮かぶはずがなかった。雄輝は今まで辛い生活をしてきてない訳ではない。雪山で遭難したり、ジャングルで迷って死にかけたことなど指で数えられないほどあった。だが、それは自分から望んだ結果であって、そういう人生を送らざる負えない人間の気持ちが雄輝には分からなかった。同じ状況でも、心情的なものは全く違った。

 彼女の言う、金持ちの道楽と言うのは遠からず当たっている部分もあった。

 だが、そんな雄輝にも分かることがあった、


「お前はどんだけ馬鹿なんだ。お前の妹のことは良く知らないがお前を見ていたら、俺にもはっきりわかったぞ。同族といても彼女はきっと不幸だよ」

「何故ですか」

「お前がそばにいてやらないからだ。俺にも大事な家族がいた俺の祖母だ。俺はおばあちゃん子で祖母に育てられたと言って良い。俺の性格がこんなのになったのも、冒険好きな祖母のせいだ。両親と馬が合わなかった俺の人生の全てだった。そんな祖母を失った悲しみは半端じゃないぞ。心にぽっかり穴があいて、その穴は今も埋まっていない」

 心臓を抑えて、雄輝が宣言した。


「私にどうしろと……」

「俺を信じろ。俺は決して仲間を裏切らない。祖母から教わった大事なことなんだ」

「そんな言葉を信じろと」

「分かってる。人に信じさせるには行動しないとな」

 そう言って、雄輝はリリアの拘束を解き、自白剤の注射を渡した。


「何を……」

「俺を疑うなら、自白剤でもうって俺の本心を聞き出せば良い」

「何馬鹿言って、薬が効いている間、私が何するかわかりませんよ。エキゾッチク物質をもって高跳びするかも、手土産にすれば、どこの国にでも亡命できる」

「信じて欲しかったら、こちらから初めに信じるんだ。これも祖母から教わった言葉だ」


 リリアは、注射器の針を雄輝の肌に当てる。その顔は憎たらしいほど涼しい顔をしていた。表情に恐れのかけらも現れていなかった。

「くっ……分かりました。私の負けですよ。あなたは汚い大人とは違うみたいですね。私はいつかこんな日が来るのを待っていた。誰かに助けてもらえる日が来るのを……だから、裏切ったらただじゃおきませんよ」

「当たり前だ。俺は汚い大人と違う。俺は大人になれない子供だからな」

「それは、誇ったら駄目なのでは」

「…………」

 雄輝が返す言葉もなく黙っていると、お腹の音が鳴り響いた。


「腹減ったのか」

「お昼から何も食べてないんです」

 リリアが腹を抱えていた。


「俺がご馳走してやるよ。実は、リリアが起きるまでの暇な時間に、友好の証として料理したんだ」

「ありがとう……ございます」

 リリアは恥ずかしそうにそう返した。


「……そう言えば、日本の部室と言うのは何でも揃っているんですね」

 雄輝が作ったカレーを温めて、皿にご飯をよそっている間、リリアがオカルト部の部室を物珍し気に見ていた。


「……ここだけだよ」

 雄輝は気まずい笑顔でそう答えた。オカルト部の部室には他の部室や教室からパクってきた、学校の備品が数多く置かれていた。

 

 冷蔵庫に電子料理機のほか、ベットまで置いているのだから、学校内にできた雄輝の部屋と言っても過言ではなかった。他にも冬用の暖房設備で制服を乾かしたりもしている。


「とりあえず服着てよ。はい、返すね」

 雄輝は乾いた制服をリリアに投げて返した。


「あっ」

 リリアは自分が下着姿なのを思い出す。


「良い趣味をお持ちですね」

「違う。俺は風邪ひいたら大変だと思って善意で脱がしたんだ。感謝して欲しいくらいだよ」

 

 リリアが恥ずかしそうに服を着替え始める。リリアが雄輝の方を見ると、我関せずと様子で雄輝はルーをライスの上にかけて、スプーンの準備を黙々としていた。出て行って欲しかったが、そんなデリカシーを期待するのも無駄な相手と判断して、リリアは服を着替える。

