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WORLD HAND  作者: 9
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第2話:デンジャラス学園ライフ

「おはよう」

「おはよう、兄さん」

 雄輝は頬をさすりながら、2階の自室から食卓へと降りてきていた。


 雄輝の頬は少しだけ腫れていた。母に殴られたためである。今さら古臭いことこのうえないのだが、雄輝の母方の実家では、悪いことをした子供には鉄拳制裁というのが、家の習慣として残っている。親父にもぶたれたことのないのに、母親からはそれはもうぶたれまくっていた。

 

 制裁を受けた理由は簡単で、エジプトに留学に行ったのに一日しか登校せずに、発掘作業をしていたためである。エジプトに留学生として行かせた学校としては、たまったものではなかった。2度とおたくの生徒は受け入れないと学校側は言われてしまったのは当然である。表ざたにはできないが政府の圧力もあった。


 学校側としては、未成年の雄輝ではなく、その親に文句を言うのは当然の流れであり、雄輝の母親は一体何度目か分からない謝罪に学校まで出向いていた。

 学校としては、いくら親が頭を下げに来ようが雄輝の首を切りたかったが、経営者一族である三門家の子息を追い出すことが出来なかった。

 学校は三門家に、母親は学校に、雄輝は母親に頭が上がらなかった。


 三門財閥という巨大企業が日本にはあった。日本にある2代財閥の一つである。実質的に日本の経済を支えている企業であり、政治家よりも絶大な権力を誇っていた。貧富の差が進む世界において日本の富の象徴とも言える存在だからである。


 2031年において経済力こそが国の力である。革新的な発明で数多くの特許を持ち、世界でも5本指に入っている三門財閥は、日本の雇用すらも支えている柱であり、逆らえるものはもう一柱の財閥しかなかった。

 雄輝が日本に逃げ込めば、他国が手を出せないのは、この一族の力が背景にある。


 雄輝は本家直系で、さらに女ばかりの女系一族の三門家では珍しい男子であった。過去の歴史において当主だけは男と決められている三門家において、それだけで価値があり、現当主から気に入られ次の当主候補の1人とされていた。


 三門雄輝は実はサラブレッドなのである。

 たが、他国が考えるほど雄輝は守られているわけではない。実のところ三門家の大部分の人間は雄輝に死んで欲しいと考えていたのだ。

雄輝の能力は高く、一族内にもそれを認めているものも多いが、雄輝の性格に難があったたmだ。


 今回のエジプトでの事件など、可愛いもので、もっと大きな問題を世界中で起こしているのである。3つ子の魂百までというように、もはや去勢できるものではない。必ずトラブルを起こす人間なのである。経営者にしたら一族が滅びるのは火を見るに明らかであり、賢い三門幹部達は泥船なのを見抜いていた。


 孫馬鹿の当主の手前、対外的には守っていたが、他国が暗殺者を差し向けたら、気づかないふりをしようと一族の人間は思っていた。だがそういう時に限って、海外に行ってしまうので目の上のたんこぶがいつまでも消えなかった。しかも、一族の力の及ばない場所に行っても、命を狙われてもゴキブリのような生命力で帰還し、大けがして死ぬかと期待していたら、ゴッドハンドのような医者に命を救われ、未だ五体満足。ゴキブリ野郎と裏で陰口をたたかれる始末であった。


 雄輝と礼司は兄弟2人で食卓を囲む。三門本家に住んでいるわけではないので、食卓には2人しかおらず、4つ置かれた椅子2つは空席だった。


 2人が住んでいるのは、広いだけで豪華とは言えない古い日本家屋である。2人の母親がわざわざ実家に似た物件を選んで購入したため、とても財閥の一族の住む家には見えない。

ただ、あくまで外観の話であり、家の中を見るときちんと近代化が進み、それなりの家具が並んでいる。


 2人で食事しながら、雄輝が口を開く。

「父さんと母さんは?」

「父さんは、アメリカに出張中。母さんは、馬鹿息子のせいで、心労がたまったから温泉に行くって出ていったよ」

「……母さんいないんだ」

 雄輝はにやりと笑った。


「じゃあ、学校行かなくて良いな」

「昨日、行くって約束したよね。出席日数足りなくて留年するよ」

「一年の時もそう言われたけど、改ざんしたから大丈夫だったぜ。2年でも改ざんするぜ」

 雄輝はわざとふざけた感じで返した。 


「…………」

 雄輝はこいつ屑だなと言う目で見られているのが分かった。


「はい、2年の教科書だけど分かる」

 礼司は一度も開かれてない雄輝の教科書を渡した。


「俺はこれでも学年主席だぞ。余裕……」

 雄輝は教科書を見て固まった。全然分からなかったのである。当たり前である、習っていないのなら例え天才と言えども分かるわけがない。


「まあ、勉強なんて出来ても社会に出ても通用しないから、社会に必要なのは頭の良い人間であって勉強のできる人間じゃない」

「黙れ、社会不適合者」

「お兄ちゃんに対して酷過ぎませんかね」

「自由に生き過ぎなんだよ。直しなさい」

 礼司がため息を漏らした。


「……母さんみたいな小言と言いやがって、お前だって勉強できないじゃんか」

「僕は、野球部のエースでプロ野球選手になるから問題ないの」

「俺だってオカルト部のエースだぜ」

「1人しかいない部活だろ。何で存続しているか不思議だよ」

「最高にオカルトだろ」

「黙れ」


 雄輝は、俊太郎の家に行きたくて仕方なかったので、学校に行きたくなかった。エキゾチック物質について早く調べてみたかったのだ。

 それに対して弟の礼司は、兄に学校に行ってほしかった。理不尽な話、雄輝が学校に行かないと小遣いが半分にされるのだ。


 色々あったが、仲の悪い兄弟では決してない。愚兄と兄貴肌の弟の兄弟は、結局は雄輝が折れることが多い。それは常に弟の方が正しいからである。


私立・明星高等学校。


 その名前を聞くと、夏の甲子園を思い出す人間は多い。スポーツに非常に力を入れている学校である。野球を筆頭にサッカー・テニス・バスケ・陸上などなど、多くのスポーツ選手の母校となっている。

 スポーツ推薦のクラスが3クラスもあり、礼司もそのクラスに在籍していた。

 また、華やかなスポーツの影に隠れがちであるが、日本で最も海外の大学に進学する人間が多い高校でもある。海外の多くの学校にパイプがあり、積極的に留学できるような支援制度も充実している。


 雄輝がこの学校に入学したのも、この支援制度に乗っかって海外にただで行くためである。その思惑は、おおむね成功したと言える。


「じゃあ、僕は朝練行ってくるから、くれぐれも帰らないように」

 校門までくると、野球部の礼司は学校のグランドに向かおうとする。


「ちょっと待って、お前がいないとお兄ちゃん借金取りに追われるんだけど」

「自業自得だろ」

「そんなことないぞ。死ぬまでには必ず返すんだ。だから今は返せないだけなんだ」

「清々しいほどに屑だな」

 礼司は呆れてため息を漏らした。


「賭場にでもいって、お金作って返したら」

「勝ちすぎて出禁だ」

「……大丈夫。3年生卒業して、今仕切ってるのが新3年生の銀河先輩だから入れてもらえるよ」

「そう言えば、いつの間にか2年生だったな。1年生をカモにして荒稼ぎするしかないぜ」

「そういう事しているから、出禁にされるんだよ」

「俺が出禁にされたのは、イカサマで一度も負けなかったからだぞ」

「…………」

 礼司は呆れてものも言えなかった。


「適度に負ければ良かったんだが、当時は欲しいものがいっぱいあって、小銭と言えども身を削られる思いだったんだ」

 礼司の様子を察することなく、雄輝が続ける。


「はいはい、分かったから行ってきなよ」

 面倒くさくなって、礼司が雄輝にそう告げる。


朝の賭場。


 それは、学校内の空き教室で行われている。

 始まりは、朝練に来た運動系の部活の生徒が顧問がいないことを言いことに、後輩から金を巻き上げる正当な理由として始まったと言うのが一説であるが、とうでもいい話なので、誰も正確な始まりを知らないでいた。