 ちょうど、リリアが服を来たタイミングに、雄輝がカレーをよそった皿を持ってきた。


「食べなよ」

「タイミングが良すぎる気がするのですが、覗いてたんですか」

「俺は紳士だからそんなことしないさ。そんなことより、俺特性の夏野菜カレーは旨いからさ、あつあつのうちに食べてみてよ」

「うやむやにするつもりですか」

「そんなつもりはないよ」

 そんなことを言いながら、雄輝はうやむやにするつもりしかなかった。


 リリアは夏野菜で彩られた綺麗なカレーを目にする。とても美味しそうに見えた。

「狡い人ですね」

 そんな一言とともに口に運ぶ。


「美味しい」

 思わず、リリアはそんなことばを漏らした。


「遠慮せずにいっぱい食べてね」

 満足気に雄輝が笑っていた。


 それを見て、リリアはもしかしたら、良い人なのではないかという幻想を抱く。厳しい環境で育ったリリアは、家庭の温かさに飢えていた。要はチョロかったのである。


「日本の悪魔と言われている人なので、もっとも酷い人かと思っていました」

「日本悪魔って俺のことか?全く、節穴も良いとこだよ」

 雄輝は全てが上手くいったので、特に気にした様子はなく上機嫌に笑顔を続けていた。


「あの……お代わり貰っても」

「……あのな、リリア。大事なことなので1つ言っておく、俺たちは仲間なんだから、俺たちの間には、遠慮なんて必要ない。ワンフォアオールオールフォーワンの精神だ」


 雄輝の言葉に、リリアは少しうるっと来ていた。実にチョロい女なのである。しかし、火のない所に煙は立たないと言う。日本の悪魔という異名は伊達ではないのである。


「ありがとうございます」

 雄輝はリリアにお代わりのカレーを渡すと、リリアがそんな風に御礼を言った。


「いいんだよ。俺達仲間じゃないか、それにそのカレーだってどうせリリアの金で作ったし」

 雄輝は、うっかり口を滑らした。


「私の金?」

 リリアはポケットの中に何も入っていないことに今さら気付いた。


 雄輝は馬鹿だが、疑われていることくらいは分かった。疑いの熱い視線をリリアから感じていた。


「ああ、返すよ」

 雄輝は悪びれる様子もなく財布をリリアに返した。当然のごとくカレー分の代金が引かれていた。


「俺達仲間だから、許してくれるよな」

「…………」


 2人は無言で見つめあっていた。

 不意に雄輝の顔面に、リリアの拳がめり込んだ。


「良い人かと思ったのに、私を裏切りましたね」

「やっぱり駄目か」

 床と一体になりながら、雄輝はそんなことを呟いた。


「大丈夫か、雄輝」

 そんなとき、タイミングを見計らったように銀河が帰ってきて、床で寝ている雄輝を見つけた。


「銀河さん助けて、リリアが虐めるんだ」


 銀河は素早く状況を把握し、雄輝に告げた

「どうせお前が悪いんだろ。いつものことだ」

 親友は良く分かっていた。 


数分後


「本当に申し訳ございませんでした」

 雄輝は銀河に土下座させられていた。


「本人も反省しているようだし、許してあげたらどう?こんな綺麗な土下座もなかなか見られないよ」

「この人はどういう人なんですか」

「屑だよ」

「あなた、三門・御三家の黒木銀河さんですよね。どうして、そんな人と一緒にいるんです」

「……非常に残念ながら、三門家だとかなりマシな方なんだよ」


 リリアは銀河のことを、ロシアからもらった資料で確認していた。かなり優秀な人間なのは資料を読んで分かっていた。それゆえに、雄輝なんかといるのが良く分からなかったのだ。


「お前も何でこんなことしたんだ」

「異性を落とすには、まず胃袋からとばあちゃんが言ってたから、手料理を振る舞いたかったんだ。でも、金がなくてちょっと借りたんだ」

「はあ、もう良いですよ。私もたかが数千円で大人げないことをしました。

リリアがため息を吐いて、そう呟いた。


「ちょっとショックだったんです。初めて信じられる人間に会えたと思ったのに、私が馬鹿でした」

「お前……」

 お人よしの銀河が、リリアの壮絶な過去を感じて涙ぐむ。しかし……


「馬鹿なものか、俺は信頼できる人間だよ」

 空気など読まずに雄輝が答えた。


「どの口が言うんだ」

 雄輝は、銀河に頭を殴られる。


「痛いな。誰にだって欠点が1つくらいあるんだ。俺はちょっと金銭感覚が他の人間とずれてるだけだ」

「えばるな。分かってるなら直せ」

「分かってないな。いつか、出世払いで倍にして返すからウィンウィンなんだよ」

「返してから言え」


 銀河は呆れてため息を漏らした。

 リリアも信じてよいのかと迷いながらも、他に行く宛もないので、結局去るまではしなかった。その代りに深いため息を漏らす。知らず知らずのうちに、三門雄輝という悪魔の術中にはまっていたという見方も出来る。

 生涯、三門雄輝に振り回される哀れなコンビはこうして結成されることになる。


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