 始まりはどうであれ、この学校では伝統ある行事の1つであった。今では運動部・文化部・学年の垣根を超えて、そこには生徒が集まっている。


 ギャンブルの種目は麻雀やポーカーが主流であるが、時には花札なんかが流行った時期もあった。

空き教室には、誰が用意したのか全自動卓が数台おかれ、カジノテーブルまで用意されている。さらに、ディーラーまでいるのだから、もはや何でもありだった。

 その異常空間で、一人の男がさらにカオスな雰囲気にしようと異様な空気を放っていた。


「クケケケケ、クキコガ」

 どこから声を出しているか分からない奇声を上げた禿げ頭の男が、麻雀の対戦相手だったと思われる男の髪を後ろから引っ張り、拘束していた。

「太陽さん、勘弁してください」

「負けたやつは、俺と同じおしゃれ坊主にしてやるよ」

 太陽と呼ばれた男の目には、髪への並々ならない憎しみを感じさせられた。決して大きな体躯ではなかったが、その手には男一人を完全に拘束する力が込められる。


「俺と同じおしゃれ坊主って、お前はただの禿げだろ」

ザワザワ

 賭場内がざわついた。誰もが思っていても本人の前では言えない一言が飛び出し、一斉に視線が雄輝へと向けられた。

「まだ、毛が生えてこないのか太陽」

 太陽の顔が真っ赤に染まっていく。周りで見ている人間にとっては、いつ血管が切れてもおかしくなく見えた。


 普通太陽がこうなっていると、周りの人間は急いで逃げるのだが、雄輝が出口の前に立っているので出来なかった。

「俺のはおしゃれボウズだ。決してハゲじゃない?」

「彼女に3分で振られたショックで、髪が全部抜けた奴が何言ってんだ。皆知ってるから、隠しても意味ないぞ」

 そうなのと言う目で、太陽が周りを見回したが、他の人間が全員目を反らした。


全員思っていた。話を振らないでくれと……


「それで、お前また髪をかけて麻雀うってるのか、自分が禿げだからふざふざの人間が妬ましいって、正直俺よりもやばいぞ」

「ふざけるな。お前よりはましだ」

雄輝が、太陽に拘束されている生徒の前まで歩いていく。そして、笑顔で微笑んだ。


「ひどい目にあってるな。助けて欲しい?」

 太陽に拘束されていた生徒は、期待の眼差しで雄輝を見た。

 そこには優しそうな眼差しの雄輝がいた。その生徒はまだ一年生ゆえに、2年生に名を連ねるやべえやつこと、三門雄輝も黒木太陽もしらなかった。


 もっとも、明星高校にはやべえやつがたくさんいるので、全て把握している生徒は一年生にはまだいなかった。


「俺、ショバ代もないからさ、代わりに払ってくれ、そしたら助けてやる」

 明星高校の借金王こと三門雄輝。三門ブラザーズの残念な方とも呼ばれている。そんな雄輝が絶望に染まる1年生に優しく声をかけた。


 雄輝は実のところ、昨日大会で準優勝した賞金1万円を所持していたので、ショバ代くらい払えたが、金を持っていると誰かしらに奪われるために、当然のように嘘を吐いた。

 いつもの手口なので、2年生以上の常連の人間には優しさでもなんでもないことは分かっていたが、1年生にとっては、救世主以外の何者でもなかった。


「おい、雄輝。俺に恥かかせてタダで済むと思うなや。その髪、毛根から抜いたるは我」

 ドヤの効いた声で威嚇するのは、明星高校のおしゃれボウズ(自称)こと黒木太陽。他称は毛刈りヤクザと呼ばれ、その禿げ頭にグラサンというチンピラのような風貌と実績から周りに恐れられていた。


 そんな太陽であったが、矛先を完全に雄輝に向けたため、周りは危害が及ぶことがないと安心して観戦ムードに変わってきていた。


「実況は、明星高校の毒舌クイーンこと、毒島明海がお送りします」

 そのムードはさらに広がり、ディーラーをやっていた毒島明海が勝手に実況を始めたほどである。稼ぎ時だと観戦料まで取る始末である。明星高校にはたくましい生徒が多い。


「雄輝、分かっていると思うが、負けたらお前の髪を全ていただく。お前はバリカンじゃなく、一本一本抜いてやる」

「おおっと、黒木選手いきなりの永久脱毛宣言、これにはさすがの雄輝選手も……」

「構わないぜ」

「引かない。引きません。流石、赤信号でも構わずにアクセル踏む男。ブレーキが壊れ、ネジが飛んでいるとしか思えない」

 明海の実況に、周りのテンションも上がっていく。


「お前は禿げだから、髪じゃなくて金を賭けろよ」

「分かっている」

「禿げと認めた。おしゃれボウズはどうした」

「あっ」

「実況は私、毒島明海でお送りしています」

 太陽のドスの効いた声に、明海がビビり、急に話題を変える。


「さあ、金と髪を賭けた一戦が始まります」

 ………結果は、雄輝の圧勝で終わった。


「覚えてやがれ」

 そんな三下の言いそうなセリフとともに、太陽が賭場から姿を消す。

 麻雀は技術と度胸と運の3つの要素が複雑に重なり会い、運だけで毎回勝てるようなゲームではないし、逆に運がなければいかに技術があろうと勝てるゲームではない。太陽は3拍子揃った素晴らしいプレイヤーであったが、雄輝はイカサマを行っていたので、最初から同じ土俵で勝負していなかった。


「雄輝借金返せよ」

「俺も、金貸してたな」

「私もだ」


 しかし、勝ったところで借金が減るだけで雄輝の手元には一銭も残らず、むなしさだけが残った。


「どんまいだよ。雄輝君」

 観戦料を数えながら、雄輝より一学年上の毒島先輩だけが優しく話しかけた。


「同情するなら、金貸してください」

「……絶対に嫌かな」

 少し悩みながら、明海がそう返した。

 

「そう言えば、俊太郎先輩がゲームにログインしてないんだけど、何か知ってるかい?」

「俊太郎が?」


 その後、雄輝は明海とともに賭場の片づけをしていた時に、共通の知人である俊太郎の話題が出た。

 別にゲームにログインしてないなんて、普通のことなのだが、24時間ネトゲ―を掲げている俊太郎がログインしてないのはおかしい。いつぞやのように、ネトゲ―のやりすぎで倒れたのではないかと言う考えが雄輝の脳裏をよぎる。


「ちょうど、今日会う約束してるんで、孤独死してないか確認してみますよ」

「じゃあ、お願いね」


 ゲーム仲間でもある明海と別れ、雄輝は教室に向かって歩き出す。

 明星高校は非常にデカイ学校で、朝の賭場に使われている空き教室から教室まではそれなりに距離があった。

 教室に行きつくだけの間にも、いくつかの空き教室があり、大きな学校でも異常と言えるほど多かった。何故、ここまで空き教室が多いのかと言うと学校を去る生徒が多いからである。


 雄輝や太陽をはじめ、学内には問題を起こす生徒が多く、退学というのはこの学校では珍しい話ではない。また、留学で出ていく生徒、そして戻ってこなくなる生徒が多いのも生徒数が減る理由の1つであった。明星高校七不思議の1つである。

 さらに、進級には厳しい試験を設けているため、突破できない生徒が半数を超え、1年から2年の間に生徒数が半分以上減っているというのが実情である。

一年生全員が進級しても良いように作られていた教室は、空き教室として残った生徒に有効活用されているわけだった。


2年Aクラス。


 一般入試で入学した生徒の中でも、進級試験で特に目覚ましい結果を出した生徒が集まるエリートクラスである。


 当初、誰一人として雄輝がこのクラスに入れるとは思っていなかった。それはもちろん教員たちも同様である。しかし、数々の問題行為を差し引いても学業成績及び学外活動の華々しい活躍が、雄輝をこのクラスに押し上げてしまった。


 雄輝がクラスに入ると、生徒は全員海外留学に行って生徒は誰もいなかった。

 変わりに、各教科の先生方が集まり怪しげに笑っていた。


 出席日数の足りない雄輝は、聖徳太子かのように複数の授業を同時に受けさせられた。これは学校からの温情なのだが、いかに雄輝と言えども頭がパンクしそうな情報量にへとへとになった。


お昼休み。食堂。


 雄輝はスパルタ授業からようやく抜け出して、食堂まで来ていた。


 学食でAクラスは特別な扱いを受けられる。専用のテーブルが用意され購入できるメニューも違っている。焼肉何てメニューもAクラス専用にあったが、Aクラスはそもそも海外留学に出ている生徒が多すぎていかされることは余りなかった。

 それでも去年は、海外になど行かない日本大好きなAクラスの異端児だった俊太郎によって有効活用され、雄輝はよくお昼を奢ってもらっていたことを思い出す。


 実際は半強制的に奢らせていたというのが正しいのだが、綺麗な思い出になっていた。それを思い出し、脳にカロリーを供給するために、雄輝は焼肉を注文して食べていた。隠し抜いたネトゲ―の賞金を使っていた。


 その雄輝の姿に学食ないがざわついた。

 借金まみれの男が焼肉食ってるのだ。腹が立つものも多いだろう。


「ゆ・う・き君」

 その男は満面の笑顔なのに、怒っているのが一目でわかる顔をしていた。

雄輝にとっては、分かっていた来訪者であったが、食事をしているとき以外に会いたかった。


「金返せや」

 その男は、雄輝がもっとも多く金を借りている相手だった。


「今度返すよ。今、金ないんだ」

「それが、昼から焼肉食ってるやつのセリフか」

 もっともツッコミだった。


「実はこの焼肉代で金なくなったんだよね。俺って宵越しの金を持たない男だから」

「嘘ついてんじゃない。弟から金を巻き上げたそうじゃないか」

「端的な情報だな。お前の弟から巻き上げた金は、借金の返済に消えたぞ」

 目の前の男は、黒木太陽の兄、黒木銀河だった。


「じゃあ、今食っている約二区は何なんだ」

「三門、早く金返した方が良いぞ」

「銀河さん、マジやっちまうからな」

 黒木銀河の取り巻きたちが、雄輝に言葉をおくる。

 

 黒木銀河は、明星高校を占めている番長だった。明星高校には学内で賭場を始め、おかしな活動をしている生徒が多い、そういう生徒を裏でまとめる大元締めのような存在で、学内で絶大な権力があった。


「…………」

「無視して飯食ってんじゃねえ」

 雄輝が銀河を見上げた。小柄な太陽とは違い2メートル近くある巨体をしていた。


「まあ、熱くなるなって、俺達友達じゃんか」

「違うな。好敵手と書いてライバルと呼ぶ関係だ」

 いつから、ライバルになったんだと思いながら、そういう設定かと理解し、雄輝は構わず肉を食っていた。


「だから、最低限それを止めろ」

「焦げるからな仕方ないって、俺の驕りだから銀河も食えば」

「何が驕りだ。俺からどれだけ借金してるか、忘れたとは言わせんぞ。これとか焼けてるな」

 そんなことを言いながら、銀河は椅子に座り焼肉を食いだした。


「……銀河さん、何してるんです。要があったでしょ」

 取り巻きたちが、そんな銀河の姿にそう声をかける。


「そうだった。大事なようがあるんだった」

「そうっすよ」

 取り巻きたちに諭され、銀河が立ち上がる。


「用ってなんだよ銀河」

「これだ」

 そう言って、銀河は携帯の画面を見せる。


「どこのお店の子だ?」

「銀河さん」

「俺は弟とは違う」

 取り巻きからも軽蔑の視線を向けられ、慌てて銀河が否定した。


 銀河の携帯に映し出されたのは、白人美少女が体操服を来たきわどいショットだった。


「これには訳があるんだ」

 そう言ってから、雄輝にだけ聞こえるように銀河は。雄輝に近づき耳元で囁いた「ロシア政府の人間だ。目的はお前だろう」

 三門家の幹部たちは、雄輝を守る気はさらさらなかったが、礼司の学園生活は全力で守っていた。その守護者の1人が黒木銀河である。

 銀河は、雄輝を守る命令は受けていなかったが、このように何度か雄輝に協力してくれていた。それは、友人だからに他ならなかった。


「ありがとう」

 銀河にだけ聞こえるように、雄輝がお礼を言う。


「それで、訳って何だよ」

一瞬マジめな顔をした雄輝だったが、すぐにからかうような表情を作って銀河に質問した。


「この子は、最近2年Bクラスに転校してきた転校生なんだが、弟が好きになったようだから情報を収集して欲しいんだ。という訳で雄輝、彼女を第2校舎の4階空き教室に呼び出しておくから話を聞いてきてくれないか」

 

 本当にありがたいなと銀河に心の中で感謝しつつ、雄輝は面倒くさそうに演技しながら答えた。

「面倒くさいけど、銀河の頼みだからいいよ」


 最後にアイコンタクトをして、銀河は去っていった。


「雄輝のやつ、やっちまわなくて良いですか」

「カルビに免じて今日は見逃してやる」


 雄輝と銀河の関係は、取り巻きどころか、お互いの弟である礼司と太陽も知らない秘密の関係だった。

 

 放課後、教師陣のスパルタ授業がようやく終わり、雄輝は第2校舎の4階に雄輝は向かった。


 雄輝はスタンガンを調達するなど、ある程度の装備をしていた。

 最悪銃をもっているかもしれないので、当然と言えば当然だった。

 

 放課後、空き教室に女の子と2人きりなんて、本来なら甘酸っぱい青春の1ページなのだが、雄輝は別の意味で緊張していた。

 


空き教室。

 

 雄輝は空き教室に来たとき、噂のロシア人美少女留学生と対面する。既に教室に来ていたのだ。その容姿は虫も殺さないような儚げで幻想的な少女だった。そう思わせるのは、彼女のシルバーブランドが太陽の光を浴びて神秘的にきらめているからかもしれない。そんなことを思いながら、雄輝は警戒を解くことをしない。

 

 それを見て少女は余裕の笑み雄輝と対峙した。その眼光が堅気の人間でないことを雄輝は一瞬で分かった。心の中の淡い期待を打ち砕かれた気分だった。


「目的は何だ?」

 だからこそ、雄輝は駆け引きをせずに単刀直入に質問した。


「……あなたを拘束することです。そのために、この学校に潜入したのですが、まさかあなたの方から接触してくれるとは、あの豚に感謝ですね」

「銀河のことか」

 友達を馬鹿にされて、少しむっとした表情を雄輝は見せる。


「ええ」

 それに少女は笑顔で答えた。


「俺を拘束して三門家から、身代金でも取るつもりか?」

「冗談でしょ。エキゾチック物質ですよ」

 いつか情報が漏れると思っていたが、ここまで手が早いとは雄輝は思っていなかった。だからこそ油断していたことを痛感する。


「何故、そんなにこれが欲しい」

 雄輝は隠しても意味がないと分かったので、ポケットからミイラの指を取り出す。


「エキゾチック物質を自在に精製できるようになれば、産業革命が起きる。そうなれば、我が祖国ロシアが世界のトップになれる」

 今の時代は、本当に貧富の差が大きい。どこの国も経済の発展に躍起になっている。それはかつての大国ロシアも例外ではなかった。


「アメリカでは何年も前から研究されているんだ。アメリカの方が早いかもよ」

「知らないんですね。アメリカの研究施設はどういう訳か、爆発したのをロシアの人工衛星がとらえました。あの爆発では、エキゾチック物質は無事ではないでしょう。それこそ、現存する最後のエキゾチック物質です」

「爆発?」

 その情報に、雄輝が疑問を漏らす。


「裏世界では有名な話ですよ。今は好機なんです。アメリカからエキゾチック物質が消え、新たなエイキゾッチク物質が、エジプトから出土した。あなたからエキゾチック物質を奪えればロシアは他国から一歩リードできる」

 その様子に、少女は馬鹿にするように笑い、希望をもった目で雄輝に対峙した。迷いはどこにもなかった。

 

「ロシア政府の人間が、日本人の学生を日本で拘束なんて国際問題になるぞ。日本政府が黙ってない」

「平和ボケした日本に何が出来ると?泣き寝入りして終わりですよ。それに、日本政府はあなたがエキゾチック物質を持っていることをしらない。学生が一人失踪しただけで、この件は終わりです。それでも、あなたは三門の人間と聞いて三門に対してだけは警戒はしてましたが、どういう訳か三門はなにもしてきませんしね」

 雄輝は、家の人間に嫌われていることを思い出す。三門の幹部たちはほくそ笑んでいるのが目に浮かんだ。


「最後に1つ聞いて良いか?平和的に解決する方法はないか」

「平和?日本人らしい」

「馬鹿だな、今なら見逃してやるって言ってるんだよ」

 その雄輝の煽りに対して、少女はため息を吐いた。


「女だからって、舐めてるんですか?私はロシアの強化人間ですよ」

「えっ、強化人間て何?」

 何で教えてくれなかったの銀河……と思考を終えるよりも早く、少女の拳が雄輝の眼前まで迫っていた。


 雄輝は見た、動くときの衝撃で床に穴が空いているのを、爆発的な瞬発力と言って良かった。

 普通ならそこで終わりの一撃だったが、人間離れしているもは少女だけではなかった。雄輝は高校生でありながら、嫌になるくらい実戦経験を積んでいた。不意の一撃でも躱して見せたのは偶然ではなかった。

 反射神経だけなら、人類の歴史と言う括りでトップクラスである。


 雄輝の手にはスタンガンも握られていた。攻撃してきた相手にスタンガンをおみまいする。


 確実にヒットしたことに、安堵をみせた雄輝だったが、ヒットしたスタンガンが払いのけられ、蹴りを繰り出された。

 無理な体勢からスタンガンを出した雄輝には、避ける余裕はなかった。それでも、腕でガードしたのはさすがと言えた。


「うっ」

 ガード殺せた衝撃はわずかで、空き教室の机まで雄輝の体は吹き飛ばされた。

 

「ちっ、体がしびれてなければ終わっていたんですがね」

 痛くて悶絶していた雄輝にそんな言葉を吐き捨てる。


「わかった。引き分けで手をうたないか」

 それを聞いて、雄輝がそんな言葉を投げかける。


「頭の悪い豚ですね。自分が狩られる側だとまだ理解できていないんですか、これだから日本人わ」

「日本関係ないだろ」

「いいえ、あります」

 雄輝は机を使ってガードしてみたが、机を貫通されて意味のないことが分かった。


「リミッターでも外れてるのか?」

「……答えは言いませんよ」

 雄輝はロシアのUMAを探していた時に聞いたことがあった。人間はその力の20%も使えていないが、特殊な薬を投与することによって、100%の力を使えるようにできると。


 知っていたからこそ、雄輝はそのヤバさが分かった。

 崩れた体勢を立て直して、窓に向かって突っ込む。


「自分で誘っておいて逃げるんですか?意気地のない男ですね」

「日本には、逃げるが勝ちって、素晴らしいことわざがあるんだよ」

「忌々しい」


 逃げると決めるとこの男は早い。さらに、逃げるとしても窓の方に向かうと思っていなかった強化人間も、ここが4階だったため窓の方への警戒を緩めていた。


「逃げれると思っているのですか」

「俺は博打に強くてな。この下にはプールがある。さあ助かるかな」

 そう言って、雄輝は迷わず4階から飛ぶ。

 それを確認して、強化人間も飛び降りた。


 空き教室の下には確かにプールはあった。距離は横に5メートル。何とか飛べなくもない距離であった。しかし、雄輝が勝負したのはそこではない。


 そもそもプールがあるとはいえ、深さはたかが知れている。4階から落ちたらただでは済まないのだ。

 2人とも、その跳躍はプールまでの距離には届いていた。しかし、明確な違いがあった。落下スピードである。


「さあどうなる」


 後に飛び出した強化人げの方が先に落下していた。雄輝は知っていたのだ。エキゾチック物質で浮くことは出来なくても、ある一定の落下スピーとを超えると、そのスピードを急速に緩めてくれることを。


 それは、エキゾチック物質を手に入れていないロシアには、知る由もない情報だった。

 水を巻き上げてプールに着水する。そして、強化人間は動く気配もなくプールに沈んでいった。


「強化人間でも、この高さから飛び降りたらただで済まないのか」

 他人事のようにつぶやいているが、雄輝もプールに落ちた。


 荒い息を上げながら、雄輝は強化人間を抱えてプールサイドに上がってきていた。

 完全に気絶しているのを確認して、強化人間両の手足に用意しておいた手錠をはめる。

 色々透けているのもあって男心を擽る絵面であったが、スケベな気持ちを抑えて雄輝は手早く彼女の体を物色する。持っているものを確認するためである。そうすると携帯とカプセル状の薬を見つけることが出来た。


 携帯を起動させると、パスワードを入力するように指示が出て、中身を見ることが出来なかったが、データが破損していなければ、パスワードを破る方法はいくらでもあるので、携帯が生きていたことに安堵する。

 それでも、雄輝は彼女を連れていくことにした。パスワードを絶対破れるか分からないので、保険のようなものである。


 その数分間で、プールの周りには何人かの生徒が集まっていてもおかしくなかったが、銀河が第2校舎の周りには、人が集まらないように人払いして置いてくれたので、その心配はなかった。


 計算外のこともあったが、おおむね雄輝と銀河の計画通り進んでいた。

 だが、計画とは意図しない所で大きな変化が起きていた。


「何だこれは?」

 プールに落ちたことで無くしていないか、ミイラの指を確認した時である。雄輝は変化に気付いた。

 ミイラではなくなっていたのである。それは確かに生気を持った指であった。生々しいことに切断したばかりの指に見えた。ただ違いがあるとすれば、血は流れていなかった。


雄輝は笑った。


 実は、どうやっても指からリングが抜けないので、ミイラの指を折ってリングをもって帰ってきていたのだが、まさか、そのミイラにもこんな秘密があったことが嬉しかったのだ。


「面白くなってきたじゃないか」


 雄輝は、すでに後戻りできないところまで来ていた。元々引くことを知らない男であったが、嵐に向かって一歩踏み出したのは間違いなく今が原因だった。それが後々の展開を変えることになる。

 嵐とぶつかるのが自分からなのか相手からなのかでは未来が違った。

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